次回は一週間目とかになりそうです
エイリルたち五人は豊饒の女主人で席ついて料理が運ばれて来るのを待っていました。現在の時刻は十時半頃、少しだけ昼食には早いのですが今を過ぎれば刻々と冒険者は席に座り、あっという間に店が埋まってしまうので早すぎて悪い意味はありませんでした。
今はまだい人が少ないので静かですが、これからどんどんと騒がしくなると店の店主が教えてくれました。自信満々に誇らしげに言うドワーフの女主人が直接教えてくれたのは驚きましたが、何より―――
「メリー久しぶり、冒険者稼業は順調かニャ?」
「うん、久しぶりだね。お店の方も順調みたいだね、クロエ」
「――メリーってこのお店で働いていたんですか?」
「ああ、ちょっと違う。働いていたの間違いないだけどな、アルバイトってだけで今はもう立派な冒険者だぜ。メリーは」
"ま、そのよしみでよくおまけをして貰うんだがな"ジョンがそう付けたして、コトネとオトネが頷きました。そこにクロエという従業員がミアという女主人に怒られたのを皮切りに会話を区切ったメアリーが補足します。
「そう、ジョンの言う通り。まだミアハ様のファミリアに入れてもらう前までは毎日働いていたんだよ。まあ入団してからもちょくちょくお店の手伝いをしに来たりはするんだけどね」
なるほど、とエイリルは思いました。まだまだ一週間も寝食を共にした分けでないのだから、知らなくても当然の事です。しかしエイリルはこれ気に少しだけ踏み込んでみようと思い、自分から話題を振ってみることにしました。
「そういえば皆さんは何が理由で冒険者になったんですか?」
それは純粋な疑問が含まれていました。エイリルは憧れから勢いに任せてオラリオに来て冒険者になりましたが、オラリオに元から住んでいたメアリーとジョンは何が理由で冒険者になったのだろうか。命を脅かす物の少ないオラリオで態々、命がけの冒険者になったのです。そこにはどんな夢があったのでしょうか。
「お、それを聞くか? なら俺が最初に言わせてもらおうか」
ジョンの言葉にエイリルは黙って続きを待ちます。メアリーとコトネとオトネは異論がないのかで口を閉じてジョンを見ます。皆がジョンの話を聞く姿勢になったのを見計らってジョンが口を開きました。
「……俺さ、綺麗な物が好きなんだ。」
「綺麗な物ですか……?」
「そ、綺麗な物だ。今より小さかったころはな、よく裏路地とかからガラスの破片を拾ってきて怒られてたんだ。ガラスの破片だからな妙に鋭いのがあってよく怪我をしてたんだが、不思議な事に何度怪我をしても懲りないんだよ」
確かに光に当てられたガラスの破片は宝石のよう輝きを垣間見ることが出来るでしょう。しかしそれと冒険者と言う家業は容易く繋がりません。
「そうして少し大きくなると、今度を金属の光沢が綺麗に見えた。磨けば磨くほど綺麗になった金属の欠片は本当に綺麗に見えたんだ。そうして知り合いの鍛冶師に弟子入りしたんだ。今度は自分の力で綺麗な物を作りたかったんだが――」
――エイリルはそこまで聞いて、続きが何となく分かりました。ジョンは鍛冶師に弟子入りしたことがあるそうですが、今は命がけの冒険者です。つまり話は簡単で、ジョンは自分で綺麗な物を作ることを―――
「――諦めた。才能はあると言われたけど、それは修練の果てで一人前になれるだけの物だった。俺は今すぐに綺麗な物が欲しいだけで、鍛冶師になりたかった訳じゃなかった。まあ、鍛冶師の道を極める熱意が無かっただけだな。それで切り替えて綺麗な物を作れないなら自前で手に入れようとを考えて、手に入れる方法を考えた末に大金が必要だと分かった」
「それで冒険者にですか。凄い行動力ですね」
「そうだろ? 自分でも無鉄砲すぎだと思うしな」
からからと笑いながらジョンが言いました。確かに無鉄砲ですが考えるだけはおろか、考えることをしないよりは断然に良いでしょう。加えてそうしてた先の今を後悔しないのは、今に生活に満足できている証であり、勇気のある事でした。
「やっぱりジョンは可笑しいね。普通だったら期待に応えて鍛冶師になるところじゃないそれ」
「そうそう。私だったら才能がある言ってくれて期待してくれた鍛冶師さんに応えるもん」
コトネが笑いを堪えながら言いました。彼女は自分がジョンの立場なら鍛冶師の道に進むと思ったので素直に言いました。才能があるのなら、その才能を伸ばそうと努力するべきだとオトネが言外に続きました。
それを聞いてジョンは心外だとばかりに言います。
「期待に応えるってお前ら……期待を裏切ったお前らがはのこと言えねぇじゃん」
それはいったいどういう事でしょうか。コトネとオトネは、誰かの期待を裏切ったことがあるのかとエイリルは思い、聞きました。彼女たちには期待を"裏切った"と、大きく感じる物言いの期待をされたことがあるのか、ただただ疑問に思いました。
「そうね……」
「ちょうどいいし、次は私たちが理由を話すことにしない?」
「分かったわオトネ。じゃ、そういう事でご清聴のお願いするよ」
静かにエイリルは頷きました。付き合いの長いジョンとメアリーは、初めてこの話を聞くエイリルに合わせて、一切話に口出しする気はありません。態々、嘘を教えるよう性格の持ち主ではない二人ですので、虚偽の心配はありませんでした。
「私たちはね、お嬢様だったの。それもお姫様にほど近い、ね」
「そう、海の外の国の、王族に次ぐ地位の貴族だったの」
流石に、エイリルは絶句して何も言えませんでした。貴族というものを以前に見た事がありましたが、彼女たちには貴族独特の雰囲気、気品と言うような気配は何ひとつありません。嘘とは思いましたが、ジョンとメアリーの二人が表情一つ変えず何も言わないので真実の可能性は高いでしょう。
「それでね、攫われたの」
「奴隷商にね」
「―――はい?」
今度は辛うじて言葉を呟くことが出来ましたが、それだけです。流石に突拍子がなさすぎて、うまく言葉になりませんでした。攫われて、どうやってオラリオに着くまで生きたのかエイリルには想像も出来ません。
「そうして船に乗せられて、今度は戦利品として奪われた」
「海の上、逃げ場はなく。戦利品を手に入れたのは海賊。さて、どうなったと思う?」
話の途中、聞くばかりのエイリルに二人は質問をしました。これは二人の心遣いです。聞くばかりでは飽きるだろうエイリルに、先の展開を予想させる。正解でも不正解でも問題ない、息抜きのつもりでもありました。
「雑用、として雇われた?」
考えに考え、思いついたのは商団に雇われた自分と重ねた答え。海賊に雑用として奴隷を雇う必要があるかは分かりませんが、自分の経験を鑑みての精一杯の回答です。そんな簡単な話であるとは当然、思ってはいませんが。
「残念、ハズレ」
「うん、ハズレ」
二人は一瞥もなく、ハズレだと言います。それに惜しいとか何か一言くらいは欲しくもありましたが、そんな事より答えの方が気になりました。これまで話から考えて、突拍子もない答えが返ってくるのでしょう。それが無性にエイリルの興味を引きます。
「「正解は――海賊になった、だよ」」
揃えた声に、エイリルは呆気に取られてしまいました。二人は関係ないとばかりに続きを話します。
「海賊にはね、奴隷は要らないんだって。欲しいのは仲間と財宝で奴隷じゃない。私たちを使えばお家からたんまりとお金が貰えるんだけどね。要らないってさ」
「それでね、陸まで送ってもらえる事になったんだけど、私たちは船に残ったんだ。他の皆、陸では賊たちにお礼を言って別れて……私たちは船の中で隠れた。後は陸から離れた時に姿を現して、海賊の仲間入り」
「――お転婆過ぎません?」
海賊に仲間になる。その行動にエイリルは曖昧に笑って言いました。海賊は悪党だから、なんて言う気はありませんが、完全に良い存在とは言えないが故の反応でした。まだ豊富な人生経験のないエイリルには悪人を肯定する事は出来ませんでした。
ふと、期待を裏切ったとは海賊となって家出をしたことだと気づきました。貴族の子として生まれた彼女たちは、家をより大きくするために沢山の教育を受けている筈です。沢山の時間を使って、沢山の人々に教えを授かる。そこには将来を期待する親の愛があった事でしょう。
曖昧で漠然とした想像ですがジョンが言ったことはこの事だろうと当たりをつけ、エイリルは二人に聞きました。二人は笑って正解だと言います。
「そう、そうの通り。思ったよりも聡明なんだね。確かに沢山のお金や人を使って教育を施されたけど、退屈だったの」
「うん、退屈だったよ。だって始めから定まったお家の為に消費される人生なんてつまらないじゃん。コトネとそんな話をしていてその日のうちに攫われたのは、ある種の運命で、態々楽しそうな人生を捨てる気にはならなかったんだ」
「後悔、してないんですか?」
後悔してないか、そう聞いておいて二人は後悔していないんだろうな、とエイリルは思います。二人は自分の昔話を笑顔を絶やさずに語っているのですから、きっと今が楽しくて、その前身となった過去は楽しい思い出でなのでしょう。
事実、コトネとオトネの二人に後悔はありませんでした。船の上では、当然のように貴族扱い何てありません。怪我だって数えきれない程しました。魚を食べてお腹を壊したこともあります。仲間の海賊が目の前で死んだ事もあります。しかし、そういう思いでを思い出す度に二人は楽しいと思うのです。
『貴族扱いは必要か?』――いらない"
『四肢は健在か?』――もちろん"
『魚は美味かったぞ?』――次は火を通そうか”
『今は楽しいか?』――当然"
過去に交わした言葉の数々が二人の今を彩って魅せるのです。そんな言葉の数々が無条件に二人に愉悦を与えて、だからこそ後悔なんて微塵も無かったのです。
ただ、まあ――
「――次は私たちが引っ張って道を進みたいかな」
それは後悔ではなく、願望です。今の先にある未来への展望でした。海の上では連れて行って貰っただけ、故に次は私たちが連れていく番。そうでなくては自分たちの恩が返せないから。それは描いた未来を眺める言葉でした。
エイリルは無言で頷いて、海の上と陸の上で海賊たちを引き連れたコトネとオトネを想像しました。きっと二人は今より立派になっていて、自由気ままに世界を駆け抜ける事でしょう。その光景は決して在り得ない未来の想像ではない筈です。
「……それでオラリオに来たんですか」
エイリルは二人の話を聞いて、最後にそう締めました。二人が行動を共にしていた海賊は、海賊を辞めて海を渡る交易商人になったそうです。船は同じ海賊船を使って、人員は元海賊。二人はそれを期に船を降りて冒険者に、元海賊船の交易船は今も世界中を回って冒険をしています。
二人の話は聞いていて楽しく、料理が来ても続きました。さすがに料理は冷める前に食べた物の、二人の話が終わるまでに手を付けなかったら冷めていた事は必然です。
「では、次は――」
――メリーの話を聞かせて下さい。そう言葉を紡ぐ前に、メリーことメアリーが言葉を挟みました。
「その前にデザートを頼もうか。まだまだ長くなりそうだしね」
「むぅ、確かに話が長引くかもしれませんしね。長居するなら間を繋ぐ料理を頼むのが道理でしょう。私はアップルパイが食べたいです」
気がつけば、店はダンジョンに潜っていただろう防具を身に着けた冒険者でいっぱいで、何も頼まないなら店側にとっても邪魔でしょう。それを懸念したメアリーの意見にはエイリルも、ジョンとコトネとオトネも賛成です。
頼む物はアップルパイで反対するものは居らず、メアリーが呼び止めて頼むことになりました。エイリルはその間、聞くばかりを咎められ自分の話をする事になりました。
「まず初めに私がオラリオに来た理由は"男らしく"なるためです」
開幕の言葉に、ジョンが不審に思い聞きました。
「男らしくなるって……そんなものは髪を短髪にして、言葉使いを男らしく一人称を"俺"に変えればいいじゃないか」
ジョンの言葉に皆が同意見になりました。メアリーは流石にそれだけでは無いだろうと思いましたが、続きを聞かなければ分からない事です。
「そうじゃないんですよ。それに、髪を短くして言葉遣いを男にして俺と言っても、私の場合は背伸びをしているみたいに見えるんですよね。……まあ、"俺"って言わないのは生まれた村にその口調がいなくて、生まれた頃からの"私"が抜けないだけなんですが」
「じゃあ"男らしく"って行動の話か?」
行動の話と聞かれて、少しだけ悩みました。男らしい行動とは何でしょうか。
それは悩まないこと、後悔しないこと。しかし少しだけ何かが違います。それは過程の話です。そもそも"男らしい"とは、エイリルにとって定まった自分を持つという事で、定まった自分は定まった信念あるいは目的から生れると、過去に一度だけ結論を決めた筈です。なら、行動の話ではないのでしょう。
「いえ、違いますね。"男らしく"は結果的に身につくもので、冒険者になった理由ではありません。私が冒険者になった理由は、目的が欲しいからです」
その言葉に、ジョンたちは困惑しました。"男らしく"は目的ではないのか。聞きたいことを堪えて、エイリルの話に耳を傾けます。
「信念と言い換えても良いかもしれませんが……上手く言葉に纏まりませんね。そもそも冒険者になりたくてオラリオに来たのか結果的に冒険者になったのか、それすらよく分かりません。変ですね物覚えは良い方なのですが……」
エイリルは途惑いました。ここまで言葉に詰まったのはこれが初めての事です。自分の心が自分で理解できないのは変な気分で思ったことを言葉にして話そうにも、それが本当に正しいのか疑っては言葉を手放す。自分の思考に靄が訪れるのは初めてでした。
「つまりは生きる目的、将来の目標。もしくは自分の夢が欲しくて冒険者になったのかな?」
エイリルの言葉を纏めたのはメアリーでした。
「ああ、これから理由を作っていくってことか」
納得したようにジョンが頷きます。
「そうなの?」
「そういうのもいいよね」
コトネとオトネも言葉を合わせます。そこでエイリルは理解しました。皆は言葉に詰まったエイリルを気遣いしているのです。エイリルは心が温かくなるのを感じながら、肯定しました。
「そう、ですね。いつかまた話しましょうか」
エイリルそういって自分の話を終わりにしました。"無理に話さなくていい" "今じゃなくていい"そんな気遣いはただただ暖かく、甘いものでした。ですが、話したいと素直に思いました。その思いに気づいて、エイリルは三人にいつか続きを話そうと思いました。
「じゃあ、次はメリーですね」
それはそれとしてエイリルはメアリーに話を聞きました。メアリーはエイリルの切り替えの早さに笑って自分の話を短く簡潔に告げました。
「私は普通の冒険者みたいにダンジョンの地下深く気になって冒険者になったんだ」
"それだけ"と聞けば"それだけ"と返ってきます、エイリルは本当にそれ以上の話が無いと理解すると、運ばれてきたアップルパイをいの一番で口に運びました。
真っ白の丸い皿に乗った丸い六等分されたアップルパイは、美味しくまた食べたいと思いました。