ここは、海だ。それは分かる。でも、どうして私はここにいるのだろう。何かを追いかけていたような気もするが、よく分からない。とにかく、泳ぐのも疲れてきたし陸にあがろうか。
砂のあるところまで来ると、毛皮にまとわりついている海の水をぶるるッと降り払う。うまくできなかったか。まあいい。歩いていれば、そのうち乾くだろう。近くでハッと息をのむ声がしてそちらを見ると、知らない誰かが二人ほど海の方へと泳いでいった。
何かあったのだろうか。とは言え、変に追いかけても面倒なことになるだけな気もする。気を取り直して適当に歩いていると、何やらいい匂いのするものをたくさん頭に乗せた青いのが近くに来た。
腹も減ってるし、少し分けてもらおう。
「一つ、もらってもいいか?」
返事がない。とは言え、去る様子もないということは好きにしろということだろう。一つ手に取ると、そいつは無言で去っていった。――うまいな、これ。一つと言ったのは、失敗だったかもしれん。
それでも十分腹は膨れたのでまた歩き出すと、つるつるした木がたくさん生えているところに出た。よく分からんが、落ち着く場所だな。中に入ってしばらく歩き続ける内に、なんだか眠くなってきた。開けた場所に出ると、そこに白黒の誰かが気持ちよさそうに寝ているじゃないか。
もう限界だ。今はゆっくりと、寝させてもらうとしようか。
「セルリアンと一緒に寝てた時はどうしようかと思ったけど、これは本当にどうしよう」
どれ位経ったのか、知らない声がする。困っているようだ。やはり、勝手に寝てはいけなかったのか?目を覚ますと、横で寝ている白黒の他に赤茶けたのがいる。
「ここは、君たちの縄張りか?」
「うわあああああ!!!しゃべったあああああああ!!!」
「んー……。誰え?」
それは、私が知りたいんだがな。気が付くと海にいて、右も左も分からないのだというと先ほど起きた白黒は「フレンズになったばかりの子かなあ」と目をこすりながら言ってきた。
「ジャイアントパンダちゃん。フレンズっていうか、この子はビーストじゃないの?」
赤茶けたのは、そう言いながら警戒した声を発している。やはり、私がおびえられているのか。フレンズ?ビースト?どういう意味なんだろう。
「よく分かんないけど、喋られるんだから違うと思うよお」
「まあ、そうかもね。私はレッサー……じゃなかった。レッドパンダだよ。で、この子はジャイアントパンダちゃん」
赤茶けたのは、レッドパンダというらしい。彼女によると、フレンズっていうのはサンドスターを浴びてヒト化した個体で、ビーストは肉体がヒト化しても心は野生動物のままの個体なのだそう。問題は、私と同じ虎がビーストとして暴れていたのだとか。なるほど、そりゃあ逃げるわ。
「あなたは、虎だと思うけどお……。詳しいことは博士か、この辺では一番長生きのイエイヌに聞いた方がいいんじゃないかなあ」
「でも、このまま歩いていてもビーストと間違われるんじゃない?」
「うーん。――そうだあ。私に、いい考えがあるの」
ジャイアントパンダのいい考えとは、かごというものを背負うことだった。そこには、たくさんの竹とかいうつるつるした木が数本入っている。
「これで大丈夫。竹を背負って歩くビーストなんて、いるわけないもの」
「もう。キュルルさんに感化されちゃって。ああ、そうだ。キュルルさんに会ったら、また遊びに来てくださいって伝えておいてもらえますか?」
「私からもー、お願いするねえ」
私はそれに分かったと頷くと、ジャイアントパンダに博士のいる
「とりあえず、世話になった。またいつか、遊びに来てもいいか?」
「うん。友達は、大歓迎ー」
「一緒に遊べるなら友達です。また会いましょう」
竹林を抜けて歩いても、怖がられている視線は感じない。どちらかというと、困惑されている気配があるがまあいい。ちょうど正面から3人のフレンズが来ているし、彼女たちに尋ねるとしよう。
「君たち、ちょっといいか?」
「うわっ。しゃべった」
「喋ったということは、アムールトラのフレンズということでよろしいのかしら」
アムールトラ?それが、私の名前か?ということは、この鳥のフレンズが博士なのだろうか。
「いや。私は目覚めたばかりで、自分が何者か分からんのだ。そこで、博士かイエイヌに私のことを尋ねにいくところなんだが、君が博士か?」
「いいえ。私は、リョコウバトですわ。名前の通り色んな場所を旅していますので、様々なフレンズの名前を知っているんです」
「そういうことか」
取りあえず、ひょんなことから自分がアムールトラのフレンズと分かったがこれからどうしようか。竹林に戻ってもいいが。
「あの……、ビーストさん」
青いフレンズは、私をビーストだと思っているらしい。ここは、訂正した方がいいだろう。
「私は一応、アムールトラのフレンズらしいぞ」
「ごめんなさい。アムールトラさん、イエイヌさんの所に行くんですか?」
青いフレンズは、イエイヌに二度と来るなと言われたらしい。でも、どうしてそんなことを言ったのか分からず、悪いことをしたなら謝りたいから付いて来て欲しいとのことだ。
「イエイヌって、ひょっとして気難しいのか?」
パンダたちによると、イエイヌは一番長生きとか言っていたしその可能性はあるだろう。もし、イエイヌが意地悪そうな老婆とかだと会話が面倒になる恐れもあるな。
「そうじゃないわ。だけど、イエイヌに二度と来るなと言われた挙句に一緒に旅をしていたサーバルから別れを告げられてしょんぼりしてるのよ。この子」
カラカルと名乗ったピンクのフレンズは、そう言ってため息をついた。それと、青いフレンズはキュルルというらしい。なんだろう、何かが引っかかる。――ああ、そうか。こいつが、パンダたちの言っていたキュルルだな。
ちなみに、サーバルとは何者か聞くとジャンプ力が凄くて強い「すっごーい」が口癖のフレンズなんだとか。その子は、他に一緒にいたいフレンズができたのでキュルル達と別れたのだそう。それなら、仕方ないな。会いに行くなら、理由の分からない方を優先するべきだろう。
「分かった。一緒にイエイヌの所に行こうか」
「……うん!」
先ほどまで浮かない顔をしていたキュルルが、ようやく笑顔を見せてくれたところで私たちはイエイヌの家に向かうことにした。
「それで。なんであんた、竹なんかを背負ってるのよ?」
「ジャイアントパンダに、これを背負えばビーストと思われないと言われてな」
「ああ。確かに、そうですわね」
そうそう、忘れる前に伝えておかないとな。
「キュルル。パンダたちが、また遊びに来いと言っていたぞ」
「うん、ありがとう。でも今は、イエイヌさんを優先したい。そっか、伝言って悲しいことばかりじゃないんだよね」
「――?そうだな」
そんな話をしていると、イエイヌのおうちとやらに到着した。とはいえ、会いに来るなと言っていたのは本当のようで、こちらを見る彼女の目は歓迎しているとはとても言い難いものだ。
「そういえば、あなたには来るなと言ってませんでしたね。無理な話ですけど」
「私……。いや、違うな。ビーストがらみの話か」
「――あなた……」
一瞬の沈黙の後、彼女の横で円盤を持っていたキュルルに似たフレンズがそれを破った。
「イエイヌさん。かばんさんからもらったキノコ茶、淹れる?」
「そうですね、長い話になるかもしれませんし。……って、トモエさん。お茶は、私が淹れますう」
てっきり門前払いを食うかと思いきや、イエイヌはあっさりと一つの建物の中に私たちを入れてくれた。トモエというらしいキュルルに似たフレンズは私の横に座ると、一緒にお茶とやらを飲みだした。イエイヌに名前を呼ばれている彼女が飲んでいる物なら、口にしても平気だろう。
うん、うまい。キノコの風味がよいアクセントになっている。
「二度と来るなと言えば、キュルルさんはこちらに来ないかと思いました」
「だから、なんでそんなことを言ったのよ」
「未練を断つためです」
彼女は気の遠くなる時間、ご主人様とやらを待ち続けているらしい。そのうち、ヒトそのものを求めるようになっていた。そんな中、初めて会ったヒトがかばんというヒトのフレンズだったそうだ。だが、彼女は既に自分のおうちを手に入れていて、パークガイドとして博士や助手と一緒にパークの保全に努めていたのだそう。
「さすがに、ヒトの居場所を奪ってまで一緒にいてもらおうとは思っていません」
「そうか」
そして、次に会ったのがキュルル。キュルルはおうちの場所を探していて、二人のフレンズを護衛にパーク内を
「キュルルさんは、かばんさんと違ってひとりだし、どこに行けばいいのかもよく分かってないみたいだからいっそのことうちで暮らしてもらおうと思ったわけです」
「よく分からんが、カラカルとリョコウバトはキュルルの仲間だと思わなかったのか?」
「カラカルさんとサーバルさんは、後から仲間だと分かりました。でも、リョコウバトさんは初めましてですね」
「そうですね。初めまして、イエイヌさん。ただ、今はサーバルさんに触れないでもらえるとありがたいですわ」
「……?分かりました」
別れを告げられたばかりだという話だし、それが賢明だろう。話を戻すと、ビーストの
「キュルルさんは、
「あの……!!僕は、その……。イエイヌさんと、仲良くしたいです」
自分を守って傷だらけになった相手を、そいつに頼まれたからって理由で
「無理しなくてもいいですよ。ここにいる誰も、あなたを責めたりしません。あの時も言いましたが、キュルルさんは私のことなんか気にせずに自分のおうちを見つけるべきです」
「違うよ!!……見つけたんだ!みんなのいるここが、僕のおうちだって。僕は、僕は、みんなが大好きだから!!」
キュルルが、そう叫びながら頭を下げてくれて助かった。私が思考するよりも先に自分の座っていた椅子を足で払い、キュルルの頭上に拳を打ち抜いていたからだ。この子が頭を下げなかったら確実に殴り飛ばしていた。
「アムールトラ……さん?」
「すまない。頭より先に体が動いていた」
「あんた!!やっぱり、ビーストなんじゃないの!?」
私の脳裏に、白い毛皮の見知らぬフレンズやキュルルの姿がフラッシュバックした。共通しているのは、獣の耳も蛇のフードも尻尾もないフレンズというだけだ。
「分からない。ただ、キュルルに大好きと言われたときにあるのは……怒りだけだった。どうしてかは、分からない」
「大好きと言われて怒るって、どういう……」
イエイヌはじっとそんな私を見ていたが、静かに語りかけるように言った。
「アムールトラ。あなたは、かばんさんに会うべきだと思います。彼女は、このパークについていろいろな研究をしていますから。だからこそ、キュルルさんの卵を見つけたわけですし。ビーストについても、調べがついているはずです」
そんなイエイヌの言葉に驚きの声を上げたのは、キュルルとカラカルだった。
「「僕(キュルル)の卵お!?」」
確かに、気になるな。行ってみるか。