五等分の未来(失恋) 作:禅
──うっえすぎさーん!──
──なんだ、四葉か──
──なんだとはなんですか!女子に向かって失礼ですよ!──
──で、何の用だ?──
──実はですね……──
ピピピピッ!ピピピピッ!
「……うーん……朝、か」
夢を見ていた。私達が高校生で、風太郎君と一緒に過ごしたあの夢のような二年間の夢を。
◆◆◆
服を着替え、食パンをトースターに入れる。
パンが焼けたら、それを口にくわえ、靴を履いて大急ぎで家を飛び出す。
向かうのは、私がトレーナーをしているジム。
高校卒業後、上杉さんに私の進路を決める手伝いをしてもらい、何とか就職したジム。
私にとっては、私への上杉さんの思いが形になったものだ。
上杉さんは、こんな私に、進路を一緒に真剣になって考えてくれた。
私が、小学校六年生の時に会った子だと知っていながらも。
変わり果てた私を、応援してくれたんだ。
「さーて、今日も頑張るぞー!」
今日の担当は誰かなぁ、っと。
ルンルンと、鼻歌を歌いながらお客さんのところへ向かう。
私は、人の努力をサポートするこの仕事が好きだ。
皆の頑張りを、一番近くで応援できるこの仕事が。
今日は、どんな人なんだろう。
「お、四葉か!」
「四葉、おはよう」
聞き慣れた、二人の声。
ああ、これは。あの二人の声だ。
「上杉さん……じゃ、二人ともになっちゃうね。改めて、風太郎君、三玖、おはよう!」
目の前の二人の上杉さんに、朝の挨拶をする。
大学を出て就職した上杉さんは、三玖を上杉さんにして、専業主婦の上杉さんと二人で暮らしている。
……ややこしいね。
「今日は夫婦で来たの?」
「うん。四葉こそ、土日もやってるの?」
「あはは、まだ、これといって趣味がないというか……お恥ずかしい」
「四葉、たまには休んだらどうだ?趣味も、休んでるうちに見つかるかも知れないぞ?」
チクッ。
「そうですね、考えておきます」
嘘だ。趣味なんて、見つける気はない。
だって、必要がないから。
私にとって一番の幸せは、風太郎君に見つけてもらったこの仕事を頑張ること。それ以外、全く興味が湧かない。
そんな仕事に、二人が来てくれたんだ。これ以上嬉しいことはない。
「さあさあ、こちらへ。まずは軽くストレッチからやりますよー!」
二人を案内し、仕事を始める。
入念にやらないと、怪我しちゃうからね。
……ん?
「風太郎君!体固すぎです!ほら、三玖!手伝って!」
風太郎君がサボっていたので、三玖に背中を押させることにした。
うん!夫婦仲が良くてよろしい!
チクッ。
「よし!じゃあ次は──」
二人のトレーナーをして、お昼の時間。
私達はジムの中庭で一緒に昼食を摂っていた。
「ところで……二人はもう……?」
「そ、それは……」
「真っ昼間からなんて話をしようとしてるんだお前は」
私のカマかけに、見事に引っ掛かる二人。
三玖は顔を赤らめ、風太郎君は前髪を弄っている。
「あれー?何の話ですか?私、『二人はもう疲れた?』って聞こうとしたんですよー?」
「なっ……な、なんでもない」
「一花かよ……」
「しっしっし。五つ子ですから」
かわいいなあ、二人とも。
やたらと二人をからかっていた一花の気持ちが今になって分かる。
チクッ。
そのまま昼食を終え、午後は上半身中心に鍛えることにした。
「フータロー、これ、持ち上げられる?」
「お、おう!任せとけ!俺はこれでも男だ!」
そう言って、風太郎君は結構な大きさのバーベルに手をつける。
頑張って持ち上げようとしている様子だが、バーベルはびくともしない。
「まだまだぁぁぁ……!」
それでも、風太郎君は諦めない。
三玖と約束したから。
カッコつけだなあ、と昔から思っていたけど、本当に残念なことにカッコがついてしまっている。
少なくとも、私達姉妹相手には。
「うおおおお!」
風太郎君が雄叫びをあげる。
少しだけ、バーベルが浮き、すぐにもとに戻った。
風太郎君は起き上がり、額についていた汗を拭うと、澄まし顔で言う。
「ふう、見てたか三玖、上がったぞ!」
「うん!凄いよフータロー!」
ええ……それでいいんですか上杉さん……。
そうこうしているうちに、日が暮れて。
私達は近くの居酒屋で、食事をすることになった。
「──と、生ビール二つと……」
「オレンジジュースで」
「ぷっ!……あー、以上で」
私の注文に吹き出す風太郎君。
三玖は笑いを堪えているけど、私にしてみれば同罪だ。
「あー!笑いましたね!オレンジジュースをバカにしないでください!」
「いや、だって……本当にお前は昔から変わらないなと思って」
「お子様パンツ」
「ちょっと!三玖!」
冗談混じりに交わされる楽しい会話。
私には、その時間がまるで、あの頃に戻ったように感じられた。
違うんだ。違うんだよ、風太郎君。
私は、酔っちゃいけないんだ。
私には確信がある。もしここでお酒を飲んでしまったら、風太郎君への想いが溢れだしてしまう。
だから……私は酔えない。絶対に。
それはきっと、三玖と風太郎君に気を遣わせてしまうことになる。
二人の幸せに、ひびをいれてしまうことになるだろうから。
◆◆◆
数時間後。私は、酔いつぶれた風太郎君を背負って、二人の家への道を歩いていた。
三玖は大河ドラマの予約を忘れたとかで、先に家に帰っている。
すぅすぅと、私の背中で寝息をたてる風太郎君は、いつもよりも心なしか幼く感じられた。
「うーーん……三玖……今日も旨いな、ありがとう……」
風太郎君が寝言を言っている。
「三玖……知ってるか……織田信長はな……」
「抹茶ソーダ……買ってきたぞ……」
出てくるのは三玖のことばかり。
分かりきっていたことだけど……本当に、三玖のことが好きなんだね。
チクッ。
私の名前が、あるわけがないんだ。
風太郎君に迷惑ばかりかけていた、私の名前が。
「……三玖……今日はどこに行こうか……?」
「……もうすぐお家ですよ」
「……家……?」
あはは、私は四葉なんだけどね。
幸せを運ぶ、四葉のクローバー。
人を不幸にしてばかりの私なんかに、『四葉』なんて名前がついていて良いのかな?
「……四葉、ありがとうな」
ドクン。
突然自分の名前を呼ばれて驚く私。
起こしちゃった……?
「……お陰で……文化祭は成功だ……最高の思い出になったよ……」
……風太郎君。
こんな私に、感謝してくれてるの?
こんな私に──
──ありがとうを、くれるの?
「……ふふ。どういたしまして」
知ってたよ。風太郎君は、そういう人だよね。
風太郎君は私に「昔から変わらない」って言ってたけど、私からしてみれば──
私は四葉。幸せを運ぶ、四葉のクローバー。
私なんかじゃ、全然人を幸せにはできないけれど。
……けれど、もし。
少しだけ、ただ一人にだけ幸せをあげられるのなら、それは──
──愛しい君に、届けたいなあ……。