暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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99 ミスト その2

 ミストがヒュンケルに憑依した。

 その圧倒的暗黒力からの闘魔滅砕陣で、動けるのはダイとバランのみ。

 (ドラゴン)の紋章を共鳴させて力を高め合う双竜陣により、負けることはないものの、ヒュンケルを人質に取られている形であり、勝つこともできない。

 空裂斬は弾き返された。ミストヒュンケルにも、滅砕陣にも。

 

 絶望的というには未だ余力があるが、しかし打開策がないのも事実だ。

 

「流石にしぶといな……!!」

 

 ミストヒュンケルが舌を打つ。

 が、すぐに不敵に笑んだ。

 

「だが私には、この底なしの暗黒闘気がある。器の疲労も私には関係ない……。このまま何日でも戦い続けてやろう! しかしお前たちはどうかな?」

「くっ、……!!」

「貴様……!!」

 

 ダイとバランが呻いた。

 それでも(ドラゴン)の騎士であるふたりは、戦い続けることも出来るかも知れない。

 だが滅砕陣に囚われているメンバーは――特に胴を貫かれたリュンナとベルベルは、到底ついていけない。途中で力尽きる。

 

「焦れ焦れ。そうすれば――フハハッ!!」

 

 焦燥から、一瞬、ダイの攻めが大振りで単調なモノになる。

 それを見逃すミストヒュンケルではなかった。

 大地斬――その身を裂く。真っ二つにされるほどではないが、衝撃に押されたダイは、更にバランに叩き付けられた。

 

「うわあああっ!!」

「ダイッ!!」

「そら、この通り……! やはり私こそがバーンさまの一の腹心! 勇者どもを全滅させるのはこの私だーッ!!」

 

 ふたりの体勢が崩れる。

 その隙に、ミストヒュンケルは構えた――剣持つ右手を大きく引き、左手は逆に前へ伸ばして照準とする。

 

「「ブラッディースクライドッ!!」」

 

 声が重なった。

 ミストヒュンケルが螺旋状の刺突剣圧を繰り出すその間際、もうひとつの刺突剣圧がその腕を撃ち、ダイとバランから攻撃を逸らす。

 

「なにッ……!」

「ヒュンケルを放せミストバーン!! その子はワシの子だッ!!」

 

 バルトスだった。

 闘魔滅砕陣から逃れているのは、竜闘気(ドラゴニックオーラ)で弾き返せるダイとバランのみ――そんな状況だったハズが、今、バルトスは自由の身になっている。

 

「お前如き地獄の騎士が……!? 闘魔傀儡掌!!」

 

 ミストヒュンケルは個別の傀儡掌をバルトスにかける――しかし何も起こらなかった。

 バルトスは弾き返しもせず、打ち破りもせず、避けることもしていない。

 まるで何事もなく、ミストヒュンケルに斬りかかっていく。

 

 そして打ち合う。

 まったく互角に、いや、僅かにバルトスが押している。

 

 双竜陣状態のダイとバランは、リュンナの目には、それぞれが双竜紋クラスの力を持っていると感じられる。

 そのふたりを相手に一歩も引かなかったミストヒュンケルを、バルトスはひとりで圧倒しようとしているのだ。

 

「ヒュンケルのことは、ワシが誰よりよく知っている……! その体からどんな太刀筋が繰り出され得るか! この姿勢なら、この間合なら、このタイミングなら!! 全て分かるぞ!!」

「バカな、バカなッ!! しかも、この感じは……!!」

 

 ミスト自身は自前の肉体を持たないためか、器を操りはするものの、具体的にどう動くか、という細かい部分は器任せにしているようだ。

 つまり、器の癖が強く出る。

 その癖を知り尽くしていることによる先読みの極みが、バルトスの強み。

 逆にミストはバルトスの癖を知らないため、いいように誘導され翻弄されていく。

 

 そしてしかも、バルトスもまた暗黒闘気を纏い、身体能力をかなり引き上げている。

 アンデッドという仮初の生命体である彼は自前の闘気を持たない――代わりに、『親』であるヒュンケルの闘気を引き込んで使えるようになっていた。

 滅砕陣や傀儡掌が効かないのも、それが理由。バルトスの闘気はミストヒュンケルの闘気なのだ。暗黒の技をバルトスに当てても、技自体が『これは自分の体だから攻撃対象ではない』として、すり抜けてしまう境地。

 

 あまつさえ、事はそこに留まらない。

 

「バルトス、貴様!! 私の……私の暗黒闘気を……! 私が萎んでいく……!?」

 

 バルトスの闘気引き込みが加速する。それはあたかも、ヒュンケルが自分から闘気をどんどん送り込んですらいるような。

 つまり、ミストヒュンケルの力が加速度的に弱まっていく。

 天秤が一気に傾いた。

 

「息子を放さんと言うなら仕方ない……! そのまま死ね、ミストバーン!!」

 

 バルトスが6刀を巧みに操り、ミストヒュンケルの剣を弾き飛ばした。更に刃ではなく峰を使った棒術的な技も交え、傷付けずに動きを封じる。

 

「今だ!!」

「空裂斬!!」

 

 バルトスが言うが早いか、ダイの光の闘気がミストヒュンケルに迫る。

 暗黒闘気を吸われて弱った今ならば、もう弾かれない。

 通った。

 

 滅砕陣が消え、ヒュンケルがその場に倒れる。

 意識を失っているが、生きてはいるようだ。

 

 だがリュンナが叫ぶ。

 

「待って、まだ生きてます! 寸前に抜け出したのが見えました!」

「何だと!? どこだ!」

「そんなことより回復しなきゃ! リュンナ!」

 

 滅砕陣から自由になった今、貫かれた胴の回復は確かにできる。

 だがリュンナはそれをベルベルに任せきりにし、ミストを探す。実体がないせいか、竜眼でさえ追い切れない気配の薄さ。

 もっとも、この場にヒュンケル以上の器がいるとは思えない。誰に憑こうと、空の技で対処すれば、最悪でも負けることはないハズだ。

 

 ただひとり――例外を除いて。

 

「リュンナッ!!」

 

 ベルベルが悲痛に叫びながら、暗黒闘気の奔流に弾かれて離れていった。

 

 この感覚。

 この気配。

 

 無数の触手めいた暗黒闘気の奔流。

 いる。入ってくる。

 

「お前が本命だ、リュンナ。ヒュンケルも思いがけず素晴らしかったがな……!」

 

 ミストの声が響く。

 それ以外の声が遠い。

 

 反射的にミストを跳ね除けようとする。

 どこまでが自分で、どこからがミストなのかが、既によく分からない。

 

「あの処刑の日、私がお前を拾うハズだったのだ。我が予備の体へと鍛え上げるために! だがハドラーに先を越されてしまった。バーンさまもそれをお認めに……。正直、諦めていた……。しかし結局はこうなる運命だったようだな!」

 

 ハドラーを愛する、その敵を憎む。

 バーンを愛する、その敵を憎む。

 パズルのピースがピタリと嵌るように、重なり、冒される。

 

 仲間たちが空の技を放ってくる。

 魔氷気の膜――闇の衣に阻まれて散った。

 闇の衣の密度は更に上がり、全身をぼんやりと覆う膜を超え、衣装となって身に纏われる。

 

 勇者であり姫であるに相応しい、鎧でありドレス。

 胸当ては体型のなだらかな曲線を模ったモノ。

 スカートは前後で長さを違え、太腿の前側が露出する。

 ブーツは戦闘的に重く編み上げられ、逆に手袋は極薄。

 そして翻るマントも――それら全てが、薄青い黒の中に無数の光を宿した星の海の様相、常闇と冷気の具象化、魔氷気のうねりから成る。時々刻々と、輝きの渦巻き蠢くそれ。

 

 ミストバーンの闇の衣も、こうして高まった闘気が具現化したモノだったのだろうか。

 

「魂は……硬いな、すぐには消せぬか……。だが支配力は私が上! 時間をかけてゆっくりと消化してやろう」

 

 額、竜眼と連なる形で、小さなミストの顔が開く。

 

 理解する。なぜミストを感知できなかったのか。

 魔界で数千年にも渡って繰り広げられてきたどす黒い戦いの思念の中から、ミストは生まれてきた。

 個であって、個でない。

 個であることを極限まで薄め、自然に溶けていた。無念無想で気配を消すのではなく、周囲と融和し気配を同じにしていたのだ。気配の穴を作らなかった。

 

 そういうことだ。

 今更分かったところで遅いがな。

 

 お前は私になるのだ。

 ハドラーを主軸にしたその愛も憎しみも、バーンさまを主軸にしたモノに変わる。

 

 ミストリュンナの声が、頭の中で響き渡る。

 ミスト? リュンナ?

 

 空の技が効くようになるまで弱らせる算段か、バランが容赦なくギガブレイクを向けてきた。

 だが無駄だ、ダイはそれを止めようとしている。心をひとつにしなければ、双竜陣は維持できない。

 

 闇の衣に触れた途端、ギガデインオーラは自殺消滅した。

 残った純粋な剣の威力を、指1本で受け止め切る。

 その指を一瞬引っ込め、デコピン。

 剛竜剣ごと、バランは彼方に吹き飛んだ。巻き込まれた仲間も多い。

 

 耐性も守備力も充分。攻撃力も申し分ない。

 では蹂躙を――

 

「ルーラ」

 

 反射的に呪文を唱え、大魔宮へと飛んだ。

 

 何をする、リュンナ!

 だってまだ馴染み切ってないでしょう? ミスト。

 完全なミストリュンナとなるには、まだ時が要る。

 

 それまでに、どうか、わたしを。

 

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