スカートの中身に興味津々のリンクに執着されてドキドキしちゃう天才魔法少女アイリンちゃん!!   作:ほいれんで・くー

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考えるアイリン

 大気は循環する。

 

 その日のハイラルの空は、北のヘブラ山から南のハイリア湖に至るまで、黒雲に覆われていた。

 

 黒く分厚い雲は沛然たる雨を注いで大地を潤し、伸び盛りの草木に必要不可欠な水分を惜しみなく分け与えている。

 

 植物にとっては恵みの雨。だが、人や動物が外で活動するにはこの雨は些か激しすぎた。魔物たちも出歩くのをやめて、木陰や洞窟に息をひそめてひっそりとしている。

 

 激しい雨音を天然の音楽としながら、アイリンは部屋で静かに、しかし熱心に、本を読んでいた。

 

 彼女の服装は、赤い裏地の丈の長い黒のローブに、同じく赤い裏地の黒いとんがり帽子。室内であろうとどこであろうと、アイリンの服装は変わらない。それどころか、いつだって同じ格好をしている。朝、窓から差し込む優しい陽射しに目を細める時も黒のローブに黒の帽子だし、夜、煌々と輝く月と星々を眺める時も黒のローブに黒の帽子だ。

 

 今日の空が黒雲を纏っているように、魔法使いたちも黒一色を身に纏う。空はいつも黒いわけではないが、魔法使いはいつも黒い。この世の中はそういうふうになっているのだ。

 

 髑髏の燭台が投げかける淡い光に、アイリンの小作りな顔が照らされている。青い髪に黒い瞳。あまり柔和とは言えない目つきは、読書に集中しているためかいつもよりさらに鋭くなっている。あるいは、文字を読むには光線量が足りていないのかもしれない。小さな口元はしっかりと結ばれていて、そこから普段のあの可愛らしい声音が出てくるとはとても思われない。

 

 水滴のような青い耳飾りが下がっているその両耳は、一般的なハイラルの民と同じく、長く尖っている。神の声をよりはっきりと聞くための耳とは言われるが、今のところ彼女の耳が聞いているのは、バラバラという屋根を打つ雨音と、ジリジリというロウソクの燈心が焦げる音でしかない。

 

 雨は降り止まず、アイリンの読書も止まらない。疲れも見せず、もう数時間も彼女は机に向かっていた。机の両脇にはまるでヘブラの塔のように本が積まれていて、その合間合間から茶色のメモが飛び出している。

 

 二つの本の塔は、最近になって出来たものだ。天才魔法少女を自称するアイリンは以前からそれに見合うだけの努力を欠かしたことはなかったが、最近になって彼女はより熱心に机に向かうようになっていた。

 

 彼が飲む薬は、自分の手で作ってあげたいから。

 

 読んでいる章の纏めをメモし終えた時、アイリンは何かを聞いたような気がした。

 

「あら……?」

 

 彼女は振り返って、部屋の片隅に目をやった。そこには愛用のほうきが立てかけられていて、長い柄の先端には銀色の小さなベルがつけられている。

 

 そのベルが、鳴ったような気がしたのだ。

 

 アイリンは、しばらくベルを見つめた。数秒経ち、数十秒経ち、一分が経ったが、結局何も音はしない。

 

 彼女は椅子から立ち上がり、ほうきを手に取った。念を入れるように、穂先から柄の先端のベルまで、黒い瞳でじっくりと見つめる。

 

 細い指先でつつくと、小さなベルはチリチリと小さく音を立てた。

 

 この小さなベルには、対となる大きなベルがある。大きなベルがどんなに遠く離れた場所で鳴らされても、必ずそれに反応して小さなベルが鳴るように魔法がかけられている。

 

 だが、これが本当に鳴る時の音は、決してこんなささやかなものではない。

 

 はぁ、と溜息をつく。やはり、気のせいだったようだ。

 

「そりゃ、鳴るわけないか。こんな天気だし」

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、アイリンはほうきを元のように立てかけると、机に戻った。

 

 こんな悪天候の日には、ベルは鳴らない。激しい風雨や天地を揺るがす雷のような、飛行するには危険すぎる空模様の時は、特に。とっくに分かっていたことだ。

 

 そう、彼は、こんな天気の日には絶対に大きなベルを鳴らさない。それに……

 

「……あんなことしちゃったし。リンクだって、私に会いたくないんじゃないかな……」

 

 またもや深く溜息をついて、アイリンは読書に戻った。だが、先ほどまでは我を忘れるほどに集中できていたのに、今はまったく文章が頭に入ってこなかった。

 

 代わりに頭の中を満たすのは、リンクのことだった。

 

 アイリンがリンクをほうきから蹴落とし、ニンジン畑に墜落させたのは二日前のことだ。爪先が彼の鼻にめり込んだ時の生々しい感触を、彼女はいまも鮮明に思い出せる。

 

 それだけではない。真剣な顔つきで妙なことを言うリンクをほうきで思いっきりフルスイングした時の手応えもよく覚えている。ぶっ飛ばされたリンクは、頭から星を出して気絶してしまった。小柄な彼女では担いで運ぶわけにもいかず、彼が目を覚ますまで呼びかけ続けるしかなかった。

 

 しばらくしてから意識を取り戻したリンクは、もう変なことを言わなかった。一言「ごめん」とだけ言って、その後の飛行の際もスカートの中を覗き込もうとするようなことはしなかった。

 

 私も、謝れれば良かったのに。

 

 パタンと音を立ててアイリンは本を閉じた。それにしても、と頬杖をついて物思いに耽る。

 

「なんでリンクはパ……じゃなくて、スカートの中に執着したのかな……」

 

 以前にはまったくそんな素振りは見せなかったのに、唐突にリンクはアイリンのスカートの中身に興味を持ち始めた。

 

 あの日、アイリンは颯爽と(というよりも、どちらかと言えば可愛らしく)ほうきに跨って、彼のもとへと飛び立った。

 

 小さなベルが鳴った時、ちょうど彼女はおばあちゃんと一緒に魔法薬を煮ていたところだった。

 

 おばあちゃんはすぐに彼のもとに行くように言ってくれた。

 

「あの子が呼んでるんだったら、すぐに行ってあげないとネェ」

 

 おばあちゃんは、リンクをかなり気に入っているようだった。大事な孫娘であり後継者でもあるアイリンを魔の手から救出してくれたから、ということだけが理由ではなさそうだった。

 

 リンクを孫みたいに思っているのかな? アイリンは、おばあちゃんが時折リンクに向ける眼差しの優しさに気付いて、以前そのように推測したことがある。

 

「ありがとう、おばあちゃん! 私、リンクのところに行ってくるね!」

「気を付けて行くんだネェ」

 

 その時までに大鍋を一つ爆発で台無しにしていて気持ちが滅入っていたアイリンは、これ幸いにと言わんばかりに飛んで行った。魔法のほうきは自動的に彼女をリンクのもとへ連れて行ってくれる。落ち込んでいた気分はみるみるうちに高揚し、それに比例するかのようにほうきの飛行スピードも増した。

 

 リンクに会えるだけで、明るい気持ちになれる。どんなに嫌なことでも忘れられる。

 

 そんなわけだから、あの視線に気付くまで彼女は確かに幸せな気分だったのだ。

 

 ハイリア湖北岸で彼を拾い、カカリコ村へ飛ぶことになった。いつものようにおしゃべりをするアイリンだったが、ほうきにぶら下がるリンクはどこか上の空だった。

 

「……赤い薬はもう失敗しなくなったんだけど、やっぱり黄色い薬は難しいのよ。アンタがいつも魔物の角をどっさり持ってきてくれるから材料不足で困ることはないんだけど、連続で失敗するとやっぱり落ち込むわ」

「ああ、うん」

「……いつも調合の時はノートをとって記録をつけて、失敗を次に活かそうとしてるんだけど、なぜかうまくいかないのよ。まあでも私は天才魔法少女だから、いつか必ず黄色い薬を作れるようになると思うんだけど……もちろん、おばあちゃんに手伝ってもらわなくてもよ! ねぇ、アンタもそう思うでしょ?」

「ああ、うん」

「ねぇ、話聞いてる……?」

「ああ、うん」

「……昨日の晩、何食べた?」

「ああ、うん」

 

 どんなに話を振っても生返事しか返ってこないのを不審に思ったアイリンが振り返ると、リンクが真剣な面持ちで何かに視線を集中しているのが見えた。

 

 スカートの中へ、目を凝らしている。

 

 ほぼ直感的に、彼女は気付いた。だが、あからさまに問いただすことはできなかった。まさか、リンクに限ってそんなことは……これまで一度だって彼はそんなヘンタイみたいなことをしたことはなかった……

 

 アイリンはおずおずと言葉を発した。

 

「あのリンク……? もしかして、私のパンツ見てる……?」

 

 問いかけに、リンクはハッとしたようだった。あからさまに彼は視線を逸らした。

 

「ううん、見てないよ」

「そ、そう……? それなら良いんだけど……」

 

 その十分後に、リンクの鼻先にアイリンの憤激の蹴りが突き刺さったのだった。その半時間後には、ほうきのフルスイングである。

 

「やり過ぎちゃったな……」

 

 はぁ、と本日三回目の溜息をつくアイリン。いつもは何とも思わぬ帽子が、今はいやに重く感じられる。リンクが「ごめん」と言ったあの時、やはり自分も謝っておくべきだった。しかし、悔やんだところでもう遅い。

 

「嫌われちゃったかも……あーあ……」

 

 暴力的だと思われてしまったかもしれない。自分は決してそうではないと信じているだけに、その考えはアイリンの心をひどく揺さぶった。

 

 それでも、ひとしきり後悔と罪悪感という感情のうねりに揉まれた後、彼女の心に去来したのは前と同じく、あの疑問だった。

 

「なんでリンクは、私のパ……じゃなかった、スカートの中を見たがったのかな……」

 

 腕を組んで考えるアイリン。リンクの性格からして、単なる思いつきであんなことを言うとは思えない。たまに軽口を叩くこともあるが、年の割に彼の言動は控えめで真面目なものだ。鍛冶屋の親方の教育が厳しいからだろうか。

 

 冗談だったとも考えられない。あの面持ちは真剣そのものだったし、それにリンクが女性や女の子に「スカートの中を見せてくれ」などという類の言葉を発したのをこれまで見たことがない。そんな彼があの時に限って、自分にそんな冗談を言うだろうか?

 

 あるいは、リンクは隠していただけで、元からヘンタイだったのだろうか? いや、そんなことは考えられない。退魔の剣を抜く資格を持つ者が、ヘンタイであるはずがない。そう信じたい。

 

「うーん……」

 

 たぶんリンクはよく考えた上で、本心からああ言ったのだろう。それにしても、その理由が分からない。

 

 アイリンの思考は循環する。

 

 元はと言えばおばあちゃんと二人っきりで暮らしていたアイリンである。同年代の男の子どころか、女の子の友達すらいない。だから、いくらリンクとは親しい仲とは言っても、男の子の物の考え方や感じ方など分かるわけがない。

 

 発想を変えてみようかな。アイリンはそう思った。行き詰まった時に着眼点を変えるというのは、魔法薬の調合でも重要だ。ひとまずは思考の外堀を埋めるという意味でも、リンクが執着したパンツについて考えてみれば良いのではないだろうか?

 

 リンクを一時的にヘンタイにするような、そんな一種の「魔力」がパンツにあるのでは?

 

「でも……」

 

 スカートを捲り上げて、パンツを見るアイリン。真っ黒なローブとは対照的な白が、いやに目についた。今日のパンツもあの日と同じ種類の、白いシルクのもの。違う点は、リボンが白ではなくピンクなだけ。

 

「こんなの、カカリコ村のおしゃれお姉さんのところで買ってもらった、ただのパンツじゃない……」

 

 何の変哲もない。魔法もかかっていない。おまじないが込められているわけでもない。だからこそ疑問が膨らむ。

 

 ややあって、アイリンがあっと声を上げた。

 

「そうよ! 専門家に訊けばいいじゃない! おしゃれお姉さんに訊きに行けばいいんだわ!」

 

 ポンっと手を叩く。おそらくハイラル中のどこを探しても、あのお姉さん以上に女性用の下着について詳しい人はいないだろう。お姉さんは服飾デザイナーだ。お城の女官たちにも大人気らしいし、噂によるとあのゼルダ姫もお姉さんの作った下着をお召しになっているとか。

 

 だからきっと、私では思いもよらないパンツの魔力について知っているに違いない。リンクみたいな強い男の子でも我を忘れて執着させるような、そんなパンツの(魔法ではない)魔力を、お姉さんが知らないはずがない。そうでなければ服飾デザイナーになれないはずだ。魔法を知らない魔法使いがいないのと同じように。

 

 思い立ったらすぐに行動する。そういう活発さをアイリンは持っている。帽子を被り直し、ほうきを手に取る。

 

「そうと決まればすぐに……って、今日は雨か。この天気で空は飛びたくないなぁ」

 

 窓の外を見て肩を落とす。雲の上に出れば降られないが、それまでにびしょびしょに濡れてしまうだろう。

 

「全身ぐしょ濡れで押しかけて行っていきなりお姉さんに「パンツにはどんな魔力があるんですか?」なんて訊くのは、流石にどうかと思うし……」

 

 アイリンはほうきを元に戻した。チリチリと小さな鈴が鳴る。

 

「今日はやめて、明日にでも訊きに行こうっと」

 

 そう言うと彼女は、また椅子に座って本を開いた。今日中にできるだけこの本は読み進めておきたい。

 

 やるべきことが決まって落ち着いた気持ちになったアイリンは、その日の夕食の時間になるまで、集中して本を読むことができた。

 

 しかし翌日から次々と色々な用事が舞い込んできてしまい、結局彼女がおしゃれお姉さんのところへ行けたのは、その二週間後になってからだった。




書けば書くだけ疑問が湧いて出るのは「神トラ2」でも同じですね。

なおこの作品は「神トラ2」の輝かしきツンデレキャラ魔法少女アイリンちゃんの魅力を布教することを半ば意図しています。残りの半分はリンクさんの魅力の布教です。できるかどうかは分かりませんが。

おしゃれお姉さんにはついては作者の妄想です。いちおう念のため。

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