趣味です
今さら口にするほどのことでもないけれど。
この世界のだいたいの人間は「個性」と呼ばれる力を持っている。
個性、小学校に通ったことのある人間なら誰だって知っているだろう。というか、小学校に通ったことのない人間でも普通は知ってる。
だからまぁ、誰でも知っているわけだから。個性という概念について説明する機会なんて、教職員や医者でもない限り滅多にないわけで。
それくらい当たり前のことだけど……実際のところ、個性について分かっていることはそんなに多くない。その言葉が示している範囲というのが、あまりにも広すぎるから。一人一人に共通点が見出せない以上は、一言でこれこれこういうものだと説明するのは難しい。
僕だって、説明してみてって言われたら困ると思う。そういう研究の専門家ならばともかく、ただの中学生には荷が重い。
教科書とか辞典とかに記載されているものでも「自然界の物理法則を無視する特殊能力」とか、それくらい大雑把なわけだから。
人類の中に個性をもつものが生まれ出して、それがマイノリティからマジョリティになり、幾分か時間が経った今でさえ。個性に関する研究は盛んであり、それでいて、未解明の部分が多い。
興味があるなら、研究者を志すのも悪くないかもしれない。
ただ……個性がなかった時代と違って、今は「知能が人並みはずれて高くなる個性」を持っている人が幅を利かせているから。その分類に属する個性を持ってない人が研究者を目指すのは、あまりオススメできない。
誰だって、向き不向きというものがあるわけだから。向いていない自覚があるなら、まぁ、諦めた方が賢いと思う。
そういう「個性ありきの社会」に警鐘を鳴らす活動家とかもいるけれど、あまりメジャーじゃない。
今は個人個人に出来ることが違いすぎて、社会的な問題点が多すぎるから。それなりに上手く適応できている現状を崩そうっていう人は、あまりいい顔をされないのだ。
ちなみに、僕はそういうのは全く興味がないので。特に残念でもないし、割とどうでもいい。
誰だって生まれ持ったものを活かして生きようとしているのだから、社会のあり方に多少の不平不満があったとしても、生きづらいだけだと思うよ。
ほら、誰でも「個性」という素晴らしい力が宿っているんだから。みんな違って、みんな良い。全員が長所を持っているわけだし、隣の芝が青く見えても、それは考え方の問題であって。もったいない生き方だと思うけど、まぁ、人に迷惑をかけない範囲でなら自由だし。
この話は、これでおしまい。
長々と語ったわけだけど。それで、結局、何が言いたいのかというと。
うん。
進路、どうしようね。
-1-
「ショウくんは、将来のこととか考えたことありますか?」
「え? うーん…………難しい話だなぁ、トガちゃんは?」
「私はショウくんになりたいです!」
「ほんと? 色々難しいと思うけど、頑張ってね。応援してるよ」
自分のことだというのに、あまりにも緊張感に欠けたやりとりだけど。高校受験すら意識していない中学二年生なんて、だいたいこんなもんじゃないかな。
進路希望調査、と書かれた紙は当たり前のように真っ白で。これをこのまま提出してしまえば、後から先生に呼び出されてしまうのは想像に難くない。
目の前でニコニコ笑っている女の子の横からチラッと覗き込めば、彼女の机の上に置かれた進路希望調査が目に入る。僕のものと違うのは、それにしっかり「ショウくん」と記入されていて、真っ白ではないということ。
うん、彼女も先生に呼び出されるのは間違いないな。参考にならないや。
後頭部に両手を当てて、天井を見つめる。当てが外れて、すっかり困ってしまった。
「んー、どうしようかなぁ」
「ショウくんの個性ならかなり自由が利くと思います! ヒーローとかどうですか? きっとすぐに人気出ますよ!」
「えー…………うーん、ヒーロー科はどこも倍率高くて勉強大変そうだしなぁ。やっぱりそこそこの所がいいよね、勉強苦手だし」
「でもショウくん、テストの点数はいいじゃないですか」
「あー、アレ? 個性使ってカンニングしてるよ」
「わ〜、悪いですね! 素敵です!」
「できちゃうからね、やっちゃうよね。っていうか知能特化個性持ちとかみんなカンニングしてるようなものだよね」
「ショウくんって偶に凄く極端なこといいますね!」
公的な場での個性使用は原則的に違法行為だけど、ぶっちゃけそんなの守ってる方が少数だと思う。
僕含めて、中高生なんてみんな当たり前のように使ってるし。この前だって、個性使ってイジメをしてる子供達みたいなニュースがお茶の間を流れたばかりだ。小学生から大人まで、最も行われている犯罪行為でしょ。
だいたい、そんなこといったら異形型個性の持ち主とかめちゃくちゃ肩身がせまいだろうし。どこからどこまでを取り締まるべきか、なんて線引きは人によって違うから。人を害したか、否か。おおよその基準さえ守っておけば、捕まることなんてそうそうない。
バレなきゃ犯罪じゃないというか、赤信号が赤信号の役割を果たしてないというか。形骸化してるっていうのかな、一市民の無害な個性行使に口出ししてたらキリがないし。
ヒーローの点数稼ぎくらいだよね、真面目に取り締まってるのって。
そんなことを口にすれば、彼女はもともと輝いていた瞳に更に強い光を宿して、首が取れるんじゃないかってくらい頭を縦に振る。
前に別の友達に同じようなことを言った時は、ちょっと引き気味だったんだけど。流石に似た者同士というか、
友達を選ぶなら、まずは個性を見なさい。というのは、割と一般的な考え方だ。いくら同じ人間だとはいえ、個性に理解がない相手と関わりを持つのは難しい。
極端なことをいえば、手足が二本ずつの人間と、その倍ある人間とでは価値観や感性に違いがあるということで。歩き方ひとつとっても全く別のものになってしまうのだから、さもありなん。個性の違いからくる衝突というのは、とてもありふれている。
それは誰が悪いというわけでもなく、本質的に
この考え方を突き詰めると、同じ個性持ちだけで付き合うべきとか。そういう排他的な話になってくるから、あまりおおっぴらに口にできないけど。まぁ、理想論と現実が噛み合わないのはいつの時代も同じでしょ。
見ようによっては、傷の舐め合いともいう。
やっぱり、持つべきものは個性の近い友達だよね。ちょっと、いや、だいぶ変な子だけど。
-2-
この世の中には、ヒーローと
ネーミングでなんとなくわかると思うけど、
いや、まぁ、ヒーローの仕事は人命救助とか他にも色々あるけど。テレビとかで取り上げられるのは
社会的に地位が高いというのもあるけれど、彼らと一般市民の大きな違いは「個性の使用が認められている」ということ。もちろん、細かい規定とか色々あるんだろうけど。こそこそ隠さずとも個性を使っていいというのは、中々に魅力的だと思う。
当然、子供達の将来の夢はだいたいこれ。専門の教育機関が用意されていて、現実的な職業選択という面で見てもかなり人気が高い。
トガちゃんにはああいったものの、正直な気持ちでいえばちょっとくらいは興味がある。だってほら、個性使いたいし。いや、今も普通に使ってるけどさ。どうせだったら、合法的に使いたい。
でもやっぱり狭き門というか。一番人気のヒーロー育成高校なんて、倍率300偏差値79とかいわれてるし。そうじゃなくても、ヒーローを目指している以上は能力を始めとして色々なものを求められる。
無免許でも別に困るわけじゃないのに、そこまで頑張るのも何かなというか。そもそも社会奉仕がしたいわけじゃなくて、ただただ自分の個性を自由に使いたいというだけの動機だし。
どっちかというと、
というか、まさにいま。その犯罪行為を行っているわけだけど。
「ぁ……ひ、ひぃ…………」
「あれ、腰が抜けちゃいましたか? ……立てますか?」
本当に、特に何かしようというわけではなく。善意で
いや、ごめん。起こしてあげようって気持ちはあるけれど、善意っていうのは嘘。だってこの人、いい反応するんだもん。
僕と男性の間には数メートルの距離があって、中学生で体も育ちきってない僕が普通に手を伸ばしただけでは絶対に届くわけがない。
それでも触れることができるのは、僕の服の袖口から見える真っ白い腕が、文字通り
その腕は中程で幾重にも枝分かれしていて、それぞれの先端に子供のように小さな手が生えている。一つ一つの掌は小さくて、サイズも統一されていないけれど。それが逆にアクセントになっているというか、ほどよい不気味さを演出できている。
もちろん、掌はそれぞれ別々に動かせる。
十数人分の掌が、男の頬を……というか、顔全体にペタペタと触れる。どれだけ不快で、恐ろしく思っているのだろうか。腕の体温は低く設定しているから、冷たくて気持ちいいと思うけれど。
精神的には、かなり参っているはずだ。
個性が当たり前になって、異形と呼ばれるような人々が増えた個性社会においても。今の僕の見た目は受け入れがたいというか、さぞ悍ましいことだろう。
そういう風に作ったのだから、当たり前だけど。ここまで怖がってくれると、作者として冥利につきる。
彼の怯える様子に、口角が上がっていくのが分かる。こうやって人を怖がらせている瞬間が、たまらなく気持ちいい。
ああ、個性使うのって楽しい。
だけどそれも、今日はおしまい。
掌から伝わってくる抵抗がだんだんと弱まって、彼の体から力が抜けていく。シャァ、という僅かな水音とともに、目の前の男性は自ら意識を手放した。
彼の頭部全体を覆っていた僕の手を離せば、彼の体は音を立てて地面へと崩れ落ちる。
触る以上のことをしたわけではない。単純に、彼が恐怖心に耐えきれなくて気絶したというだけの話で。
だから、まぁ。そこまで悪いことをしているわけじゃないと思う。
深夜に街を徘徊して、適当な通行人を個性で驚かせているだけで。そりゃ、未成年が夜中にほっつき回ってるのは外聞がよろしくないだろうけど。直接危害を加えているわけでもなければ、これから財布の中身を抜き取ろうってわけでもない。
本当に、ただ驚かせるだけ。怖がらせて、その反応を見たいだけ。
それが出来るから、個性を使っているという。ただそれだけで……悪いことには違いないけど、我慢できないんだからしょうがない。
だって、楽しいんだもん。異能の行使は人として当然の権利って有名な人も言ってたし、我慢は体に良くないよね。
「おいお前! そこでなにを────ひっ」
「あ、見つかっちゃった」
背後からライトで照らされて、反射的に振り返ってしまった。最初は僕の足元を向いていた光が少しずつ上に上がって……今の僕の顔を、夜空の下に晒した。
目撃者は警察官の制服を着ていて。コスプレとか詐称でもない限り、本物なのだろう。運悪く──もちろん、彼にとって──遭遇してしまった以上は、逃げるしかない。
お巡りさんは、僕の顔を見て固まっている。そりゃそうだろう、人を驚かせるためだけに作り上げた頭部なのだから。むしろ、もっと怖がらせたい。
でも、これ以上は欲張りというもの。そもそも警察官相手に個性を使用して怖がらせたりでもしたら、立派な威力業務妨害。つまり、犯罪だ。
というわけで、逃げよう。
二メートルほどに伸びた頭部の先端、大きく開いた口の中から、更に一回り大きい頭部を
僕の口の中から出た頭部は、当たり前だけど、僕自身の顔ではない。背後で倒れている、初対面の男性と瓜二つで。彼は自分と同じ顔を吐き出す謎の人物の姿にこそ、腰を抜かしてしまったのだから。
新しい頭部の口が開き、更に新しい頭部が吐き出される。もちろん、吐き出したあとの頭部は口を開いた形で残ったまま。それが何重にも重なって、頭部はどんどん高く伸びていく。
例えるならば、マトリョーシカ人形だろうか。いや、あれは中身がどんどん小さくなっていくから、ちょっと違うけれど。
数珠のように連なった頭部の先端が、近くのビルの屋上に達する。先端の口の中から大きな腕を吐き出して、その端っこを掴む。
そして、
その様はまさしく、絵面の汚いスパ◯ダーマン。個性誕生以前から引き継がれる名作アメリカンコミックスを真正面から汚すような、めちゃくちゃ失礼なことを考えながらも、僕の体は夜の街へと消えていく。
そういう演出をしたんだから、そうなってくれないと困る。
みるみるうちに離れていくお巡りさんへと視線を向けると、彼も腰を抜かしてライトを地面へと投げ出してしまっていた。
これは…………セーフかな? ギリセーフ、威力業務妨害未遂でしょ。
ビルの屋上へとたどり着く直前で
適当な路地裏に着地して、上着に付いているフードを目深に被りなおす。
人通りの多いところに出ても、誰も気にしない。誰も僕に注目していないし、何をしていたかなんて知らないのだから。
それに、今の顔は。トガちゃんに「イケてる」と評判の、いつも通りの僕の顔に戻っているから。
仮にさっきのお巡りさんに遭遇したとしても、僕の正体に気がつくことはないだろう。
服は同じだけど、顔のインパクトが強すぎて覚えていられないだろうから大丈夫。ガバガバな理論だけど、今まで一度も捕まってないんだから。うん、たぶん、大丈夫。
明日もやろう。
個性『変身』
頭の中に思い浮かべた姿へ変身できる。