ここ天空闘技場のシステムでは、1階から199階層までは、1対1形式の闘いに勝っていく度に上の階に進めると言うことになっているが、それにも幾つかの例外が存在する。
さて、天空闘技場の199階以下と、200階以上の階層について暗黙の了解とされている最大の違いを一言で説明すると、"念能力を使えるか否か?"だ。
それを踏まえて例を挙げると、よくあるのが200階闘士レベルに挑戦者が強かった場合だ。要するに199階以下の時点で既に念能力を扱える場合である。
当然、暗黙の了解でしかないため、天空闘技場の規約には何処にもそんなことは書いてはいない。しかし、無能力者が念能力者に挑むなどそもそも人間が素手で大型肉食獣に挑むようなもの。結果など最初からわかり切っていた。
しかし、念能力者は見た目と実力の判断が、非常に付けづらく、多くの観客はそうであるように無能力者から見れば尚更である。そのため、賭博のダークホースとして観客から掛け金を巻き上げるのに貢献していたのだ。
ならば、念能力が一目見れば賭けに勝ち続けられるかと問われればそうでもない。何せ、一概に念能力者が必ず勝利すると言うわけでもなく、念能力者もピンキリなため、武術を極めた無能力者が勝つという事も割りと珍しい話でもない。
更に言えば、一目で念能力者と無能力者の力量を判断出来るような一流の観察眼を持つような者は、基本的に賭博は愚か金にすら興味がない。目当ては200階以上に直接的に興味があるか、はたまたまるで天空闘技場に興味がないか、一部の例外かぐらいのものである。
そのため、天空闘技場のシステムは賭博場の例に漏れず、胴元が儲かるように出来ているのであった。
しかし、それが罷り通るならば、疑問が湧いてくるであろう。
例えば、190階層でのファイトマネーはひとつの試合で、約2億ジェニーという中々ブッ飛んだ金額になる。コンディション良く勝てば、日に2試合は少なくとも組まれる事になる。
そのため――。
~1日目~
○ / ●
~2日目~
● /
~3日目~
○ / ●
~4日目~
○ / ○
~5日目~
● /
――等と適当に白星と黒星を交互に付け、更にバレないようにやや白星寄りとやや黒星寄りに時折調整を行えば、180~190階層を延々とループ出来るため、1~2億をだいたい一日置きに無限に入手出来てしまうため、そう言った小賢しい考えが罷り通るのではないかと思われるであろう。
ハッキリ言っておく。答えはノーだ。
『にぱー』
そんなことはチィトカアという怖い虫のお姉さんが許さないからだ。
当然、余りにもあからさまな調整のため、天空闘技場に多数働いているチィトカアには直ぐにバレる。そもそも彼女らは、非戦闘員でもフロアマスターレベルの実力を有しているため、そのような小賢しい行為を行う連中よりも基本的に格上の念能力者である。
『□□□□様。少しこちらに来て下さい。ええ、すぐに終わりますから――』
暗黙の了解で不正をすると頭文字にヤの付くヒトが出てくる。古来より変わることの無い社会の真理であろう。最も出てくるのは、チの付く
ちなみに天空闘技場は、チィトカアが建てた大規模賭博場である。
そのため、天空闘技場の地下には"神愛"を語る大企業グループによって、不正を働いた者を密かに拐って、世界最大の地下シェルターを作るための奴隷として幽閉しているだの。資金はアンダーグラウンドに流れているだのと専らの噂だ。しかし、暴こうとした人間は軒並み何かしらの理由で帰って来ないか、男女問わずチィトカアに嫁がれているため、真相は深淵の中なのであった。
ああ、
◇◆◇◆◇◆
「アトラ様! お先にごあんなーい!」
《なんで……?》
天空闘技場にゴンらとエントリーして五日目。ゴンとキルアはまだ130~140階層付近にいるにも関わらず、200階層のロビーにてチィトカアに連れられる状態でアトラの姿があった。
ちなみに二人と一匹は今のところのそれぞれのバトルスタイルから既に異名が付けられており、ゴンは"押し出しのゴン"、キルアは"手刀のキルア"である。
そして、アトラは律儀にも自身が蜘蛛の魔獣であることをプロフィールに記載していたため、"女郎蜘蛛のハツネ"とそのままの異名で呼ばれていた。
「念能力者の方が贔屓されて楽に勝ち上がれるシステムになっているのですよ! 居座られて金を巻き上げられると腹が立ちますからね! まあ、アトラ様はそうでなくとも5日で暴れ過ぎたので、満場一致で繰り上げです!」
《なんかよくわかんないけど私が面倒事に巻き込まれなければ何でもいいわ》
ちなみにアトラは、難易度調整が狂っている格ゲーにありがちなNPC特有の人間では有り得ない超反応カウンターとして繰り出されるガード不能の即死技や、有り得ない判定の吸い込み投げから派生する10割コンボによって、これまでの対戦相手全てをぐうの根すら叩き潰してバトルリングに沈めている。大人げなさ極まれりである。
対戦相手からすれば、一億年武術を嗜んでいるというキャラ作りの為の冗談のようなものが、誇張に聞こえないレベルにイカれたクソゲーに台パンものであるが、体術オンリーにも関わらず、おぞましいまでの技量による派手さと、武人らしい良い意味での容赦のなさを持ち、最速レベルで200階層まで駆け上がった美女ということで、観客受けは非常に良い。
そのため、多少の畏怖も込められ、早くも"ハツネ様"等と呼ばれてファンクラブが出来上がり、ちょっとしたコンテンツになり掛けている。また、天空闘技場ではそう言った話題性を金に変える事に余念はないため、既に売店でグッズも出回っていた。ちなみにゴンとキルアのモノもあり、早速大きなお姉さま方に人気を博している。
「はい、受付はここです! 今日の24時までに受付しないと参加資格が剥奪されるので注意してくださいね!」
《なんでそんな仕様なのよ……》
"まあ、今書くから関係無いけど"と書きつつ、アトラは受付を済ませる。特に何が起こるわけでもなく受付は進み、滞りなく彼女は新たな200階クラスの闘士となった。
《ところで、これどうやって対戦組むの? 前と同じように呼ばれるのかしら》
「いえ、ある規則は対戦しない期間が続けば登録削除されることぐらいです。対戦相手同士で日程も好きに決めてください。対戦申告用紙はこちらですよ」
《めんどい》
「アトラ様って繊細で長い作業が得意な割には、意外と面倒くさがり屋ですよね」
《そうじゃなかったらアナタたちなんて造らないわ》
つまりアトラとしては面倒な雑用はあわよくば、チィトカアに押し付けられたらいいぐらいに思っているらしい。
《んもー》
キョポと音を立ててペンのキャップを開けたアトラは、対戦申告用紙の"いつでもオーケー"というチェックボックスにレ点をいれてからそれを裏にしてそこに文書を書く。
そして、それを対戦申告用紙がある束から見易い位置の壁に糸で吊るす。
『誰でも適当に希望日入れといて
アトラ』
それは全200階クラス闘士に対する不遜なまでにふてぶてしい挑戦状であった。
ハンター試験の時は、基本的には頑なに戦うという選択肢を取らなかったアトラであるが、天空闘技場は遊戯施設であり、バトルオリンピアなるもので優勝すれば屋上の別荘を貰えるとなれば話は別である。
発展した都市のど真ん中にある遊戯施設の最上階の景色のいい別荘。旅行者ならば非常に魅力的であり、人類圏を満喫しに来たアトラが喰い付かない訳がない。
つまり大変に大人気ないことに、アトラは本気でバトルオリンピアを
「んもー、そんなことしちゃダメですよアトラ様ー!」
するとチィトカアはより受付に近い場所に用紙を移しつつ、少しだけ内容を書き換えると画鋲で止めて満足げに鼻を鳴らした。
『誰でも適当に希望日入れといて
アトラ ハツネ』
「これでオーケーです! ハツネ様!」
《ぶっ殺すぞクソムシ》
正しい名に取り消し線を引いてまでそう書き直したチィトカアに、そんなクソムシの母親はぷるぷると震えながら真顔で暴言を書く。
このような調子で二匹がわいわいぎゃいぎゃいと騒いでいると、それを見つけた闘士と思われる男性が近づいてきた。
「チィトカア、どうかしたか?」
「あうー?」
マントを羽織った長身で長髪の男は、腕に赤ん坊を抱いており、元気良く手足を外に伸ばしてうにうにと動いているそれを腕から溢れないように戻していた。
するとそれまでの笑みとは違って、少しだけ柔和な笑みに変わったチィトカアは、彼の隣に立つとピタリと背の高い彼に引っ付く。
「この方が、私の夫の"カストロ"さんですよアトラ様!」
"私が念能力を育てました!"と言いつつチィトカアは、とても誇らしげな様子である。どうやらこのカストロという男は、この個体のチィトカアと夫婦らしい。
そんなことをこれまでの流れで言えば、いつも通りにぶちギレる筈のアトラであったが、今回は何故か全く気にした様子はないように見える。
《きゃわわ!》
「おお……?」
するとスッと擬音が付きそうな程の不自然な水平移動で男に近づいたアトラは、キラキラした目をしながらホワイトボードを胸に抱いて赤ん坊を眺める。どうやらもうチィトカアの事はどうでもいいらしい。
「私とカストロさんの子供のマンザニロですよ! 一年以上前に孕んでるって言ったじゃないですか! さあ、何かお祝いをください!」
《もう、仕方ないわねぇ。マンザニロちゃんは何が欲しいのー?》
「土地か電子顕微鏡か競走馬!」
《そうねー、大きくなったらおばあちゃんが何でも買ってあげるからねぇ。にへへ……抱いてもいい?》
手を横に大きく広げながらそんなことを言ってくるアトラ。男性には母性のある美女に感じ、暗黒大陸の多くを知る者が見れば等しく己が絶対の死を想起させるであろう。
「ああ、構わないが……失礼だが、ご婦人は私のチィトカアとはどう言ったご関係――」
《マンザニロちゃんのおばあちゃんよ》
「まうー?」
不可視の即答であった。その回答の一切にチィトカアという単語は登場しておらず、気付けばマンザニロはアトラの腕の中にいた。
しかし、アトラの知り合いですら奇妙に考える彼女のチィトカアへの愛憎が入り雑じる様子を、会ったばかりの人間が察せれる訳もなく、カストロは畳み掛ける。
「――ッ!? と言うことはチィトカアのお母様で――」
《マンザニロちゃんのおばあちゃんよ》
再びの即答であった。音を置き去りにする速記である。
流石のカストロも有無を言わせぬアトラの微笑みに、女性特有の暗黒に満ちた恐ろしさを覚え、閉口せざるを得ない。
ちなみにアトラはチィトカアの事は、創造した事を若干後悔しているが、チィトカアが産んだ子供に対してはとても愛情を抱いており、このように猫可愛がりをするふにふにしたおばあちゃんになってしまうのであった。きっと暗黒大陸クオリティなのであろう。
《まあ、アナタが私を義母と呼ぶことは全然良いわよ? というか、よくもこんな
「あ……ああ?」
カストロは義母からの突然の罵倒と気遣いのようなものが入り雑じる何かに驚き戸惑う。
しかし、アトラからすれば"私のチィトカア"等と宣い、産業廃棄物を愛せる人間が、マトモな人間な訳がないという決め付けからスタートしているため、彼女から見たカストロの評価はストップ安である。後、チィトカアに弄られた事がまだ尾を引いているのかもしれない。意外に根に持つ蜘蛛なのである。
そんなこんなで、選手登録を終えると共に、このチィトカアの旦那と子供との顔合わせを終えたアトラは、とりあえず200階クラスで与えられた自室を見に行くのであった。
◆◇◆◇◆◇
「おめでとう。これでキミもボクと一緒だね♥」
200階クラスのアトラの自室は何故か鍵が開いており、どうやら先客もいたらしい。それは部屋の壁を背にしてトランプを弄りながらこちらを眺めていた。
とりあえず、部屋を確認するだけしたらゴンとキルアがいる部屋へ戻ろうとしていたアトラは目を丸くする。
《あらヒソカ。居るのは雰囲気で知ってたけれど今来るのね?》
「これは手厳しい♣」
するとアトラのメル友である奇術師風の男――ヒソカ=モロウは微笑みを浮かべつつ彼女の前までやって来た。
フレンドリーな殺意とも言える異様で粘っこいオーラを向けている彼を、アトラは嫌味も嫌悪もなくあっけらかんとして対応し、ゴンの仲間たちと特に変わらない様子である。
《あれ? ここアナタの部屋だったかしら?》
「チィトカアに頼んだら通してくれたよ」
《へー》
どうやらアトラク=ナクアという神性に自身のプライバシーという概念は特にないらしい。極めてオープンにも関わらず、女の子というワードにはやたらに反応するへんないきものである。
するとアトラは居住まいを正し、恭しいまでの様子で形式張ったような一礼を行う。
《では、約束を果たしましょうか》
「ああ、ボクもそのつもりさ♢」
そして、アトラはどこからともなく1枚の対戦申告用紙を糸で釣るように手繰り寄せると、それをヒソカへと向け、それに彼も応じる。
ハンター試験の最終試験で2人が結んだ盟約の通り、彼らの天空闘技場での対戦の日取りが決定したのであった。
※特に読まなくていい後書き
~わかりやすいObject Class
safe
①1/144スケール
②起爆しても爆心地に無傷で残る
③
④半径1km以内に10人以上の子供が存在すると自爆する
など
Euclid
①お喋り
②100日後に(必ず)自爆する
③特定の場所と時間に
④ワンダーテインメント博士の
など
Keter
①瞬間移動で好きに出歩いてたまに脈絡なく自爆する
②時間経過と共に指数関数的に破壊力が上がっていく破壊不能の
③受粉した瞬間に
④ジャポンの終戦記念日の正午になると一斉に世界中の
など
Anomalousアイテム
①摂食可能な
②不定期に男性の低い声で「おれはパセリ……」と呟く
③人間が読むと
など
・おまけ
アトラク=ナクア
Apollyon→Keter→Euclid→Safe(セキュリティクリアランスレベル4以上閲覧可能ファイルあり)→Thaumiel(O5のみ閲覧可能)
~アトラちゃんのクラス推移~
発見当時(Apollyon)
↓
くじら島滞在中(Keter)
↓
ハンター試験中からネテロと戦闘後まで(Euclid)
↓
ハンターライセンス入手後から(Safe)
↓
人類の生活圏が暗黒大陸の生物に侵略を受けた場合(Thaumiel)
~QAコーナー~
Q:アトラ的にナニカちゃんってギルティじゃないの?
A:
アトラ「……? ゾルディック家で飼ってるんでしょ?」