錆兎達については後から気が付きました
「うむ! ベルは炎の呼吸に向いていないな!」
「ええっ!?」
それは煉獄とベルが出会い、漸く炎の呼吸の型を幾つか完全ではないにしても習得し、ゴブリンの群れを倒した時の事。修行だからと助言もせずに眺めていた煉獄の言葉にベルは驚いた。今更才能が無いと言われても困るし落ち込むのだが……。
「お前の場合、動き回る水の呼吸の方が向いているが俺は教えられんのは困った! だが、その程度で立ち止まる理由も諦める口実にもならん! 自分の長所と炎の呼吸を組み合わせる戦術を身に付けるか、新しい呼吸を派生させれば良いだけだ!」
「はい!」
人は周囲の人間の影響を受ける。未だ幼い頃に出会い修行を付けてくれる煉獄の影響力は当然多く、ベルは本来の彼よりも体育会系になっていた。
(炎の呼吸弐ノ型 昇り炎天!)
真下からの切り上げはミノタウロスの皮膚に傷を付ける。ナイフは安物でミノタウロスの肉は断ち辛く、其れほど深い傷は付けていない。だが、ミノタウロスの胸には無数の傷が付けられていた。一つ一つは浅くても重なる事で徐々に深くなり、ミノタウロスは焦りを覚えていた。
「ブモォオオ!!」
厄介な奴らから集団で逃げた先で出会った脆弱そうな獲物。本能から襲いかかるも攻撃が当たらない。腕をがむしゃらに振るっても身軽に避けられ、僅かながら胸に痛みを与えられた。大した痛みがないと気にしないでいたが、徐々に、そして確実に痛みは増して行く。そして今、命の危機を感じるまでに痛みは増していた。
「あの子、凄い……」
第一級冒険者のティオナは自分達が逃がしてしまったミノタウロスを始末する為に追い掛け、ベルの戦いに見入っていた。どう見ても新人が使う安物の武器と防具、身体能力もLv.2でさえランクアップしたてでは苦戦するミノタウロスと戦うには到底足りない。
だが、動きは洗練されていた。素人が我流で身に付けたのではなく、一流の戦士に師事を受けた物。其れと気になるのは離れた場所まで聞こえてくる呼吸音。それが聞こえた瞬間、彼の動きが跳ね上がった。
幼い頃から夢中になって読んだ物語の一幕を目にしている気がして目的を忘れて観戦する中、遂にベルのナイフはミノタウロスに深手を与える。血が胸から噴き出して魔石が見える。後ろによろめいて膝を突くミノタウロスに最後の一撃を見舞うべくベルは駆け出し……ナイフが根元から折れた。
「いいっ!?」
そもそもが安物であり、逆に此処まで保った方だろう。思わず立ち止まってナイフを見詰めて固まるベルに対し、ミノタウロスは好機と思ったのかベルに掴み掛かった。
「屈めっ!」
煉獄の叫び声に反応して咄嗟に屈んだベルの頭上をミノタウロスの豪腕が通り過ぎる。そのまま横を転がってすり抜けたベルだが、ミノタウロスは角を突きだして必殺の突進の構えを向けていた。
「ど、どうしたらっ!? って、そこの人、逃げて下さい!」
慌てふためくベルだが、ティオナの姿を捉えるなり折れたナイフの柄を手にして構える。彼女が誰か知らない故の言葉であり、こうなれば折れたナイフで立ち向かってでもティオナを守ろうというのだ。
「……え? あー、成る程ね」
一瞬何を言われたのか理解できなかったティオナだが、自分を知らない新米冒険者が自分を守ろうとしているのだと理解した。訳あって幼い頃から戦い続け、十代にして第一級冒険者に上り詰めたティオナからすれば新鮮な出来事だ。仲間としてピンチを救われた事はあっても、女の子として守ろうとされた経験は無い。
「大丈夫だよ、あたし強いから!」
一足飛びにミノタウロスの頭上に移動、振り上げた足で頭を粉砕した。そのまま地面に降り立ったティオナはベルに近寄って行くのだが、興味津々なのが顔に出ている。ビックリしたまま固まったベルの顔を覗き込んで今にもベタベタ触りそうだ。
「いやー、ごめんねあのミノタウロスってあたし達が逃がした奴だったんだ。君が……えっと、名前何? あたしはティオナ!」
「べ…ベル・クラネルです」
「ベル君が凄い戦いをしてたからつい夢中で観戦しちゃってさ! あんな武器でミノタウロスを追い詰めるとか本当に凄いよね! あのゴゥって感じの音がする息の後で動きが凄くなって……」
「おい、バカゾネス! そっちが終わったなら手伝え!」
「っと、いけないいけない! じゃあ、次会ったら色々お話しようねー!」
聞こえてきた男の声に慌てて駆け出したティオナは手を振りながら姿を消す。その姿をベルは最後まで見詰めていた。
「先生……」
「うむ、どうした?」
「僕、悔しいです。勝てると思ったのに、最後は強さも計れずに守ろうとした人に助けられて。もっと強くなりたいです……」
「その意気だ! ならば修行を一段と厳しくしよう!」
拳を握って未熟さを噛みしめる弟子を見た煉獄は嬉しそうな顔をする。この日は武器が壊れたので立ちふさがったモンスターのみを素手で倒して地上へと戻っていった。
「あっ、ナイフが壊れたから武器を買わないと。取り敢えず今日は神様が待っているから明日にでも……」
「そうだな! 結構金も貯まっただろうし、上の店で買えるのではないか?」
地上へと戻る道中、螺旋階段でそんな事を話す二人。尚、ベル以外には煉獄を認識できないので一人で会話する危ない奴に見えていたが本人達は知らない。
町外れに存在する廃教会の地下室、其処がベルが所属するファミリアのホームだ。階段を下りればバイトから帰っていた主神、ヘスティアが出迎えた。
「お帰り、ベル君! えっと、煉獄君も居るのかな?」
「はい! 先生も一緒です」
「帰ったぞ、ヘスティア様! っと言っても聞こえていないだろうがな!」
「ふーん。その女の子に助けて貰ったんだ。っで! まさか惚れたんじゃないだろうね?」
「ほ…惚れっ!? ま、まさか! 助けて貰って感謝してるだけですって」
「……本当みたいで安心したよ」
神は人の嘘を見抜ける。ティオナへの感情が恋慕でないと確認したヘスティアは安堵した表情で誰も居ない場所に置かれた皿の方に顔を向けた。
「えっと、煉獄君は其処に居る……みたいだね。ベル君が女の子にうつつを抜かさない位に厳しく鍛えてあげてくれ。ああ、言っておくけど主神である僕を構う余裕は残しておいてくれよ?」
ヘスティアはベルから煉獄について知らされている。神の力で嘘ではないと見抜いた彼女は男だしベルが信頼しているらしいので受け入れる事にした。
(あんなスキルが発現する位なんだから幻覚じゃないってのは理解したし……こんな光景を見せられたらね)
「美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い」
ヘスティアの視線の先では晩御飯のジャガ丸くんが宙に浮き、端から消えていく怪現象が起こっている。ベルと出会って少し経った頃に分かったのだが、墓や仏壇にするようにお供えすれば煉獄も飲食可能なのだ。食器には触れられないので手掴みになるのだが。飲み物は犬猫みたいな飲み方になるので大きい酒杯が必要だ。
嘘ではないが幻覚だと思っていたヘスティアも食事中に起こった怪現象を見てからは素直に信じる事にした。もう一つの理由はベルに発現したスキルだ。
・早熟する
・憧れの強さで効果上昇
・憧れが続く間は効果持続
「ああ、そうだった! ベル君、君にプレゼントが有るんだ。ほら、煉獄君がバベルを散歩中に見つけたってお店にバイト帰りに寄ったんだけど……じゃーん!」
ヘスティアは自信満々といった様子で長細い包みを取り出す。中には黒塗りの鞘に納まった刀が入っていた。