現代のグレゴールと毒虫   作:親指ゴリラ

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普通で楽しい文化祭 下

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「────あーあ、午後からは展示禁止だってさ。残念だね、せっかく頑張って作ったのに」

 

「ごめんなさい、実行委員の人とか校長先生とかになって一生懸命誤魔化してたんですけど…………やっぱりダメでした!」

 

「いやいや、謝んないでよ。どうせ何か言われると思ってたし、それ見込みで僕のシフトを一番最初にしてたからさ。もう十分堪能できたって」

 

「個性使って驚かせてたの、全く隠す気なかったですもん。正直、時間の問題だったと思うのです……先生、目尻をこんなに釣り上げて怒ってました!」

 

「トガちゃん、ありがとうね。先生たちを足止めするなんて、面倒くさい役を引き受けてくれてさ」

 

「ショウくんのためですもん! ……それに、すっごく楽しかった! 個性をのびのび使えて、とても気持ちよかったです!」

 

「そう? それならよかった」

 

 

 これ以上ないほどの情熱を注いで完成した、最高の出し物。クラスメイトみんなで個性を使って作り上げた、世界に二つと存在しない、僕たちだけのお化け屋敷。

 

 それはあまりにも刺激が強すぎて……そして、個性を使用していることがあっさりとバレたせいで。文化祭開始から僅か三時間、午前いっぱいをもって展示禁止となってしまった。

 

 三時間、僕的にはよく持ち堪えた方だと思う。

 

 一定の空間内の音を遮断する個性の子がいてくれたおかげで、教室の外に悲鳴が漏れることはなかったけど。人の口に戸は立てられない訳だし、クチコミでの客数増加は僕たちも望んでいたことだから。

 

 制限だらけの退屈な催しに現れた、個性を有効活用した本格的な出し物。そんなものが話題にならないはずもなく……うん、盛況して、話題が話題を呼んで、学校内での噂が大きくなって、なりすぎて。

 

 トガちゃん含めた妨害班が、頑張ってくれてたんだけど。それでも、この違法行為がバレるのは時間の問題だった。

 

 

「でもでも、あの仕掛けは凄かったですよね! ショウくんが描いてくれた絵がとても上手だったから、演出に迫力がありました!」

 

「いやいや、トガちゃんのアイデアも凄かったよ。まさかあの子の個性をあんな形で活用するなんて……僕もまだまだだね、なかなか常識の範囲から抜け出せないや」

 

「いやいやいや、ショウくんの方が凄いですよ! あの曲がり角で驚かすと見せかけて、まさか反対側の壁にあんな…………えへ、思い出しただけでゾクゾクですね!」

 

 クラスのみんなと一緒に作った仕掛けを一つ一つ思い出して、噛みしめるように感想を口にする。

 

 この数週間、色々なことがあった。

 

 

 まず、みんなを説得するところから始まった。女子はトガちゃんが、男子は僕が。個性を使って、素晴らしい見世物を作ろうと。一生懸命説得して………うん、本当に一生懸命『説得』した。

 

 普段から仲良くしていること、そして、僕がホラー映画好きだと公言していることもあって。クラスメイトは好意的に……個性を使うことに前向きになってくれた。

 

 どんな個性にも役割があって、みんなで力を合わせれば出来ないことなんてないんだと。そう言葉を尽くして、時には実演してみせれば。僕たちみたいに個性を使いたくて仕方がないタイプの子は、あっさりとこちらに傾く。

 

 そういう「自分の力を思う存分発揮したい」というのは決して珍しい主張ではない。教室内の多数が個性使用に賛成の意をみせれば、流されやすい現代っ子のほとんどは、僕たちに迎合してくれた。

 

 どれだけ規律に厳しく、模範的な生徒であっても。自分以外の全員が結束している状態では、表立って反対することなど出来はしない。先生にチクることも考えたのだろうけど……まぁ、そこは工夫しだい。表現を変えて、妥協点を引き出せば、人は楽な方へと転がり落ちる。

 

 それはもう、あっさりと。

 

 そうなったら、あとは完成に向けて動くだけ。やる気になったクラスメイトのみんなと一緒に、出し物の作成に取り掛かった。

 

 異形型はキャストに、増強系の個性持ちは舞台の構築に、それ以外は小道具や衣装作りにと。各々の個性や希望を元に、出来る限り適切な役割分担を行って、理想的なパフォーマンスを発揮する。

 

 

「みんなには感謝してもしきれないね。やっぱり持つべきものは友達だよ」

 

「ショウくんが普段から友達は大切にしろって言ってる意味がよく分かりました! …………正直、ショウくんと一緒にいられる時間が減るから寂しかったんですけど、おかげで役に立てました!」

 

「普段から仲良くしてなかったら、あんなにスムーズに話が纏まらなかったんじゃないかな。積み重ねた時間、共に過ごした経験こそが信頼を作り上げるんだよ………困った時だけ助けてもらって、都合のいい時だけ仲良くする。そんなの、気持ち悪いでしょ?」

 

 笑顔で首を縦に振るトガちゃんは、尻尾が生えてたらブンブンと大きく振っているんじゃないかってくらいに嬉しそうで。そんな彼女を見ているだけで、僕まで嬉しくなってしまう。

 

 どんなに人の道を外れていても、人の生活することはできる。怪物だって、化物だって。本性を隠して、外面を人のガワで覆って。今までずっとそうやって生きてきたし、そんな生活も心地よい。本当に人の道を外れた者は、いつだってヘラヘラ笑って人の中に紛れ込んでいるものだから。

 

 

 そう、誰にだって友達は必要だ。

 

 理解者じゃなくて、友達。

 

 

 僕たちはどこかおかしくて、だからこそ惹かれあったわけだけど。それでも、お互いのことを理解できているわけじゃない。

 

 僕はトガちゃんほど血に執着していないし、トガちゃんは僕みたいにいたずらが好きなわけじゃない。真の意味でお互いの『好き』を共有しているんじゃなくて、否定せず、そういうものだと受け入れているだけ。

 

 むしろ、世の中の大半の人々がそうやって他人との距離を適切に保っているわけで。その点で判断するなら、僕たちはごくごく当たり前のことを普通にやっているだけにすぎないけど。

 

 

 それでも、否定されないだけマシだと分かっているから。世間一般的な感性は、僕たちのような異物は受け入れられないと。理屈にせよ本能にせよ、頭の中で理解できているから。

 

 だから、色々な事情を抜きにしても、お互い(友達)が必要なのだろう。

 

 傷の舐め合い、不健全な依存。僕たちの関係は、そう表現されるものなのかもしれない。

 

 でも、それの何がいけないことなのだろうか。

 

 こんなにも楽しくて、こんなにも充実しているというのに。不健全だというだけで、まともじゃないからといって、手放す理由にはならない。そんなことができるなら、そもそも不健全な関係に落ち込んでいない。

 

 僕たちは不健全だからこそ出会って、不健全だからこそ惹かれあって。世間一般的に忌避されるようなことでも、認められないような関係であっても、それを好んでいるのだから、楽しんでいるのだから。

 

 

「ところでショウくん、このあとはお暇ですか?」

 

「やだなぁトガちゃん。一緒に文化祭を見て回るって約束だったじゃん」

 

 下から覗き込む姿勢で、こちらを伺うように。何かを期待する瞳で僕の予定を聞いてきたトガちゃんに言葉を返せば、彼女は一瞬で感情が振り切れたみたいで、それまでの表情を投げ捨てて恍惚の相を浮かべた。

 

「わああ覚えててくれた! 嬉しい! 嬉しいよぉショウくん!」

 

「トガちゃんには色々頼みごとしちゃったからね……約束のことは別として、なんかお礼させてよ」

 

 いい加減、ほとぼりも冷めた頃だろう。

 

 立ち上がって、尻についているゴミを両手で払う。先生たちから逃げてたどり着いた避難先、屋上の床はとても冷たくて、あまりいい座り心地じゃなかったけど。二人で逢引するのは、学生っぽくてなかなかに楽しかった。

 

 誰もいない場所から見下ろす校舎は、ごく一般的な中学校の何処にでもあるような文化祭であるにも関わらず、とても活気にあふれている。クラスメイトのみんなは上手く逃げだせただろうか。こんなに楽しい日に説教を受けるなんて勿体無いから、できれば逃げ果せてくれてるといいけれど。

 

 

 そんなことを考えていると、隣から服の袖を引かれる。床に敷いていた布を片付けて出かける準備を終えたトガちゃんが、心底楽しそうに僕を見ていて。

 

 彼女の顔を見ただけで、口が勝手に動いた。

 

「トガちゃん」

 

「なぁに、ショウくん」

 

 

「デート、しようか」

 

 

-2-

 

 個性という超常が生まれるよりもずっと前に生きていた作家、フランツ・カフカが記した「変身」という小説を読んだことがある。

 

 目や耳に入る情報を制限されていた僕が、それに偶然出会ったのは。僕が自分の個性について知りたいと、両親に内緒で色々なものを調べていた時のことで。自分の個性と同じ名前を冠するその一冊に、僕は大きな期待を寄せていた。

 

 過去の作品群、特に非現実的な内容を扱う創作物というのは、人々が個性を手に入れてから再評価されたものが多い。

 

 個性が遙か昔から存在していたという言説の証拠として、諸外国の有名な神話を挙げる人がいるくらいだ。非現実的だと思われていたことが現実になったことで、空想との区別がつきにくくなったということなのだろう。

 

 カフカの「変身」も、再評価されたものの一つだ。この作品はそもそも文学的に高い評価を受けていたらしいけれど、今では個性教育の教科書に載るほどに一般的な読み物となっている。

 

 雑にあらすじを紹介すると、この「変身」は主人公のグレゴールという男がある日突然毒虫になってしまったところから物語が始まる。

 

 人の姿を大きく離れた彼は、周囲の人間たちから気味が悪いと迫害されて、最後には…………と、そんなお話。

 

 どことなくシンパシーを感じるというか、感情移入したくなるような物語で。初めてその存在を知った僕にとっては、劇薬のような代物だった。

 

 それこそ、翌朝目覚めた僕の体が巨大な芋虫みたいな形になってしまったくらいには。衝撃的であって、いい意味でも悪い意味でも影響を受けたのは間違いない。

 

 教科書に載っているこの作品では、グレゴールの最後は記されていない。授業の内容も概ね異形型への差別問題とかそういうのと結び付けられていて、「人を見た目で判断しないようにしましょう」とか、そういうことしか言われない。

 

 グレゴールが嫌われていたのは、見た目のせいだけではないというのに。

 

 

「ショウくん、いいですか?」

 

「ん、どーぞ」

 

 人は痛みがくると分かっていると、どうしても身構えてしまう。それは僕にとっても変わらない事実であって、体は実に正直な反応を返す。

 

 前に一度、彼女のナイフを折ってしまったことがあった。刺されると分かっていた体が勝手に変化して、表面を硬い鎧で覆ったのだ。痛いのは嫌なんだなって、自分のことなのに他人事のような感想を抱いたことを覚えている。

 

 それ以来、彼女は血を吸う前にこうやって一度確認を挟むようになった。本当はもう意識的に痛覚を切っているから、前みたいな失敗をすることはないんだけど。

 

 こうやっておねだりをしてくる彼女が、餌を前にした動物みたいでとても可愛いから。それをみたいがために、痛覚のことは教えていない。

 

 

「おいしい?」

 

「ふぁ……はい!」

 

「あ、ごめんね。そのままでいいよ」

 

 わざわざ口を離して返事をしてくれた彼女の頭を抱えて、自分の首筋へと押し付ける。

 

 僕の意図を汲んでか、何も言わずに再開した彼女の横顔は。先ほどまでとは全く違う形相で……一般的な感性でいえば、とても悍ましい表情をしている。

 

 彼女のこの顔は、僕だけが知っている。

 

 だけど、もしもトガちゃんがこの顔をクラスメイトに見せてしまったのならば。彼ら彼女らはこの子を恐れて、距離をとることだろう。彼女の中にある怪物的な要素が、表層に出てきてしまっているのだから。受け入れられるのは、同じような存在だけだ。

 

 そしてそれは、僕にも同じことが言えるのだろう。

 

 本性がバレて、周知の事実となってしまえば。グレゴールがそうだったように、僕らも排斥されてしまう。

 

 

 誰も彼も、勘違いしている。

 

 グレゴールが虐げられたのは、なにも彼の見た目だけが原因だったわけではない。もちろん、その悍ましい肉体が呼び水になったのは間違いないだろうけど。グレゴールの家族は最初、気味悪がりながらも彼の世話をしていたわけで。見た目だけが怪物だったのなら、あそこまで酷い結末にはならなかった。

 

 見た目は中身の一番外側という言葉があるけれど、僕はどちらかといえば肯定派だ。

 

 

 怪物的な内面は、見た目にも反映される。魂が歪んだ形をしているのだから、それが肉体に影響を与えないはずがない。

 

 グレゴールの見た目が毒虫になったのは、彼の中身が毒虫に沿った形をしていたから。

 

 彼が周囲から受け入れられなかったのは、彼が毒虫らしく「床や壁を這いずり回る快楽」に目覚めてしまったから。その醜悪な行動が、周囲からの評価を変えてしまったから。

 

 怪物が本当の意味で怪物になるのは、歪んだ欲求に身を任せてしまった瞬間からだ。人の姿に擬態して、人のように振舞っている間はなんの問題もない。正体がバレていないのなら、それは人と同じと言っても過言ではない。

 

 グレゴールは我慢ができなかった。身の内に抱える衝動、欲求に身を任せることで得られる快楽、毒虫としての習性に抗えなかった。

 

 

 そう、今の僕とトガちゃんのように。

 

 僕と彼女がこうして今までと同じように生活できているのは、その姿を誰にも見せていないから。誰にも見られないところでうまく自分の欲求を発散して、表に出さないようにしているからであって。

 

 それは決して、自分を律しているというわけではない。たまたま相手が理解があるから、凶行がバレないように工夫しているから発覚していないものの、昼に夜にと励んでいるのはグレゴールと変わらない。

 

 

 文化祭を回るのも、早々に切り上げた。彼女がどうしても我慢できなくなって、血を吸いたくなってしまったから。人混みを離れて、誰にも見られない場所へと足を運んで。みんなが楽しんでいる間でも、こうやって快楽を貪っている。

 

 こんな調子で、隠し通せるわけがない。

 

 僕らもいつかは人目に晒されて、グレゴールのように拒絶されるのだろう。少し前まで笑顔を向けてきていた人々が、嫌悪に表情を歪ませることが分かっていても、僕たちは我慢することができない。

 

 グレゴールのように、毒虫のように生きている。

 

 そういう意味でいえば、僕とトガちゃんはお互いのことを毒虫へと変えてしまったのだろう。

 

 彼女と出会ったことで、僕は本当の自分の姿を手に入れた。そして、その姿こそが毒虫そのものであって。

 

 彼女もまた、僕を真似るように毒虫へと「成」った。

 

 

 だけど、それでいいのだろう。

 

 人にもなれず、怪物にもなれない。そんな宙ぶらりんの状態でいるよりは、きっとはるかに上等だ。

 

 どれだけ本性を隠したところで、それは隠しているだけ。魂が人の形をしていない限り、僕たちは普通に生きることはできない。

 

 その破滅が、いつ訪れるのかは分からないけど。その日がくるまでは、人として生きてみようと思う。

 

 

 だって、その方がいい悲鳴を聞かせてくれるだろうから。

 

 身近にいて、一緒に成長した人が怪物だったと知った時。その年月が長く、重いほどに……人の心の奥底に、恐怖という名の根が深く降りるだろうから。

 

 ああ、それが、すごく楽しみだ。

 

 

「…………わあ」

 

「ん、どうしたの?」

 

「ショウくん、いますっごく悪い顔してますよ」

 

 

 

「あはは────生まれつきだよ、たぶん」




 ショウくんが描いた「呪いの絵」を主軸に創られた物語をモチーフにしたお化け屋敷は、一部から大変な好評を得て、一部の抗議によって展示禁止されました。個性を無許可で使用した問題は、しかし学校の中だけに留まり、お化け屋敷を翌年からは全面禁止にするという処置をもって話は収束を迎えます。

 学校内には「お化け屋敷の中で人が行方不明になった」という噂話だけが残り、やがて七不思議の一つとなって伝聞されることになります。

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