B級パニック映画系主人公アトラさん   作:ちゅーに菌

3 / 20

 あそぼ。リースXPです。感想や評価などを頂けるととても励みになります。また、頂いた感想はポリシーとして全て返信いたします。


そうだ観光ビザをとろう

 

 

 

(素晴らしいわ……)

 

 くじら島に居ついてから約一年。アトラは20mほどの数本の木の上に脚を絡めるようにして器用に乗り、頭に勝手に止まってきた小鳥を数羽乗せたまま、島の景色を一望してそんな感想を抱いていた。

 

 彼女の住む暗黒大陸と言えば、どこへ行こうとも弱肉強食を本能としたり、廃絶行動を生業とするような殺伐とし過ぎる生物同士のテーマパークといった過酷過ぎる環境のため、のどかや平和といった空気が流れているだけで、比べることすら烏滸がましいほど恵まれた環境であることを噛み締めているのである。

 

(これまで私が見てきた文明に、こんなに可愛らしい方向性に特化した文明があったかしら……?)

 

 アトラが思い出すのは、魔術なるものが全盛を誇った都市であったり、超高度な機械文明が発展した都市だったり、青い大きな空に浮く石を中心に空に浮かぶ都市であったりと様々なものがあったが、全体的に殺伐としていたため、やはり真に観光地と言えるところは人類の生活圏(ここ)ぐらいではないかと考える。

 

(…………住処移そうかしら? あんな暗黒大陸(殺戮動物園)なんかに帰りたくないわ……というか、暗黒大陸っていうネーミングが言い得て妙過ぎるでしょう)

 

 アトラはどこか遠い目で海の向こうを見つめ、呆れるように小さく頭を上下させた。

 

(まあ、密猟者から人間の生活や常識はある程度貰ったから、そろそろ"人間らしい生活"とやらに手を出してみても面白いか――)

 

「アトラー!」

 

『――――!?』

 

 突如、ボスッと音を立て、ナクアの丸い腹部にゴンが飛び乗る。元より驚かすためか、"絶"状態で飛び乗られたことで、全く意識をしていなかった彼女の体はビクリと大きく跳ねた。それによって頭に乗せていた小鳥達が慌てて飛び立つ。

 

「どうかした?」

 

《なんでもないわ……》

 

 地面がないため、アトラは自身の操作系念能力である"蜘蛛糸(ねんし)大化生(だいけしょう)"を使用して、自身の頭上に文字を書いてゴンに見せた。ちなみに三点リーダーまでしっかりと書いてある。

 

 ちなみにこの念能力は、自身が生成する糸を操作し、投げれば荒縄、振るえば剣、飛ばせば弾丸、編み込めば盾となり、空間に対して直接貼り付けることも可能な範囲の広い念能力である。そして、このように文字を空間に書くことも可能なのだ。

 

《なに? また鬼ごっこかしら?》

 

「ううん、ミトさんが呼んでる」

 

《あら、そうなの。わかったわ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「捨ててきなさい」

 

 時はゴンとアトラが出会った日に遡る。

 

 家にアトラを連れてきたゴンに対して、母親代わりであるミトが、腰に手を当てつつ眉間に皺を寄せながら言い放った第一声がそれであった。

 

「ち、違うよミトさん! アトラは友達で別に家で飼ったりしないよ!?」

 

《この家に私を入れたら屋根が外れるわね。私はただの友達よ》

 

「あらそうなの?」

 

 見やすいように地面ではなく、ミトの目の前の空間に文字を書くアトラ。そんな様子を特に気にした様子もなくミトは対応していた。

 

「ふーん……」

 

 ミトは不思議そうな顔をしてアトラの目の前に立つ。そして、しばらく見つめた後、アトラの上顎に生える二本の触肢の片方をおもむろに両手で掴み――。

 

「よっと」

 

『………………』

 

「ミトさん!?」

 

 鉄棒か何かのようにぶら下がってみていた。

 

 アトラはどうしたらいいかわからず、行動が止まり、ゴンは困惑している。ちなみにアトラの触肢に生えている毛は掴んだときに獲物に突き刺さって抜けなくなる役割をする程度には鋭いため、素手で掴むと大変危ない。また、全身に生えている毛は刺激毛であり、アトラ並みの蜘蛛となれば全身に刃の鎧をまとっているに等しい。しかし、アトラの卓越したオーラ操作技術により、ミトの手に傷がつかないようにしているため、特に怪我もない。

 

 するとすぐに腕の力が限界を迎えたのか、ミトは手を離す。そして、感心した様子で一言呟いた。

 

「ハリボテじゃないのね」

 

《……逞しいわね彼女》

 

「うん、ミトさんは俺の母親だから」

 

 果たして、初対面の相手にゴンの言葉から何が感じ取れるのかは不明だが、とりあえず大物だということは十分に感じ取ったアトラであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は現在に戻り、ゴンの自宅の隣に脚を畳んでアトラは座っていた。目の前には椅子に座ったミトがいる。

 

《ふーん、ゴンがハンターになる条件をあの池のヌシを釣り上げられたらいいことにしたの》

 

「ええ、そうね」

 

 そして、互いの手元には様々な破れやほつれのある衣類が積み上げられており、二人で修繕しているようだった。また、ミトが裁縫セットで行っているのに対して、アトラは自前の糸で修繕を行っており、巨人が糸通しを行っているような光景にも関わらず、ミトの10倍近い速度で終わらせ、その上で非常に高い完成度に見えた。

 

《ゴンなら近い内に釣りあげるでしょう。それにハンターになりたい熱意は私も何度も本人から聞かされてるし、別に拒むような理由もなさそうなものだけど?》

 

「それはそうだけど……色々あるのよ」

 

《母親としての心配か、未だ割り切れないジンへの当て付けか。まあ、どちらにしても可愛らしい悩みねぇ》

 

「うるさいわね……」

 

《けれど子供とは夢を見て、自由であり、親に似るもの。例えミトにとっては嫌なことでも、それを後押しするのもまた親の役割よ。それは時には叱ることも必要でしょうけど、今ゴンに必要なことは何かしら?》

 

「……わかってるのよ、私だって」

 

 二人の関係は姿形がまるで異なっていようとも、友人のように見える。

 

 というのも同年代の子供がこのくじら島におらず、ゴンに友人がいない事と同じように、くじら島からあまり出たことのないミトにも元々、友人と呼べるような存在は非常に少なかった。

 

 そんなときに現れたこのアトラという大蜘蛛。雌の個体であり、例えるならば、行き遅れて既に色々と諦め始め、辛うじてアラサー手前からアラフォー目前の女子ぐらいの精神年齢に思えるため、同年代に近く感じられることから自然に話しやすい相手なのである。ミトにとっては、怪物ではなく、ただの新しい友人であった。

 

《それにしてもハンターねぇ。私もなってみようかしら? ハンターライセンスって無茶苦茶高く売れるらしいし、観光をするにしても持っていれば色々と便利そうだもの。それに私がついていけばミトも少しは安心できるでしょう?》

 

「蜘蛛でもなれるの?」

 

《言葉を扱う生き物の魔獣にだってなれそうなものなのだからなれるでしょう……たぶん。それに要項を見たけど、人間かどうかは指定になかったわ》

 

「それはそうでしょうけ――」

 

「アトラもハンターになるの!?」

 

 嬉しそうな声色で声を上げるゴンの声の方向へと目を向けたミトとアトラは、下腹にムカデのような脚の生えたゴンの倍以上の大きさの魚を担いだゴンを発見した。

 

「あら……?」

 

《噂をすればなんとやらね》

 

 意図も容易くミトの課題を終わらせたゴンにミトは口に手を当てて驚き、アトラは第一脚を人が肩を竦めるように動かしてみせていた。

 

「それでアトラもハンター試験受けるの!?」

 

 ゴンは池のヌシをそっと地面に置くと、アトラへと詰め寄る。アトラは感情の映さない八つの瞳で、輝くような目を向けてくるゴンを少し眺めてから呟くように空に文字を書いた。

 

《ゴンは私が一緒に行ったら嬉しい?》

 

「うん、嬉しいよ!」

 

《そう、それならちょっとめかし込まなきゃね》

 

 アトラは自身の丸い腹部を上に上げると、その先の紡績突起であり、糸を作り出す糸疣(しゅう)から上方へスプリンクラーのように己へと降る糸を放つ。自身にまとわりついた糸は縛り付くように縮まりながら、アトラの10mの体躯が急速に失われていく。

 

 そして、遂にシルエットは180cmほどの包帯の代わりに糸が巻き付いた人型のミイラへと変わり、次に糸そのものが、肌、爪、髪、目、鼻、耳など人間の外見を形成するパーツへと変わる。

 

 全てが終わった後には人間のような何かがそこにはいた。

 

 

《人型の生物ならこんな感じでいいわよね?》

 

 

 黒い真珠のように艶があり、足元につくのではないかという長さの黒檀色の長髪。人間の肌色からは明らかに掛け離れた新雪のような真っ白い肌。神話のエルフのように長く尖った耳と、どこか虫の触角を思わせる長めでハッキリとした睫毛。そして、白目が黒く黒目が赤い、明らかに人間のそれではない瞳。

 

 また、さながら闇のように深い黒をしたウェディングドレスのような服装をしており、最も特徴的なのはバニエ部分が古い貴族の服装のように膨らんでいる上に、丈が地面につくほど長く、脚どころか靴の有無すら一切見えないことだろう。

 

 総合的に見ると、およそヒトと言える姿をした女性がそこにいたのだった。

 

《ふふん、これなら魔獣で通るんじゃないかしら?》

 

 腰に手を当てて、空に糸で文字を書きながら自信ありげな表情を浮かべるアトラに対し、ゴンとミトは少し間を開けた後、悲鳴のような驚きの声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長会長会長会長! 会長ー!」

 

 ハンター協会本部の上層階にあたる場所の廊下。そこをチィトカアが、役職名を呼びながら一目もくれず走り抜けていた。多脚で移動しているため、人間の足の数倍の速度があり、道行く人々は驚きつつ道を開けていた。

 

 見れば緑髪ではなく、灰色に近い銀髪をしており、約一年前に蜘蛛の来訪に関わった者とは別の個体であることがわかる。

 

「かいちょー!」

 

「廊下から聞こえとるわい」

 

 そして、チィトカアは突き当たりの会長室とネームプレートが付けられた部屋の扉を吹き飛びそうな勢いで開け放つ。そして、そこにいる呆れた表情をしながら茶を飲んでいるアイザック=ネテロの目の前に飛び込むように移動し、持っていた287期ハンター試験のエントリーシートを一枚提示した。

 

 ネテロがエントリーシートに視線だけ移すと、別段変わったところはない。しかし、記入されている名前――"アトラク=ナクア"という文字を目にした瞬間、ネテロの目とオーラが少しだけ鋭く研ぎ澄まされる。

 

 そんな様子を全く意に介さず、チィトカアはバシバシと机を叩きながら心底嬉しそうな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「見てください会長! アトラ様がエントリーシートを出しましたよ!?」

 

「オメェ……隠してぇのか見せびらかしてぇのかどっちなんだ?」

 

「そんなの両方に決まってるじゃないですか!? 乙女心は複雑怪奇なんですよー!」

 

(殴りてぇ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《船に乗るなんていつ以来かしらね?》

 

 くじら島で購入した手持ちのホワイトボートにボード用マーカーで文字を書いたアトラはそんなことをゴンに聞いた。

 

 現在はハンター試験会場へ向かう船の上。倍率数十万を超えると言われる予選の真っ只中であるが、ゴンもアトラも緊張や不安な様子は特になく、ゴンは未だ見ぬ試験に想いを馳せ、アトラは旅行気分といった様子で目を細めて笑みを浮かべている。

 

「アトラは船に乗ったことあんまりないの?」

 

《あるにはあるわよ。けれどそもそも文明圏に触れたことも数える程度だし、最近は仕事で忙しかったから旅行も久しぶりだからね》

 

「そうなんだ。なんの仕事?」

 

《建設業。深淵に橋を造る仕事》

 

「へー、橋を造ってたんだ。いつか見てみたいなアトラの橋」

 

《ふふ、もの凄く遠い場所だから期待はしない方がいいわ》

 

 甲板で他愛もない会話をしているゴンとアトラ。その途中にゴンは興味深そうにアトラの頭からスカートの先までを見つめてから口を開いた。

 

「それにしても本当にヒトみたいだね。エルフとか妖精とか、物語の中の存在みたいだ。うーん……でも俺の知ってるアトラはふかふかの蜘蛛だったし、なんかスッゴく不思議な気分」

 

《所詮擬態よ。姿形を人型にしただけだから無茶苦茶窮屈だし、喋れるわけでも、重量が変わるわけでもないわ》

 

「あ、だからミトさんがこれから家で寝ないかって聞いたとき、危ないから止めるって言ったんだ」

 

《ベッドごと床が抜けるわよ》

 

 やれやれと言った様子で肩を竦めるアトラ。そう言えば蜘蛛の時もたまに肩を竦めるような動作をしていたことを思い出し、とても様になっているとゴンは思っていた。

 

 ちょうどそのとき、海鳥の言葉を耳にし、ゴンは顔色を変える。

 

「嵐が来る……」

 

《そうなの? この船沈まなきゃいいけど》

 

「俺、船長さんたちに伝えてくるね!」

 

《ノシ》

 

 アトラの了解を得る前に走っていたゴンに対し、アトラは二文字で見送りを表現した文字を書いたホワイトボートを掲げる。そして、その後はひとりで嵐までの一時の潮風を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アトラ! ――アトラ!」

 

『んみゅ……?』

 

 翌日。渡航者の船室内は嘔吐する者が非常に多く、流石に吐き掛けられるのは嫌だったアトラは船室の外の廊下で寝ていた。糸をハンモックにして寝ようとも考えたが、アトラの重量を吊るしたのなら、間違いなく船室の壁が耐えられないので苦肉の策である。

 

 アトラは一度だけ人間には聞こえない声を発した後、起こしに来たゴンを寝惚け眼で見つつ、そんな昨日寝る前にあったことを思い返しながら、持ってきたリュックからホワイトボートとマジックを取り出して文字を書いた。

 

《もう着いたの?》

 

「ううん、まだだよ。けれど朝だし、船長が呼んでるから行こう」

 

《あい》

 

 どちらかと言えば夜行性のため、朝が弱くまだ寝惚けているアトラの手を引いてゴンは船室へと戻った。そこにはゴンとアトラを待っていた船長と、青い民族衣装をまとった金髪の青年と、スーツ姿で黒髪の男性だけが残っていた。

 

 人間のそれではない魔性と呼べる美貌を持つアトラを見た船長を含む三人の内二人は、その美貌に少しだけ目を大きくした後、表情を戻し、残る一人はしばらく破顔したままであった。

 

「揃ったか。お前らなぜハンターになりたいんだ?」

 

(うん……ふわぁ……)

 

 ゴンと手を繋いだまま、アトラは立ったまま寝ないように耐える。しかし、その決意とは裏腹に船長とゴン以外とのやり取りはアトラの耳に入らず、徐々に睡魔が襲い始めた。

 

「まだわからねーのか? 既にハンター資格試験は始まってるんだよ」

 

(Zzz……)

 

 そして、1分もすればアトラは立ったまま寝始める。その内に金髪の青年――クラピカと、黒髪の男性――レオリオがそれぞれの志望動機を船長に話した。そして、次はアトラの番になる前に啀み合いになった二人は、船長の制止を振り切って甲板へと向かっていった。

 

「アトラ――!」

 

『はっ! 寝てない……寝てないわ!』

 

「言いたいことは何となくわかるけど、何か手伝いに甲板に出ようアトラ? スゴい嵐なんだ」

 

《 (^_^ゞ 》

 

 顔文字をホワイトボートに書いて従う意思を表明したアトラはゴンと船長とともに甲板へと向かった。

 

 甲板に出てアトラが見回すと対峙した二人がおり、それ以外の船員は忙しなく動いている。そして、海を見ればこの船が玩具の帆船に見えてしまいそうな程の荒れ狂う高波が見え、豪雨が降り注いでいた。

 

 そして、総合的に考えた上でアトラは答えを出す。その際、豪雨のためか、ホワイトボートではなく、小指を形成している糸をほどいて、ゴンと船長に見えるように空に文字を書く。

 

《あの二人、作業の邪魔そうだから喰っていいかしら?》

 

「ダメだよアトラ。二人とも譲れないものがあるみたいだから、今は放っておこう?」

 

「……なりから思っていたが、やっぱりお前さん魔獣か――」

 

 そんなやり取りがあった直後、マストの一部がへし折れて、その破片がひとりの船員に当たり、昏倒したまま船外へと弾き出されて行った。

 

(あら、さようなら)

 

 別段知り合いでもなく、暗黒大陸の掟(弱肉強食)が身に染み過ぎているため、特に助ける気のないアトラは、そのまま海へと向かう船員を見送り――その船員を助けるために飛び出して行ったゴンに目を見開き、即座に人差し指を糸に戻してゴンの胴体へと飛ばす。

 

 ゴンが船員の両足を掴み、同時にゴンの両足を対峙していたクラピカとレオリオが掴み、ゴンの腰にアトラの糸が巻き付いたのは全てほぼ同時だった。

 

 すぐに船員ごと回収されたゴン。船員を他の船員に届けると、ゴンは真っ先にクラピカとレオリオの二人から叱られる。その頃には既に二人が争う様子はなく、叱る様から優しさが垣間見える。

 

 その後、ゴンはアトラの元へと来る。アトラは死ななければ問題ないと考えており、特に言うことはなかったが、口を開いたのはゴンの方であった。

 

「なんで今助けようとしなかったの?」

 

 それは怒りや叱るような様子ではなく、瞳に浮かぶのは純粋な疑問に見えた。真剣な眼差しにアトラは少し考えた上で文字を書く。

 

《理由がなかったからかしら? 特に助ける理由がないんですもの。私はゴンが無事ならなんでもいいわ》

 

「そっか。じゃあ、助けない理由もないよね?」

 

《まあ、そうなるわね》

 

「なら、次は一番に助けてあげて」

 

『――――――』

 

 アトラはゴンの言葉に酷く驚いたように目を見開きながら考える。

 

 暗黒大陸では優しさとは最も無駄で命取りになりうる感情のひとつであり、唾棄すべき世迷い言の類いである。信じるものは常に自身だけ、他者を蹴落とし、喰らい、踏み潰し、嘲笑い続けた果てに頂点のひとつとして君臨した存在の一体がアトラク=ナクアという個体に他ならない。

 

 そして、そのような頂点としての存在は、暗黒大陸で神と崇められ、アトラもまたかつて神と呼ばれた。そのような者の根本原理とも呼べる理念に干渉するなど、暗黒大陸ならば死をも恐れぬ蛮行に等しい行為であろう。

 

 しかし、アトラは見開いた目を細め、どこか嬉しそうに妖艶な笑みを浮かべながら文字を浮かび上がらせる。

 

《ええ、いいわ。なにせ"友人"の頼みですものね》

 

「うん、ありがとうアトラ!」

 

 長き時を生きるアトラにとって友人とは、暗黒大陸において神と呼ばれたか、今も神と呼ばれているような数える程の人ならざる念能力者のみであり、それらと言葉を最後に交わしたのも何れ程前のことであったか、覚えていない程昔の話であり、関係もほとんどは殺伐としたもの。

 

 そんな彼女にとって、この世界で出来た最初の友人であり、真っ直ぐで温かなものは久しく忘れていた特別な感覚であろう。

 

 信奉せず、敵意も殺意も向けず、畏れることもなく、気が狂った様子もない。純粋な優しさと想いを向ける存在――それが彼女はただ嬉しかったのだ。

 

 例え、1000年にも満たない付き合いになろうとも。

 

 

 

 

 





アトラク=ナクア その2
・アトラク=ナクア(※括弧内はチィトカアのもの)
【人間への凶暴性】Cー2(B)
【数】E(A)
【繁殖力】E(Bー2)
【破壊力】Aー1(Aー2)
【総合】A(B+)
備考:アトラク=ナクアの総合はチィトカアを内包しているため非常に高い。しかし、アトラク=ナクアとチィトカア共に対策あるいは殲滅しようとした場合の総合ランクであり、放っておくことも出来るため、その場合の総合はE~D程度まで落ちる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。