僕のヒーローアカデミア~ビヨンド・ザ・リュウガ~   作:魔女っ子アルト姫

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出会った黒龍

虚空を見つめ続けていた。何もせずに唯々何もないそこを見つめ続けていた。それが施設に預けられた龍牙が唯々行い続けていた事の全てだった。彼にとっての全てが崩壊したとも言える状況で廃人のような抜け殻となった龍牙、何も話さず、唯々虚空に何も見出す事もなく見つめる事に全てを費やし続ける。

 

『龍牙君、一緒に遊ばないかい?ほらっ玩具にゲームとかもあるんだよ?』

 

そこの職員は元ヒーローが多かった為に善意に溢れている人たちだった。自らが生まれ持った素晴らしい才能、しかし幼いために制御などが出来ない為に社会から弾かれてしまった子供達を支え、新しい未来へと導くことに誇りを持って仕事をしている人たちばかり。そんな彼らは龍牙を放っておく事が出来ずに何とかしようと努力し続けた。だが―――龍牙は何も興味を示さなかった。

 

瞳すら動かさず、目の前にいるのにもかかわらずに視ようともしない彼に職員達は困惑と心配を募らせ続けた。形容するならばエネルギーが切れたロボット、そこにいるだけの存在と化している。困り果ててしまった職員の一人がとある人に対して意見を求めた、意見を求められた者は快く施設を訪れ龍牙へと会いに来た。その人物が―――

 

『やぁっ龍牙君、いい天気だね。折角だから僕と一緒に散歩しないかい?』

 

龍牙の今の保護者である根津だった。根津は龍牙が素晴らしい才能を両親から受け継いでいる事を知っていた、だが両親はそんな龍牙を拒絶してしまった事を酷く悲しんだ。大人として、親としての役目を放棄した事への失望を感じつつも龍牙へと問いかけを続けた。龍牙は当然として何の反応を示す事もなかった、普段通りに虚空を見つめ続ける。

 

『おっとごめんね、今日はもう時間が無いみたいだね。それじゃあまた来週来るからね』

 

そう言って根津は去っていった。彼も忙しい身であるので長いこと一緒にいる事は叶わなかった、それで根津は龍牙の事を救ってあげたいと出来る限りの手を尽くし、時間を作っては彼へと会いに行き続けた。毎週毎週、欠かす事もない来訪と続けられる問いかけ。

 

『それで気の毒なのがさ、そのヒーローのラストなんだよ。ヴィランを見事に捕まえたのに足を滑らせて股間をフェンスに強打する所をお茶間に大公開しちゃったのさ!!不謹慎だけど僕も笑っちゃったね、飲んでたお茶を噴き出して!』

 

『最近は利益追求のヒーローが多くなっちゃって、ちょっとげんなり気味なのさ。それでも少しずつだけど正しくヒーローと言える志を持ってるのも増えてきてるんだよ』

 

そんな日々が半年も過ぎようとした時の事だった。根津が毎週欠かさず来訪して会いに来た龍牙が初めて、視線を動かし、自分から根津に目を合わせた。

 

『……如何して、如何して僕に……会いに来て、くれるの……?』

 

初めて返ってきた言葉、根津は驚くこともなく笑顔を浮かべたまま話した。

 

『君に笑顔になってほしいからだよ。ヒーローって言うのは誰かを助けたり笑顔にするのが仕事だからね』

『ヒーロー……?』

『そう、僕は君のヒーローになりたいんだ』

 

根津には何の打算もなかった。純粋に龍牙の心を救いたいと思ったから毎週通い続けていた。彼の瞳の中の虚空を取り払い、光で満たしてあげたいと思ったからこそ半年間も一度も欠かす事もなく会いに来た。根津は龍牙が幸せになる事を心から願っている、そんな根津の誠意と思いが彼の心を動かした。

 

『カッコ、いい……んだね、ネズミさん……?』

『ネズミなのか熊なのかは君にとっては如何でもいいだろうが敢えて言おう、僕は根津。君に笑顔を届けに来たヒーローなのさ!!』

 

 

「それが俺にとって最高のヒーローとの出会いだったんだよ」

 

半年間もの間、見ず知らずの子供に会いに来て話しかけ続けた酔狂なヒーロー。傍からすれば信じられない行動かもしれないが根津の行動は一人の少年の心を救い上げて光を与えた。そんなヒーローに憧れてヒーローになりたいと思ったのだ。

 

「根津って雄英の校長先生……それが龍牙君の保護者なの!?」

「ああっそうだよ……一応言っておくけど、入学は自力合格だからな」

「いやいやいやそんな事疑ってないってば!?」

 

ジト目で此方を見つめてくる龍牙に葉隠は慌てるが龍牙は分かっている、分かっていてそう言ったのだから。軽いギャグのつもりなのだから真剣に取り合わないで欲しいと言うと、透明で見えないがポコポコと叩かれてしまい謝罪する。

 

「それから俺は少しして根津校長に引き取られてな、そこから個性の制御やらを教わっていったんだ」

「それも校長先生に?」

「いや、とある人を紹介されてな。その人が俺の師匠になってくれたんだよ、俺が尊敬する偉大なもう一人のヒーローだよ」

 

そう語る龍牙の笑みは本当にまぶしい。心からそのヒーローの事を尊敬し慕っているのがよく伝わってくる笑顔、緑谷も心から尊敬しているヒーローが居る、それは平和の象徴と呼ばれるヒーロー・オールマイト。そんなオールマイトのような存在がその師匠という事なのだろう。

 

「なあ二人とも、色々話したんだけどお願いがあるんだ。ビーストマンやミラー・レイディに対して変な考えは持たないでくれると助かる」

「ど、如何して!?」

「どうだよ龍牙君にそんなひどい事をした人たちなのに何で!!?」

 

緑谷は驚きを、葉隠は怒りを持って問いを返した。話を聞いて猶更思った、一方的に突き放しておいて今度は家族として迎え入れようとしている。余りにも勝手が過ぎる上に虫が良すぎるじゃないか、大切な友達の事ならば猶更二人のヒーローにいい感情は抱けない。

 

「俺の事を思ってくれるのは嬉しい、だけど俺は同情を誘いたくて話したんじゃないんだ。それに俺はもう決めてる―――俺は両親を見返したい、皆に愛されるヒーローになってね」

 

そんな龍牙の笑みと言葉を聞いた二人は口を閉ざすしかなかった。そして思った、龍牙を応援しようと。


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