B級パニック映画系主人公アトラさん   作:ちゅーに菌

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 あそぼ。リースXPです。内容を精査しつつ書き直してやっていたら1万字を超えたので少々時間が掛かりました。すみません。









大蜘蛛と飛行船

 

 

 

 

 結局、メンチがアトラと同等かそれ以上の味を求めたため、合格者がアトラ1名のみで二次試験は終了。試験官に歯向かった受験者1名が吹き飛ばされた。

 

 その後、合格したアトラがどのような経緯でニギリズシを作ったかを例に上げ、未知へ挑む気概が全く足りないことを言い放つと会場は、明らかな不満の色を示しつつも、言い返すことはできない様子だった。

 

(んー……)

 

 そんな最中、一見そうは見えないが、受験者の中で誰よりもメンチに対して殺気を向け、次の瞬間には行動に移しても何ら不思議ではない様子のヒソカを見て、アトラはどうすべきか悩む。

 

(メンチは気にしてないみたいだけど……ヒソカ()、放っておくと手当たり次第に暴れかねないんじゃないかしら? 少なくともこの中では彼が一番強いのに誰が止めるの?)

 

 自身を例外に置きつつも、基本的には暗黒大陸らしい弱肉強食の思考がベースになっているアトラは、若干ズレつつ殺伐とした疑問を覚えていると、遠くの空に浮かんでいた飛行船がかなり近づいて来ている様子が目に入った。

 

 

『それにしても、その試験課題はちとキビシすぎやせんか?』

 

 

 それはハンター協会の審査委員会の飛行船であり、そこから拡張機で老人の声が響く。

 

 場が騒然となる中、飛行船から今の声の主である白髪の老人と、一次試験の前にナンバープレートを渡す係をしていた緑髪のアラクネ――チィトカアの二人組が飛び降りて着地した。

 

 優に数百mの距離を落ちたにも関わらず、損傷どころか衣服の乱れひとつない二者に驚愕する受験者だったが、最も驚いていた者はメンチであり、受験者の二人が誰かという疑問に対してポツリと呟いた。

 

「審査委員会総責任者のネテロ会長と、審査委員会の副責任者で"三ツ星(トリプル)ハンター"のチィトカアよ……」

 

 ハンター協会会長に、三ツ星ハンターという凄まじい組み合わせに受験者は絶句にも近い様子だった。

 

「はい、どーもどーも皆様! アイザック=ネテロと、その秘書官の"征服(コンキスタ)ハンター"のチィトカアでございます! 他のチィトカアを知っている方々はビーンズの嫁のチィトカアということで、チマメちゃんとでもお呼びください!」

 

 妙にテンションの高い蜘蛛の魔獣のチィトカアはそんなことを言いつつ、ネテロ会長を置いて、虫特有の多脚移動で地を駆け、すぐにメンチの前までやって来る。

 

 そして、これまでの態度を一変させ、酷く冷めた様子と視線に変わり、それに当てられたメンチは身を強張らせた。

 

「こんにちは。何故ここに私たちが来たのかおわかりになりますでしょうか?」

 

「それは……」

 

 見た目こそメンチとチィトカアは同じ年代に見えるが、メンチの縮こまった様子からそれが全く当てになっていないことは明白であった。

 

「実に困りますねぇ、メンチ様」

 

「はい……」

 

「この際、メンチ様が何を受験者に問いたかったのかは一先ず、置いておきましょう。確かにハンター試験は当然、試験官の匙加減で合否が決まって然るべきですが、最初に設定した合格基準を1名が合格した段階で放棄し、新たに高過ぎる基準を設けて試験を行なわれては、著しく公平性を欠きます。個人の能力により、差はあれど基準は絶対でなくてはなりません」

 

「はい……」

 

「美食ハンターを名乗っているのなら、メンチ様自身が美味しいと感じられるような料理を出せる料理人が、世界を探しても一握りしか存在しないことは自覚していることでしょう。難易度としてはDランク相当といったところでしょうか? しかし、そもそもそれがハンターになる前に必要だと本気で考えているんですか?」

 

「考えていません……」

 

「難しい試験課題を課すこと自体は構いません。しかし、不可能な課題を出されるのは困ります。しかもそれを行った原因が、最初に合格した方のものと比べて料理とも呼べなかったからや、受験者に殺気を向けられ続けたからといった私情。それで全体の難易度を上げられては、毎年命懸けで参加している受験者の方々に申し訳が立たない上、今後の試験官の質の低下にも繋がりかねません」

 

「返す言葉もありません……」

 

「ほら、突っ立ってないで会長もなんか言ってやってください」

 

「それ以上、年下のハンターをいじめるでない。大人げない奴じゃのう」

 

「ちょ!? どっちの味方なんですか会長!」

 

「だって、ワシの言いたいこと概ね言われたもん」

 

「酷い!? いい歳してもんじゃねーですよ!?」

 

「オメェにだけは言われたかねーよ」

 

 その後、メンチには新たな試験課題を出すようにネテロが促し、アトラは既に二次試験を合格扱いとするようにして話は進んでいった。

 

(なんてことなの……チィトカアが他人を叱ってるわ……いつもは私に叱られる側なのに……)

 

 そんな中、アトラは会話内容よりも酷く驚いた様子で、そんなことを考えていた。それから疑問に思ったため、彼女はチィトカアの元へ行き、ホワイトボードに文字を書く。

 

《ねぇチィトカア? 征服ハンターってなに?》

 

「文字通りの意味ですよ! 私は286年前に開催された第1回ハンター試験合格者で、私の"ペット"を使ってハンター協会に対するあらゆる敵対勢力の撃滅と、秘境や魔境と呼ばれる類いの未開拓地域に人間が住める土台とインフラ整備を行う環境事業のプロフェッショナルなんです! えっへん!」

 

《ふーん、人と自然の征服者ってわけね》

 

(このチィトカアのペットって言うと暗黒大陸の地中に棲息している"害虫"よねぇ)

 

 ちなみにチィトカアの寿命は延命しなければ約一万年である。このチィトカアはまだ若いチィトカアであり、1800年ほどしか生きていない個体だ。尤も、この世界にいるチィトカアのほとんどは、1500年前以降に"この世界で作られた"チィトカアのため、1500歳以上のチィトカアは稀であり、十分年長者と言える。

 

(まあ、あの暗黒大陸の害虫が、人類の発展に繋がったのならいいわね。私も鼻高々だわ)

 

 そう思ったことは決して伝えず、アトラは来た瞬間から静かに燃えるような殺意を僅かに向けているネテロへと向き、ホワイトボードを向けた。

 

《何か用かしら? ひょっとして魔獣は資格が貰えなかったり?》

 

「いや、そのようなことはない。おぬしを受けさせられぬのなら、ハンターとして80体ほど活動しておるチィトカアも全て弾かねばなるまい」

 

「あっ、ちなみに三ツ星ハンターのチィトカアが私を含めて6名。二ツ星ハンターのチィトカアが13名。一ツ星ハンターのチィトカアが28名。ハンター資格は持っていますが、星は持っていないチィトカアが31名いますよ!」

 

「おぬしらは弾きたいのう……」

 

「ちょっと会長!? 私たち、無茶苦茶貢献しているじゃないですか!?」

 

 少しだけ焦ったアトラであったが、ハンター協会の会長直々の言葉に安堵する。そして、飛行船に乗ってマフタツ山なるところに行くことになったため、アトラは受験者らの後に続いて飛行船へと乗船した。

 

 

 

 

 

「ところでアトラってスッゴく重いけど、どうやって飛行船に乗って――いたっ!?」

 

「え? なんだよお前そんなに重――いっだぁ!?」

 

《しゃらっぷ》

 

「今のはゴンたちが悪いな」

 

「デリカシーがないぜ?」

 

 乗船の直後にアトラに対してゴンとキルアが放った言葉に、アトラはデコピンを放ち、"ぷんすこ"と書いたボードを出した。

 

 ちなみにアトラは室内にいる場合、常人には見えない糸を空間に貼り付け続けて自分の重量を分散したり、床や階層や建物そのものを強化したりしており、水面に浮かぶ白鳥の脚のような涙ぐましい努力をしてたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《みんな合格してよかったわね》

 

『クエー!』

 

 マフタツ山でクモワシの卵を採る試験課題を終えて飛行船に戻った4人に、アトラは労いの言葉を投げ掛けた。ちなみにアトラの頭には巣立ちを終えたばかりのクモワシの若鳥が我が物顔で乗っている。

 

「ところで、なんでアトラの頭にはたまに鳥が乗ってんだ?」

 

「それはアトラが虫だからなんだって」

 

「虫ぃ?」

 

 受験者に割り当てられた大部屋に向かう最中、そんなやり取りを行うゴンとレオリオに向けてアトラはホワイトボードで補足説明を行う。

 

《私、虫の魔獣なんだけれど、虫の天敵って鳥じゃない? だから本能的にマウントを取ろうとしてくるんじゃないかしら?》

 

「アトラ、くじら島でもたまに小鳥とかハトとかカラスに乗られてたものね」

 

《こっちの鳥類はハングリーよ》

 

『クエ?』

 

 念を使える生き物しか基本的にはおらず、弱肉強食が本能の芯まで刻み込まれた暗黒大陸の生物ならばアトラに寄ってくる事すらほとんどなかっただろう。しかし、オーラを忘れて久しい上、危機管理に欠けるこの世界の生物は巨樹のようなアトラに安心感を抱き、度が過ぎれば舐められるのである。

 

《まあ、人魚は海鳥が餌を見る目で見てくるし、つつかれるから、そっちに比べればマシね。博多弁の人魚の友達が言ってたわ》

 

「ああ、前に二日酔いでくじら島に流れ着いた面白い人ね。すぐに帰ったけど」

 

「そうか、人魚も大変なん――人魚!? 人魚は実在するのか!?」

 

《チィトカアが実在するのに人魚で驚くのは不思議ねぇ》

 

「チィトカアはひとつの街にひとりぐらい見掛けるだろ? 俺の住んでた街にもいたぜ?」

 

「そう言えば、何人か家で執事もやってるな」

 

《何してるのかしらあの娘たち……》

 

 

 

 

 

 その後、ゴンとキルアは飛行船内の散策をし、それにアトラも付いていくことにしたため、クラピカとレオリオとは一旦別れることになった。

 

「その子、どうするの?」

 

《マフタツ山から離れてどこか遠くに行きたいらしいから、好きにさせておくわ。一応、蜘蛛の仲間だからなんとなくほっとけないのよね》

 

「お前、蜘蛛の魔獣なのか? なんか強そうな響きだな」

 

《がおー、たべちゃうぞー!》

 

「あー、こえー」

 

 全く怖がっている様子もない棒読みかつ、半眼でそんなことを呟くキルア。オーラさえ見えていればまた別の結果になったかも知れないが、アトラ自身も驚かそうとしているわけではないようである。

 

 その後、厨房で焼いた肉をゴンとキルアは貰って摘まみ出され、アトラはコックに気づかれることなく一羽分の七面鳥の生肉を盗んで丸呑みにしていた。

 

 それから眼下に広がる夜のネオンが輝く街並みを三人で眺めた後、アトラは折角だからクモワシに指導をしたいという謎の理由で、二人と別れて飛行船の展望デッキに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に朝日が登り始めた時間。ネテロはゴンとキルアと行っていたゲームが終わり、残った方のゴンが満足して眠りについた後、ひとりで飛行船内を歩いていた。

 

(末恐ろしい若者じゃな。ゴンも、そしてキルアもじゃ)

 

 あの二人が念能力者となり、20代までキチンと育ったならばと考え、そんなことを思うネテロ。かつて自分が世界最強の念能力者であったように、彼らもそれと同じかそれ以上のポテンシャルを秘めているのではないかと考え、彼らがハンター試験に挑んでいる事と、両者とも決して悪党ではないことに安堵した。

 

(いつか、彼らがハンター協会の高職について欲しいものじゃな……さて、少し"アイツ"に会うか)

 

 ネテロは新たな世代の風を感じつつ頭を切り替え、飛行船内にいればどこにいようと感じるほど莫大なオーラをした怪物が、数時間前から留まっている飛行船の展望デッキに向かい――。

 

 

 

『ネバーギブアップ!!!』

 

 

 

 頭の中に直接、何かを熱心に応援している若い女性の低めの声が響いた。それにネテロが目を丸くしていると畳み掛けるように更に言葉が響く。

 

『違うわ、そうじゃないわ! もっと体にまとめるようにイメージしなさい! 気流に乗ってるときの風のように薄い膜で全身を覆うの!』

 

「ク、クエー……」

 

『どうしてそこでやめるのよ!そこで! もう少し頑張ってみなさいよ! ダメダメダメダメ諦めたら!! マフタツ山から出て行くって決めたんでしょ! あともうちょっと頑張って!』

 

(え……なんだありゃあ……)

 

 そこにはデッキで、クモワシに念を発現させるという珍妙なことをしているアトラク=ナクアの姿が目に入った。そして、その言動に見られるのは、見てて悲しくなってくる程の根性理論である。

 

(師には向いてねーな……コイツ)

 

「何をしとるんじゃおぬしは……?」

 

『この子の旅立ちのために生命力を使えるようにしてるのよ?』

 

「…………そうか」

 

 正直、間違いであって欲しかったとネテロは思っていたが、現実は非情であった。それに加えて、アトラは目を点にしたまま、首を傾げて呟く。

 

『え? だって生命力なんて誰だって頑張ればポンと出せるでしょ?』

 

「……それができれば誰も苦労せんわい」

 

『そうなの……?』

 

「そうじゃ」

 

『そうなのね……』

 

 人と山のような対比のオーラ量を持ち、大樹のように生物離れした静寂過ぎるオーラの性質をしていながら、とても聞き分けがよく、本気で知らなかったことを真に受ける様子をしているアトラに、ネテロは心の中で顔をひきつらせた。

 

「ところで、報告によればおぬしは筆談で会話していたようじゃが、これの声はなんじゃ?」

 

『んー、アナタ達の言葉に直せば"念話"っていう技術よ。ある程度、生命力のある生物なら誰だって出来るわ』

 

(そりゃ、オメェらクラスの間では誰でもできるオーラ技術ってことか……?)

 

『でも……』

 

「でも?」

 

『生命力のない生き物や、低い生き物に使うとたまに発狂したり、酷いと頭がパァンと吹き飛んだりするのよねぇ……だからこの世界ではあんまり使えないと思うわ』

 

 "難儀な世界よねぇ"と続けて呟き、ネテロとのやり取りを一旦終えると、アトラは無理矢理精孔を開かれて疲労困憊な様子のクモワシを胸に抱えた。

 

『仕方ないから、私の生命力を"ちょっと"分けてあげる』

 

 その言葉と共にアトラの莫大なオーラがクモワシを包み、包まれた部分がクモワシの微弱なオーラと寸分の狂いもない性質に変化し、そのまま同化する。

 

(念能力でもなくオーラの性質そのものを相手のモノに変化させた上に同化させるだと……なんというオーラ操作技術……いや、技術などという生温い……ほとんど神の業の領域だ……)

 

 神の領域。それだけで純粋な命を創れてしまうような途方もない業。最早、アトラのオーラ技術はネテロどころか人類の理解の外にあることだろう。いや、そもそも世界の外からやって来た存在のため、それもまた必然とも言える。

 

 そして、その光景を見せつけられつつ、ネテロはほぼ確信を抱いた疑問を覚えた。

 

(というか――)

 

『クエー!』

 

 当然、アトラのオーラの一部を得たクモワシは水を得た魚のように元気になった。

 

 

(あいつワシより強くねー!?)

 

 

 アトラが言ったちょっとのオーラ――ネテロの倍程のオーラを譲渡されたクモワシは弾丸のような速度で元気に空の彼方へと飛んでいった。

 

『達者でねー』

 

 そして、当のアトラはクモワシが見えなくなるまで手を振って見送る。

 

 そんな様子を煤けたような気分になりながら、小煩いチィトカアが試験前に言っていた言葉を思い出す。

 

 

『アトラ様は観光で、この世界に来て、私たちもアトラ様のリゾート地の整備のためにこの世界に留まっているんですよー!』

 

 

(コイツ……マジで観光に来ただけなのか……?)

 

 いつもテンションが高く、雲を掴むように腹が見えないチィトカアの冗談としか思えない言葉を鵜呑みにできるわけもないため、ネテロを責められる者はいないだろう。

 

『さて……』

 

 しかし、これまでの緩んだ雰囲気からほんの少しだけ引き締まった様子に変わる。

 

『アナタも私と勝負したいそうね?』

 

「………………」

 

 それに対してネテロは何も答えず、警戒を強めた。

 

『ああ、別にそう思うこと自体はいいのよ? 向上心を持つことはいいことだもの……ただ、今のアナタが私と戦ってもそんなに得るものはないと思うわよ?』

 

「なに……?」

 

 それは優しげな態度とは裏腹に、あまりにも傲慢な言葉であった。その上、更に続ける。

 

『私はアナタに勝ち、アナタは私に負ける。そして、アナタに得るものもない。これって無駄よね? 何も意味はないわ。だから相手が負けて得るものがないと勝負とは言えない。ただ、勝つだけじゃ、面白くもなんともないわ』

 

「――――――」

 

 その言葉にネテロは言葉を失う。酷く傲慢ではあったが、暗黒大陸から来た真性の怪物は、かつて自身が暗黒大陸に求めたまだ見ぬ武人そのものであったからだ。

 

「お前は常勝だってか……?」

 

『私は常に勝ち、誰にも負けず、尚且つ私の前に誰も負ける者はなく、全てが勝利する。それこそが常勝、本当の勝利。そうしてきたから今の私がいるのよ』

 

 一切、臆することも偽る様子もなく言い切られたその根本原理は、紛れもなく他に敵のいない絶対強者の思考であり、ネテロ自身も共感できることが多々あった。

 

『まあ、もっと単純に言えば。私に倒され、何かを得た相手はそれを糧に更に成長する。そして、再び私に立ち塞がる。また私に負けて成長し、私の前に現れる。それが何度も何度も続く。ほら? 相手も私も楽しく戦い続けることができるわ。逆に勝負で一方的に倒す、まして殺すだなんて言語道断よ。その場だけで関係が終わってしまうなんて、互いにもったいないもの』

 

 そう告げるとアトラは手を広げて、自身を見せつけるようにしながら言葉を続ける。

 

『なんなら私の能力を全部教えたって構わないわ。誰に教えたところで、私にはまるでデメリットにならないのですから』

 

 その言葉で、アトラが条件付きの一撃必殺のような念能力が主体の者ではないことが半ば確定する。

 

 ここまでの会話から推測されるのはふたつ。第一に莫大なオーラ量と圧倒的な力で押し潰すタイプの念能力者。そして、もうひとつのタイプである確率は前者ほどは高くはないか、こちらだった場合を考え、ある種の確信を抱きながら、ネテロは自身の鼓動の高まりを感じていた。

 

 そんな彼の心情を知ってかは不明だが、アトラは妖艶な笑みを浮かべながら小さく手招きをする。それと同時に、飛行船の展望デッキ全体の床や壁を沿うように彼女のオーラで満たされ、その場所そのものが強化された。

 

『おいで、勝負してあげるわ。もちろん、飛行船に一切被害を出さないことも約束する』

 

(舐めやがって……だが、胸を借りるか……)

 

 夢にまで見た自身の遥か格上の相手。その上、武人の中でも賢人と呼べる大樹のような精神を持つ。あらゆる意味での怪物。その上、何のしがらみもない個人的な決闘。

 

 ただの武人として、何も考えずに挑める絶好の機会をふいにできるほどネテロは枯れてはいなかった。

 

(『百式観音』――『壱乃掌』)

 

 次の瞬間、ネテロの背後に多数の腕が生えた黄金の観音像が現れ、祈るような動作をした刹那、まずは小手調べとばかりに観音像はアトラへと手刀を振り下ろす。

 

 その速度は音を置き去りにするほどであり、アトラはまだ手招きをした姿勢で止まっており、まるで反応していない。

 

 だが、手が当たる直前、無防備な自然体の状態から突如、"自身を操作している"としか思えないほど不自然かつネテロよりもやや速い速度と超反応で繰り出されたアトラの拳が『壱乃掌』とぶつかり、突き抜けた衝撃は繰り出した『百式観音』の腕の一本を肘まで粉々に破砕した。

 

 自身の『百式観音』よりも速い。そのあり得ない光景にネテロは一瞬驚愕し――口の端をつり上げて笑みを強めた。

 

(これだ……俺はこれが欲しかった……『参乃掌』!)

 

 いつからだろうか。敗北の苦汁を忘れ、才能の無さを嘆き血の滲むような努力を積むことを忘れ、強者を前にして血と心が滾る感覚を忘れ、敗者から差し出された手を無意識に取れてしまえるようになったのは。

 

 ネテロの『百式観音』は強かった。むしろ、強過ぎてしまったのだ。人間は駆け引きどころか、認識すらされずに終わってしまう。故に彼自身が真の意味での挑戦者となるのは、これが最初と言えるかも知れない。

 

 続け様に『参乃掌』が放たれ、二つの手を打ち合わせて、アトラを挟み潰そうと迫る。

 

 しかし、アトラの両腕が針のような形状へと変化し、『百式観音』の二本の腕を突き穿ち破壊したことで、技を潰された。

 

(俺の『百式観音』はこんなもんじゃねぇ!)

 

 文字通り手数にも勝るネテロの『百式観音』はその程度では止まらず、祈りと共に次々と掌を繰り出す。無論、アトラは全ての掌を人形が踊るように繰り出される動きで迎撃し、破砕するが壊れた側から瞬時に『百式観音』の腕は再生している。

 

 『百式観音』の腕の再生力。これまでの人間ならば一度足りとも拝むことのなかったネテロの能力であり、崩れた腕が次々と生え代わる観音像の光景は、おぞましさすら覚えたことだろう。

 

 そのまま、ネテロはアトラに無限にも思える掌を叩き付け続け、アトラは人形が踊るような武道の欠片もない動きと、針から鞭のようにしなり始めた腕で掌を同時に幾つもまとめて打ち払い、叩き壊す。

 

 開始からたった一秒ほど続いた攻防は、五分に見えた。

 

 しかし、ある瞬間にアトラの髪が数十本に束ねられ、神話のメデューサのように蠢き、それぞれの先端から樹木の枝のように空に広がりながら枝分かれしたことで、均衡が崩れる。

 

(――!? 『百式観音』の腕より多い!?)

 

 ネテロの掌と変わらない速度で行われたそれは、ひとつの髪が、数十の蛇となり、数千の糸になるという異様かつあり得ない操作精度を要求する技であり、横殴りの豪雨のような糸は『百式観音』へと直接襲い掛かった。

 

 人間の念能力者ならばまとめて『百式観音』の掌で打ち払っただろう。しかし、一本一本が必殺の一撃のような威力にさえ思える今のアトラに向かってそれをすれば、千か二千ほど打ち落としたところで、確実に更なる糸に呑まれる。

 

 『百式観音』は莫大過ぎる手数で負けたのだ。

 

九十九(つくも)――いや……ここしかねぇ! 『零乃掌』!)

 

 迎撃が間に合わず、したところで『百式観音』が串刺しにされると踏んだネテロは、前面に攻撃が集中している今が絶好のタイミングと踏んで、自身の最大の攻撃を行う。

 

 『百式観音 零乃掌』は敵の背後に『百式観音』を顕現させ、掌で相手を包み込み、口からオーラの光弾を打ち放つ攻撃。渾身の全オーラを消費するネテロの最大最後の切り札である。

 

 『百式観音』が消えたことにより、数千本の髪の毛は空を切り、背後に現れた『百式観音』が掌でアトラを包み込もうと腕を振り下ろし――。

 

 

 アトラの首だけが180度回り、開かれた口から光線状の白い糸が下から上へと掬い上げるように放たれ、『百式観音』は頭から真っ二つに裂けた。

 

 

「な……」

 

 時間にすれば3秒にも満たない時間の攻防。それが終わり、崩れ落ちてオーラへと消えていく『百式観音』を茫然と見ながらネテロは立ち尽くす。『零乃掌』を『百式観音』ごと途中で破壊されたため、彼はオーラを撃ち尽くさなかったことがせめてもの救いだろうか。

 

 見れば展開した髪は前面だけでなく、背後にも微かに光が反射して見えることもある程度の細さの糸が等間隔で張り巡らせてあり、転移した瞬間に『百式観音』がそれに触れたことでアトラに位置が認識されたのであろう。平常時ならば兎も角、あれだけ緊迫した戦闘中にそれを発見することは人間にはほぼ不可能と言っても差し支えない。

 

『ちなみに今使っていた私の能力は『蜘蛛糸(ねんし)大化生(だいけしょう)』。こんな感じに自由に糸を操作できるの。今、全身を糸で覆って擬態しているからどこからだって攻撃できるし、体を操作して速く動かすこともできちゃう』

 

 攻撃方法こそ、人間のそれからは掛け離れていたが、アトラク=ナクアは紛れもなく、戦闘においての技量を極限まで極めたタイプの念能力者であり、一切の妥協も抜け目もない勝負を確かに行っていたのである。

 

 その上、あまりに操作系に忠実で単純過ぎる念能力。力押し、リーチ、搦め手、警戒、トラップ等々ある種万能型で、器用貧乏にも成り得る能力だが、それを余りあるオーラと確かなオーラ技術で補っていた。

 

『うーん……それにしてもちょっと"遅い"し、"数が足りない"わね』

 

 髪と腕を元に戻し、首を人間として正しい位置に戻し、緩んだ雰囲気に戻りながらアトラは難しそうな顔でそう呟く。

 

『全然、見えないほどじゃないし、工夫すれば対応も楽。見たところあらかじめ、決められた型の通りの攻撃を打ち出す能力みたいだし、その同時発射数も見た目を超えることはないから、相手の想像を超えることもない。アナタの弱点は自分より速くて、手数のある相手は苦手ってところかしら? まあ、当面の問題は速さよねぇ』

 

「………………」

 

 まるでネテロより速い攻撃を出せる存在がこの世界にいることを前提で話しているような口振りだが、アトラに一切の悪気はないのだろう。彼女は暗黒大陸の基準でモノを話しており、今言っていることもただのアドバイスである。

 

『いるわよ暗黒大陸には。アナタよりトップスピードは速く動けるほどの速度と、一撃の殺傷能力に特化している反面、小鳥につつかれても倒れる紙のような防御力を持った白いゴキブリとか普通にいるし。つまり見方を変えれば、暗黒大陸は強い者が更に強くなるにはこれ以上はない環境よ。まあ、どこでもそんな調子だから嫌気が差すんだけど……』

 

 うんざりしたような表情で、やや遠くを見るアトラ。それが本当か嘘かは彼女のみぞ知るところだが、彼女が嘘を吐く理由がないのもまた真実であろう。

 

『とりあえず、次は私よりも速くなってから来るといいわ。私、どっちかって言うとパワーファイターだから、アナタならすぐにできると思うわよ? ああ、でも……全盛期はもっと速かったのかしら? 一万年。アナタに寿命があったなら、もっと私と渡り合えたかも知れない素晴らしい能力なだけに残念だわ』

 

 その瞳に浮かんでいたのは、憐れみと悲しみ。そして、既に燻り終わった火のような生温かい優しさだった。

 

 それだけ言い残し、アトラク=ナクアはネテロの脇を通り過ぎ、客室へと向かう。そして、展望デッキから出る寸前に、思い出したかのように振り向き、笑顔で言葉を投げた。

 

『ああ、私に糸の光弾を吐かせたことはよかったわ。本当は使う気なかったのよ。ふふふ……大人げないわね。私も』

 

 ネテロはただ立ち尽くし、個人的に暗黒大陸へ行き、敷居さえ跨ぐことなく帰った過去のことを思い返していた。

 

 そのとき、彼自身も武人として何も得るものがないと落胆し帰ったと、今の今まで考えていた。

 

「違う……」

 

 だが、それは間違いだった。宇宙に他に人間に近い生き物が住む惑星があることを夢想するように暗黒大陸に同じ武人がいても何もおかしくはない。むしろ、古代文明の遺跡などが既に発見されているため、宇宙で人間を探すよりも遥かに高い確率であった。現にチィトカアは存在し、アトラク=ナクアが現れた。

 

「ちげぇ……!」

 

 結局のところ。彼は進むことよりも己可愛さに自身の意思で立ち止まったのだ。人類には最早、自身の敵がいないと知りながら。そして、数十年間、嘆くこともなく燻り続け、いつの間にか諦めたふりをしていた。

 

「そんなんじゃねェだろ! 俺の求めていたもんはよぉ!」

 

 そして、今日。彼にとってこの小さな世界に留まり続ける理由はどこにもなくなった。

 

(感謝するぜ……お前に出会えたこれまでの全てに)

 

 "一万年鍛えて届くのならそうしてやろう"と、ネテロは新たに高過ぎる目標を定めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 







※今の情報だけでチマメちゃんのペットを当てれたらスゴいと思います。



Q:白いゴキブリ……?

A:フェローチェはモクローのつつくですら確一取られるぐらい貧弱なんだゾ(台無し)



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