B級パニック映画系主人公アトラさん   作:ちゅーに菌

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あそぼ。元リースXPです。次の夏イベのお姉ちゃん楽しみですね(迫真)







増えるアトラちゃん(最終試験その3)

 

 

 

 

 

 

 第二試合開始の合図の直後、このアトラク=ナクアという人間から見れば邪神の如き絶望と、ティンダロスの猟犬――ルルハリルという同じく人間から見れば悪魔に等しい怪物はそれぞれ動く。

 

 ルルハリルは四足の体躯を駆使してギタラクル――イルミへと弧を描きながらジグザグに迫り、アトラはスナイパーライフルを発砲後、前方へ滑るように飛び込む。

 

「くっ……!?」

 

『――――――!』

 

 銃弾は避けたイルミだったが、それに合わせるようにルルハリルが到来し、その太くしなやかなワイヤーのような尻尾が振るわれる。

 

 咄嗟に両腕に"硬"を纏わせ、ガードしたイルミだったが、その尾撃の破壊力が尋常ではないことは身をもって理解しているため、骨折やヒビを覚悟した。

 

(――――軽い……?)

 

 しかし、イルミの腕に伝わった破壊力は、第4試験のゼビル島で追われ続け何度も対峙したルルハリルに比べ、明らかに弱まったモノであり、ほぼ同じなのは衝撃ぐらいであった。

 

《注意散漫ね》

 

「――――!?」

 

 それに驚いていると、イルミ程の暗殺者ですら一切気配を感じさせる事のない気配殺しと全く無音の移動方法で迫り、猟銃を構えて引き金に指を掛けたアトラが眼前にいた。

 

『■■■……』

 

「な――!?」

 

 回避行動を取ろうとしたイルミだったが、今度は一瞬目を離したルルハリルが、彼の腕と足に背の触手を巻き付けて固定し、逃げられないように無理矢理銃口に身体を向けさせられる。

 

《バーンっ! バーンっ!》

 

「ぐっ――!?」

 

 そして、間髪入れずに2度猟銃が放たれ、ショットシェルが弾けると共に大量のボールベアリングがイルミの胴体へ着弾した。

 

 また、意地の悪いことにアトラは、イルミが全力で"硬"をすればかろうじて打撲傷程度で済むような量の――彼女にすればそれこそ細胞単位レベルの極小のオーラ操作技術で銃弾を強化している。

 

 そのため、大量の小さなハンマーで同時に殴り付けられたような痛みと鈍痛がイルミを襲う。

 

『■■■■――!』

 

 そして、そんなイルミに全く容赦なく追撃を加えるのは、いつの間にか両手足の拘束を腰に変えていたルルハリルである。

 

 ルルハリルは怯むイルミに対して、腕のように扱い彼の腰を抱えている背の触手を支点に、四足を踏みしめて大きく宙返りを行う。

 

 それはイルカがジャンプ後に回転して水面に戻るような見事な縦回転であり、数m飛び上がって石造りの床に着地した――。

 

 

『■■――!』

 

「ぎァ――――!!!?」

 

 

 瞬間、3mはあろうかという巨体で、女性的なボディラインを持ち1対の翼の生えた人型の何か――ジャンプ中に変形したルルハリルが、イルミを頭から凄まじい衝撃と共に床へ沈めた。

 

 それはバックドロップ、あるいは岩石落とし、はたまたベリー・トゥー・バック・スープレックス等と呼ばれるプロレス技に酷くよく似ている。

 

《ルルちゃんいえーい!》

 

『――――――!』

 

  そして、銃を床に置いたアトラと身長差のため屈んだルルハリルがハイタッチを済ませた。眼前にはクモの巣状に衝撃が走った箇所にひび割れができ、その中心に頭から腰の辺りまで深々とイルミが突き刺さっていた。

 

 開始の合図から約5秒で発生したその光景に試験官や受験者問わず誰もが、紛れもなくアトラは遊んでいると思ったことだろう。

 

 しかし、だからと言ってそれに口を出せるものが居よう筈もない。何せこれでもゴンにしていたように見えない速度で動かれるよりは、まだ勝算が無くもない程度には手加減をしていることは誰の目にも明らかだからだ。

 

 まあ、不可能が小数点以下の確率になっただけであるが、それでも余程マシなのだから酷い話である。

 

「――――――!!」

 

 イルミを他所にハイタッチなどしていたアトラとルルハリルに、復帰と共に奇襲した彼から数本の針が放たれ、それらは一直線に笑顔を浮かべて全く無防備な様相のアトラへと向かう。

 

『"万物溶解液(アルカヘスト)"』

 

 しかし、四本指の鉤爪状の両腕に"硬"を纏わせ、変化系念能力の『万物溶解液(アルカヘスト)』を発動したルルハリルがその射線状に腕を振るうと、僅かに指先から飛んだ彼女のオーラの飛沫が的確に全ての針先へと命中する。

 

 当然、針は原形もない程に液状化し、床にぶちまけられ、その床も練った小麦粉のようにグズグズと溶かしていた。

 

 あれだけ己の念能力を隠していたルルハリルが、こうも簡単に『万物溶解液(アルカヘスト)』を使用するのは、やはり己の主の前だからであろう。それに比べれば秘匿など些細なことである。

 

「お前ら……!!」

 

 早くも防御による度重なるオーラの過剰消費により、若干肩で息をしているイルミ。

 

 しかし、彼がこれまでと様子が異なるのは、ルルハリルから逃げていたときの恐怖に染まった瞳とは違い、明らかに怒りの色が見えることだ。

 

《へぇ……》

 

 そして、それを見たアトラは悪戯っぽい笑みを浮かべると、指をクイッと手前に引いてみせた。

 

 その瞬間――"彼の顔に刺さる針"が全てスポンと音が出そうな程勢いよく抜けて行き、アトラの掌に収まる。

 

《油断大敵ね。アナタの針全部に悪戯しちゃったわ》

 

「なッ――!? アア゛ッ!!?」

 

 いつの間にか、今の戦闘中のどこかでアトラはイルミの顔の針に、戦闘中には視認出来ないレベルの極細の糸を引っ掛け、それを指先に繋げて"隠"で隠していた。

 

 まあ、アトラからすればイルミ程度は隙しかないのかも知れず、実際に命には別状はないと考えて、怒らせるための悪戯として顔の針を奪い取ったのであろう。

 

 

 

 しかし、それは少々効き過ぎてしまった。

 

 

 

「あ、兄貴……!?」

 

 顔の針が抜け、イルミは元の黒髪の長髪で猫目をした青年に姿が戻ると、真っ先に反応したのはキルア=ゾルディックである。

 

 伝説の暗殺一家の血縁の登場に会場の面々も騒然となり、キルアの呟きで事情を初めて知ったアトラは"あら、お兄さんだったの?"と目をパチクリとさせて少し驚いているばかりだ。

 

 そんな中、渦中のイルミはさっきまで少し怒りに震えていた様子が収まり、全ての感情が消し去られたように無機質な表情となる。

 

 そのままイルミの全身が小刻みに震え始め、1度首を下に振ったことで顔を前髪が隠す。

 

 

(コイツら……何がハンター試験だ……何が最終試験だッ……! お前らさえ居なければ退屈なだけの時間だった――――その筈だったんだよッ! ――ブチ殺してやるッ……!)

 

 そして、顔の位置が元の場所に戻ると――会場を塗り潰すほどの殺意と薄暗く重厚なドス黒いオーラの奔流が溢れる。

 

 それは咄嗟にネテロとチィトカアが自身のオーラを壁状に広げて受験者たちの前に展開していなければ、発狂しても何も可笑しくはない程であった。

 

「殺す――殺す殺す殺す――」

 

 まるで壊れた人形のようにそう繰り返すイルミ。彼は明らかに正気を失っており、闇の帳のような前髪の中から怪しく覗く双眼は、酷くギラついており、暗殺者というよりも狂った獣か何かに思えた。

 

『■■■■――!!』

 

 再び戦闘をする姿勢に変わったイルミに対し、ルルハリルは転移能力を使用してその場から姿を消す。

 

 イルミがこのようになった理由は、次期ゾルディック家当主と言われて期待されており、彼自身も溺愛しているキルアに存在を無理矢理明かされたことだろう。

 

 しかし、それは最後の引き金であって、全体の要因としては第4試験から今までに溜め込み続けたストレスが遂に爆発したせいである。

 

 ただ、幸いなことに既に主にルルハリルのせいで色々な恐怖体験かつストレスが有り過ぎたこと、更に最悪でも死ぬことはないという唯一の希望、それに加えて彼が何をしようともほぼ無意味なことが確定しているレベルの相手であることにより、それらの相乗効果によってイルミの中の恐怖を受容する感覚は、文字通り"ぶっ壊れ"始めていた。

 

 要するにここに来て、生まれてからこれ以上ない程の怒りと殺意の激情に呑まれ、完全に暗殺者というよりは戦士――更に言えば狂戦士と化したのである。

 

「ああ……嘘だろイルミ……♣ 君もゴンみたいにそんな……なんて素敵なんだ♡」

 

 そして、今やイルミは度重なる"暗殺者にとって冒涜的な刺激(ストレス)"により、かえって生涯最高のコンディションを誇り、暗殺者として固定化されていた彼の方向性が弾け、ゾルディック家の血によるポテンシャルが限界を超えて引き出されていた。ヒソカが感銘の溜め息を漏らすのも無理はないだろう。

 

 特に今のイルミはアトラの縫い糸で強化されたヒソカの3分2程のオーラを持ち、純粋な殺意だけならルルハリルを超えている。

 

 最早その視線は"邪視"とも言えてしまえる程まで高まり、殺意そのものと化した視線が――イルミの斜め後方に現れ、その鉤爪を振るおうとしていたルルハリルを射抜き、互いに目を合わせた。

 

 

『――――――――!!!?』

 

 

 そして――それに萎縮してしまったのは他でもない遥か格上の筈のルルハリルであった。

 

 むしろ、格上とは言え、暗黒大陸を生き抜き、あらゆる邪悪と理不尽をその研ぎ澄まされた感性で回避して来た彼女だからこそ、その邪視に反応してしまったとも言えるだろう。

 

 それは決定的な判断ミスを生み、邪視以外は何もされていないにも関わらず、ルルハリルにイルミから転移能力で、距離を取らせるという選択肢を取らせた。

 

「死ね――」

 

 それに対してイルミは刹那の間を置いてから、何もないやや離れた箇所に長い針を投擲するという妙な行動に出る。一見、誰が見ても無駄と思える行動であろう。

 

『あら……?』

 

 しかし、何かに気づいたアトラが呟いた直後――投げられた針の目の前で、煙と共にルルハリルが姿を表し、まだ上半身も転移し終えていないその右腕に針が深々と突き刺さった。

 

『■■■■■■――!!!?』

 

 ルルハリルの転移能力による移動候補は、如何に狭い空間とは言え、単純な人工物内である限りはそれこそ星の数ほどある。

 

 しかし、イルミが有り得ない精度で転移位置を特定してみせたのは、3日以上彼は死なないためにルルハリルの転移地点の見極めや予想をし続け、彼女の癖を理解しようとしていたためだ。

 

 そして、ルルハリルの『万物溶解液(アルカヘスト)』にはある欠点がある。

 

 それは発動前に"硬"や"堅"で身を守らなければならないという能力の性質上仕方ないが、全身の転移能力の最中はそちらにオーラを回しているため、『万物溶解液(アルカヘスト)』が実質使用不能になるという本来ならば余りに些細な弱点だ。そもそも転移能力は危険回避用として余りに強力なため、本来ならば弱点等ではない筈だった。

 

 

『――――――』

 

 

 即座にルルハリルは針の突き刺さった右腕の肘から先を左腕の鉤爪で切断し、彼女の片腕は宙を舞う。

 

 その直後――イルミの殺意と執念が籠った念能力を受けた前腕は、雑巾を絞り過ぎたように捻れ狂った末、異音と共に爆発し、周囲に生温い肉片を飛び散らせた。

 

《あらあら、いい能力じゃない。格上殺しとしては中々上等ねぇ》

 

『……………………』

 

 そのような光景があったにも関わらず、アトラは相変わらずの様子で笑みを浮かべながら小さく拍手をしている。また、ルルハリルは切断した腕の状態を確認してからイルミを一瞥するとアトラの背後に控える。

 

《ルルちゃん、ここからは私がやるわ》

 

「死ね――!」

 

 アトラは猟銃だけを床から拾い上げる。そして、中折れ式の2発装填のため、スカートから銃弾を取り出して再装填していると、最早殺すだけの機械と化したイルミが両手に長針を持ちつつ彼女へと迫った。

 

 イルミは針を交えた手刀と全身を駆使し、アトラへ襲い掛かるが、彼女はまだゆっくりと再装填をしながら彼の方に視線も向けずに躱し続ける。

 

「死ね死ね死ね――死ね――ッ!」

 

《うーん、これじゃ子供の癇癪ね》

 

 アトラは頭上にそう書いて避け続けてみせ、実際にその場を中心に1~2歩程度の範囲をほとんど動くこともない。彼女にとってはそのようなものなのだろう。

 

 しかし、イルミの異常な剣幕と殺意、そしてその行動速度と殺しへの躊躇のない様は尋常ではなく、それを眺めている試験官と受験者からすれば、いつもの涼しげで薄笑みを浮かべた様子で対応し続けるアトラの方がやはり規格外の化け物に映る。

 

 ようやく2発のショットシェルを猟銃に詰め込み、装填のために二つ折りになっていた猟銃を手前に引くように元に戻す。そして、アトラはイルミのやや大振りな攻撃を避けると共に懐に滑り込むように移動すると、彼の側頭部を銃床で殴り付けた。

 

「――――!?」

 

 それは人体から出たとは思えない程の音を響かせ、事実イルミを数歩後退させる。脳震盪を起こしたようで泥酔したように彼の身体は動揺しており、目の焦点もまるで定まっていない。

 

 くるくるとバトンのように猟銃を回しながらアトラは文字を書くのではなく、脳に直接語り掛ける。

 

『残念ね、もう終わりよ。アナタが今のでフラフラになるぐらいの威力で殴ったわ。今マトモに目の前も見えてないし、耳も聴こえて――』

 

「死ね――」

 

 その瞬間、イルミは"円"を行いアトラを捉えると、両手の長針に有らん限りのオーラを纏わせた"周"を行い、視界も聴覚もないにもかかわらず、真っ直ぐに投擲した。

 

 自身に迫る殺意の権化のような長針を眺め、アトラは少し呆れたように眉を潜めながら口を開く。

 

 

『言った筈よ。私は――"アナタの針全部に悪戯した"と……ね?』

 

 

 その刹那、長針はアトラの指から伸びる"隠"で隠された糸により方向を変更され、彼女の猟銃を持っていない方の手に掴まれて無理矢理止まる。更にアトラは手首をくるりと大袈裟に回してみせた。

 

 その様子を"円"で確認していたイルミは驚愕にオーラを歪ませると共に、自身が指の1本さえも身動き出来ないことに気付く。

 

 そして、"円"と徐々に戻った視界で再び細かく確認すると、全身に仕込まれた全ての針にアトラの指先から伸びる、マトモな判断能力に欠いていれば"円"ですら気にならない程極細の糸が"隠"で隠されて絡み付いており、それに拘束されて動けない事に初めて気がついた。

 

 最初からイルミはアトラの掌で踊る人形でしかなかったらしい。

 

『バーンっ!』

 

 その状態で再び彼の胴に一発の散弾が放たれ、その衝撃と身動き出来ない事により、イルミは後ろから転倒させられる。

 

 そして、倒れ伏すイルミの顔に銃口を向けるとアトラは再び引き金に指を掛けた。

 

『これでおしまいよ。暗殺者のお兄さん』

 

 その言葉とマズルフラッシュを最後にイルミの意識は暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《おハロー》

 

 

 意識が戻ったイルミが最初に目にしたのは、ホワイトボードにデカデカと掛かれた頭痛がするほど頭の悪そうな挨拶の文であった。

 

「…………生きてる」

 

《当たり前よ。殺したら私、失格だもの》

 

 アトラにそう言われ、イルミはなんとも言えない気分になりつつ身体を動かそうとしてみるが、首以外はまるで指1本動かせない。

 

 仕方なく"円"をして確認してみると、いつの間にか拘束していた糸は消えている代わりに、アトラの指先から1本の糸が伸び、イルミの身体に少しだけ刺さっていることがわかった。

 

 また、イルミの頭の前でしゃがみ込み、ニコニコと笑みを浮かべているアトラから視線を外し、会場にある時計を見ると、既に30分程経っている事に気付き、再び彼女に視線を戻す。

 

「お前……操作系か……」

 

《ええ、そうよ。ちなみにだけど、この姿はアナタの変装みたいに常に自分を操作して作っているわ》

 

「なんだよそりゃ……最初から勝ち目ねぇーじゃんかよ……」

 

《あると思った?》

 

「いや、全く」

 

 それを聞いたイルミは完全に戦意を喪失し、大きな溜め息を吐いた。

 

 操作系の基本として操作の優先権というものがある。それは原則として、先に対象が操作されている場合は、後から新たな操作を加えることが出来ないというものだ。

 

 つまり前提として、仮にアトラに針が刺さっていたとしても、彼女の体は己の『蜘蛛糸・大化生(ねんし・だいけしょう)』により操作されているために、イルミの念能力は一切受け付けなかったのである。

 

《良いわねアナタ。ルルちゃんの右前足をもぐだなんて……ウフフっ、健闘賞モノよ。けれど健闘賞じゃダメね。ゴンのせいで私のハードルもちょっぴり上がっちゃいましたもの》

 

 パチパチと拍手をしながら、アトラは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。

 

《私に言わせたければ……アナタならそうね、ルルちゃんをあの場で更に追撃して殺し切るぐらいしていないと。そうすれば私、手放しでアナタを褒め称えて敗北したわよ?》

 

 それだけ伝えるとその指からイルミの胸に伸びる糸をピンと張り、琴やハープの弦を撫でるように指で優しく弾いてみせた。

 

《さあ……? 自分で言うか、私に口まで操作されて言わされるか……どちらがお好み? それぐらいは選ばせてあげる》

 

「……………………"まいった"」

 

《お利口さん。ありがとう、楽しかったわ。機会があればまたね》

 

「――そこまで! 第二試合の勝者はアトラクじゃ!」

 

 ネテロのその宣言によってアトラの勝利が確定し、アトラはイルミに刺していた糸を抜き取る。

 

 それによって解放されたイルミは立ち上がり、受験者らのいるスペースに向かうと、そこには諸事情によって怖がりながらも彼の弟であるキルアが出迎える。また、その両隣にはクラピカとレオリオが控えていた。

 

「兄貴……俺を連れ戻しに来たのか?」

 

「別に、次の仕事に必要だっただけ。それよりもキル――」

 

 ここで第4試験を切り抜ける前のイルミならば、是が非でもキルアをゾルディック家に連れ戻したことだろう。

 

 しかし、ルルハリルとアトラク=ナクアを経験し、恐怖という感覚を狂わされたイルミは、無意識のうちに多少寛容になっていた。何があろうともアトラよりは100万倍マシという点である。

 

 また、そのアトラはキルアが良好な関係を明らかに築こうとしているゴンという少年に居ついており、離れる様子もない。加えてゴンの愚劣極まるが、アトラに食い付き、一矢報いてみせた様は多少はイルミも評価していた。

 

 そして、嫌というほどよくわかった事はこの世で最も安全な場所は、遥か強者の傍ということだろう。

 

 つまりイルミの知る限り、この世で最も危険で安全な場所は他ならぬゴンの傍なのだ。また、ゾルディック家としてはアトラに対して暗殺依頼でも来れば堪ったものではないため、関係性を築いた方が良いということも。

 

 

「…………まあ、いいや。黙って出て行ったことは母さんも父さんも心配しているから、試験が終わったら1度家に戻っておいで」

 

「え……? あ、ああ……」

 

「俺、次まで寝るから。おやすみ」

 

 それだけ言い残すと、イルミは会場の端に移動し、大の字で寝転がり直ぐに寝息を立て始めた。色々と余程疲れたのかも知れない。

 

「なんだ……。思ったよりいい兄ちゃんじゃねぇか」

 

 アトラとの戦闘で見せた修羅のような様子とは打って代わり、結果的に思ったよりも随分人間味があるように思え、会話も特に問題なく終わったのを見たクラピカとレオリオは、肩透かしを受けたような安堵の表情を浮かべ――。

 

 

《クラピー、かもーん☆》

 

 

 キルアの兄貴よりも余程に切迫した絶望(アトラ)が目の前にあることに3人は気付いた。

 

 そして、楽しげにホワイトボードを掲げるアトラと尚も人型形態で彼女の背後に控えるルルハリルを他所に、無情にもネテロは"第3試合アトラク対クラピカ"の宣言をする。

 

 クラピカは渇いた笑いで顔をひきつらせながら、既に開始位置に付いているアトラと対峙した。笑顔のアトラは兎も角、その傍にいる片腕を失って尚、直立不動で対戦者のクラピカを見下ろすルルハリルは、恐怖を通り越して悪夢であろう。

 

『………………』

 

 しかし、どうもルルハリルはクラピカではなく、現在睡眠休憩中のイルミの方が気になるらしく、2:8ほどでイルミを見ていた。

 

《んー? ルルちゃんどうかしたの?》

 

『……■■■■■――』

 

《へー、ゾルディック家に興味が湧いたのね。いいわよ。ならハンター試験が終わったらお散歩に行ってみましょうか? いいキルア?》

 

「ああ……? いや、別にお前なら俺の家族は誰も止めないと思うけどさ」

 

「じゃあ、ゾルディック家で執事をしているチィトカアにも取り計らっておきますねぇ!」

 

「キルアが前に言っていたのは本当なのか……」

 

 それまで全ての試合で静観を貫いていたチィトカアは、急にそのようなことを叫ぶ。基本的にチィトカアという存在の行動原理は1にアトラなのであろう。

 

「じゃあ、そろそろネテロ会長に代わって私が審判をしますねー! 第三試合アトラク対クラピカ! 始め!」

 

 そうしている間に第三試合の開始の宣言がネテロと交代で前に出て来たチィトカアから告げられる。

 

《~♪ ~♪》

 

『――――――』

 

 それに従い、アトラは床に置いていた猟銃とスナイパーライフルを持ち上げ、それぞれをゆっくり再装填している。そして、ルルハリルは残った左腕の感覚を確かめるように鳴らし、触手の両翼が不自然に蠢き始めた。

 

 その光景を目にし、ジャポンの能面のように感情を失ったクラピカは少しだけ間が空いた後、両腕を前に出して止めるように手を開く。

 

「待ってくれ……頼む!」

 

《いいわよ》

 

 そして、クラピカが放ったその言葉を聞いたアトラは、特に気にした様子もなく両手の銃を床に置くとルルハリルを手で制す。

 

 これまでの純粋な暴虐の限りから打って変わったその様子に、受験者らだけでなく言った本人のクラピカすら唖然としていた。

 

「いいのか……」

 

《うん、なんのお話かしら?》

 

「いや、その……私はハッキリ言ってゴンとイルミ(ふたり)のような事はできない」

 

《うーん……まあ、そうね》

 

「だから少し話し合おう」

 

《いいわよ》

 

 そう言うとアトラは銃を床に置き、その場にちょこんと女の子座りで座り込む。明らかにスカートに浮き出る脚の細さや本数が妙に見えるが、今さらそのようなことを気にする人間はこの場には居なかった。

 

 そして、役目がないことを悟ったのか、興味を失ったのか、ルルハリルは煙のようにその場から姿を消し、正真正銘戦闘体勢を解いたアトラだけがその場に残る。

 

《おいでおいで》

 

「あ、ああ……」

 

 するとアトラはホワイトボード片手に手招きをし、それに応じたクラピカは自分が言ったにもかかわらず釈然としない様子で額に汗を浮かべながらアトラの前に正座で座り込んだ。

 

 こうして第三試合はこれまでとは全く打って変わった様相を呈して開始されるのであった。

 

 

 

 

 








もうトーナメント中アトラまみれや(変態糞虫姉貴)







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