暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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98 ミスト その1

 ミストバーン――ミストアルビナスは、中身の(コア)を貫いた上で、氷漬けにして封印状態。

 ブロックはバランがギガデインで仕留めた。

 

「やはりデイン系ならば通じるか。ソアラ!」

「ええ! ――土竜降破剣!!」

 

 足元に突き立てた剣から大地へと剣圧を通す――土竜昇破剣の逆か、此度は地が大きく陥没し、フェンブレンの足場を奪った。

 咄嗟にトベルーラを使おうとするようではあったが、遅い。

 

「うおッ――」

「ギガブレイク!!!」

 

 そこにバランが奥義を叩き込んで粉砕する間に、ソアラはミストバーンに切先を向ける。

 

「空裂斬!!」

 

 光の闘気剣圧が呪いの氷をすり抜けて、アルビナスに憑いたミストを断った。

 凍結封印の中で外見には変化がないが――いや、今、ミストバーンの闇の衣が溶け崩れていった。オリハルコンの女性像、アルビナスの顔が窺える。

 憑依の証であるミストの顔のようなモノが、その額にあり――それも崩滅していく。

 

 残った親衛騎団のヒムとシグマも、その場でガクンと倒れ、動かなくなった。

 

「リュンナ! これって……!?」

 

 ダイが駆け寄ってきた。

 

「ミストバーンが斃れましたからね。禁呪法で創造された生命体は、『親』が死ぬと道連れなんです」

「なるほどなあ」

「結局俺何もしてねえや」

 

 ポップがぼやく。

 しかしメドローアは、ただ存在するのみでも強力な手札だ。事実、メドローアを阻止するためにポップを執拗に狙うシグマは、ダイからすれば逆にカモだった様子がある。

 その辺りのことを述べてフォローしてやろう。

 

「やれやれ、強敵だった……! 僕もまだまだだな……」

 

 一方、ヒムを相手取っていたノヴァは、その場に座り込んでいた。

 疲労が重そうだ、頭からバケツの水でも被ったような汗。しかし成長の手応えがあったらしく、満足げな笑みを浮かべるさま。

 原作ではほぼ圧倒されていたのが、よくぞ互角に渡り合ったモノである。感慨深い。

 

 ソアラとバランは既に怪我人の救助や呪文治療を始めていた。

 自分はどうするか――リュンナは迷う。

 ミストバーンや親衛騎団の死体処理も必要だ。一か所に纏めてメドローアか。

 

「おーい」

 

 ふと、徒歩組の声。

 もともとここにはトベルーラを使える飛行組が先行し、使えない者たちは徒歩で追ってきていたのだ。

 具体的には、ヒュンケル、バルトス、マァム、クロコダイン、ベルベルとリバストとボラホーン。

 飛べるハズのベルベルも混じっているのは、徒歩組の回復要員を増やすためだ。移動中に魔王軍の別動隊に攻撃される危険性を考えてのこと。杞憂だったようだが。

 

「もう戦いは終わったようだな……」

「リュンナ~~~」

 

 冷静に様子を窺うヒュンケルを後目に、ベルベルが抱きついてきた。

 よしよしなでなでしながら、一行に状況を報告する。

 ミストバーンと、オリハルコンのチェスの駒の親衛騎団。『親』のミストバーンを斃したことで、金属生命体は道連れになったのだと。

 

「オリハルコンの戦士たちか……」クロコダインが観察の目を向けた。「装備に加工できたりはしないのか?」

「エグいこと考えるな、クロコダインのおっさん……」

「そうか?」

 

 野獣の世界においては、敗者は文字通りに食い物にされる。その辺りの倫理観は、人間とは違うところがあるのだろうか。

 しかし残念ながら、無理だ。

 

「禁呪法生命体は、部位を切離したり、著しく形を変えたりすると、その部分は消滅してしまいますからね。親衛騎団のまま、足でも掴んで振り回すくらいでしょうか……。それも『親』が死んだ今、いつ消滅するか分かりませんけど」

「そういうモノか……。残念だな。ここに来て、全員にオリハルコンの装備を行き渡らせることができれば、と思ったのだが……」

 

 柔軟かつ合理的な発想と言えよう。

 なかなか理知的な獣王である。

 

「言うほどオリハルコンって実際強くないですけどね……」

(ひのき)の棒で貫いたリュンナが言うと説得力あるなあ」

 

 ダイが感心の声音。

 見ていなかった徒歩組にぎょっとされた。

 

「ちょっとダイくん、そんなおばちゃんのこと化物みたいに! (ひのき)の棒を芯にした闘気剣(オーラブレード)、です。(ひのき)の棒じゃないです」

闘気剣(オーラブレード)の強度って、芯の影響をある程度受けるハズなんだけどな……」

 

 ノヴァが呆れていた。

 リュンナはビックリした。

 

「え、そんな影響あります? そりゃ芯があった方が形成しやすいですけど、わたし素手の闘気剣(オーラブレード)でオリハルコンを傷付けたことも……」

「まず素手で闘気剣(オーラブレード)を形成できる時点でドン引きだぞ。思い返せば鬼岩城のときもやってたが」

 

 世界有数の闘気剣(オーラブレード)使いであるノヴァにドン引きされてしまった。

 そんな、ひどい。

 

「それにしても、チェスの駒の戦士か……。あれが兵士(ポーン)騎士(ナイト)……。これは女王(クイーン)

 

 ヒュンケルは、形の残った親衛騎団を観察していた。ヒムとシグマ、そして氷漬けのアルビナス。

 ブロックとフェンブレンは粉砕され、既に爆発消滅した。

 

(キング)は『親』のミストバーンかも知れないが……女王(クイーン)はともかく、それ以外は複数体存在するのがチェスのルールだ。まだ油断しない方がいい」

「確かに」

 

 流石は超一流の戦士。

 実際原作でも、それ以外の駒として、マキシマムの率いる部隊が存在していた。

 最早どこまで通用するか分からない知識だが、警戒はしておくべきだろう。

 

「ところでリュンナさま」ヒュンケルは続ける。「リュンナさまは、こういった眷属をもうお作りにならないのですか? 超竜軍団長時代には、かなり作っていらしたようですが」

「あーそれね……」

 

 氷漬けのアルビナスの傍らにて。

 犬のように懐くベルベルをわしわししながら。

 

「それこそ親衛騎団クラスのを作るとなると、結構な消耗があるんですよ。わたし本体の力が落ちちゃって、回復に時間がかかるんです。そしたら、最初から自分で戦う方が強いでしょう? っていう。倫理面を置いておいたとしてもね」

「なるほど。いつ戦いが起きるのかも分かりませんしね。例えば――」

 

 ふと腹に冷たさを感じた。

 それはすぐに灼熱へと変わる。

 見下ろすと、ヒュンケルの剣が、ベルベルごとリュンナを貫いていた。

 

「――例えばそう、『今』起きるかも知れない。そうだろう? リュンナ」

「ぐふっ、……!!」

 

 吐血。

 あまつさえ剣を抉られた、リュンナの赤とベルベルの蒼が混じって流れ落ちる。

 

「ヒュンケル!? 何を……!!」

「リュンナ!! ベルベル!!」

 

 剣を抜かれ、崩れ落ちる。

 あまりにも不意打ちだった。殺気はなかった。ごく自然過ぎて、思わず見逃すような所作だった。

 無防備なところに、痛恨の一撃を受けてしまったのだ。

 

 ヒュンケルの額に、おぞましい眼光を湛えた暗黒の顔が開く。

 

「ミストバーンです! 取り憑かれッ……。ご、ごふッ……!!」

 

 ベルベルとベホマをかけ合いながら叫ぶ。

 空の技の使い手たちは咄嗟にその構えを取るが、

 

「この男の暗黒闘気はなかなかいいな。――闘魔滅砕陣!!!」

 

 蜘蛛の巣状の暗黒闘気網が広がり、絡め取られ、不発。

 10人にも及ぶ超一流の戦闘者が、一網打尽に身を縛られているのだ。

 圧倒的暗黒力。

 

 そしてヒュンケルの口で、ヒュンケルの声で、ヒュンケルでない者が述べる。

 

「いや、なかなかどころか、まるで私のために生まれてきたような……。ああ、もっと早くに出会い、より私に合うように育てたかった。

 尊敬する者たちへの愛と――それを害する者たちへの憎しみ……! 分かる、ああ、分かるぞ。ヒュンケル……!」

 

 しかし竜闘気(ドラゴニックオーラ)を擁するダイとバランは例外だ。振り払った。

 闘気そのものの位階の差――それを覆すには、まだあと少しだけ足りない。

 

「ヒュンケルを放せ!!」

「いつまで(さえず)っているつもりだッ!!」

 

 額に輝く(ドラゴン)の紋章が共鳴し、共感し、共有し、互いの力を更に高め合う――双竜陣の境地。

 こうなった(ドラゴン)の親子は、事実上ほぼ無敵。

 だが敵をただ粉砕すればいい戦いではない。ヒュンケルを殺さずに解放する必要がある。

 

「闘魔傀儡掌!!」

「かあッ!!」

 

 個別にかけてきた傀儡掌を、バランが竜闘気(ドラゴニックオーラ)を込めた剣で打ち払う。

 その後ろから跳び越えたダイが、空裂斬を放つ――直撃、しかし弾かれた。

 

「ダメだダイ、双竜陣で強化されるのは竜闘気(ドラゴニックオーラ)だぞ! 光の闘気では!」

「でも竜闘気(ドラゴニックオーラ)じゃヒュンケルを殺しちゃうよ!」

 

 言っている間にも、ヒュンケルが――ミストヒュンケルが剣を構え、蹲るリュンナの首を刎ねようと動いた。

 痛恨の一撃を受け重傷、あまつさえ滅砕陣に囚われ、回復は途中、回避も防御もできない――そんなありさまのリュンナに。

 

「やめろっ!!」

 

 ダイが飛び込んで剣を受け止め、切り結ぶに移っていく。

 超一流の戦士であるヒュンケルが、更にミストとの融合によって暗黒闘気を増大させている状態だ。ヒュンケルの剣術、ミストの暗黒力。それは双竜陣ダイですら容易には打ち崩せぬ鉄壁。

 もちろん、殺してはならぬというハンデも大きな一因だが。

 

 次いで加わるバランもまた、太刀筋が鈍い。

 原作バランならヒュンケルごと殺したかも知れないが、このバランはだいぶ丸いのだ。

 結果、ふたりがかりでも互角のありさま。

 

 あまつさえミストヒュンケルは、滅砕陣で捕えたメンバーを積極的に巻き込もうとする。

 自らの剣を滑らせ、或いはダイたちの剣からの盾にしようとすらするのだ。

 戦いにくいにも程がある。

 

「つ、強い……っ!!」

 

 ダイが呻いた。

 バランも苦渋の顔。

 

「ベホマで治る程度に斬ろうにも、それすら叶わぬとは!

 それにしても、いつの間にヒュンケルに……!!」

 

「フハハッ!! リュンナにやられる間際、自分の一部を切り離して避難していたのだ。吹けば飛ぶゴミのような、ごく微弱な存在となってな……。その状態で気配を隠せば、どうだ、全く気付かなかっただろう?

 そしてこのヒュンケルの暗黒闘気に惹かれて入り込んだが、全く大当たりだったよ! その闇を吸収し、既に私は完全に回復したのだ!」

 

 分身していたとは。リュンナが凍らせ、ソアラが空裂斬で断ったのは、言わばミストの抜け殻だったのか。

 しかしあの時、ヒムとシグマは確かに事切れた。竜眼で見ても生命反応の欠片もない。だから確実にミストも死んだと判断したのだ。

 あれは死んだフリ――いや、何度探っても本当に死んでいる。

 

 ミストにとって、駒は駒。

 自ら駒の生命を断ったのだ、この騙し討ちのために。

 

「死ね! 勇者ども! バーンさまのお耳に届くよう、精いっぱい苦痛と絶望の声を上げてな……!!」

 

 魔剣に更なる暗黒闘気を纏わせ、ダイとバランに反撃しようと攻勢を強めるミストヒュンケル。

 その光景に――バルトスの歯が、カタカタと鳴っていた。

 


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