単眼の蛙、フロッグ・シューターの舌による刺突を横に飛んで避けて、エイリルは単眼の死角に潜りました。フロッグ・シューターは自らの舌を素早く戻し、首を振ってエイリルを視界に捉えようとしますが、それより早くエイリルの振るった戦斧がフロッグ・シューターの首を切り裂きました。
――浅い。
しかし切り裂いた首は致命傷のものの行動不能の即死に到るものではありません。
エイリルは振りぬいた戦斧の重さを頼りに、右足を軸にして一回転。
遠心力の乗った強烈な一撃は最初の一撃で与えた傷を寸分の狂いなく狙い打ち、あっさりとフロッグ・シューターの最期の抵抗を封じました。
「ふぅ、少し休憩を――」
「■■■■■!!」
「■■■!!」
「■■■■!!」
「――出来そうにありませんね!」
直後、"グルルル!!"と唸り声と共に駆けてくるのは三体のコボルト。人の形をした狼の獣。
彼らは瞬く間にエイリルの周囲を取り囲みました。それはコボルトという
「グオルァアッ!」
人の喉と獣の喉を併せ持った聞き取り難い声で叫んだ渾身の一撃。エイリルは他の二体がこの一撃と同時に動くだろうと思い、速やかに背後のコボルトを排除する事にしました。
「ォオ!?」
先ずは振り下ろされた爪の一撃を相手の腕を掴むことで対処して、エイリルが使う斧――ハルベルトの柄を短く持ち槍のように鋭い先端をコボルトの首に宛がいました。後は足を絡ませて倒れるだけ、コボルトとエイリルの体勢が崩れる瞬間に首突き付けた槍の先端に全体重を乗せます。
エイリルの行動は極めて速く、洗練されているかのように完璧でした。
一撃を放ったコボルトの腕を掴んだ瞬間。動き出していた二体のコボルトがエイリルを肉薄するより速くに、腕を掴んだコボルトを転ばし自分も倒れながら首を貫いて前転。前転と同時に首を貫いたコボルトの傷を広げ、迫るコボルトの一体の顔を切りつけます。
そうして前転から跳ねるように立ち上がると、斧を大きく振りかぶって無傷のコボルトの右肩から骨を砕いて大きく切り裂き、顔を切りつけられて右目を失ったコボルトにも止めを刺しました。
戦闘を終えて、エイリルは呼吸を整えてから腰の鞘から万能ナイフを抜きました。それはギルドからの借りている物で肉も切れて植物も切れて、料理にも使える頑丈なナイフです。万が一にも破損、あるいは紛失した場合は弁償ですが、そんなミスはエイリルはしません。
(今日はこれくらいにしましょうか。それとも、もう少しだけ……)
さて、どうしましょうか。まだまだ体力的にも余裕があります。今日もナァーザさんに試作のポーションを貰っているので保険もあります。しかし余裕があるうちに撤退するのも冒険者として間違いではないでしょうし……。
エイリルはモンスター死体から魔石を取り出した後、壁を背に水分を補給しながら思考を緩やかに回しました。
♢
「――はい、合わせて六千四百ヴァリスなります」
「はい、ありがとうございます」
ギルドの職員から換金した魔石の代金を受け取り、エイリルはバベル内の換金所を出ました。
結局の所、エイリルはあの後から地上に戻ることを選択しました。理由は簡単で、エイリルがコボルトとの戦闘で前転した時にポーションが割れてしまったからです。その事に気づいたエイリルは迷いなく撤退を決めました。
バベルを出た後。バベルの手前、『オケアニスの広場』の大理石の噴水の縁にエイリルは座っていました。
時刻は昼過ぎ、エイリルは"ジャガ丸くん"という潰した芋で挽肉を包んだ物を揚げた食べ物を遅い昼食にして道行く人々を眺めていました。
大勢の他種族が入り混じるその景色は、他の国ではあまり見られない光景です。そんな行きかう種族違いの人間を眺めていると、無意識に視線が一人の子供を追っていることに気づきました。
白い緩やかな頭髪に巻き角の獣人族。同じ神の眷属のメアリーと同じ
しばらく眺めて、名前も知らぬ
「こんにちは、お嬢さん」
お嬢さん、と言葉がするりと自分の口から出たことに驚いて、これじゃあ不審者のような物言いだと思っていると女の子が挨拶を返してきます。
「こんにちは、おねえさん」
優しい純粋な声色でした。エイリルはそれを心地よく受け止めて、女の子に何か困り事かと聞きました。
女の子は少しだけ俯いて答えます。
「……うん、はぐれたの」
はぐれた。と答える女の子にエイリルは家族と離れたのだと予測を付けました。
エイリルは探すのを手伝うと言いました。それは目が留まっただけの純粋な善意からの言葉です。
女の子にもその善意が伝わったのか、軽く頷いて肯定の意を示しました。
「私の名前はエイリル。こう見えてもお兄さんですよ?」
自己紹介のついでに先ほどの間違いを指摘すると女の子は「えっ」と、短く驚いて見せます。
それから女の子は数秒の間、ぽかんと間の抜けた表情を浮かべて、自己紹介を返します。
「えっとわたしは、シャルミ。間違えてごめんなさい、エイリルおね…にぃさん」
「ははは、大丈夫ですよ。怒っていませんから」
そうやんわりと告げて、エイリルは本格的にシャルミの人探しを手伝いました。
そうしてエイリルは孤児院の仲間だという子供たちとシャルミを引き合わせ、シャルミたちの当初の目的の花束を買う予定に付き合い孤児院を運営する神、キングゥにシャルミたちが花束を渡し終わる頃にはすっかりと日が暮れてしまいました。