ミストバーン――ミストアルビナスは、中身の
ブロックはバランがギガデインで仕留めた。
「やはりデイン系ならば通じるか。ソアラ!」
「ええ! ――土竜降破剣!!」
足元に突き立てた剣から大地へと剣圧を通す――土竜昇破剣の逆か、此度は地が大きく陥没し、フェンブレンの足場を奪った。
咄嗟にトベルーラを使おうとするようではあったが、遅い。
「うおッ――」
「ギガブレイク!!!」
そこにバランが奥義を叩き込んで粉砕する間に、ソアラはミストバーンに切先を向ける。
「空裂斬!!」
光の闘気剣圧が呪いの氷をすり抜けて、アルビナスに憑いたミストを断った。
凍結封印の中で外見には変化がないが――いや、今、ミストバーンの闇の衣が溶け崩れていった。オリハルコンの女性像、アルビナスの顔が窺える。
憑依の証であるミストの顔のようなモノが、その額にあり――それも崩滅していく。
残った親衛騎団のヒムとシグマも、その場でガクンと倒れ、動かなくなった。
「リュンナ! これって……!?」
ダイが駆け寄ってきた。
「ミストバーンが斃れましたからね。禁呪法で創造された生命体は、『親』が死ぬと道連れなんです」
「なるほどなあ」
「結局俺何もしてねえや」
ポップがぼやく。
しかしメドローアは、ただ存在するのみでも強力な手札だ。事実、メドローアを阻止するためにポップを執拗に狙うシグマは、ダイからすれば逆にカモだった様子がある。
その辺りのことを述べてフォローしてやろう。
「やれやれ、強敵だった……! 僕もまだまだだな……」
一方、ヒムを相手取っていたノヴァは、その場に座り込んでいた。
疲労が重そうだ、頭からバケツの水でも被ったような汗。しかし成長の手応えがあったらしく、満足げな笑みを浮かべるさま。
原作ではほぼ圧倒されていたのが、よくぞ互角に渡り合ったモノである。感慨深い。
ソアラとバランは既に怪我人の救助や呪文治療を始めていた。
自分はどうするか――リュンナは迷う。
ミストバーンや親衛騎団の死体処理も必要だ。一か所に纏めてメドローアか。
「おーい」
ふと、徒歩組の声。
もともとここにはトベルーラを使える飛行組が先行し、使えない者たちは徒歩で追ってきていたのだ。
具体的には、ヒュンケル、バルトス、マァム、クロコダイン、ベルベルとリバストとボラホーン。
飛べるハズのベルベルも混じっているのは、徒歩組の回復要員を増やすためだ。移動中に魔王軍の別動隊に攻撃される危険性を考えてのこと。杞憂だったようだが。
「もう戦いは終わったようだな……」
「リュンナ~~~」
冷静に様子を窺うヒュンケルを後目に、ベルベルが抱きついてきた。
よしよしなでなでしながら、一行に状況を報告する。
ミストバーンと、オリハルコンのチェスの駒の親衛騎団。『親』のミストバーンを斃したことで、金属生命体は道連れになったのだと。
「オリハルコンの戦士たちか……」クロコダインが観察の目を向けた。「装備に加工できたりはしないのか?」
「エグいこと考えるな、クロコダインのおっさん……」
「そうか?」
野獣の世界においては、敗者は文字通りに食い物にされる。その辺りの倫理観は、人間とは違うところがあるのだろうか。
しかし残念ながら、無理だ。
「禁呪法生命体は、部位を切離したり、著しく形を変えたりすると、その部分は消滅してしまいますからね。親衛騎団のまま、足でも掴んで振り回すくらいでしょうか……。それも『親』が死んだ今、いつ消滅するか分かりませんけど」
「そういうモノか……。残念だな。ここに来て、全員にオリハルコンの装備を行き渡らせることができれば、と思ったのだが……」
柔軟かつ合理的な発想と言えよう。
なかなか理知的な獣王である。
「言うほどオリハルコンって実際強くないですけどね……」
「
ダイが感心の声音。
見ていなかった徒歩組にぎょっとされた。
「ちょっとダイくん、そんなおばちゃんのこと化物みたいに!
「
ノヴァが呆れていた。
リュンナはビックリした。
「え、そんな影響あります? そりゃ芯があった方が形成しやすいですけど、わたし素手の
「まず素手で
世界有数の
そんな、ひどい。
「それにしても、チェスの駒の戦士か……。あれが
ヒュンケルは、形の残った親衛騎団を観察していた。ヒムとシグマ、そして氷漬けのアルビナス。
ブロックとフェンブレンは粉砕され、既に爆発消滅した。
「
「確かに」
流石は超一流の戦士。
実際原作でも、それ以外の駒として、マキシマムの率いる部隊が存在していた。
最早どこまで通用するか分からない知識だが、警戒はしておくべきだろう。
「ところでリュンナさま」ヒュンケルは続ける。「リュンナさまは、こういった眷属をもうお作りにならないのですか? 超竜軍団長時代には、かなり作っていらしたようですが」
「あーそれね……」
氷漬けのアルビナスの傍らにて。
犬のように懐くベルベルをわしわししながら。
「それこそ親衛騎団クラスのを作るとなると、結構な消耗があるんですよ。わたし本体の力が落ちちゃって、回復に時間がかかるんです。そしたら、最初から自分で戦う方が強いでしょう? っていう。倫理面を置いておいたとしてもね」
「なるほど。いつ戦いが起きるのかも分かりませんしね。例えば――」
ふと腹に冷たさを感じた。
それはすぐに灼熱へと変わる。
見下ろすと、ヒュンケルの剣が、ベルベルごとリュンナを貫いていた。
「――例えばそう、『今』起きるかも知れない。そうだろう? リュンナ」
「ぐふっ、……!!」
吐血。
あまつさえ剣を抉られた、リュンナの赤とベルベルの蒼が混じって流れ落ちる。
「ヒュンケル!? 何を……!!」
「リュンナ!! ベルベル!!」
剣を抜かれ、崩れ落ちる。
あまりにも不意打ちだった。殺気はなかった。ごく自然過ぎて、思わず見逃すような所作だった。
無防備なところに、痛恨の一撃を受けてしまったのだ。
ヒュンケルの額に、おぞましい眼光を湛えた暗黒の顔が開く。
「ミストバーンです! 取り憑かれッ……。ご、ごふッ……!!」
ベルベルとベホマをかけ合いながら叫ぶ。
空の技の使い手たちは咄嗟にその構えを取るが、
「この男の暗黒闘気はなかなかいいな。――闘魔滅砕陣!!!」
蜘蛛の巣状の暗黒闘気網が広がり、絡め取られ、不発。
10人にも及ぶ超一流の戦闘者が、一網打尽に身を縛られているのだ。
圧倒的暗黒力。
そしてヒュンケルの口で、ヒュンケルの声で、ヒュンケルでない者が述べる。
「いや、なかなかどころか、まるで私のために生まれてきたような……。ああ、もっと早くに出会い、より私に合うように育てたかった。
尊敬する者たちへの愛と――それを害する者たちへの憎しみ……! 分かる、ああ、分かるぞ。ヒュンケル……!」
しかし
闘気そのものの位階の差――それを覆すには、まだあと少しだけ足りない。
「ヒュンケルを放せ!!」
「いつまで
額に輝く
こうなった
だが敵をただ粉砕すればいい戦いではない。ヒュンケルを殺さずに解放する必要がある。
「闘魔傀儡掌!!」
「かあッ!!」
個別にかけてきた傀儡掌を、バランが
その後ろから跳び越えたダイが、空裂斬を放つ――直撃、しかし弾かれた。
「ダメだダイ、双竜陣で強化されるのは
「でも
言っている間にも、ヒュンケルが――ミストヒュンケルが剣を構え、蹲るリュンナの首を刎ねようと動いた。
痛恨の一撃を受け重傷、あまつさえ滅砕陣に囚われ、回復は途中、回避も防御もできない――そんなありさまのリュンナに。
「やめろっ!!」
ダイが飛び込んで剣を受け止め、切り結ぶに移っていく。
超一流の戦士であるヒュンケルが、更にミストとの融合によって暗黒闘気を増大させている状態だ。ヒュンケルの剣術、ミストの暗黒力。それは双竜陣ダイですら容易には打ち崩せぬ鉄壁。
もちろん、殺してはならぬというハンデも大きな一因だが。
次いで加わるバランもまた、太刀筋が鈍い。
原作バランならヒュンケルごと殺したかも知れないが、このバランはだいぶ丸いのだ。
結果、ふたりがかりでも互角のありさま。
あまつさえミストヒュンケルは、滅砕陣で捕えたメンバーを積極的に巻き込もうとする。
自らの剣を滑らせ、或いはダイたちの剣からの盾にしようとすらするのだ。
戦いにくいにも程がある。
「つ、強い……っ!!」
ダイが呻いた。
バランも苦渋の顔。
「ベホマで治る程度に斬ろうにも、それすら叶わぬとは!
それにしても、いつの間にヒュンケルに……!!」
「フハハッ!! リュンナにやられる間際、自分の一部を切り離して避難していたのだ。吹けば飛ぶゴミのような、ごく微弱な存在となってな……。その状態で気配を隠せば、どうだ、全く気付かなかっただろう?
そしてこのヒュンケルの暗黒闘気に惹かれて入り込んだが、全く大当たりだったよ! その闇を吸収し、既に私は完全に回復したのだ!」
分身していたとは。リュンナが凍らせ、ソアラが空裂斬で断ったのは、言わばミストの抜け殻だったのか。
しかしあの時、ヒムとシグマは確かに事切れた。竜眼で見ても生命反応の欠片もない。だから確実にミストも死んだと判断したのだ。
あれは死んだフリ――いや、何度探っても本当に死んでいる。
ミストにとって、駒は駒。
自ら駒の生命を断ったのだ、この騙し討ちのために。
「死ね! 勇者ども! バーンさまのお耳に届くよう、精いっぱい苦痛と絶望の声を上げてな……!!」
魔剣に更なる暗黒闘気を纏わせ、ダイとバランに反撃しようと攻勢を強めるミストヒュンケル。
その光景に――バルトスの歯が、カタカタと鳴っていた。