B級パニック映画系主人公アトラさん   作:ちゅーに菌

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あそぼ。リースXPです。前後編の前編になります。


大蜘蛛の四次試験 前

 

 

 

 

『やっぱりこっちの世界の自然は素晴らしいわねぇ……』

 

 アトラは三次試験会場である無人島のゼビル島の自然を眺め、感銘の溜め息を溢していた。周りには難しい表情をしたゴンだけがおり、他の仲間たちは見当たらない。

 

 それというのも今回の四次試験の試験課題は、自身のナンバープレートを3点、最初に引いたターゲットを3点、それ以外のプレートを1点で計算し、期日までに合計6点を集めるサバイバルであるため、個人行動となっているのである。

 

 尤もアトラは二次試験開始時点には全ての受験者のナンバーと顔を一致させており、また彼女としては、自身のプレートを奪えるほどの者がいるのなら出てきて欲しいと考えているため、胸に406番のプレートを付けたままであり、邪魔にならない程度にゴンと行動している。

 

 そして、行動するに当たってゴンとの四次試験中の約束が出来た。それはゴンのターゲット――44番のヒソカからプレートを奪うことに一切手を貸さないこと。

 

 それはアトラの提案ではなく、ゴン自身の意思によるものであり、彼女は快くそれを承諾したのである。

 

(それにしても……色黒の384番の方。ずっと着いてきているけど、脅かして追い払おうかしら?)

 

 アトラはそう考えたが、384番――ゲレタの視線から考えると、彼はゴンを狙っているように思えた。別に彼との約束では、ヒソカからプレートを奪うことに手を貸さないだけのため、彼にまとわりつく羽虫を追い払おうと、叩き潰そうと彼女の自由といえる。

 

(そこそこ気配を消せるみたいだし、ゴンはまるで気づいてない。このままでは例え、ヒソカのプレートを奪えても、すぐ384番に持っていかれるのは目に見えているわ。でもゴンのためにはならないわよねぇ……)

 

「ねぇアトラ?」

 

《なにかしら?》

 

 まあ、奪われたら私が取り返せばいいとアトラが結論づけていると、ヒソカからプレートを奪う方法を模索していたゴンが問い掛ける。

 

「アトラはターゲットを探さなくていいの?」

 

《ああ、コレね?》

 

 アトラは胸元から折り畳んだままの自身のターゲットが書かれた紙を出す。そして、ひらひらと事も無げに横に動かしてから、紙をしまってホワイトボードに文字を書いた。

 

《別にいいのよ。その気になれば無人島ひとつ分ぐらい余裕で、生命力を広げて気配を探れるもの。そうすれば今すぐにでも、終了一時間前でも見つけられるわ。2分もあれば奪えるわね》

 

「気を満たすって奴? アトラは本物の仙人みたいだね」

 

《本物の仙人よ、仙人。まあ、人じゃないから仙虫だけどね。それで、ヒソカからプレートを奪う方法は決まった?》

 

「うーん……普通にやったらどうやっても取れるイメージがわかないや」

 

《まあ、その釣竿を普通に投げて掛かってくれるような相手ではないわよね》

 

「だから獲物を狩るときに取ろうと思うんだ」

 

《へぇ……どうして?》

 

 それを聞いたアトラの目付きが少しだけ真剣なものになり、感心した様子に見えた。

 

「うん、教えてもらった訳じゃないけど、アトラがくじら島に来てからもっと動物を観察するようになったんだ。そうしたら、襲う瞬間と食べる瞬間だけはどんな動物でも無防備になるってことがわかった。アトラはどっちのときでも全然気が緩まないけど、それでもほんの少しだけ緩んでる気がする」

 

《私の故郷では、狩りや食事で完全に無防備になったら絶好のカモだからね。けれどそれは正解。その2つの瞬間だけはどんな生き物でも警戒を解く、解かざるをえないのよ》

 

 自身の身の丈に近い獲物を仕留めた場合、安全な場所で食べることは自然界の常識であるが、アトラの口振りはそれの比ではない様子を表しているように思えた。

 

「アトラのいた場所はそんなに厳しい環境だったの?」

 

《まず生まれた生物が覚えることは、全てを疑うこと。草木、土、水、それどころか空気さえもよ。自分以外のなにもかも全てが、あらゆる状況、形状、時間、空間において殺しに来ることを、他が殺される姿を見て覚える。そうして、賢く、狡く、残虐で、冷たい生き物になるの》

 

「なんだか……悲しい場所だね」

 

《ええ、そう。優しい、弱い、馬鹿な奴から死んでいく。当然の摂理ね。もちろん、強くはなれるわ。けれど、それだけ。それ以外は何もないのよ》

 

 そこまで話したところで、悲しげな表情をしているゴンの頭に、アトラはポンポンと軽く手を置いてから更に文字を書いた。

 

《でも不思議なものでね。たったそれだけのことに気がつくのに、何千万、何億、あるいはそれ以上の時間が掛かるものなの。だって、初めから本当の優しさなんて知らないんだから。長い長い時間の中で、奇跡のような出会いがあるまでは、全ての生き物は狂った獣のまま。そんな不吉で、冒涜的な場所よ》

 

『ピー!』

 

 そこまでアトラが話したところで、一羽の青いカワセミがアトラ目掛けて飛んでくる。そして、少し上空でホバリングした後、カワセミはアトラの頭の上に着地した。その場に脚を折り畳んで座るカワセミはどこか、自慢げに見える。

 

 アトラは口に手を当てて小さく笑い、柔和な笑みを浮かべていた。

 

《ホント、面白い世界よ。ここは》

 

「ねえ、アトラ」

 

《なあに?》

 

「アトラはそこに戻らない方がいいよ。だってこんなに優しいのに……」

 

『………………可愛いわねぇ』

 

 アトラはゴンには聞こえない声で呟き、慈しむように頬を緩める。

 

《そうね……ここはさながら桃源郷。夢のような場所よ。後、100億年この世界が続くのなら、それを考えてもいいかもね。まあ、少なくともアナタが死ぬまではここにいるわ》

 

(この星に安息の地なんて何処にもないのよ)

 

 仮にこの世界に来た者が、アトラではなく別の悪意ある実力者だったのならこの世界は既に終わっていた。これは彼女にとって、そんな明日滅びるとも知れぬ束の間の一時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばアトラって魔術が使えるって前に言ってたよね?」

 

 川の近くで小鳥や動くアトラに釣竿を投げ、ヒソカからプレートを奪う練習をしている最中、ゴンは休憩のついでにそんなことを呟いた。

 

《言ったわね。あっちじゃポピュラーだから色々、使えるわよ。まあ、この世界の神字の延長線上のものと生命力を使ったものだがら、厳密にはアナタが考えるような魔術とは違うかも知れないけど》

 

「すっげー! よくわかんないけど何か見てみたいな!」

 

《うーん、それなら――》

 

 アトラは指で何かを描くような動作をした後、その指を川の水面に浸けた。すると餌を水面に投げ入れた時の数倍の勢いで魚が集まり、彼女の指がドクターフィッシュに啄まれるように囲まれる。

 

《これが"魚をひきつける"呪文よ!》

 

「………………うん」

 

(なんかもっとスゴいのがよかったな……)

 

 しかし、それは齢十代前半の純粋無垢な少年に見せるにしては些か地味であった。

 

《海水にも淡水にも使えるから、これさえあれば漁師は一生食いっぱぐれないわ!》

 

「それはすごいや」

 

 しかし、子供らしい好奇心にとっては微妙過ぎる効果であることは変わらないため、ゴンは愛想笑いを浮かべたままである。

 

 その後、反応からもっと見せてあげようと考えたアトラは思い付いた魔術をゴンに提案した。

 

 

 

《それなら"深淵の息"はどう?》

 

「効果は?」

 

《対象の肺を海水で満たして溺れさせるのよ!》

 

「すごく陰湿だね……やめてあげてよ」

 

 

 

《"アトラック=ナチャの子供の召喚"》

 

「えっと……ようするに?」

 

《任意のチィトカアがこの場に現れるわ!》

 

「くじら島にもチィトカアさんいるしなぁ……」

 

 

 

《"黄金の蜂蜜酒の製法"はどうかしら?》

 

「魔術なのそれ……? それに俺未成年だよ?」

 

《お酒は二十歳になってからね》

 

 

 

 しかし、どれもこれもパッとしたものがないため、ゴンは次第に何とも言えない気分になり、聞いた自分が悪かったと思いつつ、次に出された提案には従おうと決意する。

 

 

 

《"ティンダロスの猟犬との接触"なんかわかりやすいわよ!》

 

「もう、それでいいよ」

 

 

 

 少年の何気ない好奇心が、ある男の悲劇の引き金となるとは誰も予想だにしていなかったであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地中で寝ていた男は全身の毛が逆立つ感覚と魚と人の臓物が腐敗する悪臭を受け、目を覚ました。

 

(なんだ……?)

 

 更に地中にいるにも関わらず、濃厚な視線と獣のような息遣いを感じたためである。当然、辺りを見渡そうとも暗く、なんの変化も見られない。しかし、感じる悪臭は強まるばかりだった。

 

 そして、警戒を強め、穴から出ようとした次の瞬間――。

 

「――――――!?」

 

 "真下"から衝撃を受け、地上へと打ち上げられた。

 

 地上に出された緑の服に黒髪で猫目の男――301番ギタラクルこと、イルミ=ゾルディックはすぐに空中で受け身を取ると、自身が入っていた穴から距離を取つつ、襲撃者がいる穴に対して、柄の丸い画鋲のような針を放った。

 

(……手応えがない? 逃げた? いや、移動系の念能力か?)

 

 既に視線や殺気も消えていたため、イルミは警戒をしつつ、受けたダメージを確認する。

 

(あばら……何本かやられてるな。それよりも、なんだこの傷は……?)

 

 イルミの上着と体についていた打撲痕は、拳でつけたにしては小さく、指でつけるには太過ぎる形状をしており、それが十数ヶ所に渡ってつけられていた。

 

 連続で棒状の武器で突けばこのようにならなくもないが、襲撃者はたった一度の殴打でこのような傷を与えている。まるで、巨大なイソギンチャクが触手を拳に見立てて殴りかかって来たような奇妙な打撲痕にイルミは首を傾げる。

 

 彼がそんなことを考えていると、再びあの臭いを感じたと共に、足元の"尖った石"の角から青黒い煙のようなものが噴出する。

 

「――――ッ!?」

 

 そして、イルミが退く前に煙の一部がオーラで覆われた触手を形成し、鞭のように襲い掛かる。寸でのところで、腕を構えて防御した彼であったが、触手には関節が存在しないため、防いだ場所より先の部分が直角に曲がり、彼の胴に先端が突き立つ。

 

 見た目からは想像できない重さと、鈍器で殴られたような衝撃を受けたイルミは吹き飛ばされ、受け身を取った。そして、自身が元いた場所を見た。

 

 そこでは一本の触手から伸びる青黒い煙が立ち込めており、青黒い煙はすぐに圧縮され、生き物の形を取ると、その姿を表す。

 

 

 

 それは全長4mほどの四足歩行の犬のような何かだった。

 

 

 

 前足と後ろ足、胴体、頭、尻尾と犬を構成するパーツは確かに存在する。しかし、それ以外は既存の生物からは明らかに掛け離れている。

 

 前足と後ろ足には節、関節部が存在せず、細い蛞蝓が伸びているように見える。胴体は剥き出しの肉食獣の骨格がそのまま生きているように肉が無く、がらんどうの胴体の腹部には触手が蠢いており、背中には椎骨の突起に触手が一本ずつ毛のように伸びている。尻尾は最も長く太い幅広の触手のような尻尾が生えるのみで、冷たく硬く思える質感は、生きた針のように見えた。

 

 そして、原形質に似ているが酵素を持たない、青みがかった脳漿のようなものを全身から垂らしており、その姿も骨格は青黒く、それ以外は青白い出で立ちに見える。

 

 最後に頭部は開き始めのユリの花のような形状をしており、外側に捲れ上がる顎の中には、太く曲がりくねって鋭く伸びた注射器のような舌が伸びていた。

 

(コイツは……)

 

 その上、犬のような何かは少なくとも自身の10倍以上の顕在オーラを纏っており、まるで衰える様子がない。さらにどこまでも暗く、陰湿で、ねばつき、猟奇的なオーラは明らかに快楽的、道楽的に他者を犯し殺すような類いのものであり、生物としてはあまりに異常であった。

 

『――――――』

 

 犬のような何かは、見下すように暗く輝く目を三日月に歪めると、舌なめずりする。その様は知り合いのヒソカが、獲物を愉しく値踏みする様子に酷く重なる。

 

(殺そうと思えば……初撃で殺されていた……)

 

 それを目にし、相手の凡その思考を読み取り、その考えに至ったイルミは、自身の胸の中で自然に湧き上がり、拡がっていく感覚を覚えると共に、針を構える己の手が小刻みに震え、いくら抑えようとしても止まらないことに気づく。

 

 

 

(………………"こわい")

 

 

 

 闇人形として、生きるイルミ=ゾルディックが久方振りに感じた生物としての本能による激情は、与えられた"恐怖と絶望"であった。

 

 それを目にした犬のような何かの姿は、小さく声を上げると、即座に全身が霧のように霧散した。そして、視線と殺意だけが残り、ゆっくりと絞め殺すように嬲り始める。

 

 久方振りの追い甲斐のある獲物。犬のような何か――"ティンダロスの猟犬"はそう易々とイルミを殺す気など何処にもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 

《はい、解毒はしといたわ。ヒソカからプレートは奪えたけど、借りが出来て災難だったわね》

 

「ありがとう……必ず……必ず借りは返す!」

 

 

 アトラは自身のターゲット――301番に対して、お使い程度の認識で放った猟犬のことをすっかり忘れ、(ゼツ)でオーラを消して気配を隠しつつ、ゴンの成長を温かく見守るのだった。

 

 

 

 

 





ティンダロスの猟犬
 異常な角度を持つ場所に棲む暗黒大陸の生物。絶えず飢え、そして自身が生命の危機に陥らない限りは非常に執念深い。四つ足で、獲物の匂いを知覚すると、その獲物を捕らえるまで、次元を超えると比喩されるほど高い種族固有の追跡能力で半永久的に追い続ける。暗黒大陸では獲物を追う様子から"猟犬"と呼ばれているが、人類が定義する犬とは全く異なる存在である。
 尚、暗黒大陸で生き延びるため、自身の種族の台頭ではなく、より強い生物に従う生態を持つタイプの生物であり、アトラク=ナクア級の念能力者には頭を垂れ、非常に賢いため躾も簡単なので、ペットとして大人気(上位者目線)。
 蛇足だが、アトラによれば今回一体だけ召喚した個体は雌で、他の猟犬と比べると、かなりグラマラスな美人さんとのこと。



Q:ティンダロスの猟犬の一個体って平均的にどれぐらい強いの?

A:王直属護衛軍(がんばれば人類でも倒せる)ぐらい。


Q:くじら島のティトカアはなにしてるの?

A:パン屋



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