五等分の未来(失恋) 作:禅
「フータロー君が家出!?」
朝の八時。
電話越しに聞こえてきた情報に、驚愕の声をあげる中野一花こと私。
それもそのはず。なぜなら、その内容とは、私の『元家庭教師』兼『友達』兼『元想い人』である上杉風太郎が、家出をしたというものだったからだ。
長かった高校生活が終わって、皆それぞれの進路に進んだ。
結局、フータロー君は五月ちゃんと交際することになり、今は二人とも教師を目指してイチャイチャ……じゃなかった、猛勉強しているようだ。
『ええ、そのようなんです。行き先はらいはちゃんにも聞いたんですけど、分からないって……グスッ……』
電話越しに、泣きかけている妹の声が聞こえてきて、私は焦った。
ど、どうしよう!フータロー君がいなくなっちゃって……とりあえず五月ちゃんを宥めないと!
『わ、分かったから。ほら、泣かないで五月ちゃん。皆で探してみよう。ね?』
『はい……グスッ……』
電話を切ると、私はスマホのグループLI○E にすぐさまメッセージを入れた。
フータロー君が失踪、捜索求む、っと。
しっかし、五月ちゃんもあんなにテンパっちゃって、かわいいなあ。
幾つになっても、やっぱり末っ子なんだなぁと、実感せざるを得ない。
まあとにかく、今はそれどころじゃない。早くフータロー君を見つけないと!
まずは図書館辺りを探そうかな。あの勉強オバケのフータロー君のことだから、らいはちゃんと五月ちゃんに何も言わずに図書館で勉強してるってこともあり得る。
そう思っていると、玄関の呼び出し鈴が鳴った。
誰だろう?五月ちゃん……にしては早すぎるような?
仮に相談にきたとしても、あそこからここまではかなりの距離がある。
となると、他の姉妹……?
そう思いつつ、ドアを開ける。
そこにいたのは──
「はいはーい、どちら様ですか?」
「よ、一花。匿ってくれ」
「……」
「おいなんで閉める。開けてくれ」
ちょっと待って。なんでフータロー君がここにいるの?
え、家出したって聞いたんだけど?お姉さんの耳はどうかしちゃったのかな?
「えーーっと……フータロー君?なんでこんなところに?家出したんじゃ……?」
「あー……諸々の話は家の中でするから、まずは入れてくれないか?」
「う、うん。分かった。どうぞどうぞ……」
◆◆◆
フータロー君を家に招き入れて、お茶を出した。
今、私はフータロー君と向かい合って座っている。
「……で?フータロー君はなんで家出してきたのかな?らいはちゃんと喧嘩でもした?」
「いや、な、その……昨日、五月とお揃いのネックレスを……」
「壊したの!?」
「な、なんで分かった!?」
「はぁ……フータロー君……」
「なんだよその溜め息は。いや分かってるけども」
残念だ。残念すぎる。
フータロー君は、昔からこういうところがあるからなぁ……五月ちゃんも大変だ。
「で、フータロー君は五月ちゃんに合わせる顔がない、と?」
「あ、ああ……」
私の問いに、頷いて肯定の意を示すフータロー君。
はぁ……全く、このカップルは……。
私はスマホを取り出し、五月ちゃんに連絡を入れる。
私の家にきて、と。
よし。あとは、フータロー君を上手く丸め込むだけだ。
「ねえ、フータロー君。お姉さんはなんでフータロー君を好きだったと思う?」
「ぶっ!」
フータロー君が口に含んでいたお茶を吹き出した。まあ、当たり前だよね。こんな話をいきなりされたら、誰だってそうなると思う。
「ど、どうしたんだ急に。それに、お前は俺のお姉さんじゃ……」
「未来の『姉』でしょ。そこはいいの。それよりも、どこが好きだったと思うか、その答えをちょうだい」
私がそう言うと、フータロー君は少しだけ間を開けた後、僅かに頬を紅潮させて小さな声で呟いた。
「そりゃ……勉強ができるところ、とか?」
「はぁ……」
「その溜め息本日二度目ですけど!?」
「正解は、フータロー君の優しさと、不器用さのギャップに惹かれた、でしたー!」
「あ、そう。そりゃどうも」
一見淡泊なように思えるこの反応だが、フータロー君の動揺したときに前髪を弄る癖はまだ治っていないらしく、動揺しているのがまるわかりだ。
あとは、そういうかわいい反応もね──とは言わないでおいた。
話が先に進まないし、何より──いや、なんでもない。
「多分、フータロー君が優しいのも、不器用なのも、五月ちゃんは分かってくれてると思うよ。一度、勇気を出して謝ってみたらどうかな?」
「……そういうもんか?」
「うんうん!その意気だ!さぁ!五月ちゃんに謝ってきなさい!」
「そういうもんかって聞いた筈なんだが……まあいいか。ありがとな一花。お前のお陰で決心がついた」
「……うん。妹のためだし、このくらいするよ」
君のお姉さんになるためにもね、と心の中で付け加える。
この想いはもう届かない。でも、できるだけ近くに、君の存在を感じていたいから、と。
その時、丁度玄関から呼び出し鈴が鳴った。
五月ちゃん、来たみたいだね。
「あ、私、今、手が離せないから、フータロー君出てもらってもいいかな?」
「ん?ああ、良いぞ」
そう言って玄関へ向かうフータロー君。
よしよし。良いぞ私!流石は女優。その演技力は伊達じゃない!
あとはフータロー君と五月ちゃんに任せて、私はゆっくりお茶でも飲んでいよう。
ふぁぁぁ……眠くなってきた。少し寝ようかな。今日は仕事も無いし。
おやすみなさ~い……。
◆◆◆
結局あのあと、二人は仲直りして、『フータロー君の家出』騒動は事なきを得た。
実は、偶然にも五月ちゃんも同じタイミングでネックレスを壊しちゃっていたらしい。
朝からフータロー君を必死に探していたから何か怪しいと思っていたが、まさかネックレスを壊したことを謝るためとは思わなかった。
現実は小説よりも奇なりとは、よく言ったものだ。
……この言葉も、フータロー君に教えてもらったんだっけ。
今はもう、届かない想い。今はまだ、受け入れられないけれど。
いつか、この恋に区切りをつけて、新しい恋を始めたいな。
ふぁぁぁ……もうこんな時間かあ。眠くなってくるのも当たり前だよね。
それに今日は一日中撮影に追われて忙しかったし……女優も楽じゃないなあ。
それじゃあ、おやすみなさーい。
『お疲れ、一花』
薄れゆく意識のなかで、微かに聞こえた声。
いつだったか、彼にかけてもらった労いの言葉。
あはは、こんなんじゃ──
しばらく、新しい恋は、始まりそうにないなあ……。