「おばちゃん餡団子おかわりー!」
私の声に茶屋の奥で団子を焼く老夫婦が応える。
店内には甘い香りが漂い、辺りを見渡せば私と同じような歳の頃の少女、若い夫婦、老人など多種多様な人が団子や抹茶、汁粉等に舌鼓を打っている。
時はまだ昼頃、私達は件の団子屋んの席に座り、街を行き交う人々を眺めながらのんびりと団子を頂いていた。
(うん!やっぱ餡団子は美味いなぁ。お抹茶も質の良い葉を使ってるみたいだしこれなら幾らでも食べれるよ。)
(確かに美味いが、自分で食べてないのに味を感じるのはやっぱ変な感じだな。ってかそろそろ代わってくれ、みたらしが食べたいんだみたらしを。)
人格は二つ、身体は一つ、それが今の私達だ。
初めは確かに思う事もあったけど彼が居なければとうに私は殺され ている。
両親を殺され、あの時何も出来なかった私に彼は救いの手を差し伸べてくれた。
お陰で仇を打つ事ができ、今もこうして美味しい物を食べる事が出来ている。感謝すれども恨む事など無い。
この鬼殺の道に進む事だって私自身望んだものだし、今の生活にもそこそこ満足している。鬼との戦いは厳しくとも彼と共になら戦い続けていける気がする。
でも私は良くとも彼はどうだろうか?
あの時、二人が一人となったその瞬間に彼から流れてきたものは未だに信じ難いものばかりだった。
此処によく似た、でも此処とは違う世界。そのおよそ百年先の未来は遠くの人との会話を可能にし、空を飛び他の国へと渡る事も出来る、そして天使の存在。
その言葉が正しければ近い未来この世界そのものが滅ぶということ。
恐らく鬼の存在による所が大きいと私は感じている。私自身夢物語と思っていたし、彼の世界にも存在しなかった事から多分この予想は間違っていない。
天使が言っていたこの世界のズレ。それを正さなければ私に未来は訪れない。だから鬼という存在を消す。その一心で私は鬼殺隊になった。
そして彼はそんな私に力を貸してくれると言った。
記憶の中の彼は常に闘いの日々だった。病気だったらしく、床に伏せながらも必死に抗う彼の姿が私の頭から離れない。
此方の世界に来る時、彼はどう思ったのだろう。元の世界には二度と戻れず、見知らぬ人、しかも異性の身体に精神を宿す。移動した先も危険があり、想像も予想もつかない環境に身を置く事になる。
それでも、誰かの身体を得ても成し得たい事があったのか、ただ純粋に死を待つ自身から遠ざけたかったのか。今でもそれは分からない。
私は未だに彼に聞けずにいて、恐らく今後も聞く事は無い。
聞いたら今までの関係が変わる。そんなムズムズとした確信めいたものを感じながら、けれども私はそれで良いと思った。
誰もが心には人に言えないものを抱え生きている。私だってそうだ。この一つの身体を共有し、ある程度の感情さえ相互理解できる状態であってもそれは変わらない。相手の心の中に手を伸ばす必要は無く、薄皮の様な、膜の様な物で互いを区切る。私達にはそれくらいで十分だ。
今は全力で楽しみ、壁を乗り越えていこう。鬼との闘いは大変だけど彼と二人一緒なら問題ない。そしていつか彼の心の中で整理が付いたら言える範囲で言ってくれれば良い。たがら今は……。
(…だから今は私が餡団子をお腹いっぱい食べる事にする。それで良いよね。)
(…え!? まるで意味分からん!みたらしは?)
(また今度!!)
(……理不尽すぎるだろ。)
彼は拗ねて一時間口を聞いてくれなかった。
◇◆◇◆◇◆
(…夕飯はこっちが選ぶぞ。良いな?)
(あはは、ごめんごめん。好きに選んで。)
先程彼女がたらふく団子を食べたお陰で当分腹は持つ。
なのでそれまでの間は腹ごなしに街を散策しつつ夕飯をとる店を探すこととなった。
(それにしても凄い人混みだね。こんなに人がいるなんて)
(確かに、久しくこの人数は見てなかったな。)
前世と比べると大したことない規模。だがこの世界の中ではある程度発展している街を歩きながら目ぼしい飲食店を探していく。
寿司、蕎麦、焼魚、鶏飯、等百年前という事で余り期待してなかったが思いの他良い店が並んでいる。和食が好きな自分としては昔の店という非日常も相まって久々に気分が高揚していくのを感じる。
(…やっぱ肉が食べたいよなぁ)
(はんばぁぐとか言うあれ?確かに貴方の記憶の中で見たものは美味しそうだったね)
(まぁ確かにそうだがこの時代にはまだ西洋の食事文化はまだ少ないからその辺は期待出来ないな)
彼女が見た記憶と言うのは恐らく幼少期に母が作ってくれたあの時のものかも知れない。
まだ自分が健康で普通に暮らす事が出来ていた時、母は自分が好きな事もあって良く作ってくれていた。その後は病が発覚し、食事にも制限があったから好きな物を食べる頻度も減ってしまった。だからある意味好きな物を食べれるというこの状況は初めての経験でなかなか興奮する状況なのだ。
「さぁ何処に決めておこうかなっと……痛ッ」
左右に広がる店に気を取られて前方に立ち止まる人にぶつかってしまう。慌てて謝るがその人は大して気にもせず正面を見続けている。
(ん、なんだろう?人混みが出来てるみたいだね。)
十数人程の人がある店の前で立ち止まっていた。人の隙間からん覗くとどうやら揉め事のようで三人の大人の男が一組の夫婦に言い寄っていた。
どうやら店の主らしい旦那は妻を庇う様に正面に立っているが体格には乏しく争い事には向いてなさそうだ。逆に相手の三人の男達は周辺の街人と比較しても頭一つ大きく体格にも優れていて荒事向けに見えた。
初めは話だけであったそれは旦那の言葉に業を煮やした男により手が振るわれ店の入口の看板を巻き込みながら旦那が吹き飛ばされた。
旦那は額から血を流し、妻はそんな旦那に駆け寄る。そんな光景に周囲の街人の数人からくぐもった声が洩れた。だが、誰もが助けに行くことは無い、そんな周囲を見てにやけた男達が再び旦那に詰め寄り襟首を掴んだ。
「止めてくださいッ!」
妻が駆け寄る。必死なのだろう、膝の震えは此方のからも確認出来る程でそれでも旦那の為に己を鼓舞して男に言い寄る。
「しつけぇな!!お前らは聞く事だけに応えてれば良いんだよ!!」
(………ッ!)
バチン、と同時に頬を叩かれる嫌な音が響き、周囲の街人が目線を逸らす。叩かれた妻は痛みか己の無力感か蹲まり、嗚咽を溢すだけとなってしまった。
(…酷い)
彼女からの心の声が流れた。
「顔の形が変わる前にさっさと吐いちまった方がお前達の為だぞ。まぁ直ぐに言っても何発かは食れてやるがなぁ」
男達は顔をにやけさせ、街人達はこの後に起こる悲惨な光景を思い、顔を歪ませた。
「ッッッ!!」
旦那がこの後に来る痛みに耐える為身構えるのを横目に自分は拳を振り下ろす男の腕を寸前の所で掴み、止める。
「昼間っから大の大人が数人がかりでこんなこと、恥ずかしくないのかお前達。」
ある程度距離があり、人混みを縫う形となったので技を使って近迫する。移動の余波で風が巻き上がり、砂煙が上がった。
「何だ!?てめぇ…」
いきなり現れた事に驚く男だが自分が彼らより背丈の小さな少女だと分かると腕力に物を言わせ振り払おうとする。
「ッ痛ぇ!」
生憎こちらの力は特別で鬼ならともかく人の身では並大抵の事では外せない。腕を掴む力を少し上げると男は顔を歪め、後方に仰け反る。それに合わせて手を離してやった。
男三人に対し、夫婦に近付けさせないよう間に立つ。今ので自分が只の少女では無いと分かった様で男三人が気を張り身構え、此方を睨んだ。
(ん……?)
街人のチンピラと思ったけど、やけに動き、構えに無駄が無い。羽織を着けているのも見た目だけでは無い様に見える。
「お前達もしかして『同業者』か?」
自分の声に男達が反応する。どうやら図星らしい、目眩に似たものを感じながらも怒りが沸々と湧いてくる。
「…人々を守る為の隊士がなんでこんな所で恐喝なんて事をしてるんだ。」
確かに隊の中では己の利の為に手段を問わない隊士が居る話を聞いた事はあるがここまでとは思わなかった。表に出てないだけでこんな輩はまだ存在するのだろうか。
「てめぇに言う筋合いは無ぇ。ってか人様の仕事にケチつけるとは何様だ?事と次第によっちゃあ只じゃおかねぇぞ!」
男はジロリ、と自分を舐め回す様に見る。その仕草、行動に生理的嫌悪感が募る。
「見た所新人の癸くらいだろうなぁ。俺は階級戊。部隊を率いてる者だ。お前の顔立ちは悪くねぇな。俺達に先程の行為を侘びて頭を下げ、献身するなら今後生き抜く為の指導を…」
男は反省する素振りすら無く、続きを聞きたくも無かったので懐に潜り込み腹に一撃を食らわせる。男は後方の二人を巻き込みながら吹き飛び道路に大の字で倒れた。
「生憎あんた等みたいな連中とは会話をするのも御免だ。此方は階級丙、立場としても人としてもあんた等を認める訳にはいかない。」
男は驚愕の顔で此方を見た後、痛みの為そのまま失神する。それらの一連を見ていた街民は暫しの沈黙の後、ざわざわと声を上げ、そしてそれは安堵と歓喜の声に変わった。
「よっ!姉ちゃんなかなかの大立ち回りだね!」
「お姉さん格好良い!!」
(只同業者があんなだったから飛び込んだけど結構面倒な事になったかもな。)
拍手を浴びる中、膝を着く夫婦に駆け寄る。二人とも外傷は少なく、それ程問題は無さそうだ。
「ありがとうございました!何とお礼を言ったら良いか…」
「いえいえ、先程の行いは流石に目に余るものがあったので。…所であの三人は貴方達に何の目的が合ったのですか?」
「それは…」と話そうとする旦那を妻が静止させる。会話の中の囁かな動作。だがそれが寧ろ自分の意識を傾けさせた、その時。
ドクン!
(ッッッ!)
自分の身体がそれに反応する。彼女も気付いた様だ。
今までの流れで自分自身意識する間も無かったし、このまま普通に会話が終われば分かる事も無かった。
元々この感覚に対してはそこまで鋭いと言う訳でも無く、一つと器官として補助程度に使っていたくらいだ。ただ、今の何気無い夫婦のやり取りに緊張が解け、感覚が鋭くなった時に近付いた事で『それ』に気付いた。
出来れば気のせいであって欲しかったが改めて感じても『それ』に変わりはない。
「抗争があったのは何処ですか!」
遠くて警邏中であろう警察の近付く声が聞こえる。誰かが通報したのだろうか。
どのみち今は此処に居て得は無い。自分は「夫婦に今後も気をつけるように」と伝え、夫婦は再度お礼を言った。
警察が来る前に人混みを使ってその場から立ち去る。先程の隊士はある程度警察から罰があるだろうが自分には関係ない。しかも上着で隠してるとは言え現在帯刀の身だ。厄介事にしかならない。だが……
「…結。気付いたか?」
(…うん。間違いないね。)
夫婦から感じたのは鬼の匂い。それも昨日今日の付いたものだ。
「夜に再度向かおう。」
どうか何かの間違いであって欲しい。そんなモヤモヤとした物を抱えながら昼間の街を歩き続けた。