エイリルがオラリオに来てから二日目の朝がやってきました。エイリルは自分の手を握ったり開いたりして、昨日の出来事が夢じゃないことを少しづつ飲み込んで理解します。
屋根裏の部屋から覗ける窓の外は暗い空が段々明るくなっている時で、まだまだ朝が早い時間帯であることが伺えました。
オラリオに来る前、商団と一緒にいた時なら馬車の運転を変わるなり雑談をするなりして時間を潰していたのですが、それは昨日までの自分の事です。
今日からの自分は商団のエイリルではなくてミアハ・ファミリアのエイリルなので、そうそうに以前の習慣を捨てるなり合わせるなりするべきなのですが、今日明日で今の習慣を捨てれる程に浅い関係ではないので難しい話です。
同室の皆はまだ寝ているようで、自分ももう一度寝るべきかと思っていたエイリルですが皆のベットをみて一人だけいない事に気づきました。
屋根裏部屋をあてがわれているのは五人。一人は自分こと
いないのは羊人《メイプル》のメアリーです。どうしていないのかは正直、昨日知り合ったばかりのエイリルには分かりません。
探しに行ってみるか眠りにつくか少しだけ考えていたエイリルに、不意に美味しそうな料理の香りが届いてきました。どうやらこの
朝食の用意でしょうか? あるいは間食の為でしょうか? エイリルの予想では朝食の為に料理をしている方です。
エイリルは寝起きの為かお腹が空いたので調理場に赴く事にしました。
ゆっくりと足音を立てないように歩いて、床に取り付けられたドアを開きます。それから梯子を降りて階下に下る途中で屋根裏部屋と繋がるドアを音を抑えて閉じました。
それから二階の長くも短くもない廊下を静かに歩いて階下に降る階段を降りて、一階の小さな台所をドアの隙間から覗きました。
「ふん、ふん、ふふん♪。今日は、朝ご飯はなっにかな~♪」
台所で鼻歌交じりに料理をしていたのは部屋にいなかったメアリーでした。エプロンを着て体を揺らす姿はとても武器を振るって日々を戦う冒険者の姿とは思えなくて、どこにでもいる花屋の娘のよう見えました。
「メリー、おはようございます。良かったら手伝いましょうか?」
エイリルはドアの仕切りを跨いで後ろからメアリーに言いました。後ろから話しかけられたメアリーは一瞬だけ驚いて、”ひっ”なんて音を漏らしましたが、話しかけてきたのが昨日入ってきたばかりのエイリルだと気づくや否や落ち着きを払って答えました。
「おはようエイリル。まだ二日目だけど慣れた? あと手伝ってくれるんだったらエプロンを着て手を洗ってきてね。今日のスープも募集中だよ~」
エイリルは顔を洗いに行くついでにエプロンを着ていくことにしました。
「それは何ともだね。まさか口走った結果でうちに入るんだなんて、運が良かったね。ミアハ様は何でも受け入れちゃうからねー」
少々の笑いを含んでメアリーは鍋をかき回しながら言いました。彼女は笑いが堪えられないようで、口角は見間違えない程上がっていました。
「あまり可笑しそうに言わないでくださいよ。私はかなり胆を冷やしたんですから」
小刻みよく包丁を振り下ろしてニンジンを切りながらエイリルは言いました。エイリルはまだ昨日の自分の失敗を笑えるほど区切りがついていなかったのです。
そんな二人は現在、雑談をしながら料理をしていました。
「あ、ニンジンを細く切り終わりましたよ」
「じゃあ鍋に入れてね。あ、そういえばエイリルはオラリオの外から来たんだっけ? 外のモンスターってどんな感じなの?」
メアリーが純粋な疑問で聞きました。生まれも育ちもオラリオの彼女にとってモンスターとはダンジョンの中の生き物を指す言葉で、昨日エイリルに聞いた外の世界の話は彼女にとって興味深いものばかりでした。
「強さが違うとかの話はよく聞きましたよ。種類もゴブリンやコボルトといったダンジョンで出てくるものと聞いた限りでは大差もありませんし……あ、いや、死体が残ります。なのでモンスターを食べる事もできます」
「えぇ、食べるの? ゴブリンを? ちょっと想像つかないかなぁ……」
「食べるといっても流石に人型のものは食べませんよ。トカゲとかニードルラビットとかですよ食べるのは、とは言っても特別に美味しい訳じゃないですけどね」
それから二人は焼き上げたパンを竈から取り出したりしながら会話に熱を上げていきました。エイリルはもっぱら外のモンスターと遭遇談をメアリーはダンジョンでの冒険談を、二人が会話を続けていると主神であるミアハが降りてきました。
「む? 美味そうな匂いに釣られてみれば、メアリーはいつもだがエイリルも早いな。そこのポタージュスープとパンは二人で作ったのか?」
「あ、おはようございますミアハ様。そうです、エイリルと二人で作りました。彼? と二人でオラリオの外のモンスターについて話しながら作ったんですが、これがなかなかに上手くてですね……」
「少し褒めすぎですよメリー。私はあなたほどレパートリーもなければアレンジもありません。あなたに比べれば私なんてモンスターとか色々食べただけですよ」
「うむ、仲がいい事は良い事だな。それはそうとモンスターを食べるとは?」
ミアハは会話の中の違和感に気づいて、つい気になって聞きました。彼にとってモンスターとは倒せば灰になってしまう存在なのです。
エイリルは外のモンスターを狩って料理した話をメアリーにしたようにしました。
「なるほど、確かに外のモンスターは長い時間を掛けて魔石がなくなり死体が残るが、ふむ。確かにそれならダンジョンで出来ないような事ができるであろうな。二人とも、私は皆を起こしてくるから食器の用意を頼む」
そういってミアハは二階に上がっていきました。何か感慨深げだったのが気になりましたが、エイリルは聞かずにミアハを見送りました。
「そういえばエイリル。今日の予定ってある?」
食器を用意しながらメアリーが聞きます。エイリルは正直、冒険者になったからには今すぐダンジョンに入ってみたい気持ちがありました。
「ありませんが、ダンジョンに行ってみたいですね。良ければ一緒に行ってくれませんか?」
「良いよ~、私も予定がなければ誘うつもりだったしね。後輩冒険者を見守るのは先輩冒険者の役目ってね。つまりはそういう事だよ」
メアリーはそう言いました。エイリルはフライパンに油を引いて温めながらそれが何かについて聞きました。
「格言だよ、むかしお世話になった先輩のね。昔お世話になったように今度は私の番って話なんだ」
食器を並べ終えたメアリーが懐かしそうに言いました。昔言われた事を実践する。エイリルは未だに実践したことはありませんが、その気持ちについてなんとなくわかりました。
それからベーコンやソーセージを焼き上げて、二人は皆が来るまで待ちました。
数分もしないうちに降りてきた皆が料理を食べ終えたの見届けてから、二人は後片付けをして、エイリルは倉庫に眠っていた斧のお古を借りてダンジョンに向かいました。