現代のグレゴールと毒虫   作:親指ゴリラ

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恋は人を変える、文字通り

 「個性婚」というものが、一時期話題になったらしい。

 

 話題になったとはいっても、いい意味ではなく。どちらかといえば、マイナスなイメージの方が大きいという。

 

 この現代社会では、倫理的に問題があるそうだ。

 

 具体的にどのような概念で、何が問題なのか。それを説明するためには、まず「個性」というものがどのような法則で生まれているのかを理解している必要がある。

 

 誰でも知っていることだけど、親の個性は子供へと遺伝する。原則として両親のうちのどちらかと同じ、あるいは近い個性が、その子供には与えられる。そういう意味で考えると、個性もあくまで人類の遺伝子情報の一部なんだということがなんとなく想像できる。

 

 ただ、それだけが全てではない。

 

 目元は父親に、顔立ちは母親に似ている。そんな感じの表現で赤子の特徴を褒める親戚縁者の言葉を、聞いたことはないだろうか。

 

 親から子供に引き継がれるものである以上、個性にもそれが適応されることがある。というか、「個性の複雑化」とかなんとかいって社会現象にすら発展している法則だ。

 

 つまりそれは、両親の個性を掛け合わせたような個性が子供に宿る可能性があるということで。

 

 だったら、相性のいい個性を持つ男女で子供を作ったのならば。その子供は、個性に恵まれた存在として世に羽ばたくのではないかと。そういう風に考える人々が発生するのも、当たり前といえば当たり前であって。

 

 

 簡単に一言で纏めるならば「光と闇が合わさり最強に見える」というやつだ。

 

 これが一時期、流行りに流行った。それはもう、育成ゲームで強いモンスターを生み出したいという考え並みに軽い気持ちで。

 

 僕と君の個性は相性がいい(はず)、だから結婚してください。そんなやり取りが当たり前になって、しかも成立してしまうのだから。人の力に対する欲望というのは、これがなかなか侮れない。

 

 まぁ、なんだ。それ自体は別に悪いことじゃないと思う。どちらかといえば政略結婚みたいなもんだし、実のところ、僕の両親も個性婚で結ばれていて…………そして、僕が産まれたのだから。そこを否定するというのは、自分の存在を否定するようなものだから。

 

 ただ、世の中には度を超えて愚かな人種というのが一定数は存在するわけで。

 

 金、暴力、脅迫、拉致、監禁。

 

 強引な手段に出る犯罪者の増加によって、世の中のブームは一気に沈静化。掌を返したように「個性婚はやめよう!」という流れができて、それは絶えることなく今現在へと受け継がれている。

 

 よくいえば品種改良、悪くいえば人体実験。今の世の中に蔓延している個性婚への評価といえば、概ねそんなところだ。

 

 

 まぁ、多分それが正しいのだろう。

 

 個性婚が抱える問題は、倫理的なものだけではない。

 

 当たり前だけど、人はより優れている人物を好む傾向にある。人は、というより、生き物全般に言えることだけど。

 

 優れている遺伝子を残そうとするのは、ごく自然なことだから。優れた個性を持つものは、当然ながら、能力的にも社会的にも高く評価される。

 

 高く評価されるということは、それだけ多くのものを手に入れるということだ。

 

 富、名声、地位、伴侶、環境。

 

 優れたものの周囲には、それに見合った存在が集まってくる。誰かが決めたのではなく、世の中がそう動いている。そして、劣っているものは何からも見向きもされない。

 

 じゃあ、優れたものがより優れたものを、劣っているものが、より劣っているものを生み出していくとしたら。

 

 その先に待っているのは、貧富の差が激しすぎる世界であって。おそらくは、優れたものだけしか生き残れない世界。

 

 いつか遠くない未来、そういう世の中がきてしまうのではないだろうかと。どこかの偉い教授さんは、テレビでそんなことを言っていた。

 

 

 僕は個性婚には感謝している。だって、両親はこんなにも素晴らしいもの(ちから)を僕に与えてくれたのだから。

 

 

 だけど、テレビで言っていたことを鵜呑みにするわけじゃないけれど。

 

 僕はやっぱり、弱者に優しい世界であってほしいと思う。それは僕が博愛に満ちているとか、そういう意味ではなくて。

 

 単に、弱き者がいない世界がつまらないという話で。もっと平たくいえば、いい反応で怖がってくれる相手が欲しいということであって。

 

 

 人は生きていなければ、恐れることもできないのだから。僕のために、僕が楽しく過ごしていくために。晴れやかに、健やかに、弱いままで生きていてほしい。

 

 

 そう、僕のために。

 

 

-1-

 

 個性婚という言葉がマイナスのイメージを持ってなお、世代を重ねるごとに個性はより強力になっていく。

 

 つまり、個性婚はなくなったわけではないのだ。

 

 いや、厳密にいえば。個性婚のつもりではなくても、結果的に個性婚になってしまう。世界的に見ても、いまの人類はそのような傾向にあるらしい。

 

 じゃあ、それは何故なのか。

 

 理由はとても単純で、誰にでも理解できるものだ。少し考えれば、すぐに思いつくだろう。

 

 どれだけ多様な進化を見せていたとしても、人はお互いの共通項を話題にした方がコミュニケーションを取りやすいのだから。

 

 似た者同士、似た個性同士での付き合いが増えるのは当たり前のことで。

 

 それが最終的に、長い付き合いとなって。個性が近しい分だけ、悩みや苦労や愚痴を共有できるようにできていて。

 

 人と付き合っていく上で、性格や趣味なんかと同じかそれ以上に。個性の相性も、判断材料の一つになっているわけだ。

 

 近い個性、相性がいい個性。人となりを判断する、最初の一歩としては申し分ない。

 

 特に、異形型の個性持ちはそれが顕著な傾向にある。ほら…………カエルの見た目の人がパートナーとして選ぶのなら、きっと相手もカエルの見た目なんだろうって。なんとなく、想像がつくじゃないか。

 

 だから、何度も同じことを繰り返すようで悪いけど。似た個性を持っている相手というのは、いやでも気になってしまうものであって。

 

 

 

「私の名前は、渡我被身子(トガヒミコ)っていいます。個性は「変身」で、他人の姿に化けることができます。これから一年間、クラスのみんなと仲良くできればいいなと思ってます。よろしくね!」

 

 

 

 だから、一目惚れとか。本性を隠しているのがバレバレな、空虚な笑顔に惹かれたとか。ほんと、そんなんじゃなくて。

 

 彼女の個性が、僕と同じようなものだったから。なんとなく、仲良くできそうだなって思ったりとか……それだけの話であって。

 

 教室の中に響く、疎らな拍手の音も。流れ作業ように自己紹介を続けていく、クラスメイトたちの声も。何もかもがどうでもよくなって、頭に入ってこなかったのも全部。

 

 そう、全部個性が悪いんだと思う。

 

 ほら、こんななりをしているけど。僕も一応、人間なわけだからさ。

 

 

 僕の視線に気がついた彼女が振り返って、不思議そうに首を傾げたのを見て。それで、我慢できなくなった。

 

 ああ、ちくしょう、なんて可愛いんだろう。

 

 

 その虚ろな瞳が、乾いた笑みが、どこまでも鮮烈に…………僕の胸の奥を刺激する。

 

 大切にしまいこんで、誰にも見つからないようにと。たくさん我慢して、必死に見ないふりをしていたのに。

 

 それが、こうもあっさりと。個性が近いというだけで、解き放たれてしまうものなのか。

 

 

 ああ、()()()()()

 

 その顔が()()()()()を、()()()()()()ところを。一番近くで、誰よりも近くで見てみたい。

 

 そんな醜く、自分に正直な欲望が。世間一般的な倫理観を大きく離れて、人の道を踏み外すようなことを考えている自分が。どうしてこんなにも心地よくて、しっくり当てはまるのだろうか。

 

 いや、分かっている。理屈じゃなくて本能で、心じゃなくて個性で。

 

 彼女は本質的には僕に似ていて、おそらくは、破綻しているのだと。一目見ただけで、理解してしまったから。

 

 

 うん、個性が悪いよ。

 

 僕は悪くない。だって、()()悪いことをしていないんだから。

 

 だから、僕が悪いわけがない。

 

 僕の両親とか、彼女の両親が。そうなるように産んでしまったのが、そういう個性で産んでしまったのが悪いんだから。いや、流石にこれは無理があるって自分でも分かっているけど。

 

 

 胸の奥がドクドクと音を鳴らして、文字通り脈が波打つ。興奮が止まらなくて、勝手に変化しようとする体を押さえつけるので精一杯。

 

 だけど、それがとても心地いい。

 

 

「じゃあ次、百面(モモヅラ)くん」

 

「はーい」

 

 担任が自分を呼ぶ声が聞こえて、立ち上がる。正直、結構間抜けな声が出ちゃったと思うけど。みんながみんな緊張している中では、それが逆に目立っていたのだろう。教室中の注目が、僕へと集まっているのが肌で分かった。

 

 注目されている、見られている。きっとそれも、僕の気分を高揚させる要素の一つだったんだろう。高まっていく感情の波に呼応するように、フードの中で、見えないところで、僕の顔が波打って、その形を変えていく。

 

 ずっと彼女のことを見ていたから、自己紹介文を考える余裕なんてなかった。だけど、彼女のことを考えていたから、自己紹介文を作る必要なんてなかった。

 

 柄にもなく、期待に胸を膨らませた。

 

 気づいてくれるだろうか、見てくれるだろうか。驚いてくれるだろうか、気になってくれるだろうか。

 

 あえてフードをずらして、口元だけが見えるようにする。クラスメイトは誰も気にしていなかったけれど、彼女だけは怪訝そうな表情をしていた。

 

 それはもう、気になることだろう。なにせ、毎日鏡で同じ口を見ているんだろうし。

 

 

「僕の名前は、百面(モモヅラ)(ショウ)っていいます。個性は「変身」で──────」

 

 

 そこまで口にしてから、一気にフードを取り払った。

 

 他人を驚かせてしまわないようにと、個性が暴走して、集団の中で孤立しないようにと。親が心配して、僕を想って与えてくれたフード付きの服。

 

 今まで一度も言いつけを破ったことのない、自分から進んで取り外したことのないそれ()を。自らの意思で、自らの選択で解き放つ。

 

 教室中から、歓声が上がった。いつの時代も、人々はパフォーマンスやシチュエーションに一喜一憂するもので。

 

 個性のデモンストレーションを兼ねた自己紹介は、彼らの目にはさぞかし魅力的に映ったことだろう。だって、そう見えるように演出したのだから。そうじゃなくちゃ、困る。

 

 

「────他人の姿に化けることができます。これから一年間、クラスのみんなと仲良くできればいいなと思ってます」

 

 

 よろしくね、と。目を合わせて口にした言葉の意味は、彼女に宛ててのもので。

 

 その驚いた表情が、あの偽りの笑みと違う本物の感情が。僕の背筋を優しく撫であげて、すごく、ゾクゾクする。

 

 

 

 彼女の顔、彼女の声で……そして、彼女のそれとは違う本物の笑顔で。

 

 僕は、それまでの自分に別れを告げた。

 


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