現代のグレゴールと毒虫   作:親指ゴリラ

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エピソード 1
普通で楽しい文化祭 上


-1-

 

「最近、マンネリ化してる気がするんだよね」

 

 

 近頃ずっと考えていたことを口にすれば、目の前の少女は服を着るのをやめ、シャツに袖を通した状態でこちらを振り返る。ぽかんと開かれた口からは、彼女のチャームポイントである八重歯が顔をのぞかせている。

 

 何度も首筋に立てられたそれをなんとはなしに見つめていると、視線の先で彼女の口が動いた。

 

 

「マンネリ化って、この関係がってことですか?」

 

「いや…………強いていうなら、人生かな」

 

「ショウくん、時々すごく主語が大きい言葉を使いますよね」

 

「いやいや、冗談とかじゃなくて」

 

 胡乱げな瞳を向けてくる彼女に弁明するように、両手を振りながら言葉を続ける。

 

 

「ほら、僕って夜道を一人で歩いているような寂しい人を脅かして悲鳴を聞くのが趣味じゃん」

 

「私がお願いしても一度も一緒に連れて行ってくれないですよね」

 

「トガちゃんのことは大事な友達だと思っているけど、それはそれとしてこれ(趣味)は一人で楽しみたい派なんだよね」

 

「ぶーぶー」

 

 分かりやすく不満を主張する彼女に、手の動きで服を着るのを促す。猛暑も過ぎ去って、最近はやや涼しくなっているから。あまり長い間裸でいると、風邪をひいてしまうかもしれない。着替えの途中で話しかけた僕も悪いけど、こうも肌を晒すことに躊躇いがないのも考えものだと思う。

 

 

 まぁ、本当に今更というか。

 

 彼女との劇的な出会いから、はや一年と数ヶ月。こうしてなんども密会を重ねて、お互いを満たし合うような関係になった今となっては。彼女のことも少しは分かるようになったし、あの姿も見慣れた。

 

 別に、インモラルな関係というわけではない。僕と彼女は良き友達であり、良き理解者という間柄であって。個性に誓って、そういうことをしているわけじゃないと断言できる。

 

 こうして密室で二人きりになっているのも、お互いの欲求を満たすため。

 

 すなわち、彼女が僕の血を摂取して、僕は彼女が変身した僕の姿を記録する。あの入学式の美術室で行なったことを、そのまま定期的に繰り返しているだけという話で。

 

 彼女が裸になっているのは、彼女の個性が僕の衣服まで再現するものだったから。服を着たまま個性を発動すれば、服が二重になってしまうから。

 

 だから、彼女は個性を使うときは決まって服を脱いでいて。常識的に考えれば、僕は目をそらしているべきなんだろうけど……なんだろう、目を逸らそうとしても常に視界に入ってくるというか。僕の気のせいでなければ、彼女はやや露出癖があるのかもしれない。

 

 人目をはばからず個性を使う解放感が、そうさせるのだろうか。僕の血を吸う時の、あの捕食者のような瞳を見ていると何も言えなくなってしまう。

 

 でも、それで彼女がいいというのであれば。それはきっと、僕が口を出すことでもないのだろう。そうしたい、こうしたい、そう思ったのならば、その通りに生きるべきなわけだし。

 

 

「それで、趣味が楽しくなくなっちゃったんですか?」

 

「いやー、そういうわけじゃないんだけどね。楽しいっちゃ楽しいんだけど……どうしてもワンパターンになりがちというか。ビックリさせて、悲鳴を聞いて、その場から立ち去って……って。悪くないんだけど、もう一捻り欲しいんだよね」

 

「少し切りつけてみたらどうですか? 血とか……あと、血とか付けてあげたらいいと思います!」

 

「それ完全にトガちゃんの好みだよね。僕、怖がってほしいだけで怪我をさせたいわけじゃないんだよね」

 

「えー……ショウくんのモラル感、難しい!」

 

 頭を抱えてコミカルに悩んでいる彼女の姿を見ていると、体が勝手に反応してしまう。

 

 この特別な友人は、どうやったら驚いてくれるのかと。普段からつかみ所のない反応をする彼女は、何なら怖がってくれるのかと。胸の奥から好奇心が溢れて、気づかないうちに、個性が肉体を変化させてしまう。

 

 

「ショウくん、背中がモゾモゾ動いてますよ」

 

「あっ、ごめんごめん」

 

 僕の悪癖は彼女も把握しているから。彼女に対してだけではなく、クラスメイトの前で本能が働くような時にも、彼女はこうやって僕のことを諌めてくれる。

 

 自分の本性を隠して生活するというのは、これがなかなかどうして難しい。メリハリが大事だというのは理性では分かっていても、個性と体は正直だ。僕みたいに思考が肉体に反映されてしまうタイプにとって、隠し事は難易度が高い。

 

 それに比べて、彼女の擬態の精度の高さときたら。もはや尊敬に値すると思う。僕たちのような存在でなければ、彼女の内側にいる獣の存在には気がつかないだろう。

 

 

「そこでさ、トガちゃんにお願いがあるんだけど」

 

「えっ!? ほんとに!? 任せてください! ショウくんのためですもん、なんでもしますよ!」

 

「いや、そこまで気合い入れなくてもいいんだけどね。そんな大したことじゃないし」

 

 本題を切り出すと、彼女はびっくりするくらい話に食いついてきた。瞳をキラキラと、普段のそれとは違う色で輝かせて、両手で僕の手を握ってブンブンと振る。彼女の動きに合わせて、僕の腕が縦に横に伸びては縮んだ。

 

 頼みごと、とはいったものの。本当にそんなに大層なことをお願いするつもりはなかったので、なんだか逆に申し訳ない気持ちになってくる。

 

 

 一際張り切っている彼女と瞳を合わせて、まるであの日のような状況で、あの日のように望みを口にする。

 

 痛みも感じないはずの体で、首筋だけが熱く疼く。

 

 

「トガちゃんさ、文化祭って興味ある?」

 

 

-2-

 

 

「はい! お化け屋敷がやりたいです!」

 

 まっすぐ天に伸びた────物理的に伸びた腕の指先が、天井に触れる。その自己主張の激しさと、大きく発した言葉が色々な意味で目立ち、教室中の視線が僕へと向かう。

 

 四方八方から見られているのを肌で感じる。どちらかというと見られるのが好きな僕としては、背中を駆け上がるゾクゾク感がたまらない。

 

 先生が黒板に「お化け屋敷」と記入したのを確認してから、腕を元の長さへと戻す。スルスルとスムーズに…………だけど、一切の音を立てることなく伸縮する僕の体は。クラスメイトからは、珍獣か何かのように思われているらしい。

 

 

 季節は秋。つまり、芸術の秋。

 

 世間のほとんどの学校では、文化祭が開かれる季節でもある。当然、ごく一般的なこの中学校においても、それは例外ではない。

 

 本当ならば、放課後になっているはずの時間。それぞれが自分の所属している部活動に向かうか、あるいは、帰宅しているはずの時間。全ての授業が終わってからねじ込まれるホームルームは、それはもうとにかく評判が悪い。

 

 それが、多くの時間を必要とする内容であるのならばなおさら。一年に一度の行事の内容を決めるなんてのは、特に面倒くさい。

 

 面倒くさいのは間違いないんだけど、こういった話し合いの行く末というのは、だいたい二つに分けられる。

 

 

 一つ目は、意見が出ることなく時間だけがダラダラとすぎてしまうパターン。これはもう本当に最悪で、先生や進行役の委員がすごく困った顔でウロウロしているうちに、他の生徒は雑談に興じて時間を潰していることが多い。

 

 結果的に、鶴の一声的な適当な意見でクラスの催しが決まってしまうことが多い。そして殆どのパターンで、妥協に妥協を重ねたクオリティの低い出し物をやって、なんとなく微妙な思い出として早期に忘れられる。

 

 

 そして二つ目は、やる気のある生徒が意見を引っ張っていくパターンだ。

 

 こういう話し合いは出だしが大切で、そこを躓くと誰もまじめに議論に参加しなくなってしまうから。特に、僕たちの年頃はちょっと多感が過ぎるわけだから。自分の意見を出すのは恥ずかしいし、他の人についていくのが楽に感じられる。

 

 だからこそ、最初が一番大切で。そこで自己主張ができる人さえいれば、あとは結構楽に結論が出てくる。

 

 面倒くさいことを終わらせたいと思っているのは、みんな同じだ。

 

 たまに熱意のある生徒が出てこないこともないけれど、去年の文化祭を経験した限りでは、この学校の生徒は文化祭を面倒かつ儀礼的な行事程度にしか感じていないし、学校や教員もそこまで重視しているようには見えなかった。

 

 そもそも、中学生に出来ることなんて限られているわけだし。こういう催しが盛り上がるのは、高校生以上になってからだろう。それまでは、学校から与えられた範囲で役割をこなすくらいのことしか出来ない。

 

 

 まぁ、今年はその熱意を持った生徒というのが居るわけだけど。まさに、ここに。

 

 

「はい! 私もお化け屋敷がいいと思います!」

 

 僕が発言した内容を聞いたクラスメイトが、周囲の席の友達と相談し始めようとした絶妙タイミングで。トガちゃんも綺麗な姿勢で挙手をして、僕に援護射撃をしてくれた。

 

 彼女の一言をきっかけにして、教室のあちこちから「わたしも賛成でーす」やら「いいと思いまーす」といった、肯定的な意見が上がり始める。

 

 その全員が女子であって、そして、トガちゃんと付き合いがあるという共通点を持っていた。

 

 緩んだ空気が生み出す、教室特有の喧騒の中で、トガちゃんが僕だけに見えるように軽く手を振った。どちらかというと掌を握ったり離したりといった、グッパの動きをしているわけだけど。切れ目気味の目尻に虹彩を寄せた流し目が、僕の姿を捉えていて、彼女が「頼みごと」通りの活躍をしてくれたのがよく分かった。

 

 

『文化祭の催しでお化け屋敷をやりたいから、ホームルームの時にそれとなく同調してほしいんだ。それとできればでいいんだけと女子への根回しも』

 

 それが、僕が彼女に頼んだ内容であって。その代わりといってはなんだけど、文化祭の空き時間は彼女と二人で学校を回るという約束をすることになった。

 

 そう、文化祭。文化祭といえば、お化け屋敷だ。低予算に低クオリティ、視界の端に見え隠れするダンボール、ここぞとばかりに大活躍する黒いガムテープ、人力のみを使用して奏でられる壁を叩く音のBGMと、驚くほど回転率の悪いキャパシティ。

 

 どちらかといえばゴミ屋敷、それが文化祭に欠かせない催しNo.1……お化け屋敷。

 

 去年の上級生が作ったお化け屋敷は、本当に残念なクオリティだった。いつもよりややテンションの高かったトガちゃんが思わず無言になってしまうくらいには、なんていうか、酷かった。僕もおもわず、お化け役をしていた先輩に逆ドッキリを仕掛けて泣かせてしまったくらいには退屈なものだった。

 

 

 だけど、今年は違う。

 

 なにせ、この僕がやる気を出しているのだから。それはもうめちゃくちゃ楽しくて、スリル満点な出来栄えになるに違いない。

 

 絶対に選ばれるように、女子のコミュニティで人望のあるトガちゃんに根回しを頼んだ。クラスの半分を占める女子側がお化け屋敷を推してくれれば、それはもう実質決まったようなものだし。男子は女子に弱いから、反対意見も強引に押し込める。

 

 三年生のクラスでお化け屋敷が選ばれたら譲ることになってしまうから、一つ上の階で去年のゴミ屋敷の話題を広めて、それとなく印象操作も行なった。わざわざ三年生の姿に化けて何度も繰り返し流布したのだから、効果は出ていることだろう。

 

 クラスに忍び込んだ際に「お化け屋敷はないよね」という言葉を耳にすることも多かったし、心配しなくてもいい。

 

 

 そう、お化け屋敷。合法的に人を怖がらせることができるイベント。

 

 去年は美術部の作品展示で忙しかったから、あまり深くクラスの催しに関わることができなかったけど。今年は絶対にお化け屋敷をやるって決めていたから、作品はもう作り終わっていて。

 

 つまり、準備万端。負ける理由がどこにもない。

 

 

 新鮮な悲鳴、沢山の子供の恐怖心。それはきっと僕の心を満たして、趣味へ良い影響を与えてくれるはずだから。

 

 こんな青春を過ごすのも、悪くはないだろう。

 

 黒板の『お化け屋敷』の文字の上に、花丸が書き足されるのを眺めつつ…………これから、どんな工夫をしようかと。

 

 頭の中に浮かび上がる無数のアイデアへと、意識を傾けた。


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