B級パニック映画系主人公アトラさん   作:ちゅーに菌

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 どうも今はリースXPと申します。プロットだけは死ぬほどある中で、とても具合の良さそうな奴を投稿してしまいました。不慣れではありますが、楽しんでいただければ幸いです。一応はまだ続く予定です。


深淵の主

 

 

 

 

(終わった……)

 

 その生き物はやや疲れた様子を見せつつ、やり遂げたことを誇るような表情で、自身が完成させた空に浮かぶ、あまりに巨大で精巧な蜘蛛の巣を眺めながらそう考えていた。

 

 その生物は全長が10m程で、蜘蛛のような見た目をした生き物であった。そして、全身が黒檀色の毛で覆われ、黒と真紅の眼をしており、丸い腹部が特徴的であり、造形としてはブラックウィドウとも呼ばれるクロゴケグモに酷似した見た目をしていた。

 

(お仕事終わり……)

 

 蜘蛛の巣は極めて広い地下空間内を埋め尽くさんばかりに張られ、糸についた露が鈍く煌めき、下から眺めると満天の星空のように見え、それそのものが凄まじく巨大なアート作品に見えるような出来栄えである。

 

 その生き物は改めて眺めて小さく溜め息を漏らしていると、その蜘蛛の巣を音もなく伝って何かが現れた。

 

 それは同じ見た目をした生き物であった。こちらとは異なり、実在する種だとタランチュラと呼ばれるオオツチグモ科の蜘蛛に姿形が似ているが、全長が3mほどであった。また、本来蜘蛛の頭が存在する部位が人間の上半身に置き換えられたような姿をしており、灰白色の髪をして、ツリ目をした妖艶な美女であることがわかるが、その瞳は昆虫らしく白目のない単色であり、妙に怪しくギラつく眼光が人間では決してないことを示している。

 

『お疲れ様ですアトラ様。素晴らしい"橋"ですね!』

 

『そうね、チィトカア。貴女、私に奉仕する存在なんだから少しは手伝ってくれてもよかったんじゃないの……?』

 

 2体は人間の言語では決してない音域の声で会話を始める。片方は気分が高揚したような様子だが、それに比べて、もう片方は落ち着きつつも、若干呆れを含んでいるように見えた。

 

『いえいえ! アトラ様の素晴らしい技巧に(わたくし)どもが出しゃばるなどできよう筈もありません!』

 

『調子いいこと言って……まあ、いいわ。いただくわね』

 

 そう言うとアトラと呼ばれた大蜘蛛は、突如自身がチィトカアと呼んだ蜘蛛の人間に近い頭部に食らい付き、容易く千切り取った。

 

 チィトカアの頭部は胴体から切り離され、頭蓋骨は破壊され、アトラはその中の脳を啜った。チィトカアの身体は一度ビクンと大きく跳ねると、そのまま地に身体を投げ出し、二度と動くことはなかった。

 

 脳を食べたアトラは、最早それに目を向けず、自分が作り出した橋と呼ばれたどこまでも続く広大な蜘蛛の巣を眺めつつ、味わうような様子もなくしばらく口の中にあるモノを咀嚼する。

 

『ふーん……そうなの』

 

 そして、飲み込んだ後、アトラは小さく呟きつつ思考を巡らせた。

 

(暗黒大陸……メビウス巨大湖……五大災厄と希望(リターン)……あとこれが共通言語……ふーん……"ニンゲン"ねぇ。いつの間に湖のど真ん中に高度な文明を築いた種が繁栄してたの。まあ、あの小さな湖の中にそんなものがあったからって誰も気にも止めないでしょうね)

 

 何らかの方法によって、チィトカアの記憶の一部を読み取ったアトラはここから遥か遠くに位置する場所に想いを馳せ、少しだけ面白そうな様子で、ポツリと言葉を溢す。

 

『しばらく暇だし、観光には悪くないかしら……?』

 

 思い立ったら吉日とばかりにアトラは巨体を翻し、そこへと向かうことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒冷地帯であるオチマ連邦の遥か北に位置する海上。赤い船体の砕氷船が、一般船舶の航路の確保のために突き進んでいた。

 

 その船尾付近の甲板で、全身に防寒具を着込み、ゴーグルで目まで覆い、一切露出のない服装をした二人の男が気だるげに佇んでいた。

 

「退屈だなぁ……見張りなんて必要ないだろうに」

 

「仕方ないだろ。あれだけ監視体制が電子化されてても、上の奴らはこの船が問題を起こすのを嫌うんだからな」

 

 そう言いながら男は肩をすくめる。そして、理由もなく手すりに積もる雪を手で払い、甲板に落ちる雪を眺め、白い吐息を吐いた。

 

「そろそろ甲板の雪かき時だな。シャベル取ってくる」

 

「なぁ……?」

 

「なんだよ……? お前もやれ――」

 

 片方の男がそこまで言ったところで、相方を見ると表情はゴーグルで伺えないが、震えた手で何かを指差していることに気付き、それ以上の言葉を止める。

 

「あれはなんだ……?」

 

 そして、ゆっくりと相方が指している北の空を男は見ると――そこには上空で黒く蠢く何かが存在していた。

 

「鳥……?」

 

 それは渡り鳥が気流に乗って飛ぶような高高度を移動していたため、遠くかつ小さく見えた男は最初はそう考えた。しかし、相方は首を振ってそれを否定する。そう言えば、相方は自分より遥かに目がよかったことを思い出す。恐らく自身よりもハッキリ見えているのだろう。

 

「空を歩いてやがる……」

 

「空? 何を言って――」

 

 そう言いながら男は、ゴーグルをずらすと支給された最新の双眼鏡を取り出し、それで上空にいる黒い物体を眺める。

 

 すると、そこには蜘蛛の巣を移動するように、空を移動している黒檀色の巨大な蜘蛛の姿があった。

 

「なんだありゃ……!?」

 

 更によく見れば蜘蛛は、いったいどのような原理なのかは不明だが、空に糸を架けた傍からそこを移動しており、まるで"空に橋を架けている"ようにさえ思えた。

 

 そして、それは真っ直ぐにオチマ連邦の国土を目指していることもわかった。

 

 

 その刹那、蜘蛛は空に糸を架ける手を止めて立ち止まる。そして、頭を傾け――確かに目があった。

 

 蜘蛛らしからぬ、いくつもついた複眼だが、鮮血のような紅い瞳と黒真珠のように光沢のある闇色の二色の瞳は、魅入るほどの美しさと共に、そのまま見ていれば魂を引き抜かれるような感覚。さながら深淵を見つめ、見つめられ、底の見えない深い海を小舟から見つめるような仄暗い恐怖が身を包み――。

 

「――――――!?」

 

 既のところで男は双眼鏡を目から離した。後、ほんの少しでも、あの瞳を見てしまえば、何かとてつもないことになっていたと確信にも似た恐怖心を覚えていた。

 

 そうして、男が息を整えようやく落ち着き、上空の蜘蛛を見ないようにしながら上司にどう報告すべきかと悩んでいると――まだ蜘蛛を見つめ続けている相方に気がつく。

 

「おいっ!? 止めろ!」

 

「……あ…………ぁぁ……」

 

 しかし、相方は男が肩を揺すっても石像のように固まったまま蜘蛛を見つめており、譫言のように言葉にならない何かを呟くばかりだった。

 

「くそっ!?」

 

 一刻の猶予もないと考えた男は、相方を無理矢理蹴り倒して蜘蛛と目を合わせるのを止めさせた。倒された相方はそのまま大きく身体を反らすと、力が抜けて動かなくなる。慌てた男が確認すると、息はあるようだったため、ひとまず安堵した。

 

「チクショウ……」

 

 そして、男は相方に寄り添いつつ、今度は目を合わせないようにピントをぼかしつつ、上空を駆ける黒い何かにしか見えない蜘蛛を眺めた。見たところ、再び蠢いており、こちらへはただ視線を向けただけに過ぎなかったようだ。

 

 それゆえに彼は途方もない恐怖心を抱き、震える唇が言葉を紡ぐ。

 

「…………海の向こうにはいったい何がいるっていうんだ?」

 

 そんな男の疑問は空に蜘蛛の浮かぶ氷海へと静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいでませアトラ様!」

 

 アトラは既に人間の生息圏に来ていた。暗黒大陸の北の海岸線からオチマ連邦の北部の氷雪地域まで、空に糸の橋を架けてそこを移動してきたのである。

 

 そして、大地へ一歩目を踏み締めたと同時に、目の前にいるそれはそんな言葉をアトラへと投げ掛けてきた。

 

 その者の見た目は、神話のアラクネそのものであり、アトラが食べたチィトカアに酷似しているが、髪が薄めの橙色であり、強調した拳の絵が描かれた帽子と長袖を着ており、どこかの遊戯施設の制服に見えた。

 

『お迎えご苦労様、"チィトカア"。ここが人間の住む世界でいいのよね?』

 

「はい、ここが目的の場所ですよ!」

 

『ふーん……その言語は共通言語ね? ちゃんと聞き取れてよかったわ』

 

「その通り、共通言語です。この世界ならどこの国でも通じる言語ですね」

 

『そう。じゃあ、早速"知識"をいただくことにするわ』

 

 そう言うと、アトラは再びチィトカアを補食しようと、巨大な顎を開き――。

 

「待ってください。この(わたくし)は既婚者なので、できればお食べにならないでいただきたいのですが?」

 

『あら、そうなの? わかったわ』

 

 チィトカアが手で制したことで動きを止めた。見ればチィトカアの左手の薬指には小さな宝石が嵌め込まれたシルバーリングが静かに輝いており、アトラは目を丸くする。

 

「今、妊娠2ヶ月なんですよー! えへへー……」

 

 その言葉と照れた様子で頬を染める。アトラがよくよくチィトカアの人間に近い方の腹部を見てみれば、丸みを帯び始めていることがわかる。それと共に莫大な年月を生きながら未だに結婚経験のないアトラは、何かドス黒い感情が湧いてくることを自覚していたが、生物として上位者である威厳を崩さないように表情にもオーラにも出さなかった。

 

 しかし、気分はよろしくないため、話を変えつつ建設的なことを考えることにした。

 

『人型を模して造ったあなたが妊娠できるということは、ニンゲンっていう存在が元々、暗黒大陸側にいた人型の生物だっていうことね。いいところに越したものだわ』

 

「あれ? 他の私を食べたときにニンゲンの容姿の知識などはお取りになさらなかったのですか?」

 

『私の"食べた脳髄から記憶を引き出せる力"は、"私が欲しいと思った記憶"しか取れないもの。そのときは向こうの世界のこちら側の認識と、観光地になるかどうかってことを考えてたのよ。それに、どうせ現地にいるであろうあなた(ティトカア)を食べて済まそうと思っていたわ』

 

「私は現地の夫とラブラブなので他の(チィトカア)を当たってください」

 

『アンタらホントに、私のこと主人だと思ってるの? 喧嘩売りたいの? 買うわよ? こちとらかったるい仕事からようやく解放されてハイになってるんだから幾らでも買うわよ? あ゛あ゛ん?』

 

 本当に出迎えに来ただけの自身の奉仕種族として生み出された筈のチィトカアに、カチカチと顎を鳴らして威嚇を始めるアトラ。そんな様子に対してチィトカアはカラカラと笑うばかりだった。

 

「ところで、この後のご予定と滞在の期間は?」

 

『予定は特にないわ。文明と戯れるなり、自然に身を委ねるなり、勝手にするわよ。期間はそうね……こっちの世界の時間換算で、とりあえず2000年ぐらいはいることにするわ』

 

 そう言いながらアトラは少し空を見渡して適当に方角を決め、そこに向かって糸を飛ばして空に糸の橋を架ける。

 

「わかりました! 楽しんでくださいねー! 赤ちゃんが生まれたらお祝いください!」

 

『深淵に落ちろ』

 

 最早、上位者としての威厳を全く保たなくなったアトラは、人間で言うところの中指を立てるジェスチャーをチィトカアに送ってから空を移動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……なんだあれ!?」

 

 とある少年は自身の住む島の遥か上空に浮かぶ生き物を見つけ、目を輝かせながら声を上げた。

 

 常人には黒い点にしか見えない高度を飛行船を超える速度で移動しているその生物は、少年の目には黒檀色をした蜘蛛に見えていたのである。

 

 すると少年は蜘蛛と目があった。

 

 光さえも呑み込む底のない深淵のような感覚を覚える複眼全てが地に立って見上げる少年を映し、少年の純粋な瞳もまた空にて見下ろす蜘蛛を映す。少年は決して目を離すことなくその瞳を見据え、深淵の底の底に温かな光を見つける。

 

「綺麗で優しそうな目だなぁ……」

 

 そして、少年はポツリとそんな言葉を呟き、その直後――。

 

 

 

 蜘蛛が空から降りた。

 

 

 

「――え!?」

 

 2万km近い高高度から姿勢を維持したまま、自由落下してくる蜘蛛。最初は蜘蛛の行動に驚いていた少年だったが、近づくに連れて、その蜘蛛が自分の知るものとは似ても似つかないほど大き過ぎることに気づく。

 

「うわぁ!?」

 

 そして、落下時間にして約1分後。少年から20mほど前方の地面に蜘蛛が衝突し、それにより風が起き、土埃が舞い上がる。しかし、落下に対して不自然なほど小さな被害であった。

 

 少年は顔を覆いつつ飛ばされそうになりながら耐え、降り立った蜘蛛の姿を見据え、それは全身が黒檀色の毛で覆われた全長10mほどの巨大な蜘蛛であることを認識した。

 

 そして、少年は大きく目を見開き、口を開いて叫んだ。

 

 

 

「すっげー! かっこいい!」

 

『――――――!?』

 

 

 

 そう言いながら少年は大蜘蛛の周囲を駆け回り、純粋な瞳を溢れんばかりに輝かせていた。逆に大蜘蛛の方が少年の行動に対して若干退いているように見え、何か言葉を発していたが、人間である少年の耳にはそれが言語としては認識できなかった。

 

 そして、しばらく眺めた後、少年は動かずにじっとしている蜘蛛の目の前に立ち、大蜘蛛に対して問い掛けた。

 

「俺は"ゴン"! ゴン=フリークス! 君、名前はある!?」

 

『………………』

 

 話が通じるかもわからない生き物に対して自己紹介をする少年――ゴンの顔を大蜘蛛はまじまじと見つめるが、彼は笑顔で大蜘蛛の反応を待っている。

 

 そして、大蜘蛛は根負けしたように溜め息を吐くように身体を少しだけ揺らした後、片方の前脚の先端を土に触れさせ、スラスラと文字を書いた。

 

《アトラク=ナクア》

 

「えっ!? 文字が書けるの!?」

 

《人型以外の生物が字を用いないと考えるのは視野が狭くなるわよ? ナクアって呼んでいいわ》

 

「わかったよナクア! 俺と友達になってよ!」

 

《――――》

 

 返す言葉に詰まったのか、蜘蛛――ナクアは棒線をただ横に引く。そして、しばらく止まった後、再び動き出した。

 

《アナタ、大物ねぇ》

 

「……? 友達になりたいって思うことは普通だよね?」

 

《そうね。その通りよ。いいわ、面白そうだからお友達になりましょう》

 

「やった! よろしくナクア!」

 

(うーん……ちょっと驚かしてやろうと思っただけなのに……ひょっとして、人間の子供って恐れを知らないのかしら? まあ、そっちの方が過ごしやすくていいけど――ああ、忘れてたわ)

 

 人間という種の認識を上方修正しながら、少年と会話しつつ、何かを思い出したナクアは一度小さく顎を鳴らし――自身の念能力を発動した。

 

 

("蜘蛛糸(ねんし)大化生(だいけしょう)")

 

 

 次の瞬間、ナクアが上空を確認すると、自身がこの島まで伝ってきた糸の橋が一斉にオーラへと戻り、湯気が宙に溶けるように霧散する一部始終が見えた。それを終えたナクアはどこか得意気な様子になる。

 

(観光なんだから、そこに住む者の問題になるようなものは残しちゃダメね。私ったらマナーがいいわ。うーん……でも何か忘れているような? まあ、忘れるようなことだから大したことじゃないわね)

 

 ナクアはそんなことを考えつつ、面白そうな存在を見つけたので、この島にしばらく(少年の生涯を見届けるぐらいの時間)滞在しようかと考え始めるのであった。

 

 ちなみにナクアが忘れている事とは、もう片方の糸――暗黒大陸の海岸からオチマ連邦まで張った糸を消し忘れていることであり、それを思い出すのはまだまだ先のお話である。

 

 

 







アトラク=ナクア その1
 暗黒大陸に棲息するアトラナートという種族のアトラク=ナクアという名の個体。アトラナート族は本来は全長3m程の蜘蛛のような見た目をしており、生まれつき、自身のオーラを糸に変換できる能力を習得しており、無意識に使用可能な種族でもある。アトラク=ナクアはアトラナート族の中でもとりわけ強力で異常な変異を遂げた個体である。また、アトラク=ナクアの系統は後天的な特質系であり、元は操作系の念能力者であり、戦闘はほぼ完全に操作系念能力を用いるため、暗黒大陸最上位クラスの操作系念能力者と言える。少なくとも数千万年生きていると自称しているが、億以上の単位でサバを読んでいると思われる。また、人間換算だとまだまだピチピチらしい。
 暗黒大陸でも最上位の危険性と実力を兼ね備えた超生物なのだが、本人が基本的に温厚な性格をしていると共に、基本的に自身が直接的に関わらないことに関しては放任主義なため、もっぱら他種族に悪行を重ねるのは配下であり、自身の念能力で生み出されたチィトカアたちである。
 無論、生まれつき念が使え、強大な力を持つ関係で、己を高める修行などしたこともない。


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