B級パニック映画系主人公アトラさん   作:ちゅーに菌

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あそぼ。元リースXPです。多分、この最終試験は1番アトラさんが弾けているかも知れません。


増えるアトラちゃん(最終試験その2)

 

 

 

 

《おいでおいで》

 

 アトラ対ゴンの試合開始直後。アトラはホワイトボードにそんな文字を書くと、マジックのキャップをキュポキュポと音を鳴らしながら片手で付け外しをゆっくり繰り返してゴンを誘った。

 

「行くよアトラ!」

 

 それに乗ったゴンは一目散にアトラへと駆ける。そして、地を蹴って飛び上がると拳を振り上げて彼女に迫った。

 

「がッ!?」

 

 アトラはゴンが迫るより早く、片手でマーカーペンのキャップを開けると、首から紐で下げているホワイトボードに何かの文字を書き、再びマーカーのキャップを閉める。

 

 そして、滑るようにゴンの後方に回り込むと、ホワイトボードの(ふち)を彼の背に打ち付け、くの字に折り曲げて床で軽くバウンドする程度の威力で叩き落とした。

 

「いってぇ……!」

 

 容赦のない痛みに震えるゴンを余所に、ホワイトボードに書かれていた文字が外野へ露になる。

 

《踏み込みが足りん!》

 

「うりゃ――!?」

 

 床から復帰すると共に、ホワイトボードを振り抜いた姿勢で動いていないアトラへ向けてゴンは蹴りを放つが、その足首を片手で掴み取って止めると、そのまま壁に向かって彼を投げつけた。

 

「ぐうッ!?」

 

 ゴンが勢いを殺せない程の速度で投げつけたため、彼は背中から壁に衝突し、か細い悲鳴を上げる。そんな彼に目を向けつつマーカーのキャップを開けてホワイトボードにまた文字を書いた。

 

《 ( ^ω^ 三 ^ω^ )ヒュンヒュン 》

 

(煽るのう)

 

(あんな見え見えの攻撃当たるわけねぇだろゴン……)

 

 ネテロとキルアはそんなことを考え、それぞれが似たような呆れ顔を浮かべている。

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

《残像よ》

 

「あれっ!?」

 

 そして、明らかに本気の欠片すら出している様子がないアトラにゴンが無謀に挑み続け、アトラがカウンターをしつつホワイトボードに文字やら絵文字を書き続けるという時間が続いた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

《 (*´ω`*) 》

 

 アトラとゴンの試合が始まってから約3時間が経過していた。

 

 しかし、例えアトラが遊んでいるとはいえ、それだけの時間をアトラによる弱いカウンターを受け続けた結果、少しずつ体力を削られると共に、打撲や打ち身や切り傷等が増えて行き、身体の至るところに血が滲んでおり、肩で息もしている。

 

「お、おいゴン……もういいんじゃないか……!?」

 

「なんという試験課題だ……。ここまで来た者が"まいった"等と気軽に言えるわけもない……!」

 

 ゴンの仲間のレオリオとクラピカはこの課題の意地の悪さと残酷さに気付き、彼を気に掛けると共にやや顔が青ざめていた。

 

 そして、無意識にアトラと戦いたくないと思っていただけの受験者たちも、彼女の異様な実力の高さに気付かされる。

 

 まず、アトラは常軌を逸しているレベルでとてつもなく速い。人間の中でもかなり速く動けている部類のゴンに対して、見切る・マーカーペンで何かを書く・カウンターという動作をほぼ全てに対して行っているところから明らかであろう。

 

 見た目だけならはシュールで笑ってしまうような光景だが、それを3時間もの間、一切ゴンに触れられる事すらなく行っているため、実力の差に開きがある等という生温い次元ではない事は明白だ。

 

 

《そうね。そろそろ遊びを変えましょうか。というか顔文字のネタが尽きたわ》

 

 

 そして、それまで守手に回り続けていたアトラが動き始めるのもまた、そのように誰がどう考えようとも非常にどうでもいい理由であった。

 

 "遊び"

 

 しかし、それがアトラにとって全てなのであろう。だからと言って3時間もの間、退屈そうな様子もなくひたすらに似たような事を繰り返し続けていたアトラの精神力は異常であり、それに挑み続けるゴンもまたそれに準じている。

 

 アトラは首から下げているホワイトボードとマーカーペンを仕舞うと、糸で頭上に文字を浮かべた。

 

《じゃあ、こっちから行くわね。ちょっとだけ――速くなるわよ?》

 

「ああ――――ぐぁぁッ!!?」

 

 その瞬間、映画フィルムのひとコマが抜けたことで、映像が常人にはわからないレベルで点滅するように消えて再び全く同じ場所に現れる。

 

 そして、ゴンが1人ではあり得ない方向に吹き飛んでいくと共に、何もない空中で小さな破裂音のようなものが響いた。しかし、音と光景とは裏腹に直ぐに彼は立ち上がると、攻撃された箇所を擦りながら未だ一切衰える様子のない輝くばかりの視線をアトラに向けた。

 

「くっそ! 痛ってぇ!? 全然見えないや!」

 

《もっとよく見なさいな》

 

(は――? 見えな……い?)

 

 それはキルアでさえも驚きに目を見開いていた。

 

 アトラが何をしているのか、一切理解できないのである。一瞬だけこの世界から消滅したようにその場から消えたと思えば、現れた直後にゴンが吹き飛ぶ。最早、それは超能力か何かで間接的に攻撃されているようにしか見えないであろう。

 

 しかし、ゴンにはほとんどダメージは見られない点が明らかに不思議である。

 

「うぁあぁぁ!?」

 

 そして、再びアトラの姿がブレるとゴンが蹴鞠のように跳ばされ、ゴロゴロと床を転がる。また、直ぐに立ち上がる彼だったが、その直後に彼女の姿がブレて跳ばされた方向とは真逆に向けて吹き飛ばされる。それが幾度となく続き始めた。

 

 さながら、人体で行われるビリヤードのような挙動と言える。

 

(とんでもない技量の無駄遣いじゃな……)

 

 この中で唯一、アトラの挙動が素で全て見えているネテロは、その絶技や魔技とまで言えてしまえる技量に感銘の溜め息を時折漏らしつつも、それに若干呆れも混じっていた。

 

 何せ単純にアトラがしていることは、超能力でも魔法でも念能力でもなく、《百式観音》並みに音を置き去りにする程の動作速度で移動し、ゴンの身体に恐ろしいほど威力を削いで、衝撃だけ与えるという手加減をした手刀を叩き込む。そして、戻ってくると行動前と全く同じポーズになっているだけである。

 

 しかし、これだけの事を文字通り刹那の時間に行い、その上で逆に音を置き去りにするほど加速した身体では、通常では不可能なほどに手加減した一撃を繰り出しているのだから全くもって技量の無駄遣いなのだ。

 

 例えるならシロナガスクジラがオキアミの1匹を傷付かないように何度も何度も尻尾で打ち上げるような行為。それぐらいの途方もない実力差と、人間には到底不可能な程の単純な技量の高さによる犯行――もとい"遊び"である。

 

 アトラの中の世界――暗黒大陸最強クラスの念能力者では、特筆すべき事もない程度の速度であり、これでもまだ序の口の速度なのであろう。

 

 実際、ネテロは《百式観音・零乃掌》をアトラに向けて放ったときに、それ以上の速度で首を180度回転させて、口から光線状の糸を放ってみせた非常に大人げない彼女を知っているため、それが誰よりも理解できた。

 

「ああ……ああ……スゴい……♡ ゴン……いいなァ♦」

 

 ふと恍惚とした表情をしつつ、目に"凝"どころか全身のオーラをほぼ全て目に集めて"硬"をしながらヒソカはそんな呟きをする。

 

 オーラが遥かに上昇した為か、素では見えなくともここまですればヒソカもまた見えるようになっているらしい。きっとあの速度で跳ばされながらも自身ならば、どうすれば一撃でも切り返せるのかを考えて1人で盛り上がっているのだろう。まあ、盛り上がっているところは何も内心だけではないが、それは語るべくもない。

 

 暫く――アトラの"遊び"は続いた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

《さて、ゴン? "まいった"って言う気にはなったかしら?》

 

「――つぅ……まだ全然!!」

 

《そっかぁ》

 

 30分ほどゴンを一方的に攻撃し続けたアトラは、突然ゴンを弾き飛ばすのを止めてそんな問い掛けをもしたが、答えはこれまた彼らしいものであった。

 

《じゃあ、私に"まいった"って言わせる方法は思い付いた?》

 

「ま、まだ……それも全然!!」

 

《そっかぁ》

 

 そんな言葉が平然と2人の間で飛び交っている事で、受験者どころかこれまでの試験官すら驚きに目を見開き、脂汗とも冷や汗ともつかぬものを流す。

 

 仮にアトラの攻撃が超能力だとしても、最早彼女とマトモに戦うぐらいならば、ヒソカと殺り合った方が一万倍は勝負になるということが、誰が見ても明白だったからである。ましてやアトラの攻撃の種明かしは、種も仕掛けもない身体能力のゴリ押しのため、例え理解したところでどうしようもない。

 

 念すら発現していないゴンは真の意味で既に詰んでおり、少しでも武術の嗜みや一端のプライドを持つならば、最初の1~2発で、とっくの昔に対抗心ごと心をへし折られても何ら可笑しくはない――。

 

《まだ諦めないのね?》

 

「ううん……! とりあえずアトラに今度こそ触れるもんね……!」

 

《そっかぁ。うん、じゃあ再開――》

 

 それ故に何よりもそんな二者間の空気が、終始緩み続けていることが1番異様な事であった。"精神力だけならばゴンはアトラに並んでいる"要はそういうことであった。

 

 次第に周りの者らはこのルールがゴンにとって果てしなく有利なことに気付かされたことだろう。

 

 

 

 そして、次に展開が動いたのは――3時間ほど時間が経過してからのことであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 

 合計6時間以上アトラに一方的に吹き飛ばされ続け、いよいよ全身にガタが出始めたゴンは、這いつくばりつつ肩で息をしていた。

 

《立つと跳ばすわよ?》

 

「ご、ゴン……。もう……もういいだろう!!!? "まいった"って言うだけだ! なっ? なっ!?」

 

「まだまだ大丈――――う゛わぁあぁぁ!?」

 

 レオリオが声を上げるが、ゴンはそれを余り気にせず立ち上がり、当たり前のように、再びどこからかの凄まじい衝撃で弾き跳ばされた。跳ばされた回数はずっと前に数えるのも忘れて久しい。

 

 そんな様子のゴンを湿った視線で見ながら、アトラは宙に文字を書く。

 

《ねぇ、ゴン? 後、2時間続けたら多分死んじゃうわよ?》

 

 それは誰もが思い始めていた事であった。

 

 如何にアトラが加減していると言っても6時間以上もの間、ひたすらに攻撃を受け続けたため、既にゴンの身体が満身創痍であり、各所からの小さな出血跡によって服も湿り切っている。

 

《意地を張るのもいいけれど、これ以上続けたらにミトに合わせる顔がないわ。極力安全にハンター試験を終えられるように約束してますもの。私はできない契約はしないのよ?》

 

 それだけ書くと更に"頑張ったあなたの勝ちよ"と書き、大きく終了を告げるための4文字を書き始め――。

 

《まいっ――》

 

「ダメだァァァ……!!!」

 

 ゴンの叫びによってそれは途中で止められ、唖然とした様子の受験者と試験官だけでなく、アトラ自身も目を丸くしている。

 

 そして、アトラへと真っ直ぐに向けたゴンの視線は、決して曇らぬ光と未だ衰えぬ対抗心を宿しており、そこにこれだけ攻撃されてきた彼女への憎悪や嫌悪の一切を含んでいなかった。

 

 ゴンは既に立ち上がっているが、アトラが攻撃を加える様子はなく、呆れたように唇を尖らせつつ再び宙に文字が浮かぶ。

 

《…………死んだら次はないのよ?》

 

 それは暗黒大陸で生き抜いたアトラだからこその重みのある言葉であろう。彼女とて、生物としてた確かに最高クラスのスペックと異次元の才能を持ってこそはいたが、最初から"深淵の主"だったわけではないのだ。

 

「俺……! 親父に会いに行くんだ……!」

 

《うん、知ってるわ。この世界のどこかでハンターをしているお父さんね。ミトが2日に1度は愚痴ってるわ》

 

「ああ、でももしここで俺が諦めたら……一生会えない気がするんだ」

 

《気がする……か。理屈じゃないのね》

 

「だから退かない……。ぜったいアトラに触れてやるんだ……!」

 

《ふふっ。もう、主旨変わってるじゃない》

 

 そう言うとアトラの身体が一定の間隔で左右に揺れ始める。それはスポーツ選手が交互に足踏みをして、ウォーミングアップをしているように見えた。

 

《うふふふっ……! いいわ、とてもいいわ。そこまで言うんだったら……()()を出してあげる――》

 

 次の瞬間、ゴンを含めた受験者と試験官のほとんどが、その場から掻き消えたのを黙視する。

 

 そして、その数秒後――ゴンがまた弾き跳ばされ、床を転がった。

 

「な、なんだ……。完全に消え――」

 

「そう見えるかのう」

 

 クラピカが呟いた言葉にネテロが反応する。そして、そんな彼の視線を辿ると、何かを目で追い続けている事に気づくだろう。

 

 そして、床や壁や天井に僅かな傷や亀裂が突如として生まれ、ピシピシと会場中で小さな音が響き渡り始めた。

 

「まさか……」

 

 クラピカは状況から判断してある結論に辿り着く。

 

「アトラは……種も仕掛けもなく、私には認識できないほどただ速く動き続けているだけか……?」

 

「左様。始めからずっとそうしておる。今は手加減を止めただけのこと。もっとも――ゴンくんはそれに随分前から気づいているようじゃぞ?」

 

 ネテロの言葉にその場の全員がゴンを見れば、彼は弾き跳ばされながらも必死で首と目を動かし続け、何かを探すような様子をしていることに気づく。

 

 つまり、彼は6時間以上もの間、ただひとりだけ変わらずに戦い続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 アトラが常人には到底認識できぬ速度で会場を縦横無尽に駆け回り始めてから約1時間が経過した頃。

 

(よく見ろ……よく見ろ……!)

 

 床や天井や壁が軋む小さな音だけが響き続ける中で、ゴンはアトラが随分前に一言だけ口にしたアドバイスを何度も何度も思い浮かべていた。

 

 無論、ゴンも最初からアトラを触れられない事なんてわかり切っている。遠過ぎることなど誰よりも理解している。

 

 それでも彼の意思は見果てぬ夢を追い続け、終ぞ枯れることはなく、前を見続けていた。

 

(もっとよく見ろ……! よく見るんだ……!)

 

 そう意識し続けて、約数時間。オーラすら発現していないゴンに変化が起こった。それは彼の身体から細い湯気のように垂れ流されているだけのオーラが、目に目掛けて集中し始めたのである。

 

 それはゴンにとっては完全に無自覚な現象であるが、計らずも彼はオーラの技術のひとつであり、オーラを一部に集中させることでその機能を高める"凝"のようなものを不完全ながら成功させていた。

 

(――――なんだ……? でも今なら!)

 

 ここで幾つかの偶然が重なる。

 

 ひとつは言わずもがなゴンが不完全な"凝"を成功させたこと。ふたつは彼が1000万分の1程の一握りの才能を持つ人間だったこと。みっつは彼の動体視力自体が他の追随を許さない程に著しく高かったこと――。

 

 そして、ゴンはアトラと過ごした一年余りの日々で、彼女の蜘蛛特有の動き方から来る移動の癖を無意識に熟知していたことだ。

 

 それらが合わさり、ゴンの視界が急激に加速するのとは裏腹に、思考はより冷静さを得ることで周囲の時の流れが遅れたかのような錯覚さえ覚える。

 

 しかし、その状態でもアトラはその遥か先を行くほどに速い。そのため、ゴンの目には夜のテールランプの残光が帯を引くようにしか見えていない筈であった。

 

(アトラなら……!)

 

 それをゴンは、10mはある巨体にも関わらず、くじら島の木と木を重量も感じさせず、枝を折ることさえなく跳び移ることをよくアトラがしていたことを思い出し、彼女ならば今きっとこう動くだろうとアタリをつける。

 

 

 

 そして、数々の偶然は必然となり――1度の"奇跡"を起こした。

 

 

 

『は――?』

 

 一切速度を落とさず、ゴンの真横で彼を弾き跳ばすために片手を手刀に構えつつ、天井から急降下して来ていたアトラと確かに目が合ったのだ。

 

 実力差や相手の力量を理解する能力に長ける故にアトラも驚いたのか、目を丸くしながら相手の頭に直接言葉を伝えるオーラ技術を使ってしまっている。もっとも流石にこの場に残っている者で、頭が弾け飛ぶような事態になる者は居ないらしい。

 

 絶対強者の威厳としての確かな傲りから来る有り得ないモノの線引きが確かに超えられた瞬間でもあった。

 

 しかし、アトラを奇跡的に視認したからと言って、彼女に触れられると言うことはないであろう。何せ、ゴンが手を動かそうとするまでの間にその何十倍・何百倍の行動を彼女は出来てしまうのだから。

 

『あ――』

 

 だが、その加速し過ぎた世界では、ゴンと僅かに目があったことで動揺を見せた時間は余りに致命的だった。これまで誰に見られなくとも完璧な行動をし続けていたアトラの手元が僅かに狂ったのである。

 

 それによってアトラは僅かに力加減を間違え、常人には誤差にすら見えないレベルで"力んでしまった"のだ。

 

『あらあら――』

 

 弾き跳ばす予定で放った筈が、ボキリとゴンの片腕の骨がへし折れる感触がアトラの手に伝わり、更に角度調整がブレたことで彼の身体は、彼女の真下に向かって叩き付けられる。

 

 それによって彼女は倒れ伏すゴンの眼前で急停止をしたが、既に間に合ってはいない。如何にアトラと言えど加速は出来ても何も無しに時間を巻き戻せはしないのだ。

 

《ゴン……? 大丈夫? あー、あー、いや、大丈ばないわよねコレ。生きてるとは思うけれど……レオリオ、ゴメン頼めるかしら?》

 

「そんなん言われずともわかってらぁ!?」

 

 アトラは足元でピクリとも動かずに転がるゴンを見てから、顔をレオリオに向けてそう言うと、一目散に向かってくる医師の卵の彼に対して非常に申し訳無さげな表情をし――。

 

 

 

 ――スカートの裾を引っ張られる感覚により、足元へと目を向けた。

 

 

 

 そこには地に身体をだらりと投げ出しで這いつくばったまま、折れていない方の手でアトラのスカートの裾をぎゅっと掴んでいるゴンの姿があった。

 

『あっ――』

 

 その様子にアトラだけでなく、この場にいる全ての人間も似たような呟きや反応をしたことだろう。

 

 そして、ゴンはようやくといった様子で首を持ち上げ、アトラを見上げると、その喜色だけに輝いた瞳と屈託のない笑みが彼女を射ぬく。

 

「へへっ……! 触れたよアトラ……!」

 

《……そうねぇ。おめでとう、触れられたわね》

 

 偶然と油断と不意打ち。実力とも運とも言い難いそれは暗黒大陸どころか人間からしても、到底無意味の域を出ない稚拙で後先を一切考えていない行動だろう。

 

 確かにアトラの絶対優位は揺るぎなく、ゴンが7時間以上も使って奇跡的に実現させたそれは、ルールにすら抵触しない本当の"遊び"でしかない。

 

 しかし、それをされたアトラは既に完全に負けたと言った様子の表情をしており、周りの試験官や受験者も皆一様にゴンの勝ちを讃えるような雰囲気を醸し出しており――ただひとりキルアのみがその場に馴染めずに困惑しているように見えた。

 

「ちょっとだ……け待って……てアト……ラ……今度は…………"まいった"って言わ……せ――」

 

 そこまで言ったところでゴンの意識は途切れ、持ち上げていた頭は糸が切れた人形のように崩れ落ち、床に叩き付けられ――。

 

《本当にバカねぇ……。あなたみたいな者から真っ先に生存競争から蹴落とされるのよ?》

 

 その前にアトラのスカートから黒檀色の毛で覆われた人間にしては細過ぎて、節の位置や長さのおかしい1本の脚が差し込まれてクッションの役割を果たす。彼女はその言葉とは全く裏腹の行動をしていた。

 

《"まいった"。これで私の負けね》

 

 そして、アトラのその宣言を持って最終試験第一試合は彼女の敗けとなり、試合中は会場の端まで避難して震えていた審判者がそれを大きく告げる。

 

 試合が終了し、レオリオとスタッフに運ばれていくゴンをアトラは眺めていると、ふと畏怖や好奇とは別の視線を感じて後ろを振り向く――そこには不満げな表情でアトラを見つめているキルアの姿があった。

 

「なんで?」

 

『………………』

 

「なんでお前が止めたんだよ? それに殺さず"まいった"って言わせる方法なら幾らでも心得ている筈だろ?」

 

 あれだけの事があった直後のこの場において、アトラにそんな口が利けるキルアもまた大物なのであろう。無論、そんな彼をアトラが無下にするわけもなく、マーカーペンとホワイトボードを手に彼の前に立った。

 

《ええ、そうね。ゴンのしていたことは無意味で独り善がりの下らない戯れ事よ》

 

 彼女の高過ぎる実力を差し引いたとしても、他でもないゴンと対戦し、ルールでの敗北を享受したアトラがそう言っているため、誰からも非難の声は上がらないであろう。

 

 そして、彼女の言わんとしている事は言葉にはならずとも、心で大多数が理解していると言える。

 

《――でもそれでいいの。それだから私は負けたの。意味はなくとも価値はあるのよ。それがわからないようではまだまだシャバは遠いわねぇ》

 

「…………どういうことだよ?」

 

《個人の価値は他でもない他人が決めるものよ。トーナメントの表を見て、アナタより遥かに対戦数の多いゴンはそれだけ周りの人間から評価されていたということね。そして、私は負けてもいいと思うぐらいこの場で彼を評価した――たったそれだけのお話》

 

 それを聞いても生死や実力や能力に重きを置いている――というよりも本人の自覚の有無は問わず、そのように育てられた彼にとっては理解し難い話であろう。

 

 それに対してアトラは、キルアに見えないようにホワイトボードに文字を書き終えると、微笑ましいモノを見るような表情をしつつ、マーカーペンの柄の先で1度だけ軽くキルアの額をつついてからホワイトボードを見せた。

 

《ゴンに劣等感を抱える前に自身が他者からどう見えていたのか考えることよ。アナタ自身が殺しの道具以上の価値が欲しいなら尚更……ね》

 

「……………………チッ。うっせーな……」

 

 "劣等感"という言葉を目にした瞬間、キルアは目を見開いて驚いたが、直ぐにいつも以上に面白くなさげな表情に変わり、吐き捨てるように呟くと、そのままアトラから離れて行く。

 

 

「……わかってるよそんなこと――」

 

 

 その途中で、本当に小さく呟かれた言葉をアトラの耳は聞いていたが、それに対して特に何かを言うことも触れることも彼女はしなかった。

 

 そんな1匹と1人のやり取りをネテロは眺めてから、既に第一試合の審判で恐慌状態になりかけている審判を見る。とは言え、今までアトラがほんの少しでも全ての行動に殺気すら込めていなかったからその程度で済んだとも言える。

 

 そして、審判役の黒服に代わり、ネテロが前に出た。

 

「では第二試合――アトラク対ギタラクル! 両者前に出るように!」

 

《あら連戦なの?》

 

「おぬしは負けたゆえ、第四試合まで連戦じゃ」

 

《やったぜ》

 

 なぜか糸で文字を書きつつ喜び始めるアトラは視界に入れず、当然のように試合を再開したネテロへギタラクル――変装中のイルミは"えっ……マジでお前本気で言ってんの……?"とでも言いたげに表情を驚愕と怒りと苦悶に歪める。

 

 無論、本気も本気な様子のネテロは早くイルミに前に出てくるように促す。そして、アトラは既に所定の位置についており、なぜか拳を構えたままデンプシーロールのようにゆらゆらと揺れていた。無駄に速いため残像が見える。

 

《いいわ、スゴくいい……。人間って素敵ねぇ。私もちょっと平和ボケし過ぎていたことをゴンに気づかされたわ》

 

 動きを止めたアトラは人間のように首を左右に鳴らす動きを行うと、続けて背伸びをした。

 

《さて、ちょっと身体も温まってきたところだし――》

 

 無論、アトラは変温動物のため、言葉通りの意味ではなく気分の問題であろう。しかし、それは少なくともこれまで遊びでしかなかった彼女がやる気を出し始めたという事に他ならない。

 

 するとアトラは徐にスカートの中から猟銃と、スコープの取り外されたスナイパーライフルを取り出し、両手にそれぞれ構えてみせる。

 

 どこからともなく、突然武術のへったくれもない物の登場により、会場は一時騒然となり――。

 

 

 

『■■■■■――――!!!』

 

 

 

 更に犬のような何か――"ティンダロスの猟犬"がマジックのようにアトラのスカートの中から現れたことで、その凶悪かつ生理的悪寒を覚える外見と、アトラとは似ても似つかない程殺意に溢れて暗く禍々しいオーラに会場の空気は凍り付いた。

 

 特にキルアに至っては、即座に会場の四隅まで逃げており、猟犬を有り得ないものを見るような恐怖に怯えた表情で眺めており、また驚愕に固まる試験官以外の会場スタッフは役目を放り出して一目散に逃げる者が後を絶たない。

 

 もっとも猟犬を見ても特に変わらないネテロと、より愉しげな様子になったヒソカ、そして終始嬉しげな笑顔のチィトカアだけは変わらずに観戦を続けていた。

 

《卑怯とか反則じゃないわよね? お猿さんを連れている受験者も居たし、そもそもこの試合って何でもアリだもの》

 

「無論じゃ。ペットは武器や道具の使用に含む」

 

 ちなみに猟犬が出て来た瞬間からのイルミの顔の引きつり様は、否応なしにこの世界の全ての憎悪を一身に受けさせられた人間のような絶望に染まっている。

 

 ネテロの了承を得たアトラは"やったねルルちゃん! 楽しみが増えるわ!"と糸で宙に書きつつ、猟銃の方を脇に抱えて猟犬の背を撫でていた。やはり彼女にとっては犬猫のような存在らしい。

 

《ちょっぴり師匠なんてやってる手前、ゴンにはちょっとやり過ぎちゃったから反省ね。だからこれからは――"人間の土俵"で戦うわ。速度と力量も極力は対戦者に合わせてみるわね? フェアプレイって奴かしら?》

 

 頭上にそう書いたアトラが猟犬の背を軽く2度叩くと、猟犬は控えるように彼女の斜め後方に移動し、イルミの方をじっと眺めた。

 

 そして、アトラは脇に抱えていた猟銃をバトンのように何度も回転させてから腕に戻し、腕をだらりと垂らしたまま猟銃とスナイパーライフルの引き金に指を掛ける。

 

 

《さあ……アナタは、ゴンとは違うどんな素敵なものを見せてくれるのかしら? 楽しみだわぁ……》

 

『――――――!』

 

 

 その直後、試合開始を告げる合図と共にアトラが両手の銃を構え、猟犬は煙のように消え――イルミは死に物狂いで敗北宣言が可能になるまでの10分間をどう切り抜けるのか考えるのであった。

 

 

 

 

 

 ちなみにアトラからすれば正に人間が趣味で、猟銃と猟犬を連れて奥山に狩りに行くような感覚であろう。彼女にとってはルールに則り死亡者も出さずにただペットと楽しめるスポーツなのだ。

 

 

 

 

 

 

 









ほとんど原作通りの展開ですね! これは二次創作で原作をなぞるなとお叱りを読者様方から受けてしまうかも知れないですね……(猛省)





~QAコーナー~

Q:アトラさんって手加減はしてくれるけど容赦はどこに置いてきちゃったの?

A:暗黒大陸
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