人間の皆さんが、このおうちから離れてどれほど経ったでしょうか。春には桜が舞い、夏は太陽が歌い、秋は紅葉が色づいて、冬は雪が下りてくる。そんな景色を、気が遠くなるほど目と鼻で追いながら繰り返していく。
私は、いつまでこんなことを繰り返していればいいのだろう。ご主人様の顔は、もう覚えていない。ただ、悲しそうに泣きながら私に「ごめんね。ごめんね」と抱き着いていたことと、優しい匂いを覚えている。
もう、戻ってこないんじゃないかな。お留守番はもう疲れたな。でも、ここで人を待つのが私の使命だ。
「おい。ずい分、つまらなそうな
ふと、ヒトとは違う匂いが鼻をかすめた。ヒトでなければ、敵だ。ヒトの匂いを覚えておくためにも、余計な
「いきなり威嚇かよ。私は、偶然通りすがっただけだって」
「ヒトでなければ、敵です!それ以上入ったら……」
「ヒト?ああ、かばんとか言う……」
この、青い鳥のフレンズ。何か知っているのでしょうか。
「そのかばんというヒトを、ここに連れて来てはいただけませんか?」
「そこは、自分で探しに行けよ。そいつなら、博士や助手と一緒に森の中に住んでるらしいぜ」
「私は、ここでヒトを待たなければいけないんです。それが、私の使命ですから」
「やなこったあ。どうしてもっていうなら、このロードランナー様に付いてきな」
ロードランナーというらしい青い鳥のフレンズはそう言ってため息を吐くと、地面に降り「BEEP!BEEP!」と鳴くと私を一
「それは、お前にとって楽しいことか?」
「イヌという生き物は、わざわざ自らを鎖で締め付けるらしい」
今度は、二羽の黒い鳥のフレンズだ。今日はよく、招かねざる客が来る。
「イヌならお散歩ぐらい、いいんじゃないか?」
「使命とは、やらなければならないことでやりたいことではないだろう?」
お散歩。なんだか素敵な響きだ。思わず、尻尾が揺れる。
気が付くと、私はロードランナーの匂いを追って走り出していた。帰り道、大丈夫でしょうか。とはいえ、かばんというヒトは、案外早く見つかった。セルリアンの女王の
ここで、全員が自己紹介をした。かばんというヒトと、その助手の博士のオオミミズクとその助手のオオコノハズク。そして
「これが、女王の死骸」
奥の方に、大きなマユらしきものがあった。かばんさんがピカピカする棒から光を出して照らすと、なるほどこれはセルリアンともいうべき代物が転がっていた。
「ふ化する前に、壊すよ。長い間無事だったとはいえ、これは女王の雛を宿した卵かもしれないんだ」
そう言って、かばんさんはバスという乗り物から巨大なハンマーを取り出した。あれなら確かに破壊できるだろう。だが、私の中で一つの確信があった。
「ダメです、かばんさん!この中に入っているのは、ヒトです!!」
私は、卵にしがみついてクンクンと鼻を鳴らした。間違いない。この匂いはヒトだ。
「ヒト?セルリアンの女王から、ヒトが生まれるっていうの?」
「ばかばかしいのです。でも、イエイヌの嗅覚は鋭いのです」
「サンドスターの配置によっては……、可能性はなくはないのです」
私だって、セルリアンとは何度も対峙してる。この匂いは、明らかにそれじゃない。だから自信を持って言える。かばんさんは、もう別におうちがある以上あそこに一緒に住んでもらうわけにはいかない。であるならば、ヒトと一緒に住む可能性はこの子にしかないのだ。
ただじっと無言でかばんさんを見ていたら、彼女は「分かった」と一言だけ言った。
「ここでのことは、見なかったことにするよ。イエイヌ」
かばんさんは振り返ることなくここを立ち去り、私も無事におうちに帰ることができた。それから何日かして、探偵を名乗る二人組のフレンズが尋ねてきた。もう来客については諦めている。何より、そのおかげで救いも得られたのだから。
「探し物はないですか?探しますよ」
「困っていることがあれば、お聞きします」
「では、ヒトの卵の様子を見てもらえませんか?」
あの、四角いおうちにある女王の卵。あれに、ヒトが入っているはずだ。その様子を調べてほしい。彼女らはその言葉を聞くと、喜んで四角のおうちがある方向へと走っていった。だが、私は数日後悲しい知らせを聞くことになった。
「あの卵、どうやらふ化したようです」
「中には、サンドスターしかなかったよ。ふ化する前は、確かに殻の外から生き物の匂いがしてたのよね」
「じゃあ。その中身を探してきてください。それが、ヒトです」
私は内心苛ついていたらしく、「ううう……」と二人に牙をむいて唸っていた。この二人が悪いわけではないのに。反省。
でも、彼女たちは、なんとか卵の中身であるヒトを連れて来てくれた。お礼にジャパリスティックをあげたら喜んでくれたのはいいけど、向こうの方にある妙に硬そうな棒とか板は何だろう。まあ、いいか。
それよりも……。ああ、懐かしい匂い。そう言って抱き着くもヒト(キュルルさんというらしい)は戸惑いの声を上げるだけだ。
「ぼく、おうちを探してるんだけど……あ、おうちっていうのは」
「おうちですか!では、行きましょう!」
キュルルさんをおうちに招待したら、「ここは違う」とのこと。かばんさんのように決まった家があるのではなく、場所が分からないから探してるとかなんとか。
よし、決めた。分からないなら、ここに住んでもらおう。だって、ここはもともとヒトが住んでるおうちだったわけだし、間違いじゃないと思う。多分。
そんなこんなでキュルルさんとフライングディスクで遊んでいると、キュルルさんと今まで旅をしてたというネコ科のフレンズが二人やって来た。キュルルさんによると、サーバルとカラカルというらしい。
キュルルさんの一緒に遊ぼうよという問いかけにサーバルは頷いたが、カラカルは反発しているみたいだ。急にいなくなって心配していたら、当の本人は遊んでたとくれば確かに怒るかもしれない。
挙句の果て、キュルルさんはカラカルと口げんかをしておうちへと帰っていった。これは、あの二人より私を選んだと考えていいのかな。あの探偵コンビとは後でじっくりとお話しする必要がありそうだけど、とりあえず私はサーバルとカラカルのふたりに今までの労をねぎらい、これからは私がキュルルさんを守る旨を伝えておうちに帰ることにしたのだった。
「人間の皆さんは、葉っぱにお湯をかけたものを飲んで落ち着いていたんですよ。どうぞ」
「ありがとう。大丈夫」
キュルルさん、ちっとも大丈夫に見えないのは私だけ?まあ、あれ美味しくないしなあ。――うん。こういうときは、共通の話題で盛り上がろう。ええっと……。
「カラカルさんも、私ほどではないですがヒトの
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
「……あいつと違って」
うう……、一番来てほしくない客が来た。
でも、キュルルさんはビーストのことを知ると二人に知らせてくると外に出てしまった。ひょっとしてバカですか、あなたは。
「危ない!危険です!」
キュルルさんは森の中に入ると、すぐ見つかった。匂いを嗅ぐまでもなく、サーバルとカラカルの名前を叫びながら無警戒に歩いていたのだ。襲って欲しいと言わんばかりに。
「あの二人のことは、忘れてください!」
自分の身を優先してください。あの二人はネコ科なんだから、ビーストの叫び声がした時点でどこかに逃げてるはずだ。キュルルさんが聞こえて、あの二人が聞こえないなんてあるはずがない。どうせ今頃、一目散に自分たちの縄張りに逃げ帰っているだろう。
それよりも、今はこいつを何とかしなくては。私達の前では「ぐおお……」とビーストが唸り声をあげている。見た目はフレンズのはずなのに、中身は言葉の通じない野生動物だ。
「イエイヌさん、ここは逃げよう!」
キュルルさん、それは無理です。ここにいるのが私だけなら、必死に走れば逃げられるかもしれない。でも、それはキュルルさんを見捨てることになる。この子を見捨てられるなら、卵が壊されるのを守った意味がない。
とは言っても、私では歯が立たないようだった。地面に何度も転がされ、ボロボロになっているのに当の私は奴に爪ひとつ立てることができないのだから。
「もういいよ!イエイヌさん!」
「そうだ……。何か、ヒトの知恵は……?ひょっとして……ビーストへの対策があって、外に出たとかでは――」
「――ごめん。二人が心配だっただけで……」
ああ、何の策もないんですか?それでは、仕方ないですね。
「そうですか。では、キュルルさんだけ逃げてください。おうちに入れば、安全なはずです」
「ずい分頼りないのね。そんなんじゃ、キュルルを任せるなんてできないわ」
「うおおおおおおおおお!!」
体がふわりと浮かび、ビーストの爪が空を切った。私達を持ち上げたのは、カラカルだ。そして、サーバルがビーストと同じような気配を放つと彼女はどこかへと走り去っていった。キュルルさんは、そんなサーバルさんに全力ですごいすごいとほめたたえている。なんか、色々カナワナイなあ。
「カラカルさん、引き離すような真似をしてすみませんでした。仲間を失う悲しみは、私も知っていたはずなのに」
「え?」
私は、キュルルさんの所まで歩く。ダメだ、ここでよろめいては。
「キュルルさん」
「あ?」
「キュルルさんは、やはり自分のおうちを見つけるべきです。だから、私は一人で帰ります。そうだ、最後に言ってくれませんか?「おうちにお帰り」って」
これは、賭けだ。これをキュルルさんがためらわずに私に言ったら、全てを諦めよう。
「おうちにお帰り」
キュルルさんは、確かにそう言った。この子の目に、私は映ってない。これから私はおうちに帰って泥を落とし、貯めてあるじゃぱりまんを食べて傷をいやしながらまた
「ありがとう!!」
私はできるだけ笑顔でこの子に礼を言うと、おうちに駆け出した。歩くより走る方が得意だ。だって、イヌだもの。後ろからサーバルとカラカルに礼を言うあの子の言葉が耳に入ってくる。あの子はやはり、私に感謝してはいないんだな。そんな思いが、私の脚をのめさせる。その時、両腕がふわりと持ち上げられた。
「お前は、それで満足か?」
「これをやろう。あいつが、戻ってくるかもしれんぞ」
そう言って、いつかの黒い鳥のフレンズが私に見慣れないものを渡してきた。板とも違う。紙をたくさん重ねたものだ。
「あいつが、自分のおうちを探すために使っていたものだ」
「お前があの時、女王のマユを壊すのを止めなければなくなっていたものだ。好きにするがいい」
ということは、これはあの子の持ち物か。なら、答えはもう決まっている。
「あの子に、返してあげてください」
「正気か?何故、そこまであいつに尽くす?」
「あの子は、関係ありません。これを感情的にボロボロにしたら、私はきっと私を許さないでしょう」
「――そうか」
二羽の黒い鳥のフレンズはそう言ってにやりと笑うと、私を地面に下ろし二人で旋回しながら空へと浮かんでいく。ちゃんと返してくれるといいけど。
「ありがとう!!カラスのフレンズさんたち!!」
「カタカケフウチョウだ!!」
「カンザシフウチョウだ!!」
それは、失礼しました。
夜になり、日が昇って、また夜になり、日が中天に昇ったころかばんさんが尋ねてきた。なんだか懐かしい感じもする。
「ようこそ、かばんさん。葉っぱにお湯をいれたやつを作るので、待っててもらっていいですか?」
「あなた、お茶を淹れられるの?」
「お茶?」
聞いた覚えがあるような、ないような?思わず首を傾げると、かばんさんは困った顔を一瞬浮かべたがそれは後でいいと言い出した。急ぎの用があるのだという。
「イエイヌ、一緒にホテルに来て欲しいの。キュルルの描いた絵からセルリアンが出ることが分かって、それに対応するために来て欲しいんだ。あの子たちのピンチで……。あー、キュルルっていうのはあの卵からふ化した子で……」
あの子がセルリアンを?ということはやっぱり、ヒトでありながら女王の雛でもあるってことか。心配じゃない。気にならないと言ったら嘘になる。でも、私の答えはもう決まっていた。
「すみません、かばんさん。私は、このおうちでヒトを待つ使命があるので行けません」
「それなら、ラッキービーストにお留守番を……」
「もう決めたことなんです。あの子には、もう会わないって。キュルルさんに会ったら、ここには決して来ないよう伝えてもらえますか?」
私たちは、あの時のように再び見つめ合うとかばんさんはため息をついた。
「キュルルに、ひどい目にあわされたとかじゃないんだね」
「はい。それは全く」
むしろ、ひどい目に合わせたのはこちらの方だ。かばんさんが乗って来たのであろうトラクターの方に目をやると、探偵コンビが慌てて丸まっていた。
「探偵さん二人には、後でお話があります。無事に帰ってきたら、おうちに来て下さいね」
「「は、はい!!」」
「こいつら、どこでも問題を起こしてるのか……」
私は、かばんさんを見送っておうちに戻り金庫を開けると中に入っていた紙の束を取り出した。文字の意味は分からないが、これを見ているとなんだか温かい気持ちになれる。あの子にすら見せなかった、私の宝物だ。
「お?」
そう言えば、この紙はなんだろう。丁寧に4つにおられている紙を開くと、そこにはあの子たちや人間の皆さんが笑顔で描かれている絵が描いてあった。
「素敵な絵」
そこには私も描かれているが、記憶にない。きっと別個体だろう。これを冷静にみられる私は、きっと前進したんだと思う。何からかって?さあ。
余談として、次の日から博士と助手にお茶の木の栽培方法やらお茶の淹れ方やらを厳しくレッスンされることになるのだがそれは別の話。