僕のヒーローアカデミア~ビヨンド・ザ・リュウガ~ 作:魔女っ子アルト姫
「ごめんなさいね~マスター、いきなり無理言っちゃって」
「お前さんの無茶振りは聞きなれてる、全く餓鬼の頃からそのお転婆は変わっちゃいない」
葉隠の姿はピクシーボブ、土川 流子と共に彼女行きつけの料理屋にあった。本来開けるつもりのなかった専用個室まで使わせて貰っている辺り彼女とこの店の主人の付き合いは相当長いらしく、主人の言葉にも彼女に対する親しみが垣間見える。テーブルの上に並べられた数々の料理が放つ魅惑的な香りは鼻腔を擽り、空腹を刺激し、思わず喉を鳴らさせて食欲を掻き立てる。
「そっちのお嬢ちゃんも今日は楽しんでいってくれ」
「あっいえ、あのすいませんなんだか無理を言ってしまったみたいで……」
「何気にしないでくれ。うちは基本的に歳言った客が主で花が無くてな、お嬢ちゃんみたいな若い子が来てくれると俺としては嬉しいってもんだ。フム……成程、絶世の美女だな」
「えっ?」
自分を見つめる店の店主、彼は顎に手を当てながら何処か嬉しそうな笑みを浮かべながら自分を見つめていた。自分の姿は透明で見えない筈なのにまるで見えているような言い方に戸惑いが生まれてしまう。
「このマスターは昔はかなり有名なヒーローだったのよ、マスターアイだっけヒーローネーム」
「もう引退した
元プロヒーロー、スナイパーヒーロー・マスターアイ!!個性:パーフェクトアイズ。超人的な視力、動体視力を持つぞ!!両目が利き目であるから観測手を必要としない狙撃手として活動できる!!歩きスマホとか楽勝だなおい!!そしてその瞳はあらゆるものを見抜く程鋭い!!
「まあ個性のお陰でこの歳でも眼鏡要らずで美女を見る事が出来る、有難い事だ。お嬢ちゃんの姿もくっきりはっきり見える。惜しいな、俺が20年、いや15年若かったら放っておかなかったのに……惜しい」
「あ、有難う御座います……?」
「ちょっとマスター、まだ誰の手にも落ちてない美女がいるんですけど他の子を口説くなんて失礼ですね」
「あ"っお前のどこが美女だ、お前なんざ美の前にかを付けろ」
「誰がカビ女だスケベ爺ゴラァァァ!!!」
そう言う所だぞ。もう少し女を磨け、と一方的に会話をぶった切ったマスターアイは最後に葉隠にウィンクを送ってからひらひらと手を振って去っていく。威嚇する猫のようにフーフー!!と息を切らしながら怒っている流子はああもう!!と不貞腐れたようにお茶を一気飲みして無理矢理気分を抑める。
「ったくあの爺めっ……今に見てなさい、絶対に私の結婚式に呼んで私の絶世のドレス姿を見せて後悔させてやるんだから……!!」
「仲、良いんですね……」
「良いんじゃなくてあっちが私をからかって楽しんでるのよ一方的に!!ったく子供のころからの付き合いだけど全然変わってないんだから!!」
流子が子供のころ、軽く見積もっても20年以上も前の事。それでいながらマスターには白髪などもないし背筋もピンとしている。どれだけ若々しいのだろうか……ああいうのを美魔男というのだろうか……。そうこうしている間に折角の料理が冷めてしまうと二人は手を合わせてから手を付け始めた。なんだかんだでここには食事をしに来たのだから食べなくては損だ。
「凄い美味しい……!!ランチラッシュ並かも……!?」
「マスターはなんだかんだで料理の腕も超一流だからねぇ……だから此処についつい通っちゃうのよ」
それがマスターアイとの関係を絶ち切れない原因なのかもしれないと漏らすが、それには思わず同意せざるを得ない。この料理を大衆向けの食堂よりも安い値段で提供する、これはファンになってリピーターも沢山来る事間違いなしだ。だからこそマスターアイの店が長続きしている秘訣でもある。美味しい食事を口にしていると口の回り良くなっていく物、お腹も程よい具合に満ちてきた所で流子は切り出した。
「それで葉隠ちゃん、貴方言ってたわよね。龍牙君の傍に居られる二人がどうしようもない位に羨ましくて、自分が醜く思えたって」
「っ……そう、です……」
箸をおきながら神妙な声色で頷いた。電話で話せる限り、胸の中に沸き上がってきた物については話したつもりだった。自分が余りにも醜く思えてしょうがない、友達をこんな風に思ってしまった自分が嫌だと。だから如何したら良いのか分からなくなり、只管に自分への嫌悪感が募って頭がおかしくなりそうだった。故に丁度電話を掛けてくれた流子へと思いを吐露したのだ。誰かに聞いてほしくて、罵ってほしくて、そうすればいっその事諦めなどが付くと希望を抱いていたから。そして電話では具体的な言葉は貰えなかったが今ここなら言って貰えるかもしれないという期待を胸に言葉を待った。そして彼女から言葉が放たれた、それは―――
「はぁぁぁっっ~……随分と御大層な御心です事、貴方、自分が清廉潔白な聖者だと思ってたの。違うでしょ、普通の高校生よ。なら普通よ普通」
―――待ち望んでいたものとは全く違うそれだった。
「私だって経験あるわよぉ誰かに嫉妬してあいつさえいなければ!!って思った事なんて。数えきれない位に」
「えっえっ?」
「あっ今それは友達じゃないって思ったでしょ。残念無念また来週、マンダレイにラグドール、虎にも思った事あるのよこれが。特にデビューした直後何て凄い嫉妬したわよ」
肯定だった、自分にも同じような経験もあるという。しかも流子のそれは遥かに重い、共にチームとして活動している仲間に向けた醜い嫉妬も数えきれなかったというのだ、信じられない事実だろうが紛れもない事実だった。
「そ、そんな事……」
「ラグドールは一度見れば情報収集最強、マンダレイはその情報を正確に伝達出来て指揮と伝達能力最強、虎は現場だと身体を柔らかくして普通じゃ助けられないような人だって助けちゃう救助最強って感じなの」
「でもピクシーさんの個性だって凄いじゃないですか……!?」
「私の場合は限定条件があるのよ、土が無ければ私なんて何も出来ないのよ。でも三人は違う、都市部でも十分過ぎる活躍が出来る」
土流は土を操作する事が出来る個性、それは自然が豊富な場所ならば無類の強さと汎用性を発揮出来る。が逆に土が無ければ活躍どころか活用すら出来ない。だが他の三人は全く違う、彼女らは土が全くないと言っていい都市でも十分に活躍できる、いやむしろ都市部だからこそ活用できる個性とも言える。故に流子は酷い劣等感を感じた事があった。他の三人のように活躍したい、なんであの三人は自分と違うのかと何度思った事か。
「デビューしたては本当にそう思ってたのよ、自分の個性は何であんな風じゃないのかって。でもね、違うのよ。幾ら三人でもどうにも出来ない現場はあるって三人も私の個性が羨ましいって思ってた時があったのよ」
土砂崩れや自然災害が起こった現場では三人の個性は有用かもしれないが、何も出来ない状況も存在する。情報があって場所があっても、情報を正確に伝達出来ても、身体を柔らかくしても誰かを助けれない現場があった。その時に自分の土を操作する個性が三人と完全に噛み合って人を救ったのだ。故に都市部で活動していた一時期は土を持ち込んで活動までしていた。が、それでは無駄が多い上により恐ろしい自然災害が多く頻発する山岳救助を中心にする方向にシフトした。
「最初は私も遠慮したわよ、私の個性の為に活躍の場を奪うように思えて」
「……」
「でも違うのよ、それが大成功だったのよ」
「大成功……?」
現代のヒーローは基本的に都市部やそれらに近い場を主な活躍の舞台とするが故に自然が多い場などで活躍するヒーローは少なかった、加えてピクシーボブとして個性は自然が多い場所でフルパワーを発揮できる環境が出揃っている。その選択が今までヒーローが間に合わずに助けられなかった自然災害による被害者を救う結果に結びつき、チームの実績にも繋がっていった。
「人にはね、活躍出来る確りした時と舞台って奴があるのよ。私の場合は自然がいっぱいある所ね、だからそこで活動してるのよ。チームの皆はそれが為にもなるし私が活躍出来るからそこで活動してる……きっと私を含めたチームで頑張っていきたかったから素直に場所を移してくれたのね」
改めて凄い話だと思った。友達の為に自分達が活躍出来る場所をあっさり捨てて、他の場所に移す。そこで活躍が出来なくなって活動が難しくなるリスクもあるのに平然と行ったワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの絆の強さには圧倒され続けた。
「ちょっと話がそれちゃったけど、嫉妬は全然普通の事よ。悪い事なんかじゃない、寧ろ視点を変えられるいいチャンスなの」
「視点を、変える……?」
「そう。正直な話をすると私からすると葉隠ちゃんの個性は凄いしやり様何て幾らでもあるわよ」
「ええっ!?そんな、そんな事なんて……!?」
信じられない、ただ見えないという個性で何が出来るというのかと素直に困惑するが流子は続ける。
「例えばヴィランが人質を取っての立て籠もり。この場合なんかは相手の正確な情報に場所、人質の位置や人数まで相手に姿を見られる事もなく把握出来る。これだけでも相手を見なきゃ把握出来ないラグドールより優れてるわよ?それにこればっかりは葉隠ちゃん次第だけど、単独で貴方が人質を助け出したとしたら後は他のヒーローとか警察が突入して制圧するだけで余計な労力も手間も無くなるのよ」
「っ―――」
「後は……そうね、相手の組織に潜り込んでの内偵とか決定的な情報を手に入れるとかしか思い当たらないけど、潜入系として考えるだとしたら貴方ほどの逸材はないわよ。言い方を変えるとなると、龍牙君が動く為の決定的な舞台を貴方は完璧なまでに整える事が出来るって事」
それを聞いてかつてない程の衝撃を受けた、そこまで考える事が出来なかった葉隠にとって現役ヒーローであるピクシーボブの出した物はどれもすさまじい物ばかりだった。隣には立てない、だが裏を取る事で足場を固めて龍牙が確りと足を踏みしめて戦う事が出来る。そんな風に考えた事もなかった、隣に立ちたいとばかり考えていたからこその弊害だった。
「隣に立つ事だけが支える事じゃないでしょ、隣にいるだけじゃ出来ないことだってある。寧ろ、足場を固めて確り力を出せる環境を作れる存在って言うのは隣にいる以上に大切なの」
「……フフッ」
話を聞いていた葉隠はいきなり甲高く笑いだした、本当に愉快そうな心からの笑いを浮かべながら倒れ伏すように笑い抜く。
「ピ、ピクシーさんそれギャグですか!?暗に私だって足場作れるから相応しいって言ってるような物じゃないですか!!励ましかと思ったら軽い煽りじゃないですかそれ、アハハハハハッ!!」
「ちっバレたか、流石は私が認めた恋のライバル……フフッ!!」
「「アハハハハハッ!!!!」」
気付けば二人して笑っていた、本当に楽しそうに。何時ほど笑っていただろうか、もうお腹が痛くなる程に笑っただろう。それほどに笑った頃に二人は固い握手をしていた。
「ピクシーさん、改めて有難うございます。分かりました、私視野が狭すぎたんですね。隣が一番って思いこんでて」
「よくありがちだけど、隣に立つ=最高って訳じゃないのよこれがね」
「これも年の功って奴ですね!!」
「あぁん小娘、調子乗んなよコラッ」
「ヒェッ……」
そんなやり取りの直後に一つの笑いを零すと、二人は手を放して真剣な表情で向き直った。
「それじゃあ改めて……葉隠 透、私は黒鏡 龍牙君の事が大好きです。初恋です」
「ピクシーボブ、土川 流子は黒鏡 龍牙君の事を好いています。結婚相手として見ております」
「負ける気はありませんよ私、私は絶対に龍牙君と一緒になります」
「あらっまだ年端も行かない小娘が大口叩くわね、この頼れるお姉さんが、この自慢の魅力を全て使って龍牙君を落とすわよ私は」
「頼れるお姉さんの魅力、婚期を焦ってるアラサーの間違いじゃないですかねぇ?」
「あ"っ?」
「あ"っ?」
言葉では激しいぶつかり合いが出来ているが、実際の二人は柔らかい笑顔のままそのやり取り行っていた。二人にとってこれは改めての宣戦布告、貴方には負けない、という意思表示で此処で争う気はない。争うのは―――龍牙の前でだけ。それ以外では良い友人関係、勝負はそれらに絡めないという事だ。そんな二人は改めて友情を結びながらライバルとして向き直ったのであった。
……なっげっ。
後プッシーキャッツはチームを結成した学生時代から現在に至るまで仲良くチームを運営してきたとの事ですが、流石に絶対的そうだったとは限らないのでこういう感じにしました。見えない所でちょっと思う所が……みたいな感じ。