あそぼ。元リースEXです。
そろそろゾルディック家に暗黒大陸の生き物をお邪魔させましょう(ダイナミックお宅訪問)
《はてさて……何をお話しましょうかね? チィトカア》
「はい! 机と座布団とお茶をお持ちしましたよ!」
「おい、それわしの――」
「黙らっしゃい! へい、お待ち!」
「い……いや、お構い無く……」
第三試合開始直後――一言だけ"チィトカア"と名前を書いたアトラが、ホワイトボードをマーカーペンで叩いて鳴らすと、どこからともなく卓袱台と3つの紫色の座布団とお茶と茶菓子をチィトカアが持って来る。
ネテロ会長が何か言いたそうだったが、それを一言で制したチィトカアは、アトラとクラピカの間に卓袱台を置き、座布団をそれぞれに渡し、残った座布団をアトラから見て右隣の席に置く。
そして、緑茶とお煎餅をクラピカの前と何故か無人の座布団の席にだけ置くと、8本の脚を畳んでポスリと軽い音を立ててその座布団に座り込んだ。
「――これでよしっ!」
《ぶっ殺すわよ?》
真顔でプルプル震えながらホワイトボードにそう書いたアトラに対し、チィトカアは全く悪びれる様子も気にした様子なく、ニコニコと笑みを浮かべて自分が持ってきたお煎餅を食べ始める。よく見るとチィトカアの茶菓子の方がクラピカのモノよりもやや多く盛られていた。
「大丈夫ですよー! アトラ様は殺すと思った瞬間には既に行動に移して相手を殺していますから、あのように書いているってことは殺す気なんて無いんで――うーん、このお茶とお煎餅ったら会長はイイ物食べてますねぇ」
《――――――――》
「抑えろ!? 抑えるんだアトラ!?」
チィトカアが遂に最後まで構うことすらしなくなった事に対し、おもむろに猟銃を床から持ち上げたアトラをクラピカは必死で止める。
「そもそもなぜ審判がここにいるんだ!?」
「んー? ほら、私審判なのであなたたちの勝敗をしっかりと見極めなければいけませんのでー」
そう言いつつチィトカアはまた煎餅を齧り、咀嚼した後にお茶で流し込む。そのルールを盾に取った余りにふてぶてしい様はクラピカも顔を引きつらせていた。
《まあ、いいわ。折角出してくれたんだし、クラピカも食べていいわよ?》
「せめて自分の分はいいのか……?」
《私、肉食、お茶、砂糖、米粉、ダメ。ゼッタイ。》
「
またネテロが何か呟いたが、それに対してチィトカアとアトラは気にすらしている素振りはない。これもまた暗黒大陸の弱肉強食の掟なのかもしれない。
《うーん、お話……じゃあ、私の話でもしましょうか》
「えっ……? ああ、そうだな」
クラピカが考えていた話とは、勝敗のルールを少しでも自身の分のあるものに再設定することであったが、どうやらアトラは言葉通りの会話――茶飲み話と受け取っていたらしい。チィトカアに色々と用意させたのもそのせいであろう。
しかし、その間違いを訂正するには、アトラの第一試合と第二試合の凶行が目に余り過ぎた上、受け止め切るには余りに時間がなかったため、クラピカは流されるまま彼女の他愛もない会話に付き合う他なかった。
~10分経過~
《――――っていうのが、私がアトラナートのコロニーを出ることになった経緯よ。酷いわよね! 私は善意で、周囲にあったコロニーの皆に敵対的な種族のコロニーを高々20か30ぐらい滅ぼしただけよ!? ちょっとした芝刈りみたいなものじゃない!? 放っておいてもまたそのうち湧くだろうし、根本的には何も変わってないのよ!? それなのに長老に"オヌシと我々は生きる世界が違う"とか言われてコロニーから放り出されて……》
「……………………ああ、そうなのか。ちなみに参考までに聞きたいのだが、そのコロニーとやらにはひとつにつき、何体程の生物が共存しているんだ?」
《えーと……400か500ぐらいから、多くて1000体ぐらいかしら?》
「当たり前だよなぁ……」
~20分経過~
《――――ゴンには言ったけれど、私の生まれたところの常識はね。まず生まれた生物が覚えることは、全てを疑うこと。草木、土、水、それどころか空気さえもよ。自分以外のなにもかも全てが、あらゆる状況、形状、時間、空間において殺しに来ることを、他が殺される姿を見て覚えるのよ。要するにどこもかしこも"
「ふむ……。ちなみにだが、どのような危険生物が棲息しているのだ?」
《↑ →》
「にぱー」
「………………ああ。いや、アトラやチィトカアさん以外で頼む」
《そうねぇ――あっ、チィトカアは何か持ってない?》
「ならピッポッパッと……。他のチィトカアにちょっと頼みまして――――――――来ましたっ! はいっ、産地直送、取れ立てホヤホヤの
「没収じゃ。さっさと送り返せ糞虫……!」
「ああん、『
「あの卵はなんなんだ?」
《ただのヘビちゃん。でも生きてるだけで周りのモノを無差別に凶暴化させる生き物だから取り扱い注意ね。卵の黄身や白身にも効果があるから、若い頃――じゃなくて……ちょっと昔はよく嫌がらせに知り合いにぶつけたものよ。可愛い悪戯ね》
「そんなものがこの世にはいるのか……」
~30分経過~
《――――まあ、だから普通に作物を育てて収穫できるだけで平和なものよ。何せ私の知る限りでは、何処もかしこも土壌からして悪辣な植物や成分などに汚染されていたり、無視をするにも手間の掛かり過ぎる嫌らしい生物が棲息しているようなところばかりのせいで、偶々生まれた僅か数ヘクタールの農耕地のために異種族間で争いになり、結局その争いで農耕可能な土壌もダメになって、それが更に大きな争いを加速させ、結局なんで争いをしていたのかも有耶無耶になったのに、憎悪と戦争だけ残る――そんな事がお昼のティータイムの話題にもならない程度にはよく聞く話だったわ》
「とんでもない場所なのだな……アトラの出生地は……」
「いや、ホントですよ。
会話を聞いた誰もが、アトラの故郷というところが異常極まりない程のディストピアで、絶望と破滅の巣窟であり、一縷の望みさえ鼻で嗤われ踏み潰されるような行き過ぎた弱肉強食の世界だということをイメージしただろう。
もしそのような世界がこの世の何処かにあるのならば、誰も探したいとすら思わない程だ。
「ふむふむ……。大体アトラの生活圏の情報が纏まった。道理であれだけ強くなれた訳だな」
《あたぼうよ》
ちなみに最初は萎縮していたクラピカだが、いつの間にか知識欲が勝ったのか、ノートにしっかりとアトラが話す内容を纏めており、彼の几帳面な人間性とハンターとして最も不可欠な探求心が垣間見える。実力を理解してアトラを前にしようとも探求する姿勢は、既にハンターとして一級品であろう。
(自主的に暗黒大陸の秘匿までしっかりこなしてくれるとはなぁ……。本当にマナーの良い観光客なこった)
遠目で会話を眺めるネテロは、この30分間にアトラがほぼ一方的に話した内容を考える。
チィトカアは兎も角、アトラもわかっているのか、暗黒大陸が自分たちが世界と呼ぶ場所の外に広がっている事には一切触れずに話しているため、誰が聞こうともアトラの故郷は何処か危険過ぎる秘境にあるものだと考えることであろう。
"暗黒大陸の観光客"
それがアトラと対峙し、その人間性を垣間見たネテロが下した判断であり、チィトカアの存在を差し引いたとしても彼が人類の代表として廃絶しなければならないような危険性があるモノではない。
尤も仮にアトラク=ナクアという暗黒大陸の生物をV5が廃絶対象として認定した場合、世界中にいる約10万体のチィトカアと、全盛期の当時は紛れもなく最強の念能力者であったネテロでさえも、その実力の全容を計りきれないほど桁外れの
故にネテロはアトラが安全――というよりも人間風情が何をしようとどうすることも出来ないため、逆にそれを最大限利用し、早速新人ハンターの育成に役立てているという呆れる程のふてぶてしさを発揮していたりする。流石はハンター協会会長の器といったところだ。
「………………!」
「メ、メンチ……? 興味を持つのはヤバいって!?」
約1名ほど今期の試験官の中にアトラが時々話題に出す未知の生物や植物に対して"で、味は?"と聞きたげに目を輝かせている者がいるが、それもまたハンターなのである。
「ところで、ひとつ質問があるのだが構わないか?」
《何かしら?》
「アトラはキリコのように人間に擬態している……というのは試験中になんとなく気づいたが、元の姿はどのようなものなんだ?」
《あら? そう言えばアナタたちといるときに解いたことないわね。私も少し身体を伸ばしたいし、見せてあげるわ》
「じゃあ、卓袱台避けときますね!」
チィトカアが卓袱台を持ち上げて端まで移動させると、座り込んだ姿勢のままのアトラの背に亀裂が入る。
そして、そこから大木のように太く、黒檀色の毛で覆われた虫のような巨大な脚が1本だけ生え、それが床に突き立つと共に更に2本、3本と脚が生える。その様は明らかに質量を無視しており、尋常ではない。更に生えながら脚で身体を支え、アトラの身体は空中に浮き上がる。
会場内のほとんどのものが絶句する中、4本目の脚が生えて地を踏み締めた直後――アトラの人型の身体が膨らんだ風船に爪を立てたかのように突如として破裂した。
「は……?」
ポカンとした様子で目を見開きながらクラピカは握っていたペンを落とす。そして、弾けたアトラの身体は淡く発光する砂粒のように変わり、それは瞬く間に視界を遮る煙幕と化して身体があった場所を中心に4本の脚を全て覆い隠す。
そして、煙幕の中から糸が伸び、それが文字を描くと共に煙が晴れてその全容が明らかになる。
《うーん……身体痛い……。やっぱり擬態なんてあんまりするものじゃないわねぇ》
その生物は"12本"の脚を持つ蜘蛛のような見た目をした生き物であった。
全身が黒檀色の毛で覆われ、黒と真紅の眼をしており、丸い腹部が特徴的であり、造形としてはブラックウィドウとも呼ばれるクロゴケグモに酷似した見た目をし、全長は10mに及ぶ。
「わぁ……なんてキレイな蜘蛛なんだ……♡」
「……え? なにあれ……俺あんなのに喧嘩吹っ掛けてたの?」
その姿を見たヒソカは感銘の溜め息を漏らし、アトラの破裂音で目を覚ましたイルミは以前の感情を映さない表情はどこへ行ったのか顔を引きつらせる。
イルミがそんな反応をしている理由は、アトラが語った操作系や擬態という言葉を信じ、何故か日常的に空間によく糸を張って移動していた姿を思い返すと、重量操作などには一切能力を割いておらず、変わっていたのは外見だけで重量はまるで変わっていない筈なのだ。
そのため、アトラは途方もない重量を持っていたにもかかわらず、それを一切他者に気づかせずにあれだけ圧縮されて動かしにくいであろう身体で、あれだけの速度やとてつもない戦闘技量の高さを見せていたということは、最早化け物すら表現には生温い異次元の何かなのであろう。
《さてさて……》
大蜘蛛――アトラク=ナクアは蜘蛛らしからぬ、いくつもついた複眼をクラピカに向けた。
その鮮血のような紅い瞳と黒真珠のように光沢のある闇色の二色の瞳は、魅入るほどの美しさと共に、そのまま見ていれば魂を引き抜かれるような感覚を覚えることだろう。
そんな目に当てられ、目が釘付けになったほとんどの受験者と試験官らは――雄叫びと共に二振りの木刀を振りかざし、見れば木刀ではなく仕込み刀のように刃身が抜かれたそれでアトラの顔へ叩き付けようとしているクラピカを目にして我に返った。
「ハアァァァァアァァ――――!!!」
見ればクラピカの瞳は瞳孔が開いているだけでなく緋色に染まり切り、そのオーラの質そのものも普段のクラピカとは異なるものになっている事にも気づくだろう。
《うーん、三次試験の時にも見たけれどクラピーったら色々と不思議ねぇ》
それをアトラは前脚の1本をクラピカの間に射し込み、器用にもその先端で受け止めてみせる。
そして、12本の脚のうち2~3本程で地を蹴り、1本の脚を支点にすることで、独楽のように回転して流れるようなカウンターを放つ。
「ガッ――!!?」
クラピカの真横ろから剣を受け止めたのとは別の前脚が薙ぐように放たれる。
大木のような前脚に弾き跳ばされたクラピカだったが、その先にいたのは10mという体躯にも関わらず、人型のときから全く変わっていないどころか速度が増しているアトラだった。
《しゃー!》
アトラはタランチュラが威嚇するように半分の6本の後脚で身体を支え、もう半分の前脚を掲げてクラピカを待ち構える。
そして、射程圏内に入った瞬間にアトラの6本の前脚がブレると――クラピカはスーパーボールか何かのように最早キルゾーンと化したその前脚の射程内を跳ね回った。
(えげつねぇ……)
溜め息混じりな様子でネテロはそう考える。
ただ、純粋な超高速連打によるラッシュ攻撃であり、言うなれば数平方mの空間の中で、今は衝撃しか与えないが、さながら相手を捕らえたまま『百式観音』で無限に攻撃し続けるようなそれは、本来の姿のアトラに接近すればアトラに問答無用で殺されることを意味していた。そのレンジに入ってしまえば手遅れだろう。
そんなことをされ続け、クラピカは正気に戻る前に意識を手放した。
◇◆◇◆◇◆
『こんにちは』
クラピカが目を覚ますと、目の前にいたのは人型に戻っているアトラの姿だった。
アトラは腕を後ろに組んで顔を覗き込む形になっており、ホワイトボードは使っておらず、クラピカの頭に声と文字だけが響く。
「ここは……?」
目を覚ましたクラピカが辺りを見回すと、深くどこまでも続くような闇が辺り一面に広がっており、その中にポツンと出来た大きく編み目の細かいクモの巣の上にアトラと2人で立っているという有り得ない景色だった。
『ちょっと脳を"操作"して、アナタの夢の中に私の欠片を滑り込ませたの。これで誰にも聞かれることなくお話が出来るわね。アナタそういうの結構気にしそうだし?』
「なに……?」
『要するにアナタは今、私に気絶させられて夢を見せられているってコト。大丈夫よ、現実ではただ一瞬の出来事だから』
「いや……もっと他に言いたいことが――」
『それよりアナタ……
「あ、あれは緊急事態の上に、まだぬいぐるみだったからな……」
アトラにツッコミを入れようとしたが、それよりも先に頬をぷくーっと膨らませてそんなことを言われてしまったため、クラピカは少々気圧されつつそう返す。
『まあ、アナタの蜘蛛嫌いが筋金入りってことは知ってたけど……そもそも12本脚の蜘蛛の刺青入りの盗賊団ってなによ? 肖像権でも請求してやろうかしら?』
そう言われてクラピカはさっきまでのアトラの姿を思い出す。それだけでも少しだけ瞳が緋色に染まるが、眉を上げつつ頬をぷくーっと膨らませているアトラを見ていると、萎えるように落ち着いていった。
「それで……話というのは?」
『その幻影旅団だったか、"クモ"だったかというのについて』
まあ、そうだろうなとクラピカは考える。わざわざアトラなりに気を使った理由は、三次試験での50時間の休憩中に自身の怨敵である幻影旅団について話したためだろう。アトラを含めて気の置けない仲間しか居なかったため、クラピカはつい全員に話していたのだ。
そして、クラピカから見てもアトラは、かなり人間味のあるマトモな性格をしているように思えたため、そんな彼女は一対一で話したかったらしい。
「何か"クモ"について知っていることがあるのか? なんでもいい。あれば教えて欲しい」
『悪いけれど全然。けれども、人間のような種族をこれまで何度も見て来た年長者の小言ぐらいは言わせてくれるかしら?』
そう言うとアトラは指を一本立てて、小さく上を指しながらクラピカへ語り掛ける。
『アナタが想い描く未来は?』
「それは幻影旅団を潰すことだ。死んでいった我々同胞のために……!」
『ふーん……それは全員殺し尽くすこと? まあ、多分そういう連中って生かしておくと、捕まえても直ぐに司法取引とかで外に出て来そうな気はするわね。三次試験の試験官代わりになっていた囚人とか見ていると』
当然のように答えたクラピカに、アトラはそう言いつつ"この世界の法律ってガバガバね"と締めて小さく笑みを浮かべる。
アトラの言うことはもっともだろう。特にこの世界の法や国に失望はしていないクラピカではあるが、トリックタワーで囚人達が恩赦を受けるシステムがある時点でどうにもキナ臭くは感じるというものだ。まあ、そもそも国の手に負えるような連中ならばA級首には指定されないであろう。
「…………そうなるな」
『なら――ゴンの友達だもの! 代わりに私が皆殺しにしてあげましょうか?』
「……なに?」
アトラは満面の笑みを浮かべつつ、さも少し遠くに買い出しに行くのを代わるような気軽さでそう言い放った。
それに驚き、耳と目を疑うクラピカだったが、アトラは紛れもなく本気でそれを言っており、同時に彼女ならば、たった1人で幻影旅団を壊滅させられてしまうという確信も不思議と感じてしまう。
『ただし、ひとつ条件があるわ。それはアナタが、私の"クモ"殺しに一切関わらないこと。クラピーの知らないところで、私が勝手に殺すわね?』
「――――!? それではまるで意味がない……!」
しかし、アトラから提示されたのはクラピカのクルタ族の復讐という根本原理を全否定するものであった。クラピカにとっては幻影旅団への復讐そのものが生きる意味であるのだから、それもまた当然の話であろう。
『2度は言わないわよ?』
「くどい……私をからかっているのか!?」
『あらあら残念……。それなら、アナタが面白可笑しく"クモ"を虐殺し、全部終わったら"クモ"の頭の頭蓋骨で出来た盃で私と晩酌して、嬉々として土産話を聞かせてくれる? 私、食べるから死体を持って来てくれると尚、嬉しいわ』
「そこまで悪趣味なことはしない。それこそ奴らと同じになって――」
『悪趣味? 悪趣味ですって……うふふ。復讐なんてモノに現を抜かし、あまつさえ美化までしている時点で、アナタは十分に悪趣味よ。プライドが変なところで高いんだから』
ここまで話し、クラピカはアトラが幻影旅団ではなく、"復讐"という行為そのものに対して物申している事を感じ取り、思わず眉を潜めた。
しかし、アトラは相変わらずいつものような笑みを浮かべるばかりで、まるでクラピカを気にした様子はない。
『だってそれは死んでいった者たちが否応なしにアナタへ与えた傷と枷でしかありませんもの。己の意思で決めた事ですらないんですもの』
「だからなんだ。それは私の中で、クルタ族の悲劇がいつまでも褪せずに刻み込まれている証だ。例え、アトラと言えども私の復讐に口を出してくれるな」
『ならそれはアナタの意思? アナタの希望? アナタの夢?』
「無論、私の全てだ」
そう即答したクラピカを、アトラは珍しく楽しげな表情を崩して悲しみに眉を潜める。
『嘘つき。復讐がしたいなんて真意ではない筈よ。だってアナタは余りに優し過ぎる、無駄が多過ぎるわ』
そして、落胆の籠った小さな溜め息を吐くと、僅かに侮蔑の混じったような視線を向けた。
『それが本当なら……ハンターになるのではなく、もっと若い頃から真っ先にアンダーグラウンドに潜ろうとするのが自然でしょう? "クモ"を殺すために生きるならアナタ自身がそんなに色々な復讐に無関係の知識を付ける必要はどこにあるの? 少しでも己の弱点を潰すためにハンター試験で仲間や友人など作らぬ筈でしょう? 二つ返事で私に"クモ"を殺させた筈でしょう?――何より、こうして私の小言に耳を傾けるような真似は決してしないわ』
「――――――ッ」
アトラに見透かされた――と言うよりもクラピカ自身でも気づいていたであろうが、見ないようにしていたことを突き付けられる。きっと同情心などから誰もクラピカに面と向かって言う者はいなかっただろう。
しかし、アトラク=ナクアという暗黒大陸の怪物は、人間と感性が随分ズレて捻くれている。故に嫌味ったらしく、土足で心に入り込むことに全く躊躇がなくとも、これが彼女にとって紛れもない、なけなしの善意なのだ。
『私に言わせればアナタは激甘。その上、キャラメルマキアートよりも訳のわからない奴よ。第三試験の囚人を相手にしてた時も、粗雑な蜘蛛の刺青を見せられて激昂したのに、殺せてすらないじゃない?』
「そんなことする意味が――」
『単純に殺せなかったんでしょう? 正気を失うほどの状態でも無意識に手加減している。殺してはいけないと自然と身体と心がブレーキを掛けている。そんな奴が……13人も"人間"を殺せるタマじゃないって言っているのよ』
「――アイツらは人間ではない!! 血も涙もない悪魔共だ!!」
そう叫ぶクラピカにアトラはまた溜め息を吐くと、ややぶっきらぼうな様子で呟いた。
『それでも人間だったなら?』
「――ッ! 知りもしない癖に決めつけるな!!!」
更に食い下がるアトラにクラピカは目を緋色に染めて叫ぶ。その拳は出血してしまうほど強く握り締められているが、血が流れていないのはやはりここが夢の中だからであろう。
『私のように死生感がアナタたちとは違うだけで、私のようにこうしてアナタやゴン、レオリオたちに接することが出来たり、拷問されても死ぬまで仲間を売らない程度には人間だったのなら?』
「そんなことありえな――」
『それこそありえないわ。あらあら、アナタはまるで可愛らしいお嬢様ね』
そう言って、小さく鼻を鳴らしてみせたアトラは――それとは逆に憐れむように寂しげな色を視線に宿していた。
『そもそも私に言わせれば、ちょっと脳ミソの重たい知的生命体が、無機物みたいに情も心もないなんていう方が笑い話よ。もちろん、アナタの言う通り"クモ"について私は何も知らないけれど――――勝手に相手は血も涙も心もない殺人マシーンで、殺そうともこちらの心が欠片も痛まないだなんて、頭がお花畑な錯覚しているのは果たしてどちらかしら?』
「――――!!?」
それはこれまで、まるでクラピカが考えようともしていなかったことであった。
要するにアトラはこう言いたいのだ。"クラピカは復讐を遂げるには優し過ぎる"――と。そして、その事に対して、全く反論出来ない自身がいるのもクラピカにとって真実であったのだ。
『アナタが殺すのは、如何に罪を重ねていようとも、他ならぬアナタ自身にとってはきっと……紛れもなくそれぞれ個性があり心があり、笑って泣いて生きた過去のある13人の人間よ。復讐は好きにすればいい、ゴンの
そこまで言われたところで、目の前のアトラの姿が煙のように宙へと溶け消える。
『けれどその事は努々忘れないようにね? 復讐する土壇場になってそんなことに気づいたりしたら……それこそアナタが惨めじゃない』
更にこれまで足場にしていた蜘蛛の巣が、ほどけるように消滅し、クラピカは闇の中に投げ出され、その直後からここが夢であるという現実感が徐々に募る。
『もう一度だけ聞くわ――』
いつしか周囲を覆っていた闇は消え、それと共に水中から浮上するような浮遊感を味わい、直ぐに夢から醒めるという感覚を覚えた。
『アナタが想い描く未来は?』
その同じ問いにクラピカは再びすぐに同じ答えを出すことが出来なかった。
◇◆◇◆◇◆
《おハロー》
目を醒ましたクラピカは、真っ先に頭の悪そうな文字が書かれたホワイトボードと、満面の笑みを浮かべている人型のアトラが椅子に座っているのが目に入る。
同時にクラピカは自身がベッドに寝かせられていたことに気付き、何よりも現在の状況に対して困惑した。
「何があったんだ……?」
《えーと……簡潔に説明すると――191番のボドロっていう人が自主的に失格になったわ。試験は終了、私たちは合格よ》
それだけ最初に述べてからアトラは最終試験のクラピカが気絶させられていた部分を語り始める。
まず第三試合のアトラ対クラピカ。それはアトラがクラピカを気絶させた後、再び人型に擬態すると、彼女が"まいった"と宣言したためにクラピカの勝利で終了。
次に第四試合のアトラ対ハンゾー。死なない程度にハンゾーが10分間嬲られ続け、彼の"まいった"の宣言によりアトラの勝利で終了。
その次にアトラがクラピカに敗北したことで発生したアトラ対ヒソカ。これは意外にも、ヒソカの方が敗北したいという事を告げ、更にここではなく"天空闘技場"という場所で戦って欲しいという主旨を伝えた。それをアトラが快諾したため、10分間暇なヒソカとアトラで、トランプタワーを高く積んでは崩し、積んでは崩すという暇潰し作業を繰り返した末、ヒソカが"まいった"と宣言した。これで、アトラは三枠全てで勝利した。
《ヒソカったら、高く積んだモノが壊れるものを見るのが好きなんですって。私もわかるわぁ……高層ビルの爆発解体とかも見てて楽しいし。何より私に挑んで来る相手が前より高く積み上がっているのを見ると……ついつい
"それで終わるのも寂しいから我慢するけど"と書いてから、更にアトラは続ける。
そして、第六試合のボドロ対ヒソカ。ここでヒソカは――アトラと良い舞台で試合を取り付けられたのが嬉しかったのか、そのままの嬉々とした様子で文字通りボドロを半殺しにした。
生きたまま、"まいった"すら言わせて貰えずに五感さえもハッキリとしたまま、身体を壊され続けたボドロは、死ぬより先にへし折れてしまったのだ。無論、心の方が。
《とても上手かったわ彼。あんなに生かしながら身体だけを殺すのを素手でやるなんて中々出来ることじゃないわね。専門知識と、実際に人体を生きたままバラした経験も何度かなきゃああは出来ないわ。あっ、ちなみに状況を詳しく説明するとまず腕の――》
「もういい……止めてくれ」
つまりは最終的には数割増しのいつものヒソカだったということであろう。数分の拷問以上の何かをされたボドロが、最終試験を棄権したため、自動的に他の受験者が合格と相成ったのだ。
このままではアトラが人間が壊れていく様を全て書き出しそうな様子のため、クラピカは彼女を止めると、話を変えると共に個人的な疑問をぶつける。
「あの夢は……」
《んー?》
「あの夢の内容は全て真実か……?」
《うふふっ、やぁねぇ! 夢が本当かなんて語るだなんて……そもそも夢は夢の出来事でしょう? まだ寝惚けているの?》
それを言われ、クラピカは何をふざけたことを言っているのかと真っ先に考えた。しかし、同時に夢の内容を証明する方法など存在せず、アトラならば出来てしまうような気がするだけのただの悪夢だったのかも知れないとも言えてしまうことにも気がつく。
そのため、それ以上夢のことを聞いても白を切り通されると思い、クラピカは二つ目の疑問をぶつけた。
「なぜアトラが負けたんだ……?」
《……? そんなのクラピーがゴンの友達だからよ。当たり前じゃない。他に理由があるとお思いかしら?》
「な……」
《あら不満げ? レオリオなんて"まいった"って言った時にもそう言ったら跳ねて喜んでたわよ?》
「レオリオ……」
つまりアトラはそもそもの話、最初からクラピカに勝つ気など更々無かったらしい。そもそもが茶番だとは解りきっていたが、それでもこうまで面と向かって言われたことで眉をしかめていたところ、思わぬ援護射撃にクラピカは半眼になる。
もっともアトラを前にした常人なら普通の反応と行動のため、レオリオばかりを責められまい。
《いいことクラピカ。どんな世界でも時代でも、文明があり、社会があるならば、一番大事なものはコネよ。アナタはゴンっていうコネ――親しい関係者を持ってたから勝てたの。嫌らしいかもしれないけれど、それもまた紛れもなくハンターとやらの素質でなくて?》
アトラの言うまたそれも事実だろう。実際に掴んだハンター資格をむざむざ捨てるほどクラピカは聖人でもなく余裕もないため、閉口せざるをえなかった。
《仮にアナタが血も涙もない復讐鬼だったのなら、こうなっていたと思う? それだけでもアナタの生き方は間違ってないんじゃないかしら?》
「お前は――夢とは真逆のことを言って……! 結局私に何が言いたいんだ!?」
《そんなのもちろん! 高々半世紀も生きていないよちよち歩きが、その身に世界全ての命運を背負ったみたいな雰囲気を醸し出していたら……ちょっとだけ頭を小突いてあげたくならない?》
そんなことを書きつつニンマリと悪戯っぽい笑みを浮かべる姿を見て、
《精々、悔いのないように好きに足掻きなさいな。それでも悔やみつつ前を向きなさい。それが生きるっていうコト、答えがないのが答えよ》
それだけ言うとアトラは"多分、ゴンがそろそろ起きるからそっちに行って来るわね"とだけ書き、クラピカのいる部屋を後にしようと椅子から立ち上がったところで、思い出したように口を開きながら行動を止める。
《ああ、そうそう。ヒソカから伝言》
振り向いてそうホワイトボードに書いたアトラは、マーカーペンでやや可愛らしいピエロの顔を描き、その隣に吹き出しを付けて中に文字を書き込む。
《"クモ"についてWin×Winの取り引きをしよう♧ 9月1日ヨークシンシティで待ってる♦――だそうよ? 私もその頃にヒソカとそこで遊ぶ約束しちゃったから一緒に会えるかもね》
それだけ言い残し、アトラは今度こそ止まらずにクラピカがいる部屋から去って行った。よく見るとスカート内の多脚がスキップしているように動いて見えなくもない。
嵐のような者であり、その中身はゴンとヒソカを足して弱肉強食で掛けたような善悪の二律背反かつ自然の具現のような奇っ怪な精神構造をしている。その上、近所のおばちゃんのように世話焼きどころかお節介と来ているのだから意味がわからない限りだろう。
そして、本来の姿は12本の脚を持つ10mの大蜘蛛であり、その実力は明らかに人智を超えるレベルなのは明白。
(仮に私が何をするにしても……ひとまずはアトラか)
クラピカはもう少しゴンとアトラの周りに居て、彼女を見極めることにするのであった。
~第三試合終了後の一幕~
《どうキルア? 私、カッコよかった? カッコいいでしょ? ゴンみたいに褒めてイイのよ? イイのよ?》
「ああ、ガンシューの2~3面ボスみてぇだったな。きめぇ」
《ふんっ!》
「いってぇ!? てめぇ!?」
《 (#`皿´) 》