B級パニック映画系主人公アトラさん   作:ちゅーに菌

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 真名開放しても、心は夏真っ盛りのリースXPや姉を名乗る不審者です(FGO復刻ラスベガス)


Q:おい、8ヶ月。

A:読者が作者のスタンド攻撃でも受けていたんだと思います(クソ作者の鑑)





大蜘蛛の四次試験 後

 

 

 

『うーん……』

 

 四次試験中のある日の昼時。アトラは火に掛かった鍋の前で、二本のキノコをそれぞれの手に持ちつつ唸り声を上げていた。

 

 手元の片方は、赤いアフロのピエロのような紅白のキノコであり、赤は鮮血のように不自然に明るく毒々しく、白は石膏のような無機質な白さを帯びている。もう片方のキノコは地味な茶色と白色のキノコであり、マツタケとエリンギの中間のような普通の見た目であった。

 

『見たことないわね……ゴンが食べれる方はどちらかしら……?』

 

「キノコを見つめてどうしたのアトラ? ああ! そのキノコは、赤い方は美味しく食べれるけど、茶色い方は笠を齧っただけでも死んじゃうよ!」

 

《あらそうなの?》

 

 糸でそう書くとアトラは毒々しい赤みを帯びる模型のような美味しいキノコを鍋に投入し、もう片方の茶色く地味なキノコを自身の口に放り込む。

 

 そして、真顔でモチャモチャと咀嚼しつつ、糸で文字を書いた。

 

《ショボい毒ねぇ……。痺れもしないわよ?》

 

「あれー? クジラでもひと欠片で動けなくなるぐらい強い毒って言われてると思うんだけどなぁ」

 

《まあ、生命力ってある程度の高さを超えると、あらゆる"死に難さ"に直結するから、こんなんじゃ私は害されないわねぇ》

 

「へー」

 

 わかっているのかいないのか、ゴンは空返事のようで感情の籠る返事を返す。

 

 そして、ふと頭に浮かんだのか、彼は人差し指を立てると、少しだけ頭を傾けて呟いた。

 

「そう言えば――この前呼んだ"ティンダロスの猟犬"ってどうしたの?」

 

『……………………………………あ――』

 

 この一言がなければ、未来は大きく変わっていたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………………』

 

 犬のような何か――猟犬は、刈りとろうとしていたタイミングで自身を攻撃してきたヒソカを睨んでいるようにイルミは感じていた。

 

 表情などは異形のために一切窺えないが、数日間も否応なしに接したイルミならばこれまでの嘲笑に染まりきったオーラの質に僅かな怒気が孕んだ事に気付いたのだろう。

 

「見てはないけど、二次試験でアトラに腕を繋げられてさ♢ それから四時試験の今になって、体内の彼女の糸が自然に溶けて、僕の体に馴染んだみたいなんだけど――」

 

 そんな視線とオーラを知ってか知らずが、ヒソカはイルミと猟犬を相手に話し始める。それに対して、何故か猟犬も動きを見せずに静観していた。

 

「何故か糸が纏っていたオーラがそのまま僕に加算されて、"オーラ総量が三倍"ぐらいになったから試し相手が欲しかったんだ♣」

 

『………………――――――■■』

 

 すると猟犬は初めて獣のような咆哮ではなく、未知の言語のような短い呟きが響く。

 

 当然、イルミにもヒソカにもその内容は伝わらず、猟犬も伝える気は無いと思われるが、その肩を落とすような仕草は明らかに飼い主――アトラク=ナクアという明らかに人の皮を被った異形の何かに向けての細やかな悲嘆のように見え、酷く知的で人間のように思えた。

 

「いやぁ……スゴいね♤ 糸の量にすれば砂粒にも満たな――」

 

『■■――!』

 

 その瞬間、猟犬は不自然にその場から数十cmだけ飛び退く。

 

 息を整えていたイルミがほぼ無意識に"凝"をしてみると、これまで以上に見えにくくなっているようで、"隠"で隠されたそれが辛うじて目視出来る。

 

 それは、ゴムとガムのふたつの性質を持つヒソカの念能力――『伸縮自在の愛(バンジーガム)』が、テグスのように細く伸ばされ、相手から見れば服の影に隠れたヒソカの小指から猟犬へと密かに放たれており、猟犬はそれを当然のように避けていたのであった。

 

 イルミは猟犬相手にも全く変わらないヒソカらしいやり方に何とも言えない気分になる。そして、避けられた光景を目にしたヒソカは関心を強め、ねっとりと熱を帯びた眼光に変わる。

 

「なるほど……。これは想像以上だね♧ クククッ……道理でイルミほどの念能力者がいいように追い詰められるわけだ♥」

 

 イルミが猟犬に苦戦した最大の理由は転移能力であるが、それに準じる程大きなもうひとつの理由は、異常極まりない程の危機管理能力の高さである。

 

 それ故に針を突き刺すというたった一動作が恐ろしく遠かったのだ。現に結局、一度足りともイルミの針は猟犬に届かず、捕食しようとした瞬間のヒソカの攻撃を躱し、何気無い会話中に放たれたヒソカの『伸縮自在の愛(バンジーガム)』さえも看破してみせた。それも当然、全て初見でだ。

 

 ここまで化け物染みた危機管理能力を持たれるのならば、能力に依存したタイプの念能力者は全て廃業であろう。

 

『■■■■――――……』

 

「ああ、悪いね。話の続きだけれど、糸の量にすれば砂粒にも満たないのに、これだけの力を得られるなんて……少しズルい気もするけど、彼女からの贈り物として大事にするよ♡」

 

 小細工は終わりかと言わんばかりに小さく吼える猟犬に、ヒソカは再び笑みを浮かべながら心底面白気かつ、親しい友人にでも語り掛けるようにそう言う。

 

 この瞬間、イルミの中でヒソカの変態度が更に二回りほど引きあがったが、彼しか与り知らぬところである。

 

「イルミ。まだ、戦えるかい?」

 

「ああ……」

 

「結構、結構……。君と一緒にもっと強い誰かと戦えるだなんて夢みたいだ♢」

 

 ヒソカの恋人とのデート初日のような抑揚の呟きを聞き、イルミは苦虫を噛み潰したように心底嫌そうな表情に変わった。

 

 無論、イルミは猟犬をヒソカに押し付けられるのならば、何の躊躇もなくそうしていただろう。しかし、猟犬に追われ続けた3日間で、そんなことをすればヒソカを無視してイルミを追って来る事は考えなくとも理解出来る。

 

 もしくは奇跡的に猟犬をヒソカに押し付けられても、ヒソカが殺されれば、再びイルミにターゲットが戻るだけであり、イルミに逃走の文字など無い。この場で、ヒソカとともに猟犬を殺し切る事のみが、イルミの(よすが)であった。

 

 よってこのゼビル島でイルミにとって最も安全かつ頼り甲斐のある場所は非常に癪だが、"ヒソカのとなり"である。非常に癪だが。

 

「いったい、アイツは俺に何の恨みがあってここまでするんだ……!」

 

「そうかな? 案外、アトラの事だから、なんとなくソレを出してプレートを回収して来るように言ったまま、忘れただけな気がするけど?」

 

『……………………』

 

 アトラが猟犬で物理的に追い込んで来ただけでなく、浮き立った様子のヒソカとの強制共闘という二重苦を背負わせて来た事に憤慨していると、ヒソカが何か言ったが、一考する価値もないとイルミは切り捨てた。

 

 また、丸3日以上、感情は籠れども揺れぬ水面のように不気味な静けさを保っていた猟犬のオーラに、一瞬だけさざ波が立った気がするが因果関係は不明である。

 

 

『■■■■■■――――――!!』

 

 

 ある瞬間、猟犬は雄叫びと共に背中の触手を全て転移させつつ、ヒソカを中心に一帯から細い煙が幾つも立ち上る。

 

 その刹那、ヒソカは自身の背と後方の木々に張り付けていた『伸縮自在の愛(バンジーガム)』が縮み、跳ね跳ぶようにヒソカが退く。

 

 そして、ヒソカの居なくなった地面一帯に数十本の触手が断続的に真下から生え、"硬"で強化されたそれら一本一本は念能力者を串刺しにするには余りにも過剰な程である。

 

「ふーん……一旦退こうイルミ。流石にアレの土俵ではマトモに戦えそうにないからね♧」

 

「何処に退くっていうんだ……? そんなの散々やり尽くしたぞ」

 

「ヒ・ミ・ツ。行ってからのお楽しみ♠」

 

 去っていくヒソカとイルミを眺め、猟犬は彼らを追うためにその場から煙のように姿を消すのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「うん、この辺りでいいかな」

 

 ヒソカが止まったのは比較的大きく流れの速い川の瀬であり、流れの速さからか川岸一帯には河石が溜まっているだけのただの場所である。

 

「待たせたね♤ じゃあ……殺ろうか?」

 

『……………………』

 

 すると川辺に隣接する木々から煙が上がり、猟犬が姿を現す。しかし、イルミには猟犬が今までで最も面白くなさげな雰囲気を纏っている事に気づく。

 

「お前……何をしたんだ?」

 

「何も? 少しだけ戦い難いところに来ただけ」

 

 明らかに猟犬の機嫌を損ねる何かをした様子のヒソカにイルミが声を上げると、ヒソカは猟犬に目を向けながら別段特別なことはしてないない様子で話す。

 

「今わかるアレの転移能力の制約はみっつかな。"生き物やそれが纏う衣服や装備からは出現できない"、"転移先に煙が発生する"、それと"鋭角のものからしか出現できない"ってこと」

 

 そう言うと『伸縮自在の愛(バンジーガム)』で足元の河石を拾い上げて見せた。その河石は全ての角が痩け、やや丸みを帯びただけの何の変哲もないモノである。

 

 そして、それに気付いたイルミは驚いた様子でそんな辺り一面を見回す。そのような河石がこの川には川辺にも川底にも掃いて捨てるほど堆積していた。

 

「だから鋭角が少ない場所に来た。それが急流だ。川の中の石は流れの力によって、角が取れて丸くなる♤ そして、この辺りにはそれらが幾重も堆積して地面になっている♦ 水切りとか、昔やらなかったのかいイルミ?」

 

「………………うるさい」

 

 微妙に皮肉を含んでいるように思え、イルミは全くの盲点だった事に気付かされたためにそう返す。疲労でイライラしているせいも多分にあるだろう。

 

 そんな中、再び幾つかの猟犬の背の触手が消えると、イルミとヒソカの近くで疎らにある割れた河石から細い煙が発生した事で互いに飛び退き、ヒソカは両腕に『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を纏わせ、イルミは長い針をそれぞれの手に構えた。

 

「ククッ……まあ、気休めさ!」

 

『■■■■■■――――――ッ!!!』

 

 猟犬は地を蹴るとロケットのように二人に突撃を始める。その姿は背の全ての触手と尾を"硬"で強化し、鞭のように数十本の触手を絶えず振るい続けつつ、尾を蠍のように持ち上げていた。

 

 直ぐにイルミは攻撃形態が転移を前提としたモノから、近距離レンジに移り変わった事に気付く。案の定と言うべきか、転移をある程度制限されたところでまるで戦闘に支障はないらしい。

 

 その上、そもそも地の戦闘能力が高過ぎるため、並みの念能力者ならば背の触手の動きどころか、高速で二人の周囲をジグザグに移動する猟犬を目で追う事さえ叶わないであろう。そう言う意味で、対応出来ているイルミとヒソカは最高クラスの念能力者であるということが窺える。

 

「付い――」

 

『■――!』

 

「くっ……!」

 

 背の触手の猛攻を避けながら、ヒソカはすれ違い様に腕に纏わせたオーラが猟犬に触れたため、『伸縮自在の愛(バンジーガム)』が一瞬だけ伸びたが、即座に猟犬はヒソカの後方の空間に転移して突撃槍のような尾撃を放つ。

 

 それをヒソカは上体を仰け反らせて回避したが、貼り付けた対象が空間ごと消滅した事で、『伸縮自在の愛(バンジーガム)』は切断されて虚空になびく。

 

 その直後、ヒソカへ尾撃を放っているに猟犬に対し、入れ替わるように間髪入れずにイルミが針を突き刺そうとしたため、再び猟犬はイルミの右斜め前方に転移する。どうやら、ある程度転移方向や数は絞られたようだが、それでも猟犬本体の転移のみならば何も支障はないと見える。

 

(ククッ……! わかっていたけれど……ボクとの相性そんなによくないなぁ♥)

 

 オーラ総量の多さ等が念能力者には絶対の指標にはなり得ないとしても、ヒソカの『伸縮自在の愛(バンジーガム)』は実質上、猟犬相手に封殺されている。

 

 千日手――と言いたいところであるが、戦闘特化の念能力者同士の戦闘が長引くほど地面の河石が粉砕して、猟犬の転移箇所が増えるため、長期戦は禁物。

 

(とんでもない能力だねぇ♣)

 

 ロクな制約や誓約も無しにこれだけ転移されれば、念能力者にとっては堪ったものではないだろう。ヒソカがいることで、流石にイルミと一対一の時のような相手を無駄に追い詰める行動はしなくはなったが、その程度の違いである。

 

『■■■■――――!!』

 

 イルミとヒソカの倍以上の速度で動く猟犬は、可動域が生物としてあり得ない程広い上に背の触手や尻尾さえも歩行に使い、人間どころか獣ですらない移動方法は、転移能力が必要ないのではないかと思う程だ。

 

(だからこそ"チャンス"だ♢)

 

『――――――!?』

 

 そして、再びヒソカが腕に纏わせたオーラと背の触手の一部とがすれ違った――瞬間、『伸縮自在の愛(バンジーガム)』が粘性の強い液体状で噴射され、流石に液体は回避が間に合わなかったらしく猟犬の全身に降り掛かる。

 

 見れば猟犬に『伸縮自在の愛(バンジーガム)』が貼り付いており、今度は紐ではなく、異様なほど粘性を帯びて吐き捨てたガムのようにベットリと付着していた。猟犬にとっては背の触手が動かしにくくなる上に不快感を与えている事だろう。その上、ゴムの性質も多少残っているらしく、異様に取り難く何処にでもひっつき易い。

 

『――!? ■■ッ!?』

 

 そのため、背の触手や尻尾が無理矢理、体を含む周囲のモノと接着され、反射的に転移した後に猟犬の動きが鈍る。人間ならば身動きすら満足に取れないであろう。更にそれだけではなく、明らかに何らかの精神的動揺が見られ、転移が止まり、僅かな隙が生まれる。

 

(ボクの『伸縮自在の愛(バンジーガム)』はガムとゴムの性質を持つ。だからいっそベタベタのガムにしてみたけれど……アトラに会う前よりずっと粘り気が強いね♤)

 

 転移後にもガム状の『伸縮自在の愛(バンジーガム)』が猟犬に貼り付いている理由は、如何に猟犬の念能力が特殊でも、瞬間移動系念能力の基本的な事柄には逆らえないためだ。

 

 例えば本当に転移者の本体だけを転移させると、転移者の体内にあった全ての雑菌や老廃物及び衣服や装備等が、その場に散乱していないと可笑しな話であろう。中々、見たくはない絵面であり、実際にそのようになる念能力者はまずいない。

 

 つまりに瞬間移動系の念能力とは、特に指定していなければ、自身を中心に衣服ほど密着した距離にあるモノも全てを同時に転移させる能力なのだ。それ故にガムとゴムの性質をほぼ同じだけ持っていた『伸縮自在の愛(バンジーガム)』は逆に切断されたのだ。

 

 そして、猟犬の隙を突き、両腕の『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を頭部に貼り付けると、それを一気に縮め、弾丸のようにヒソカが跳んで行く。

 

「やっとアタリ……!」

 

『――――!!?』

 

 "硬"で猟犬の頭部をヒソカは殴り付け、そのまま己を省みずに猟犬の体を押さえ込みに掛かる。明らかに手数が多く二回り以上大きな獣を相手にしているため、ヒソカなど簡単に殺せてしまうだろう。

 

 だが、頭部に衝撃を受けたことでフラリと猟犬の体が僅かに動揺する。とは言え、生物としては人間よりも遥かに頑丈なため、コンマ数秒後には復帰するが、ヒソカが生み出した隙がイルミにとっては十分過ぎた。

 

「死ねッ!」

 

 猟犬に迫っていたイルミは、両手に有らん限りのオーラを込めて針を強化し、更に己の操作系念能力を発動させるため、確かに猟犬の胴体と首筋に突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『"万物溶解液(アルカヘスト)"』――』

 

「なに――!?」

 

「これは――!?」

 

 

 その直後、頭の中に直接響く"言葉"を聞き、2人は驚くと同時に、イルミが刺した筈の針が、器用にも接触部にのみ展開された青白い"硬"に当たっており、針先から手応えがまるで無くなるほど瞬間的に溶解したことに気づく。

 

 そして、それを理解した2人は即座に猟犬から離脱する。

 

 

『■■■■■■■■■■■――――――ッ!!!!』

 

 

 その行動の答えは魂が鷲掴みされるような仄暗い咆哮と、猟犬が"練"から"堅"にし、全身が青白く発光した直後、更にその状態で"円"を応用したのか外側に向けて爆発するように円形で広範囲に猟犬の莫大なオーラが飛び散る。

 

 そして、周囲へと四散したオーラは辺り一帯の地形を丸々融解させた。また、その様はまるで熱々のフライパンの上に置いたバターが溶け消えるのを見ているような光景であった。

 

「うーん……スゴいね。どうやらアレ、"変化系"みたいだ♢ ボクとお揃い♧」

 

「言ってる場合か!? この後はどうする!?」

 

「ククッ……どうしようかね?」

 

 当然だが、ヒソカが貼り付けたガム状の『伸縮自在の愛(バンジーガム)』は、瞬時に溶解しており、相性が悪いなどという生温いモノでは無くなった事でヒソカもお手上げ状態である。

 

 また、どうやら"オーラにあらゆるモノを溶かす性質を持たせる"という普通ならとてつもなく作成難易度が高く使い勝手は悪い能力だが、猟犬は非常に優秀な変化系能力者であるらしい。それが分かったからと言って何だというのか。

 

『■■■■……』

 

 己の念能力――『万物溶解液(アルカヘスト)』によって、猟犬のいる地面もドロドロになり、半径数十mの河原が小麦粉を解いたボウルの中身のような有り様になったためか、猟犬は念能力を解いて溶解した地帯の外側に転移する。

 

 どうやら『万物溶解液(アルカヘスト)』はその性質上、物体や周囲を一切、角の無いモノに変えるため、転移能力との相性は水と油のように相反するものになっていた。それが誓約になっているのかもしれない。

 

『■■――■■■――!』

 

 過去に妙な液体を掛けられるような何かがあったのか、猟犬のオーラが明らかに乱れ、怒気を孕み始める。

 

 更にこれまでイルミとヒソカを同時に狙っていた猟犬は、明らかに邪視とも言えるような毒々しい殺意を向けた。また、明らかに顕在オーラ量が跳ね上がり、より禍々しいオーラを放出する。ただの念能力者ならばそれだけで、心をへし折り発狂するに至るであろう。

 

 そして――スクッと擬音が出そうな様子で、猟犬は立ち上がった。

 

「あら……? 立ったよ♦」

 

 それは文字通り、人間のように後ろ足による二足歩行で立ち上がったという意味であり、それと共に猟犬の全身からバキバキぐちゃぐちゃと肉と骨が捻れ折れ、引きちぎれるような異音が響き渡る。

 

 それは後ろ足で立った猟犬の骨格が人間にやや近い人型の何かに変貌し、背の触手は手足と頭と胴体を補強するように半数が同化すると、もう半分は薄く伸びて開いて行き一対の触手で出来た翼と化した。

 

 見れば頭部は首の向きが前方に座った事以外は余り変化はないが、胴体は四足歩行の犬のような獣から青みがかったイルカのようなツルツルした肌をして、女性的なボディラインを描き、実際にふたつの膨らみが胸部にある。

 

 "亜人"、"およそヒト"。そう形容出来るだけの雌に見える3m程の人型で翼の生えた容姿に猟犬は変貌を遂げたのだ。

 

 それに従ってこれまで見ていた潜在オーラが激増しており、それに引かれて顕在オーラが跳ね上がっている事にも気づく。

 

 文字通り、これまでは遊びで、こちらが本気なのであろう。どうやらこれが猟犬――最早猟犬ですらなくなった何かの本気の戦闘形態らしい。

 

『――――――』

 

 猟犬は四本の鉤爪のような形になった両腕をだらりと垂らすと、それに"硬"を纏わせ、再び『万物溶解液(アルカヘスト)』を使用したのか青白く発光している。

 

 そして、猟犬は地を踏み締め、翼を開きながら爪を振りかぶり――。

 

 

 

 

 

 2人と1体は"円"の中に入る感覚を覚え、大気が一色に染まってしまったかのように錯覚した。

 

 

 

 

 見ればどれだけヒソカとイルミが上空に目を凝らそうと、先が見えない程の距離まで、薄く引き伸ばされた"円"によるオーラで満たされており、このゼビル島よりも遥かに広大な範囲の"円"だということが理解出来る。

 

 街、国、大陸――それらさえ飲み込めてしまうのではないかと考えてしまう程、逸脱した"円"は規模だけでも戦うことさえ誰しもが諦める程だと言えよう。

 

『………………』

 

 そして、猟犬もまた人間がそのように認識している範疇の存在なのか、攻撃体勢を解くと――イルミとヒソカへ肩を竦めるようなリアクションを取って見せた。

 

 急な人間味のある行動と、戦闘行為を止めた様子に2人が目を丸くしていると猟犬の声が2人の頭の中に響く。

 

 

 

『主は来ませり』

 

 

 

 その次の瞬間、"円"が止むのと同時に、貼り絵で紙を貼るように突如として黒いドレスを纏った大柄の女性魔獣――アトラク=ナクアが現れた。

 

 しかし、転移でも何でもなく、ただ純粋に視認できない程の速度で移動してきただけだという事は、その総量の見当もつかぬ程に莫大過ぎるオーラを見れば一目瞭然だろう。

 

『あらあら……やっぱりルルちゃんったら追いっぱなしだったわねぇ』

 

 すると猟犬は跪き頭を垂れる。そんな猟犬にアトラが近づくと犬猫を相手にするように頭をわしわしと撫でており、黙ってそれを人型の猟犬が受け入れている姿は奇妙であろう。

 

『ゴメンね。悪いけれどプレートなら自然に集まっちゃったからもう帰ってきていいわよ?』

 

『…………仰せのままに――』

 

 それだけ言い残すと猟犬は煙のように跡形もなく消滅する。そして、その場にはアトラだけが残り、ヒソカは笑みを浮かべながら彼女に向き合った。

 

「やあ、アトラ♣ 今のはなんだい?」

 

《私のペットの"ティンダロスの猟犬"よ。遊んでくれてありがとうね》

 

 どこからともなく取り出した小さなホワイトボードにマジックでそんなことを書いて見せるアトラ。

 

 "遊び"――結局、アトラからすればその程度の感覚だったのであろう。暗殺家の長男をして余りに価値観の異なる言葉に唖然としていると、その間にヒソカは会話を済ませる。

 

 そして、スカートで足が見えないが明らかに足の回転数や足音が二足歩行のそれでないアトラが、去って行くのをヒソカは手を振って見送ると、一仕事終えたような清々しい笑みを浮かべながらイルミの前に立つ。

 

「聞いてみたら、やっぱりアトラは猟犬をプレート目的でキミに放ったまま忘れてたみたいだったよ♤ 後、あれは"ルルハリル"っていう名前らしいね♦」

 

「ええ……」

 

 傍迷惑等というレベルではない事にイルミは困惑するが、そもそも現在ハンター試験に参加中であり、ルールには何も反していないどころか、向こうから引き下がったため、むしろ紳士的なモノである事に気づく。無論、全くもって釈然としないが。

 

 しかし、人生で1度でも経験しないような体験を済ませてしまったイルミは、いつもの色の無い瞳をより一層煤けさせ、背中に影が射した様子でポツリと呟く。

 

「久しぶりに……最初から念の修行し直すか……」

 

「それはいいね♧ 先日、ボクも丁度思ったところだよ。よかったら……君も一緒にどうだい?♡」

 

 イルミは全力かつ慎んで拒否した。

 

 

 

 

 

 こうして、ハンター試験の四次試験は終わりを告げた。

 

 とりあえず彼はもう2度とアトラク=ナクアに関わらないし、弟のキルアにも関わらせないと誓った――しかし、その誓いが儚くも崩れ去るのは割とすぐのお話である。

 

 

 

 

 

 








ほら、メスケモやぞ(啓蒙99)




ルルちゃん
 本名:ルルハリル。アトラク=ナクアが暗黒大陸から呼び出したティンダロスの猟犬の一個体。変化系念能力者。雌で種族の中ではかなりの美獣らしい。加虐趣味と陰湿さはティンダロスの猟犬譲りだが、それ以外の性格は暗黒大陸基準で"良い子"とのこと。

念能力
不浄なる猟犬(ティンダロス)
 全てのティンダロスの猟犬が持つ固有能力。自由に出入りでき、外が観測可能な故郷の地に似た念空間を持つ。念空間に入ることは自由だが、念空間から出るときには120度以下の鋭い角からでしか出現できない、動物及びその付属物の鋭角からは出現できないなどの制約がある模様。

万物溶解液(アルカヘスト)
 変化系念能力。その昔、万物溶解液なるものを暗黒大陸の錬金術師にぶっかけられて撃退された後、その経験があまりにも悔しかったために開発した念能力。自身のオーラをかつて己に使われた万物溶解液と同様の性質に変える。
 当たり前だが、(ケン)で全身を保護した状態か、(コウ)で一部を覆った状態で使用しなければ自身さえも溶かす上、自身の足場まで容易に溶かす念能力のため、使い勝手自体はあまりよくない。何よりも地形を溶かすことで、鋭角の存在する場所そのものが無くなるため、実質上の誓約ともなっている。しかし、単純な物理攻撃をほぼ無力化し、何かを対象に突き刺す、触れるなどの条件で発動する念能力に対して非常に有利な念能力のため、デメリットに見合った性能をしている。



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