僕のヒーローアカデミア~ビヨンド・ザ・リュウガ~ 作:魔女っ子アルト姫
いよいよ始まる林間合宿、A組の全員はバスへと乗り込んで林間合宿の舞台へと道路を突き進んでいた。バスの中はA組にしては珍しく騒がしいままだった、相澤は敢えて黙らせる事もなく好き勝手に騒がせている。何故かと言われたらこの林間合宿において今の内しか休める間は無いのだから。
「なぁ龍牙、お前菓子食う?」
「いや大丈夫だ。持ってきてる」
龍牙もなんだかんだで少しだけワクワクしながらも年相応な表情をしながらこの空気を楽しんでいた。基本的に自宅学習で学校には行かなかった上にギャングオルカの指導もあったので友達など雄英に入るまでまともに出来なかった。強いているなら近所の将棋好きのお爺ちゃんぐらいだった、同じ年の友達がいるこの空間とワイワイ出来ているだけで龍牙としては非常に楽しい。
「音楽流そうぜ!!龍牙、お前普段に聞いてるんだ?」
「そうだな……ホルストの組曲、惑星の火星とか」
「えっなんだそれ」
そう上鳴に言われ思わず龍牙は少しショックを受けた。根津が聞いていて自分も好きになってよく聞いていた物で有名な物だと言われていたので知っているものとばかり……と思っていると八百万が声を上げる。
「クラシック音楽ですわ、龍牙さんはそちらのご趣味が?」
「家だとよく流れてるんだ。後は……ドヴォルザークの新世界よりとか……」
「いやお前アニソンとか聞かないのかよ!!?」
「聞いたりはするけどそっちの方が気分が落ち着くんだ」
今まで接してきた相手が基本年上で落ち着いた雰囲気の人たちばかりだった影響もあるのか、龍牙は年齢に釣り合わない所を持っている。クラシックを否定するわけではないが、若者らしいアニソンよりもクラシック系統の方が好みあう模様。そんな龍牙にそれではいかんっと上鳴は自前のプレーヤーにある曲を龍牙に聞かせてこういうのを聞いて行った方が良い!と推していく。気付けば龍牙の時間はクラスの皆のお勧めの曲を教えて貰う時間へと変化していた。
「おい龍牙、お前には今度オイラ一押しのアイドル声優の奴を貸してやるぜ!」
「い~や龍牙にはこの熱い魂の叫びの方が似合うぜ!!」
「いや、我がライバルにはこの静かだが熱い鼓動を送る物が似合う」
「待って待って流石に一気に聞けないって!!?」
そんな光景が後ろの席で起こっているのを相澤は聞きながらまた一つ根津に報告する事が増えたと内心で溜息を吐くのであった。自分がA組の担任としてそれなりの時間を経過した時に龍牙について尋ねた事があり、その時に頼まれた事がある。
『相澤君、出来ればでいいんだけど龍牙が子供らしくない行動とか言動をしていたら教えてくれないかな』
『構いませんが如何して』
『僕は保護者として龍牙を育ててきたけど、ハッキリ言って僕は親としては余りレベルが高くはなくてね……出来る限りの愛情を注いでるつもりだけど龍牙は何処か同年代の子とズレているんだ。僕は出来るだけ年相応な幸せを送ってほしいからそのね、出来れば協力して欲しいんだ』
「(そう思って誰かに相談して、改善と努力を重ねているだけ貴方は立派な親だと俺は思いますがね……)」
本人がヒーローになりたい、個性を十全に使えるようになりたいと強く願ったからこそそれを尊重して訓練などをさせてきた。しかしそれによって何かを経験せずにいる、と根津とギャングオルカはずっとそんな思いを重ねていた。自分達も出来るだけプレゼントやら子供の喜びそうな玩具などを買ったりしてあげたつもりだが……それでは矢張り足りないらしい。
両親の事で精神的に不安定なのでは、心のケアなどが出来るなどの理由で自宅学習させたのは失敗だったと根津は考えているようだが相澤はそうは思っていない。龍牙の事を考えると個性の事を必ず弄る馬鹿は居る、下手にトラウマを刺激させずに伸ばす事に専念できたのは良い事。それに―――
「へぇっこれいいな……切島、これなんて名前だっけ?」
「おおっ流石だな、これの良さが分かるなんて!!」
「次はオイラのだ!」
「って峰田それエロゲの奴じゃねぇか」
「馬鹿野郎!!!エロゲには、エロゲなのに超カッコいい曲とかあんだよ!!寧ろストーリーとBGM良すぎてエロが邪魔って事さえあるんだぞ!!」
「それ本末転倒じゃねぇか」
今、龍牙は十二分に楽しそうにしている。クラスの連中と楽しんで年相応な事をしている、今からでも遅くはないだろう。親に捨てられた悲劇の少年の姿はもうない、そこにあるのは少しだけ変わっているが、皆に愛される事を目指す愛と平和のヒーローを目指す少年の龍牙。それを今度の報告の際には根津に進言して今のままで大丈夫と伝えておくことにしよう。
「……」
「如何したんだ、お気に召さねぇか?」
「いやそうじゃないんだ瀬呂。何か……こういうのっていいなぁって思って」
「そっか、んじゃ次はこれだ!!フフフフッ……ダークな曲を選んでみたぜ」
「黒龍繋がりでモンハンのあれも良いんじゃねぇの?」
そんな風に楽しげに過ごしている龍牙、不意に彼は窓の外を見ながら言った。
「こういうのって本当に良いんだな」
それに周囲の皆が笑みを作る中で龍牙は無意識に―――窓の中にいたそれに微笑んでいた。それは龍牙の言葉を聞くと直ぐに消えてしまった故に彼はそれに気づく事は無かった。そしてすぐに知る事になる、彼の中にあるべきはずだったそれが戻ってきた事を。