「藤丸立香」
誰かに名前を呼ばれた気がした。
振り返っても誰も居ないし、只々薄暗い廊下が続くだけだ。
「今、誰かに呼ばれた気がしたんだけどなぁ……」
伽藍堂としたカルデアはつい先日に終結した7つ目の特異点を封じた事で一旦は役割を終えた。
今の私達に残されたのは国連からの査察団を待つ事だ。査察団は何でも山の麓で嵐が収まるのを待っているそうだ。
「フォーウ!」
そこに一匹の犬とも猫とも取れる不思議な可愛い小動物、フォウがやって来る。キャスパーリーグという名の化け猫らしく、マーリンのペットらしい。が、マーリンに懷いている処を見たことは無い。
兎も角不思議な生き物で私やマシュに付いて様々な特異点にレイシフトした頼もしき相棒の一人でもある。
「フォウ君。
どうしたの?」
フォウは私を見上げてまるで何処かに案内するようにも歩き出す。
やることは無くもないが、それほど重要でも無い。故に今年度を最後になるだろうこのカルデアを歩き回っていたのだ。
フォウに続いて歩くと、フォウはとある扉の前でクルクル回って見せた。其処は資材置き場と書かれている。
「此処がどうしたの?」
「フォウフォーウ!」
フォウは扉をタシタシ叩くのでカルデア唯一のマスターとして預かったマスターキーを使い中に入る。マスターだけに。
中には様々なケースや箱が乱雑に置かれていた。
電気を付けて中に入れば長年触っていないのか中々に多くのホコリが積もっている。
「フォウ!」
そして、私に続いて入ったフォウが置くまで走っていくと、私を呼ぶ様に鳴く。何事か?と後に続けば赤茶色に汚れた布がケースから零れ落ちていた。
「何の布?」
手にとって広げると、それは見覚えのある旗であった。
「旭日旗って言うんだっけ?」
太陽とその陽光が描かれた旗は昔日本で使われていた旗である。
旗はボロボロで所々穴が開き、『七生報国』とか『武運長久』と書かれ、寄書きのように名前と一言が添えられていた。
昔、私が日本にいた頃に見た事がある。
「なんで、こんなものが?」
そんな疑問が頭を過ぎった。その瞬間、聞き慣れたアラームがけたたましく鳴り響く。
《立香ちゃん!至急管制室まで来てくれ!》
アラームに続き所長代行に付いて自己処理等を行っているダ・ヴィンチの声が聞こえる。一先ずこの旗は置いておいて管制室まで急ぐべきだ。
旗を脇に放り捨てるのも憚られるし、崩れたケースに仕舞うのも惜しい。旗を片手に完成室に急いだ。
管制室に飛び込めば其処には各種データを統計したりする管制官役のスタッフは勿論、ダ・ヴィンチや私と共に最後まで戦って生き抜いた最も信頼の置ける相棒であるマシュ・キリエライトが集まっていた。
雰囲気はそこまで切羽詰まっているようには見えなかった。
「突然済まないね、立香ちゃん」
「いえ、どうしたんですか?」
「んー、ちょっと有り得ないことが起きたんだ」
私の質問にダ・ヴィンチはその美貌を僅かに曇らせながら腕を組む。
「先ずはこちらを見てもらったほうが早いかと」
そして、マシュが告げるとダ・ヴィンチもそうだねと賛同して脇に逸れた。
ダ・ヴィンチの後ろには一人の兵士がいた。その兵士は端的に言えば日本兵だ。
しかし、その顔は黒い影でできている。露出した皮膚は全て影なのだ。
「サーヴァント……シャドウ、サーヴァント……?」
思い当たる存在を口にしてみるとダ・ヴィンチはそうともといつも通りの口調で頷いた。
シャドウ・サーヴァントとは本来のサーヴァントの劣化コピーといったような存在で本来そのクラスで現界する筈だったサーヴァントが何らかの理由でちゃんと現界出来なかった場合になる存在だ。
「立香ちゃんはシャドウサーヴァントがどういう物か知っているよね?」
「はい。一応は……」
私の認識を説明するとダ・ヴィンチは頷いた。
「そうともさ。
でも、それは正確では無い。シャドウサーヴァントとは今立香ちゃんが言った何らかの不備でなり損なった者の他に英霊と言うには一歩及ばなかったが偉大な功績を残した人物がなるんだよ。
彼は多分日本兵と言う群を個にしたサーヴァントだ」
ダ・ヴィンチの言葉に私は理解が追い付かなかった。
「先輩。
簡単に言えばジャックさんと同じ様な存在です。概念が集まり個になったんです」
なるほど。
「でも、シャドウサーヴァントって襲ってくるイメージがあったのですが……」
眼の前のシャドウサーヴァントは直立不動で動かない。
「そうなんだ。
しかも登場の仕方が問題でね」
「何かあったんですか?」
「勝手に召喚されたんだよ。
霊器反応があって、確認したら彼が居てね」
ダ・ヴィンチが視線を向けるとシャドウサーヴァントは持っていた小銃に銃剣を付ける。マシュが前に出てダ・ヴィンチもその前に出るが、私は彼が攻撃の意思を持っての動作とは思えずに二人を制した。
「待って!」
シャドウサーヴァントは銃剣を付け終えると、素晴らしく整った動作で銃を手にとった。
「捧げ銃をしてますよ先輩!」
マシュが驚いた様子で私を見る。
どうすれば良いのかと聞けば答礼をしろとの事。敬礼すれば良いらしい。言われた通りに辿々しく敬礼をする。
「先輩、手を降ろして下さい」
敬礼した手を下げるとシャドウサーヴァントも捧げ銃と言うらしいポーズを解いて、手にしているライフルを降ろし、銃剣を外した。
暫く見ていると、シャドウサーヴァントの影が一瞬揺らぐ。
「魔力反応です!」
マシュが驚いた様子で告げる。発生源は勿論眼の前のシャドウサーヴァントだ。
「先ずは御身に感謝したい」
私達が些かの警戒をしているとシャドウサーヴァントが言葉を話した。
「シャドウサーヴァントが喋った……」
その衝撃的な出来事にシャドウサーヴァントは困った様に笑う。
「我々はシャドウサーヴァントではありません。
有象無象の古くは西南戦争、果ては名も知らぬ南方の孤島でゲリラ戦に徹し死亡した皇軍兵士の集合体。誰か一人の顔を取ることも、また死して尚も故国を護っていた者共です。
クラスはフェイカー。汎ゆるクラスのスキルを持ちながらそのクラスには及ばない。
宝具は対軍防具。我々は御身等の偉大なる戦いを見ながら縁なき者として参加は出来なかった。
故国を救い出した御身に我々は万感の感謝と謝辞を申し上げたいのだ。
我々の命を賭して護った国を護って頂き誠に感謝する!」
返答に困っているとマシュが首を傾げた。
「あの、日本兵さんは縁なき者であったが故にグランドオーダーに参加できなかったと言いましたが、何故今召喚出来たのですか?」
確かに。先程の言葉と今居る事は矛盾してしまう。
「御身がその軍旗を発見し、お手に取られたからです」
日本兵は私が手に持っている先程の旭日旗を指差した。
そう言えばこの旗を拾った時に現れたのだ。
「戦いが終わったとはいえ御身にはまだまだ苦労が残って居られると思います。
我が身が滅びるまで御身の護身衛を行いたい所存です」
ダ・ヴィンチを見る。
彼女はいつも通りの微笑み顔だ。
「決めるのは立香ちゃん、君だ。
好きにすると良い。私は何方でも良いよ。査問会に対しての説明も任せなさい」
「じゃあ、折角来てくれたので。
よろしく……えっと、なんて呼べば?」
日本兵さんでは幾ら何でも酷だろう。
「御身がお決め下さい。
我々は畏れ多くも、天皇陛下が愛された帝国とその臣民の末裔、為れば我々は御身の盾となり剣となり銃となる」
困ったぞ?我が頼もしき後輩を見ると、マシュも少しばかり困った様に笑っている。
「じゃあ、クラスのフェイカーさんと呼んでは?」
「それで行こう」
日本兵改めてフェイカーは遅れてきた英霊……うん、英霊だ。彼等も靖国神社にて英霊として祀られている。ならば、彼等も立派な英霊だ。
「取り敢えずフェイカーにはこのカルデアを案内するね!」
先ず私は新しく召喚されたサーヴァントに必ずするカルデアの案内をすることから始めた。