試験終わってみてみれば、キルラと大体同じくらいの感想数ですね、びっくりしました
……やっぱりピクシブはダメなのかなぁ、と思いつつ試作投下。もうちょっと様子見てどちらを続けるか選ぼうかと
Japan.
Tokyo.
「うわぁー…日本に着いたー…」
空港で宇宙服のようなスーツを着込んだ少年がバンザイしていた。周囲の人々は仮装か何事かと注目している。
だが当の本人には他人の視線など気にならないのか、旅行カバンをずるずると引き摺るとそのままタクシーを呼んだ。しかし見た目は宇宙服。嫌な意味で注目を集めるような奇人の客を誰が乗せるか、とタクシー運転手は彼を避けて行った。
「……来ない…眠い…」
「いや寝るなよバカ」
「あいてっ」
『安眠スーツ』の後頭部を引っ叩かれる。いつも通りの睡魔に誘われて瞼を下ろしかけた奕杜の目が覚醒した。
「あ、
「よぅ」
誰にも気付かれず、そして音も無く現れ奕杜の後頭部を引っ叩いたのは柄の悪そうな少年だった。病的なまでに色白い素肌――いや、白を通り越して真っ青にすら見えるほど不健康な体。オバケのように尖った耳にはいくつものイヤリングが繋がっており、全身真っ黒に髑髏の銀のアクセサリという悪趣味な格好をした小柄な少年だ。
王天君。奕杜の昔からの友達である。
「コラコラ、勝手に出てこないでよ」
「いやいや俺が出てこなかったらアンタ空港で熟睡してただろ」
「そ…そんなこと……ぐぅ」
「あ~ぁ、もう睡魔に襲われてやんの。しっかし日本のタクシー業者も冷たいねェ、ちょっと変わった格好したにしても立派な客だろうよ」
それは最もな意見ではあるが――柄の悪い格好をした王天君が隣にいるせいで先ほどよりもっと近寄りがたい客に見えてしまっている。軽く手を挙げてもタクシーの車一台すら止まってくれない状況に呆れた王天君はポケットから危なげな錠剤を齧り付くように平らげながら爪を噛んだ。
「
「なんだ」
ここで新たにもう一人、奕杜の背後から人影が現れた。
特徴的な唾の広いトンガリ帽子。ストライプカラーの長いロングコートは全身どころか足元まで覆われていてまるで足が無いように見える。加えて、そのロングコートはデザインミスなのか腕の部分が無い胴だけの服なのだ。だが、目の錯覚か白い皮手袋をつけた手が彼女の丁度胸辺りに浮いて見える。
ちょっとムー○ンに出てくるスナ○キンと似ている。
「奕杜の格好を『安眠スーツ』着る前の姿に見せとけ、少しの間だけでいいから」
「お安い御用だが…そんなスーツ脱がせればいいだろう」
「お前知ってて言ってるだろ、このスーツ内側からしか開けらんねぇんだよ」
「そうだったな」
クスクスと可笑しそうに妖笑を浮かべた金光聖母は浮遊する両手を奕杜に翳す。するとあらびっくり、『安眠スーツ』に着込まれる前の奕杜の姿に早変わりしていた。その姿を見た周囲の人はわ、と驚きを露にした。
人間離れした新緑色の長髪。肌は王天君ほどではないにしろ長い間直射日光を浴びていないのか色素の薄い肌色だ。身長は164cm程度と十七歳の彼にしては少々小さい。それも相まってか、好みの割には丈も考えられていないぶかぶかの黄色い上着に加え、これもまた金光聖母のコートよろしく明らかにデザインミスであろう誰の足にも合わないような長さの革ズボンをはいていた。加えて、閉じかけている瞳からうっすらと覗く色は金だ。
「さて、動物園の客寄せパンダの完成だ。もしくはアンコウの提灯か?」
「では私は失礼するよ。いくら元上司のお前と言えど、主の命令も出ていないのに外へ出るのは不本意だからね」
「そりゃコイツに言ってくれよ。まぁ言ったところで「自由行動」の一言だけどな」
「違いない」
「でもよ、あんまりお前が呼ばれないのはそう…なんだ、お前が言う主従関係が嫌だからじゃ無ぇのか?」
「嫌だろうとなんだろうと、私は――いや、私達はそういう関係を彼と結んだのだろう」
「奕杜にゃそんな意識は無いように見えるぜ」
「……無駄話だったな、ちゃんと送り届けてくれよ」
「任せろ」
王天君が鼻で笑って答えると同時に金光聖母の姿はうっすらと残影を残して消えた。
さて、と相変わらず覚醒と睡眠の狭間でうようよしている奕杜の手を後ろから掴み上げて手を振らせる。すると案の定一台のタクシーもとい獲物が引っ掛かった。目の前で止まったタクシーに荒々しく乗り込んだ王天君は未だ眠る奕杜を後部座席に放り投げ、タクシー運転手に指示を出す。
「陰陽塾まで頼むぜ」
※ ※ ※
「おら、着いたぞここからは自分で歩け」
「ほが」
逃げるように走り去るタクシーの発射音に釣られて奕杜が目を覚ます。同時に王天君は姿を消してビルの前に奕杜一人が残された。いまだ金光聖母の術の効果が持続しているのか生身のままの姿に見える奕杜は重い瞼を擦りながら目の前のビルを、目を細めて見上げた。
「……え? ここ陰陽塾? フツーのビルと変わんないじゃん」
目の前に立つビルは周囲の高層ビルとなんら変わりないものだった。もっと古い社(やしろ)や寺院なんかを想像していた奕杜だったが逆に「これなら敵対勢力からも攻撃されにくいか…」と勝手に納得していた。最も、その敵対勢力すら知らないのだが。
正面入り口の自動ドアにおっかなびっくり関心しつつも潜って塾へと入ると、奕杜が周囲で霊的セキュリティを感知した。そのせいで普段半開きの寝ぼけ眼がやや開き、結果的に眠気が多少晴れてしまった。
「うわなにここ崑崙山とか道教塾みたいな呪的措置してある……あぁ、眠りたかったのに」
晴れてしまった眠気を名残惜しみながら、余ったズボンの丈を引き摺るように歩くと二つ目の自動ドアを潜る。すると目の前に二体の狛犬の石像が目に付いた。
「へぇー」
奕杜は珍しいものでも見るようにその狛犬の目を覗き込む。すると石像の筈の狛犬の目がぎょろりと動いて、今度は逆に奕杜をその瞳に捕らえた。だが当の本人は驚くことなく、
「あなたが塾長さん?」
「ほぅ、我を見て驚かぬとみるか。この塾門を潜る者ならば当然の反応か」
「違うの?」
「正確には我等は塾長の呪力を吹き込まれた高等人造式、アルファである」
「オメガである」
覗きこんでいた右側の狛犬がアルファ、左側がオメガというらしい。随分とフランクな石像だ。
「汝が今期新たに招かれた当塾の新しい〝教師〟だな、遠路遥々ご苦労であった」
「ホントは来る気、無かったんだけどね……」
「では己が名を名乗れ」
「姜 奕杜」
奕杜が名乗ると機械的処理中なのか情報照会なのか、一瞬ただの石像に戻り塾長と交信したようだ。するとすぐフランクな狛犬に戻りアルファとオメガは口を開けた。
「〝太上老君〟姜 奕杜。声紋と霊気を登録した」
「汝の式神も登録したぞ。随分と多いな」
「へぇー、そういうことも出来るんだ。凄いね」
随分と多い、という点に首を傾げたが、日本では奕杜が持っている式神の数はそれなりのものらしい。まぁ奕杜本人、何かしら特別な力がある訳ではないから基本的に彼らの力に頼っているのだろう。
「ここをまっすぐ行けばエレベーターがある。最上階に我等の主はおられる」
「なるべく速く来てくれとのことだ」
「えぇ? なんで?」
「今日が始業式だ、挨拶の段取りを決めねばならない」
「あ、そうだっけ。じゃあさっさと行こうか」
奕杜はふわりと片手を虚空に凪ぐ。するとそこに人間一人をすっぽりと覆える大きさのガラスのようなものが現れた。奕杜は〝それ〟に手を突っ込むとずぶずぶと沼に埋もれるように入り込み、やがて全身を飲み込まれていく。
陰陽にはまるで似つかわしくない、まるでホラー映画のような光景だった。
※ ※ ※
「よっと……あれ?」
突如陰陽塾の最上階の廊下に現れたガラスから出てきた奕杜は首を傾げた。
おかしい、本来ならこんな廊下ではなく、おそらく塾長がいるであろう一室へと空間移動したはずだが。
「……眠い…でもさすが陰陽塾、か」
どうやら塾長室か、もしくは塾長周辺に呪術的対策が施されているらしい、一気に進入して寝首を刈られない為に。
だが奕杜の空間転移も負けず劣らず優れているのか、転移先は塾長室の前だった。『塾長室』と書かれたドアの前に立つとノックどころか断りもせずドアを開けた。
その部屋は少々、現代的な見た目の塾のビルにしては古い雰囲気を漂わせる一室だった。その一室の奥、窓際にある大きなデスクの奥に、一人の初老の女性が座っていた。
「ようこそ、陰陽塾へ。お待ちしてましたよ〝太上老君〟姜 奕杜さん」
「あー……ええと、はい。はじめまして、塾長」
基本寝るか寝るか寝るかしか生活における選択肢が無かった奕杜にとって、初対面の、しかも偉そうに見える人と話すのはこれが初めてだった。当然中国にいた時には周囲に誰かしらいたし昔から気心の知れた人達とは普通に話せる。だがこうして外国へ、しかも日本へはこれで通算二度目の訪問になるにしても対人スキルが零と言っても過言ではない奕杜にはいささか前準備の怠った対面だった。
だがそんな奕杜の態度にも、塾長は寛容な態度で受け取った。
「〝老君〟なんていうものだからてっきり私くらいの歳の方かと思ったわ。初めまして、私が塾長の倉橋 美代です」
「はい…ちゅゆ、中国道教界三大道師が一人、〝太上老君〟の位を授かった…姜 奕杜、です」
「そう、畏まらなくてもいいわよ。貴方も今日からここの塾講師なんだから」
「よ、よろしく…お願いします」
ぺこり、と先ほど噛んでしまって赤面した顔を隠すようにお辞儀し、塾長である美代も返した。
「さて…中国からわざわざ足をお運び頂きありがとうございます。当塾では『中国陰陽学』の座学と実技実習、そして必要とあらば他の授業の助講師としてこちらで勤めて頂くのでよろしいですか?」
「うん――はっ、はい。そうです…ね」
「ふふっ、ヨウゼン教主から少しお話は聞いていたけど、ちゃんと分別はある子のようね。中国の陰陽術は私もそこまで知らないのだけど、どんなものなの?」
「え、えぇっとーそう、ですねー……」
ヨウゼン教主何言ったの!? とか分別ってなに? とか助講師なんて聞いてないよ! と心の中で混乱が巻き起こり奕杜はわたわたしながら目を回していた。
「えぇと、その前に一個いいですか?」
「何かしら?」
「―――そこにいる人にも、見せるんですか?」
少し、塾長の目が細まった。だが奕杜は塾長の視線よりも、部屋の窓際にあるカーテン、その影に隠れるように立っていた人に目が向いていた。
「ほぉ。僕の隠形を見破るとは、どうしてなかなか」
特徴的な訛りのある日本語が聞こえた。そこにいたのは奕杜から見ても、「若いのに枯れてる」と自分のことを棚にあげてそう言われそうな人だった。梳かされてないぼさぼさ頭によれよれのスーツ。銀の眼鏡に色あせたネクタイ。そして――一際目立つのが右足の木製の棒。義足だ。
「ちゃんと挨拶できんでごめんなぁ、僕は大友 陣言います。よろしく」
「よりょしく…よろしく」
また噛んだ、と自己嫌悪しつつ奕杜は差し出された手を握った。握った手も骨ばっててかなり痩せているようだ。
「ごめんなさいね。力試しとかいってこの人、このまま自分がいることにいつまで気付かないかーっていって貴方で遊ぼうとしてたのよ」
「そら遊び心の一つでも出来てしゃーないやないですか。なんせ陰陽師の総本山っちゅうても過言ではない道教界、そこんとこのトップに据えられた人が日本の、しかも陰陽塾に来るなんてな」
「ははははは、そうですか」
奕杜は乾いた笑みしか浮かべられなかった。
――道教界。日本のように半世紀前に霊災に見舞われるよりも遥か昔から、妖怪仙人のような者達が引き起こす怪異と付き合って生きてきた国、中国。20世紀以上も前から創立された道教界では創立以前からいた仙人『元始天尊』『通天教主』そして『太上老君』の三人を三大道師と呼び崇められていた。元来寿命の長い仙人はよほどのことで死なない限りその座が空くことは無いが、昨今行方不明になっていた『太上老君』の座が空位となってだいぶ経過し、最近になって奕杜がその座を得た。
奕杜自身何故己にそんな地位が与えられたかよくわかっていないが、しぶしぶその立場を受け入れた。
「そんじゃ、時間も押してるんで行きましょか」
「ええそうね、老君…って呼べばいいかしら?」
「その名前には、あまり慣れてないので姜でいいです」
「そう。じゃあ姜先生、行きましょうか」
「始業式、で?」
「おぉ、ようわかっとるやん。ええか少年、物事っちゅうんは始まりが大事なんやで?」
共に退室した大友が脅すように言う。
たった一人相手でも、初対面で噛みまくりだったのだ。こんなので始業式に全塾生徒の前に立って大丈夫か。
「プレッシャー……」
「大友先生、あまり苛めないでください」
「苛めちゃいます、アドバイスですよ」
※ ※ ※
「いやぁ、ドンマイやったなぁ姜クン」
「……全然気付かなかった」
始業式が終わった翌日。
主に奕杜が受け持つ一年の教室に向かいながら、奕杜は『安眠スーツ』の姿で項垂れていた。その隣で大友が苦笑している。
「いっやぁー、まさかあの姿が呪術で見せてたモンだったとは気付かんかったわぁ~。しかもただ偽装させてただけやない、感触も生身そのものに思えるくらいの再現率やったな」
「多分金光聖母のおかげかなぁ。寝てる間に術を掛けられてたのかも…」
―――始業式の挨拶の場、待機している間はちゃんと生身の姿に誰もが見えていたはずだが、空港で掛けていた金光聖母の術がちょうど奕杜の挨拶の番になった時に解けてしまい、全校生徒の前で『安眠スーツ』着用状態で前に出てしまったのだ。
あまりにも衝撃的でかつシュールな光景に全校生徒だけでなく講師陣も唖然としてしまい、舌っ足らずな挨拶を終えて一礼した際にメット部分がマイクに衝突した時にようやく本人も気付いたのだ。
その後特にあわてることなく舞台裏に戻ったが、当然ながら生徒は騒然とし講師陣も奕杜に問い詰めていた。
実のところ、奕杜本人は己の姿が『安眠スーツ』着用状態であると勘違いし、生徒職員は塾長を除いて生身の姿が呪術によるカモフラージュだと気付かなかったのである。互いが互いに勘違いしていたが故の大混乱であった。もっとも、星読みに優れた塾長は最初から全部知っていたらしいがおそらく奕杜本人を陰陽塾に馴染ませるためとのことだろう、大義名分的に。
実際には、遊び心。
「あのババアとんだ喰わせモンの狸やから気ィ付けや。ぼさっとしとると足元掬われんで」
「…僕はなんてところに来てしまったんだ………」
生徒の前に立ってただ自分の国の呪術や歴史を教えるだけの簡単なお仕事だと聞いていた奕杜にとっては、心が削られる思いだった。教えるどころかいろいろ疑え、身嗜みはしっかりしろ、とか不安要素が豊富過ぎて困る。
おまけに、講師陣の中で『安眠スーツ』の有無が問われた。
一応本人の体が弱いという理由でなんとか承諾を得たが、まさかその名のとおり安眠したいだけのスーツだと言われたら脱がされかねない。それは御免だ、絶対駄目だ。
―――僕の安らかなる睡眠時間を奪われたらたまらない!
「…今、不謹慎なこと考えとったやろ」
「ないないぜんぜんなーい」
「…まぁええわ。今度は前みたいに皆の前で術が解けたりするんやないで」
「日付が変わる時間まで持つよう掛けてもらいました」
『安眠スーツ』着用の条件として、もう二度と『安眠スーツ』の姿で生徒たちの前には姿を現さないでほしい、とのこと。先日のあまりにもの衝撃的挨拶で生徒間であらぬ噂が飛び交っているようだ。これから一年、場合によっては数年、『中国呪術学』という新しい教科を担当する唯一の講師に悪影響を与えてはいけないと、塾長からの判断だ。
ひとまず渋谷にあるマンションのワンフロアに泊まった奕杜は行きがけに金光聖母に術を掛けて貰った。何故か嬉々としていたがわけがわからないよ。
「しっかし…ホンマ生身でもそんな姿なんやな。わざわざスーツで隠す必要無いんとちゃう?」
「呼吸したくないんです」
「メシは?」
「夢の中で」
「トイレは?」
「そもそもしない」
「ダラけすぎや!」
ペシーンと頭を叩かれた。解せぬ。
「ところで気になったんだけど、なんで大友セ・ン・セ! までいるんですか? 単なる教室案内ってわけでも無いでしょうに」
「うっわぁ…親しみ余ってウザさ百倍やな。キモイ」
ドン引きされた。これからは止めよう。
「ゴホン…いや、今日は実は一年以外は休日なんや」
「え? あぁ…はぁ、そうですか」
だからなんなんだろうと思いながら教室の扉を開けて、大友が珍しく言い淀んでいた理由を理解した。
「せやから……お手並み拝見、ってことやね。当塾の総意や」
教室の後ろの空席には――陰陽塾の講師陣が陣取っていた。
なにこれパない。