テスト明けだからか文章力が右肩下がりぃ……
最初の授業は先生と生徒が相手です。
なんだそれ。なんだそれ罰ゲームかな? あぁ罰ゲームなら納得だ。
二度目の日本だが想像以上に過酷なスタートだった。いや、クラウチングスタート時に一回コケたようなものだから仕方ないのかもしれないが。
――普通、初めての授業に講師と塾長も受けさせるっけ。確かに初の講義だし今年から追加された新しい講義のせいでカリキュラムもキッツキツだから色々とストレスマッハなんだろう。なんでヨウゼン教主は『生徒』じゃなくて『講師』として入塾させたのか疑問が残る。一応講師ついでに陰陽庁やら祓魔局やら呪捜部とやらから様々な権限という名の特典も付けてもらっているらしいので講義を受け持つこと以外は基本的に自由に動いていいらしい。
はじめが肝心はじめが肝心。
「………」
「………」
「………」
うわぁどうしよう、パニクって言葉が喉で突っかかってる。
そして沈黙が痛い。ヘルプヘルプと最後尾で席についている塾長倉橋さんに視線を送るが、にっこりと満面の笑みを返すだけで特に何もしてはくれなかった。おいそこは助けてくれよぅ。
大友先生は頼りにならないのでスルー。他の先生とは――実際、普通に話せるようになったのは大友先生だけなんだよね。入学式での事故を起こしてしまったせいで超とまでは言わないがそれなりに険悪。今日なんか藤原先生に背中指されたよ、つらいよ。
正直、ここまで外界の刺激がストレスになるとは思いもしなかった。帰りたい。帰って寝たい。でも『安眠スーツ』着てるから普通にどこでも寝られるか。
望み薄だけど、ヘルプを生徒達に求めてみる。顔を逸らされた。駄目だった…欝だ、寝よう。
だけど、三人ほど僕と目があった子がいる。
一人は、男の子。
眼鏡。
なんとなく子供っぽい。
天然な空気を感じる。
なんとなくだけど、純粋に育てられてきたんだなぁと思った。
二人目は、男―いや、女の子?
服装はズボンだから男か、じゃあ男の子だ。
中性的に見える男の子。
男か女かで悩みはしたが一応資料で一読しているので名前は知っている。
土御門 夏目。
僕が日本に再び来るきっかけになった子だ。本人も相当苦労しているみたいだし、あとでお話しよう。
三人は、女の子。
茶髪のポニテ。
ぱっちりおめめ。
なんだかすごく綺麗だ。
可愛いけどなんだろう―そう、〝魂魄〟が輝いて見える。
生徒として向かい合っていたら『安眠スーツ』を脱ぎ捨てて抱きついてたかもしれない。
それほど、その子という存在に魅かれていた。
自分でもびっくりするほどだ。
その子をじーっと見てると向こうも見ていることに気付いたのか目を丸くしていた。途端何を思ったのか睨み返された。な、なんだよう。
「お困りみたいだね、姜クン。手を貸そうか?」
「――何? 何かしてくれるの?」
「うぷぷぷぷぷ、しちゃったりするのです。ボクに任せなよ。がっちり生徒のハートを掴んで見せるさ!」
「へぇ、じゃあちょっと代わろうか」
誰にも聞こえない声量で。
誰にも気付かれない会話を交わし。
そして――誰にも気付かれること無く、入れ替わる。
※ ※ ※
空間が、変わった。
それはまるで玩具の世界。階段構成に並べられた机はぐにゃりと婉曲し、まるで紙でつくられたハリボテのような机が平地にジグザグな並んでいる。
天井は吹き抜け、蛍光灯があったと思われる場所はプラネタリウムのような作り物のお星様が嘲笑うように瞬いていた。
視界に見える黒板、壁、床、教卓――その全てがダンボールを思わせる平面的な形へと変化し、周囲にはどこから垂らされたのか様々なおぬいぐるみが宙吊りにぶら下がっている。
それにはじめに気付いたのは、大友だった。
「これは…!?」
「大友先生、落ち着いて」
懐から呪符を取り出し脱出を試みようとした大友を、塾長が隣から手で制した。心配は無い、少なくとも危害は何一つ無い、と。
塾長の一括でも講師陣の動揺は収まらない。生徒達ならばなおさらだ。
「うわ、なんだここ!?」
「嫌だ何、急に暗くなった!」
「げほっ…ぅえ、なんか頭が回ったみたい…」
「停電…!? じゃないわね……結界?」
「ご名答~!」
口々に言う生徒達の不安を引き裂くように、様変わりした空間でも唯一教卓だと認識出来る場所からダミ声が木霊した。ハッ、と一同が振り向くと、教卓と思しき場所からぬいぐるみが飛び出してきた。
「じゃじゃ~ん! さぁみんな、驚いてくれたかな?」
そのぬいぐるみは飛び出してきた教卓に座るなり、無機質な目で観察するように皆を嘗め回した。だが愛くるしい姿故か、恐怖よりも何故か怒りが込み上げてくる。
ぬいぐるみのモデルは、おそらくシロクマ。だが真っ白な体に真ん丸い右目とは裏腹に、左側は対照的な真っ黒に全身をカラーリングされている。左目は黒と並び不吉の色を象徴するような、妖しげな曲線を描いた真紅に染められている。おまけに歯も剥き出しだ。
「な、なんだこのぬいぐるみは!?」
「式神!?」
「んん~半分正解半分ハズレ、ボクはモノク…じゃなかった。十天君の一人、
デデーン、と効果音が付きそうなポーズをする孫天君。肥満なお腹から覗くでべそがぽよよんと揺れた。
「孫…天、君?」
「十天君って……?」
「ごほん、説明致します。今! 本来壇上に上がっていた姜クンは緊張してあっぷあっぷに、アガッちゃいました! な、の、で、本日の『中国呪術学』の授業は~このボクがやっちゃいまーす!」
混乱する生徒達や講師群を楽しみながら眺めた孫天君は、満足な説明もままならぬまま黒板にチョークで叩くように文字を書き出した。
「それではっ、まず授業の第一歩として中国と呪術の関係をどれくらい理解しているのか、質問しようと思います! 第一問はこちら!」
よく響くダミ声で説明した孫天君は黒板をポンポンと叩く。そこには『第一問 日本で言う陰陽師とは中国では何と呼んでいるでしょー?』と問題が書き綴られている。
「では~…そこ! そこの賢いチンパンジーみたいな顔をした少年! 答えちゃってちょうだい!」
「お、俺かぁ!? え、えーっとぉ…じゅ、術士…?」
まさかランダムで指されるとは予想もしなかっただけに、左側前から三番目の席に座っていた少年は苦しそうに単語を捻り出した。当然だろう、心構えも無しにいきなり指されてはちゃんとした思考もままならない。
そして、それを許す孫天君では無かった。
「残念ハズレ、正解は『道士』または『道師』でしたー! と、いうことで…罰☆ゲーム! おしおきターイム!!」
「えっ、うわ、うわわわわわわわわ……!?」
ニンマリと笑みを浮かべた孫天君は不正解してしまった少年を指差した。するとボォーンと小さな爆発音と共に少年の周囲から妖しげな煙が立ち込める。周りにいた生徒達は小さな悲鳴を上げて煙から逃れ、講師達はなんだなんだと席を見下ろしていた。
煙が晴れたその場に、少年の姿は無かった。
代わりに、少年の面影を漂わせるファンシーなぬいぐるみが席に座っていた。
「……え、ぬいぐるみ…?」
「
「先生、これは…?」
半ば教師生徒問わず恐慌状態に陥る中、孫天君はまるで可笑しそうに口元を手で押さえてニンマリと憎たらしい笑みを浮かべていた。
「うっぷっぷっ…まるでハトがガトリングガンでも喰らったような顔をして…どうしたんだい?ここはボクが作った空間だよ? 中にいる生徒をどうしようが、ボクの自由じゃないか」
「姜講師、血迷ったか!」
混乱に耐え切れなかった講師の一人が印を結ぶ。すると懐から燕を象った霊力を纏う呪府が飛び出し、瞬く間に孫天君を縛り上げた。ウィッチクラフト社が生み出した捕縛式『スワローウィップ』だ。
「うわ、わわわわわ絞まるぅ~」
「このまま縛り潰してやる!」
「先生!!」
「もう我慢ならん! 生徒に手を挙げるなど言語道断だ!」
ぎゅ、と印を結んでいない方の手に拳を作る。それと同時に『スワローウィップ』の旋回範囲が狭まり、同時に孫天君の身体が絞められる。
そして――潰れた。
「ざなどぅ!」
途端、爆発。
「きゃあ!」
「うわぁっ…!」
オレンジ色の閃光とともに爆炎が教壇に上がる。生徒達は対霊災時の時のように机の下に身を隠し、爆撃の被害から難を逃れる。最前列に座っていた生徒の目の前に、恐らく孫天君の肉体の一部であろう千切れた腕、足、耳、目――五体がバラバラとなって転がり、悲鳴をあげた。
「やったか…」
「先生! いくらなんでも縛り殺すんはイカンやろ!」
「いいや当然の措置だ、そもそも中国道教界なんぞスパイでしかないだろう」
「いいえ、まだです」
塾長の凛とした声が響く。その表情は険しく、講師たちは寒気を覚えた。
塾長の視線は教壇――よりも更に手前、孫天君がぬいぐるみにした生徒に注がれていた。そして塾長が頭の中で思い描いた未来が、現実化する。
「あいたたた、痛いなぁもう」
「……え…?」
驚きの声は、隣にいた女子生徒。ぬいぐるみにされてから一度たりとも動くことはおろか、話すことすらしなかった男子生徒のぬいぐるみが独りでに身動ぎ、そして喋ったのだ。
その口から吐き出される口調は、まるでつい先ほど爆発四散したはずの孫天君のもの。
「まったくゥ、いきなり縛り上げるなんて酷いじゃないか。ボクのメンタルはクマ一倍低いんだぞ!」
「な……」
あんぐり、と講師は呆然とした。当然だろう、いくらコミカルとはいえ縛り殺した筈の孫天君が生きているなんて。
そして、その身体がぬいぐるみ化した生徒に取り憑いただなんて。
「もう一度言うけど、ここはボクが作った空間だよ? キミタチがこの空間に入った時点で、キミタチに反抗なんて出来ないんだよ。それにいいのかな? 今度先生がボクを縛り上げたら……この身体にいた生徒も、死んじゃうよ? うぷぷぷぷぷ」
事実上、人質に取られたようなものだ。これでは手も足も出ない。
だが塾長はそんな状況でも特に問題なさそうに微笑んでいた。それは、孫天君に生徒達に危害を加える気はないと察したからだった。
「ただ、それじゃああまりにも呪学としての授業としては盛り上がらないから、この空間にはあるルールを設定しました!」
「ルールやて?」
「その通り。①ボクの質問に答えられなかった生徒はボクと同じぬいぐるみにしちゃいます! ②ボクに危害を与えたヒトもぬいぐるみにしちゃいます! てなわけで」
孫天君の目がギラリと光る。その眼光にひ、と怯えるは先程孫天君を縛った講師。びしぃいい! と指差され、孫天君は狂ったように吼えた。
「スペシャルなおしおきだよ、キミはキーホルダーにしてやるー!」
「ぎゃあああああああああああ」
ボーン! というこれまた軽快な爆発音と共に講師の足元から妖しげな煙が噴出する。断末魔の悲鳴を上げた講師の姿が完全に煙によって隠れ、次の瞬間大変可愛らしいキーホルダーとなってポトリと床に落ちた。それを、倉橋塾長が拾う。
「先生、彼は私が確保しておきます。ところで……彼らをちゃんと戻す方法はあるのですか?」
「ロンのモチだよっ。③授業中のボクの質問に答えられたり、興味を持って的確な質問をしてくれたら1ポイントをあげちゃいます! ④ポイントはおしおきを受けたヒトを元に戻すことで消費できまぁす、ただしいくらポイントを稼いでもおしおきを受けると今まで持っていたポイントは全部、損失! だだだだだ大損害なのです! 気をつけてね。⑤授業中に得たポイントはその学期の評価点に加算されます! 今年初めて導入される教科だから、ボクとしてはみんなに幅広く興味と意欲関心を持ってくれたらなぁ、と思っちゃったり!」
てへぺろ、と孫天君は恥ずかしげに舌を出した。
※ ※ ※
「落ち着いてくれたかい? じゃあ授業を進めるよ。まず最初に『道士』は普通の『道士』と『天然道士』の二つに別れまぁす。『道士』は仙人骨と呼ばれる特殊な骨を持った上で、仙人になる為の修行をしているヒトタチのことです! 日本では丁度キミタチのことを指すよ」
「先生、質問です」
ざわめきが走る。
孫天君が黒板につらつらと文字列を並べながら説明する中、塾生の一人が挙手したのだ。先ほど生徒がぬいぐるみに変貌した様を目の前で見れば、何もしないのが己の身を守る一番の方法だというのに。
「なんだい? 土御門クン」
ざわめきの半分は、挙手した人物に対するものでもあった。
土御門 夏目。
塾内において――否、陰陽師に関わる者に知らぬ者無しと言わしめるほど、いまの陰陽界にその名を轟かせる〝少年〟だ。
土御門本家の次期当主にして天才、そして先の大戦中に現代の陰陽術の礎を築いた稀代の大天才にして『伝説の陰陽師』土御門 夜光の生まれ変わりと噂されているほどである。
だがそんな生徒達の視線には慣れているのか、特に緊張した様子を一切見せる事無く、威風堂々と孫天君に向き合い言葉を発した。
「仙人骨とはなんですか?」
「いい質問だねぇ土御門クン! そう、分からないと判断した言葉にはそうやって質問してくれれば、ボクとしてもありがたいんだよねぇ。キミには授業点1ポイントあげよう!
仙人骨とは百人に一人程度の確率で生まれる、いわゆる特異体質のことだね。特徴としては、頭が長いだとか、骨が丈夫だとか、生まれながら骨髄が少ないヒトタチなどが挙げられるよ」
「それは、僕達も含まれているのですか?」
「何人かは当てはまるだろうね。日本では知られていないだろうけど、キミタチの言うところの霊気の流れや霊的存在を視て感じ取る力『見鬼』は仙人骨のあるなしで大概見分けられるんだよ」
「…そう、だったんですか」
知らないことだった。それは夏目達生徒だけではなく、講師たちも同様だった。
当然ながら『見鬼』には陰陽師において一種の才能の有無の判断に繋がる。『見鬼』が高位のものであればあるほど、目の前で繰り広げられる術や法の見極めは事細かにできる。先天的に『見鬼』がある場合はいいが、陰陽師を志すのにもかかわらず『見鬼』が無い場合は式神化させるなどで後天的に『見鬼』を付加させる。
だが、日本は未だに『見鬼』の有無の法則を見出せないままでいた。それが、中国ではとうの昔に分かっていたのだ。
「土御門クン着席。じゃあ次、『天然道士』だけど、仙人骨のある者が道士とならなかった場合のヒトタチを指しまぁす。仙人骨の強大なパワーを筋力に変えるため、とても強い運動能力をもつ異常体質となり、一例を挙げると山一つ斬り崩したりとか走ってて自動車を轢くとか結構迷惑なヒトタチが大概そうだったりしまぁす」
そういえば中国ではそんな事故も多発していたような、と中国のニュースをチェックしていた者達は思い返していた。
「『道士』は更に二つに別れ、男性の道士は
カカカカカッ、と孫天君は軽快にチョークを滑らせていく。
生徒達はそれをノートに書き込み、後ろで見ていた講師陣は興味深そうに授業に聞き入っていた。
もう、授業始めの疑惑と猜疑心に支配された空間は無い。奕杜と孫天君が生み出した空間は決して悪戯に展開したものでは疾うに無くなっていた。
次々と明かされる、本場陰陽師の国・中国の陰陽術。それらは陰陽塾に新しい風を運んだと、塾長は予感していた。
一言。
モノ○マって実際教えてもらうにはいい先生だとおもうの