ハヤカゼに飛鳥を積み込み薫君達へ送り出してから私は束さんの手伝いをして彼等の帰りを待つ、本音を言えば心配で仕方ない
そんなこんな気を揉んでいると、リィンを纏ったシャルが戻って来たが薫君の姿が無い事に気付き
「おかえりシャル、薫君の姿が見えないけど・・・」
「ただいま一夏、薫はヴェンジェンスの反動で相手と相打ちになったから今、回収船だよ。アチラさんが簡易検査までしてくれるんだってさ」
シャルは私の質問に答えてリィンを格納して、軽く伸びをする
「そう、分かった、ありがとう」
ひとまず彼女達に任せておけば安心、かな? と自分を納得させて
「飛鳥の具合は、どうだった?」
「機動力に限ってならフルアーマーより優れてる、ただ燃費は凄く悪いね」
私の質問にシャルは素直に答える、そしてシャルの言った事は私も認識している内容だった
飛鳥は確かにリィンや打鉄改の本体側のエネルギーを消費しないように飛鳥側に独立したエネルギー供給源を設けていて、エネルギー容量でいえば焔と変わらない、と言うか積み込めるエネルギーパックの容量が焔程度しか無かった
なので焔の3倍ぐらいは速い飛鳥は焔の3倍 推進剤を消費する訳で必然的に3倍早くガス欠になってしまう訳だ
この辺りは使用者本人と相談しながら改修をする所だろう
「それじゃ、箇条書きでいいから改修案を作ってくれる? 口頭だと忘れるかも知れないし」
「分かったよ一夏、それじゃぁ また後で」
私の言葉に返事をしてシャルは帰投報告をしに姉さんの所へ向かう、その背中を見送り、薫君が居ると思われる方角へ顔を向けて無事を願う
「打鉄改の堅牢さなら八月一日君は無事だよ、かすり傷ぐらいは有るかもだけど」
私の表情を見て察したのか束さんが私の横に立って頭を撫でながら言う
「・・・うん、そうだね」
そう打鉄改の基本設計は防御型を汎用機化したもの、その堅牢さは防御型ISの中でも随一だ、それでも心配になってしまうのは仕方無い
それから、だいぶ気を散らしながら束さんの手伝いをしていると、今日の実習課程が終わったらしく束さんに旅館へ戻る様に言われ渋ると音もなく現れた箒と鈴に両脇を抱えられて旅館へ強制連行され、部屋でのほほんさん+有志メンバーを含めた面子でトランプをする事になり1時間程トランプをした後、一瞬だけ明石が耳元で囁いたのでメンバーに断りを入れて部屋を出てエントランスへ向かうと、姉さんがソファーに座りタブレットPCを使い何かをしていたが、歩み寄ると
「ん? なんだ、旅館に戻っていたのか? まだ束の所だと思って其方へ向かわせてしまった、打鉄改を渡しただけなら今頃は部屋かも知れんが」
姉さんはタブレットPCから目を離さずに言い
「とりあえず夕食までは自由時間だ、風紀を乱さない程度にな? 」
と姉さんは私の方を向き、ニヤリと笑む。その顔は、いつもの教師としての顔ではなく私の姉としての顔だったので、何を揶揄しているか何となく分かったが敢えて無視する事にして、溜息だけ吐き薫君がいるであろう部屋へ向かう
エントランスから数分で辿り着き扉をノックするが、何も返事が無いので、まだ戻って来ていないのかと思い束さんの所へ向かおうと思った瞬間、部屋の引き戸が開き、ウサミミの生えた明石と同じくらいの少女が現れ
「マスターなら寝ておる、改めるか中で待ってくれ」
「あー・・・うん、分かった中に入らせて貰うね? 」
と私が言うと少女は うむ とだけ言い中へ入り道を開けてくれる、それから入室し、座布団を枕にしている薫君を発見したので起こさない様に座布団を外し膝枕する、そしてスースーと安らかな寝息を立てている薫君に安心し頬をゆるませる
それから陽が地平線を焼き尽くし辺りが暗くなった頃、携帯に姉さんからメッセージが入り夕食の時間が迫っている事を告げる、なので凄く名残惜しいが薫君を起こす事にし
「薫君、時間だよ? 薫君? 」
「・・・ん・・・?」
軽く身体を揺らし声を掛けると、ゆっくり薫君は目蓋を開き、寝ぼけているのか私の顔をボォッと見て数回瞬きをし、カッと目を開き
「い、いっ、一夏さん!? 」
余程驚いたのか、飛び起きる様に身体を起こして私の正面に座る
「ふふ、おはよう? いや、こんばんは・・・? ん〜うん、おかえりなさい薫君」
「ただいま、一夏さん」
慌てた様子の薫君が少し可愛いなぁと思いながら言うと、薫君は微笑み返してくる
「あ、この部屋って露天風呂があるんだね? 」
長時間膝枕をしていたせいで少し足が痺れていて、すぐには座敷まで歩けそうに無いので壁に手を付き立ち上がり露天風呂の方を向き言う
「凄いよね、そういえば凄く月とか星がよく見えるんだよ? 」
「へぇ、そうなんだ・・・ごめん薫君、少し手を貸してくれるかな? 足が痺れてて」
私は薫君にお願いして手を貸してもらい露天風呂へ出て薫君と並び視界いっぱいの星空と妖艶に輝く上弦の月を見て、その美しさに感動していると
「月が綺麗ですね」
と薫君が言ったので彼の顔を見ると、赤くなっていたので意味を察し、私も顔が熱くなるのを感じる
「貴方と一緒に見るからでしょう・・・ずっと一緒に月を見てくれますか? 」
「もちろん」
顔の熱さと戦いながら薫君へ返答すると、薫君は赤いまま顔で真剣な表情をして私を見つめてくれる
そして私達の顔が近付き唇が触れそうになった瞬間、部屋の明かりがつき、慌てて離れる
「一夏、迎えにきたぞ? 全く、時間を守らないとは、お前にしては珍しいな」
「ほら、早く行くわよ? 」
部屋に通じる扉が開き、箒と鈴が顔を出したので少し恨めしい視線を2人に浴びせておく
私は幸せだ
これまで、大変な事もあったけど、私は幸せだと思う
私を大切にしてくれる姉
私に生きる道導を授けてくれた歳上の幼馴染
至らない私を優しく導いてくれた親友達
そして、命の全てを捧げても構わないと思える最愛の人
私は1人ではない、1人では生きて来れなかった
私は幸せだ、これまでも、きっとこれからも
私は彼と共に前に進み続けよう
きっと立ち止まる事も、つまずく事も有るだろう
それでも私は、私達はきっと前に進み続けられる、そう思える
お待たせしました
『月が綺麗ですね』のくだりの解説を少し
『月が綺麗ですね』=『アイラブユー』と言うのはよく知られていると思います
しかし案外、返しについてはあまり知らないって言うかセットで使われてないんじゃないかな? って思っています
実は返しには幾つかバリエーションがあるらしいです
今回使った『貴方と一緒に見るからでしょう・・・ずっと一緒に月を見てくれますか?』は、実は2つのバリエーションをくっつけています
細かく説明する能力が私には無いので簡単にすると
『貴方と一緒に見るからでしょう』は『私も貴方を愛しています』
『ずっと一緒に月を見てくれますか?』は『ずっと愛していてくれますか?』
みたいな解釈になります、これは私の個人的解釈ですので悪しからず
さてさて、これにて本作の本編は終了とさせて頂きます
ハーメルンで執筆し始めて色々と書いて来ましたが、文字数も執筆期間も長い作品でした
またかなり楽しく書けた作品でもありました
約1年もの間、本作をお読み頂き誠にありがとうございました
本編は終了しましたが、蛇足を幾つか書きますので、そちらもお読み頂けると嬉しいです
年末〜年明けを目処に次を書き始める予定ではありますが、どうでしょうね?w
それでは、ありがとうございました