(さて、次はどうするか……)
この日、煉獄はベルの修行について考えていた。刀を手にし、ステイタスの数値も伸びて確実に強くなっている。ならば次のステップに進むべきかと迷っているのだ。彼が知らぬ事だが縁が有った少年は修行中に兄弟子の幽霊によって手合わせをする白昼夢の中で滅多打ちにされたのだが、どうも兄弟子である事や住み慣れた山だった事が関連していた結果なのか煉獄には同じ事が出来ない。精々が軽く気合いを入れ、当たらないと分かっていても当たる気がする攻撃を繰り出す程度だ。すり抜ける事に体が無意識下で慣れない様に寸止めにしているが、やはり訓練ならば互いに攻撃が当たる相手が望ましい。
「うむ! 探すしかあるまい!」
ただ、今の所煉獄の姿が見えるのはベルだけなので探すにしてもベル本人であり、恩恵を受けている方が望ましいので他の派閥となって面倒な事になる。それが少し厄介であった。
……のだが、意外な所で解決した。
「一本っ! 其処まで!」
此処はタケミカヅチ・ファミリアのホーム。その前で朝の訓練をしている団員に混じってベルが居た。今は既にランクアップ済みの桜花と手合わせをしたのだが勝ったのはベルだ。剣術の訓練として呼吸は使わずに技術でステイタスの差を覆した。
……尤も、既に参加してから三日目であり、その間に何度も負けたのだが。
(……ふむ。ヘスティアから聞かされた時は驚いたが、間違いなく刀を使った流派の動きだな。これは俺の眷属にも良い刺激になる)
審判をしながら戦いを見守っていたタケミカヅチはヘスティアのバイト仲間であり、まだベルがオラリオに来て間もないので会う機会は無かったのだが、ベルが訓練の相手を欲しがっていると知ったヘスティアの頼みでダンジョンに入る前に参加させていた。教える流派が違うので直接指導はしないが、こうして相手を得る事によってベルは確実に成長、桜花達も負けじと張り切っている。お互いに良い影響を与えつつファミリア間の交流を深めるのであった。
「では、次は私と一戦お願いします、ベル殿!」
「はい! お願いします!」
尚、煉獄による修行は修行で別に行われる。それなりに地獄だが頑張るしかない。
「じゃあ、俺はバイトに行くが、お前達は祭を楽しんでも良いんだぞ?」
ヘスティア・ファミリアと同様にタケミカヅチ・ファミリアも貧乏だ。人数が多いが、その分装備の整備や薬代、生活費諸々が増える上に、彼らがオラリオに来た理由は孤児を養うための出稼ぎ。だからモンスターの公開調教が行われる怪物祭は屋台の稼ぎ時、ヘスティアだって特に用事が無い上にベルがダンジョンに潜る気だと聞かされてバイトを選んだ。ちょっぴり時給が良いらしい。
だからタケミカヅチ・ファミリアの面々だって主神が働くならとダンジョンに向かう。故に本来の歴史、煉獄とベルの出会いが無かった世界では起きたモンスターの脱走事件は起きなかった。
……代わりに別の事件が起きたのだが。
「やれやれ、たかが下級冒険者一人に手間を掛けるとはな」
「美神のご意志だ、文句を言うな」
ダンジョンの中、とある冒険者達が下の階層から運んできた物を見張りながら十一階層で待ち構えていた。周囲には彼らの仲間が散開して邪魔が入るのを防いでいる。既に目的の人物は接近中であり、彼らが囲む檻からは獰猛な唸り声が響いていた。
彼らはフレイヤ・ファミリアの構成員。都市最大派閥の一角を担う強者達は愛する主神の望みを叶えるべくその時を待ちかねる。そして、遂にやって来た。ベルが罠を張った場所まで辿り着いた……。
「ベル、監視されているぞ! それも中々の強者達だ」
「え? なんで僕を?」
全く身に覚えのない事に対し、ベルが疑問符を浮かべた時、霧の向こう側から大きな人影が接近する。オークにしてはシルエットが少し違うが人でもなさそうだ。何かから逃げる様な足取りに先ほどの警告も併せて警戒したベルの目前でシルエットの主は完全に姿を現した。
「ト…トロル!?」
棍棒を構えベルに対して歯を剥き出して威嚇するのは本来ならば二十階層よりも下で出現する筈のモンスター、先日戦ったミノタウロスよりも強いモンスターだ。
「うふふふふ。さあ、貴方の輝きを私に見せて頂戴、ベル!」
ベルがトロルと相対する姿をバベル上部の私室にて、伝手を使って本来ならば行使不可の力を使って眺めるのは女神フレイヤ。恍惚の表情で鏡に映し出される光景を眺めていた時、外が騒然と騒がしくなった。だがフレイヤは視線を鏡から逸らさない。
故に地面から巨大な蛇の様なモンスターが現れた事にも気が付かなかった。
「いやー! にしてもディアンケヒトの所でソーマの所の酒と似た味の薬酒が売られるとはなぁ。もう飲めへんと思とったから最高や!」
その頃、アイズはロキに連れられ、ティオナとティオネとレフィーヤと共に闘技場にてモンスターの調教を観戦していた。今はシルバーバックの調教に成功した所で大歓声に包まれる中、行き掛けに寄った店で購入した酒をロキが上機嫌で味わっている。
高価な代わりに非常に美味であったソーマ・ファミリアが販売する酒はソーマの送還で在庫のみになって品薄な上に値段が跳ね上がっていたのだが、ここ最近になって医療系ファミリアであるディアンケヒト・ファミリアが似た味の薬酒を販売、大人気で売り上げも好調だとか。
団員が漏らした話では開発した先から多額の金で販売権と製造法を買い取ったらしい。
「……うん? ねぇ、外が騒がしくない?」
会場内が喧騒と熱気に包まれる中、最初に気が付いたのはティオナだった。アイズやティオネも耳を澄ませれば外の騒ぎが耳に入ってくる。何かが破壊される音だ。
「ちょっと気になるから見てくる。ロキをお願い」
「ア…アイズさん!? 私も行きます!」
只ならぬ様子に飛び出して行ったアイズをレフィーヤも追い掛ける。主神であるロキを一人で放置する訳にもいかないとティオネが残り、ティオナも後を追って外に飛び出せば直ぐに騒ぎの理由が判明した。
「何あれ……蛇?」
視界に入ったのは深層部まで潜ったアイズ達でも初見のモンスターであり、本日は祭だからか普段よりも人通りが多く悲鳴が聞こえて来る。このままではパニックで二次災害が起きるとアイズが風を纏って向かうが、到着するよりも早く謎のモンスターが通行人へと襲い掛かった。
「駄目っ!」
更に速度を上げ、身を挺してでも止めようとしたその時だった。モンスターの真横の路地裏から小人の少女が飛び出して来たのは。武器を手にしているから冒険者なのだろうが少し妙な形だった。小刀程度の大きさで先端のみ刃が付いている。
「……全集中 蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ」
この時、アイズは少女の呟きと呼吸音を耳にした。少し離れた場所まで聞こえた音にティオナの話を思い出し、次の瞬間、華麗で優雅な動きで少女がモンスターと連れ違った瞬間、モンスターの肉体に幾つもの刺し傷が刻まれた。だが、巨体に比べ余りにも小さい。アレでは倒せないとアイズが剣を構えるも、モンスターは突如痙攣して倒れ込む。降り立ったアイズの目には絶命している様に見えた。
「えっと、何をやったの?」
傷は浅く、魔石も破壊されていない。アイズの問い掛けに少女は困った様子でブツブツ呟き、溜め息を吐いて振り返る。
「他のファミリアの方に教えるのは憚られますが、剣姫に睨まれるのも怖いですしお教えしましょう。リリはお師匠様のお教えでモンスターを殺す毒が調合出来る、ちょっと凄い薬師なのですよ」