「…今回は嫌な仕事になりそうだな。」
(…うん。)
時は夕暮。自分達は昼間の夫婦の事について聞き込みを行ったが内容をまとめて二人で出した答えはあの夫婦は『黒の可能性が高い』という事だった。
噂については下の通り、関係あるものをまとめて時系列順に並べると…
① 二人の間には幼い子供がいたがその子は病弱で外に出る事さえ厳しいものだった。
② 二週間程前、その子の体調が悪化した時の夫婦の顔色はそれは酷いものだったらしく周囲の人も夫婦の様子からもう長くないと感じていた。
③ 一週間前にその子が亡くなったと噂が流れた。墓は街外れの墓地に建てられたという。
④ 夫婦の様子はそれまでの様子と打って変わり明るいものとなった。周囲はギョとしたが店を見るにいつも通りの様子。
⑤ 最近夜の墓で人の叫び声が聞こえるという。街の子供達は怯えていたが大人達は良い機会と捉え、夜に出ると亡者に攫われる。と都合の良い噂で子供達を教育しているらしい
といった所だろうか。
先が短い子供の前に鬼の関係者が現れ子供を鬼にした。夫婦はそれを隠す為、子供を死んだ事にして街外れに墓を建て、そこに子供を匿ったとみるのが普通だろう。
鬼を狩った回数も増え、自分もそれなりの経験を積んできたがその中でもやりにく仕事というのも少なからず存在した。
強い鬼は純粋に闘い辛いし、逃げる鬼はそもそも闘い自体が成立しない。闇夜の中を追い掛け続けるのは骨が折れ、反撃を考えると気を抜く事も許されない。自分の見の丈を知らず無鉄砲に攻めてくる鬼なら楽なのだが鬼狩りは基本高い頻度で泥臭い闘いになる。
そしてその中でも心に負担が掛かるのは身内が鬼で庇っている場合や鬼が子供の場合だ。
前者は相手に人間が居るだけに事後処理や遺恨が残らない様に立ち回る必要があるし、後者は印象最悪だ。泣き叫ぶ鬼を追い詰め首を斬るなどやらなければならない事とはいえ精神衛生上非常によろしく無い。
そして今回予想されるのがその二つが重複したパターンだ。当然嫌な気にもなる。溜息の数は増え、夕食は喉を通らなかった。
今の夫婦と子の関係はいずれ破綻する。まだ消息不明者が出ていない事から恐らく両親は自分の血肉を子に与えているのだろう。子供の意識がどの程度傾いているのか分からないが人の血肉の味を覚えた段階で空腹により街人を襲うのは時間の問題と見る。
子供は近い内に理性を失い、両親を手にかける。そんな結末にしない為にも自分達は刀を振るおう。両親に恨まれ憎まれてもそれで負の連鎖を断ち切れるのなら喜んで嫌われ役に徹しよう。
両親の経営する店を見張ること数刻、日の変わる頃に動きはあった。
店の裏手口から提灯を手に夫婦は現れ、周囲を計画しながら人気の無い道を使い街の都心部から離れていく。そして半刻の時間を用いて夫婦は街外れの墓地の一画へと辿り着いた。
自分はそこから数百は離れた薮の中から観察する。夜目は効くので気配を殺せば鬼殺の隊員さえ尾行に気付くことは難しいだろう。
両親は子供の墓であろう場所まで来ると墓石を二人がかりで動かした。下には小さな空間があるようで中から両手両足を縛られ猿轡をされた子供が現れた。既に意識は鬼に傾いている様で両親は必死に呼び掛けて正気に戻そうとしている。
「ぐぅぅぅあぁぁぁ!!」
猿轡を外した子供が叫び出す。両親の声には無反応で拘束されている事に怒りを現し抵抗している。父親は制しているのがやっとの様で後ろから羽交い締めにして呼び掛けて続けていた。
「お願い目を覚まして!…これならッ!」
母親が自身の手に包丁を当て血を流す。その雫を子供に口に落とし飲ませていた。子供は一度静かにその血を飲むが口が乾かぬ内にまた叫び声をあげた。
「…ごめん。ごめんなぁ、こんなはずじゃなかったのに…」
両親が涙を流す光景に胸が痛む。最早子供に人としての意識は無く拘束を解けば人を襲う事は目に見えていた。
「…結。準備はいいか?」
(………。)
彼女の無言を肯定とし、鬼を狩るべく腰の刀を露わにしようとした瞬間それは起きた。昼間の鬼殺隊の三人が両親の側に現れ、二人の腹部に蹴りを放った。
「な、何を!?ぐぁぁ!!」
相当な威力なものを受けたようで蹴られた二人はその場で疼くまり動けなる。
(…………ッ!!)
彼女の動揺が伝わってくる。
確かに鬼殺にあたってあの二人は弊害となるが一般人に対してはあの威力は過剰過ぎる。鬼殺隊士はその後も二人を数度足蹴にしながら唾を吐きかけた。
「鬼を匿うとはとんだイカれ野郎だな。こいつを殺した後でお前達にもたっぷり罪を償わせてやるからな。」
隊士は動けなくなった二人を横目に三人で子供の鬼を囲んだ。それぞれが刀を抜き、今にも首を切り捨てる勢いである。
「結。落ち着け、奴らはやる事さえ鬼畜な下衆の類だが両親にも非が無かった訳ではない。流石に後に残る怪我さえ無ければ奴らの所業はある意味正しい所もある。」
(…分かってる。わかってるよ!…けど)
「このままで良いの?」と彼女は言った。思う所はある、だがどうすれば良いのかその具体的な答えが出せない。
「ぐぎゃぁぁぁぁ!!」
鬼の子の悲鳴で我に返る。
「……嘘だろ。」
三人が子供に拘束があるのを良い事に両手足、腹、腰、肩、顔に至るまで刀で傷を与えてその反応を見て楽しんでいた。
どう見ても鬼殺には関係無い。全く。
剥き出しの頸を斬らず、敢えて痛みの多い身体の部位を裂き、斬り、突き刺し、その度に上げる悲鳴を聞きながら隊士は愉悦に口元を歪めていた。
「ッ…。止めて下さい!ぐぁ!!?」
「うるせぇんだよ!!」
身体を地面に引きずりながらも止めようとした両親を再度隊士が蹴りを放つ。父親の方は顔面に受けた様で白い歯が数本コロン、と抜け落ちるのが見えた。
「鬼なんてこの世にいちゃいけねぇ存在なんだよ!こいつ等は居るだけで周囲に害を成す。俺達は全員家族や友人を鬼によって失った。だから今度は俺達が鬼から奪いとるんだ。尊厳も命もだ。力がある者が全てなんだよ!」
男の瞳からは何も感じる事は無かった。喜びも悲しみも怒りも。彼らは復讐心に取り込まれ最早狂気にも似た何かを自分は感じた。
「反撃しないなら好都合、俺達の気分が晴れるまでこの鬼には的になってもらう。お前達もだ、命は取らないまでも鬼に味方したその罪は身体を以って払って貰う。五体満足で日の元を歩けると思うなよ?」
最早母親に関しては抵抗も出来ず成すが儘になっている。父親は子を守れず抵抗も出来ない現実に声を上げて泣いていた。
「がぁうぅ…。お、お父さん。…お母さん。」
両親の悲鳴が心に届いたのか人としての意識が戻り鬼の子供が言葉を話した。だが彼も縛られており、現実は変わる事は無い。それでも意識を取り戻した事に両親は痛みの中安堵し、子に手を伸ばす。
「こいつ。生意気に人の言葉を話すぞ!口と舌を切り刻め!!」
父親の手を踏みつけながら隊士の男が刀を振る。断末魔の叫びが数秒、自分の耳に流れ込んで来た。
鬼は人を襲う。それは変えようの無い事実だ。容姿は醜く、残忍で卑劣、人の血肉を好み、人の悲鳴に歓喜する。
「…これじゃどちらが鬼なのかさえ分からない。」
刀を抜き、現場に駆けたのはそれから数秒後の事、胸の中に酷くベタベタした、居心地の悪い靄の様な物を抱えながら自分は夜の山道を現場を鎮めるべく滑走していった。
◇◆◇◆◇◆
鬼の悲鳴を全身に浴びながら恍惚めいたものを男は感じていた。
彼は以前人の為に笑い、泣ける善良な市民であったが五年前に最愛の妻と娘を鬼によって失ってから生活は一変した。
酒に溺れ、家族の遺品を抱き、嘗ての生活を思い出す日々。そんな時に鬼殺隊の存在を知り、刀を握った事は幸だったのか不幸だったのか今となっては分からない。
鬼を狩る日々は荒んだ心を繋ぎ止め。仲間と呼べる者達も増えた、階級が上がり自分を慕ってくれる者達も表れ、幾ばくかの心平穏を手に入れた男は気が付けば小部隊ながらも部隊を率いるまでになっていた。
そして、とある鬼と闘った。
下弦の鬼だった。闇夜で気付くのが遅れ部下数人の命が散った。必死に態勢を立て直し、男は闘った。相手は十二鬼月だが肉体強化程度の血鬼術で討伐は可能な筈だったのだ。明暗を分けたのは部下数人が作ってくれた隙に自分が乗じようとした時であった。
このままいけば鬼の頸が斬れる。だがその後自分にも僅かな隙が出来てしまう。そこをこの鬼が見逃す筈が無く、自分は死ぬ。仲間も大部分が負傷していて同じ好機は二度は訪れそうもない。
残った仲間の命か、自分の命のどちらか。
気が付けば男は仲間を捨て置き逃げていた。遠い噂で自分を失った部隊はあれからも闘い自分を除いた全員が殉職したと聞いた。
男はその後も鬼を狩り続けた。
心は荒み、罪悪感に支配され心は泥々であったが鬼と闘う為に身を捧げている間は気が休まるというある種の破滅願望に似た何かを感じていた。
その日闘ったのは相手は若い女の鬼だった。鬼に成りたてなのか力は弱く直ぐに無力化出来た。涙を流し、美しい顔を歪めて自分に懇願する鬼に男のとある感情が支配される。
ヒュンと、白くて玉の様な足に刀を振るう。鬼の悲鳴が響き渡り、真紅の鮮血が飛び散る。
ゾクリ
もう一度肩に振るえば嗚咽も漏らし、泣き叫び、鬼は震える体で三指を着いて男に頭を下げた。
ゾクリ、ゾクリ
恍惚の感情が男の脳を支配する。あの鬼が自分に頭を垂れている。家族を奪い、部隊を奪ったあの鬼がだ。力関係は明白であり、鬼は若く、美しい。自分の一挙手一投足で鬼は意のままで好き放題だ。奴は俺の手の上に命を握られている。なんて…
なんて気持ちが良いのだろう。
彼女の命、尊厳の全ての尽くを卑下し、彼女が遂に己の消滅を願ったからもそれは数刻続き、男の暴虐は朝の日の光によって鬼が焼け死ぬまで続いた。
結局は復讐に心支配され鬼を狩り続け、仲間を捨てた段階で人としての心は失ってしまったのであろう。
だが最早どうでも良い、この時この瞬間にも自分の心はこんなにも満たされているのだから。
日の光に照らされた男は自身に訪れた福音めいたものを感じながらも自分の本性を知れた喜びに打ち震えた。