鬼の居る世界で 【雲柱】八雲結   作:sirius

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第17話 願望

 

 「ねぇ、あれは何なの?」

 

 幼い少女は日頃の疑問を母へ溢す。

 

 「あれは甲冑と言ってね。私達のご先祖様はこれを着けて闘っていたの。」

 

 それは家の一室に飾ってある嘗ての一族の栄華の名残。

 

 武家から離れて久しいが子孫はその功績を誇りとして今でもこうして残していた。

 

 「格好良いね!朱色でとってもきれい!」

 

 「うふふ、そうね。私達の自慢の品よ。」

 

 「ねぇ、お母さん。私も大きくなったらこれを着けれる様になれるかな?」

 

 「うん、貴方も大きくなったら着けられるかもね。」

 

 それは幼い子供の他愛ない疑問でしかなかった。ただ綺麗なだけで子供にとっては何に使うのかも分からない品。母親もそれを承知で返答に深く考える事も無かった。

 

 ただ純粋にこの子が大きくなって欲しい。その目標の一つでもなれば、そう考えての一言。

 

 その母親の予想は大きく外れる事になる。

 

 「えいっ、やあっ!」

 

 幼い少女は成長と共に木の枝を刀に見立てて素振りを始めた。甲冑が武士の道具だと気付きそれに見合う腕を身に着けようとしたのだ。

 

 両親も初めは遊びと楽観的捉えていたがその行動が一週間、一ヶ月、一年と続くにつれ、その顔は険しいものとなった。

 

 「私、将来この甲冑に見合った人になるんだ!」

 

 背の伸びた少女は笑顔で答える。

 

 両親は頭を悩ませ、あらゆる手段で少女を素振りから遠ざけようとした。歳は十を数え、同世代の少女達は歳相応の遊びをしている。朝から晩まで木刀を振る娘は何かと周囲から浮く存在となっていた。

 

 「お願い。もうあんな真似やめてちょうだい。」

 

 「どうして!?お父さんもお母さんもあれが私達の誇りって言ってたよね?あれに見合う人になるのが何故いけないの!」

 

 家族と反対を他所に刀を振り続ける日々。

 

 やがてそれは少女の年齢が十五を越えた所で実りを迎え並の男性より剣術、胆力に優れるまでになっていた。

 

 周囲から特別な目で見られる事に娘は喜び。だが両親はその事に深い溜息をついた。

 

 「お願いお父さん!売らないで!一族の誇りなんでしょ!?どうして!!」

 

 「煩い!仕方が無いんだ!我が家はもう裕福では無い。お前も良い歳だ!何時までもそんな物を振ってないで見合いの一つや二つ引き受けたらどうなんだ!」

 

 

 その年。両親は娘の為、家の為に甲冑を手放す決断をした。

 

 娘は良い歳となり懇談の話も幾つかあったが一向に聞かず木刀を振る毎日。父親はついに嫌気が差し、強行手段に出たのだ。

 

 

 「…………。」

 

 

 嘗ての目標。ただ両親が自慢だと言ったそれを自身が見に纏える様になれば喜んで貰えるはず、誇りと思って貰えるはず、そう考えての行動だった。

 

 自分が目指していたものはなんだったのだろう。

 

 甲冑があった場所には何も無い。私にはもう何も無いのだ。

 

 もはや目指す場所に向かう為の過程が目標となっている矛盾に少女は最後まで気が付かなかった。

 

 甲冑が無くなった部屋で毎日佇む娘。彼女から今までの熱意や元気が無くなり、食事も取らずひたすら何かに耐える様に拳を握り甲冑のある場所を見つめていた。

 

 両親は暫くすれば元に戻ると思ったが娘はある日を境に姿を消す事になる。

 

 その後遠い噂で甲冑を売却した店の店主が何者かにより斬殺される事件が街に流れた。店の品は『幾つか』が盗難されたという。

 

 両親はその噂を境に娘を捜す事を諦め、残りの人生を慎ましく過ごした。

 

 

 今から百年程前、とある少女の話である。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 雲の呼吸 壱ノ型 叢雲

 

 

 「……厶。」

 

 鬼の視線から鬼狩りの少女の姿が消える。

 ゆったりとした動作だが次第に速くなっていく動きに身体の輪郭は振れ、やがて自身の視界から完全に消えた。

 

 水の呼吸とは違うその異なる歩法。音も気配も無く、まるで雲に巻かれた様な錯覚に鬼も動揺を顕にする。

 

 雲の呼吸 弐ノ型 雲雀

 

 「ッ!!」

 

 瞬間。全周囲から細かな斬撃が襲い。鬼の身体に夥しい数の傷を作る。鬼は堪らず横薙ぎに手に持つ刀を振るうが周囲の墓石を破壊するのみで彼女の姿を捉える事が出来ない。

 

 (砂埃が立てば動いている以上何かしらの兆候は見える筈。何時までもこの様な動きが出来る程の体力が残されていとも思えない。なら…。)

 

 「ッ!そこだ!!」

 

 空気の揺れを感じとり、攻撃を振るう。砂煙の中移動する少女と一瞬視線が交わった。

 

 水の呼吸 拾壱ノ型 鏡花水月

 

 (何ッ!?)

 

 幻の様に自身の攻撃は少女の実体をすり抜ける。同時に背中に威力の高い斬撃を貰いたまらずたたらを踏んだ。

 

 (攻撃がすり抜けた。それに今のは水の呼吸か?どうなっている、小娘は一体何をした?)

 

 「ふぅ…。こんな攻撃じゃ貴方の『本体』には傷一つ付かないみたいだね。やっぱりその鎧を剥がす事からしないとね。」

 

 雲が晴れ少女が現れる。その両手には二つの刀を携えていた。今は平静を装ってはいるがその額には玉の様な汗が見える。やはり先程の技は消耗が激しい事が伺えた。

 

 「ほぅ…。やれるものならやって見るが良い!」

 

 「言ったね。その鎧を剥がして貧相な中身曝け出してあげるから!」

 

 「…何?」

 

 鬼の甲冑がガチン、と音を立てる。

 

 「…貧相だと。言ってくれたな小娘。名残惜しいが此処で終わらせてくれる。我を追い詰めた事をあの世で誇るが良い!」

 

 

 血鬼術 黒影装

 

 鎧の中に内包された靄が甲冑の隙間から溢れ出し、その姿を二回りも大きくさせる。腕を地に着け四足で大地に立つ。その姿はさながら獣の様であった。

 

 「うげッ!そんなのあり?けど上等。こっちは上弦の鬼を倒そうとしている身だし下弦の壱なんかで止まってられないよ!」

 

 「最早言葉は不要だ…。参るぞ!!」

 

 

 雲の呼吸 壱ノ型 叢雲

 

 全身の靄が鞭となり自身へ降り注ぐ前に少女は呼吸により姿を消す。攻撃が着弾した地面は深く抉れており今までとは桁違いの威力の高さを物語っていた。

 

 (一撃でも受ければ次は無い。気を引き締めろ結。)

 

 (うん。攻撃出来る回数も後僅か。集中して少しでも精度の高い技を繰り出そう。)

 

 

 全集中! 雲の呼吸 陸ノ型 雲烟万里

 

 少女から放たれた広範囲域の斬撃が鬼の全身を切り刻む。地面を巻き込んだそれは土煙を起こし、鬼の視界を奪う。

 

 

 雲の呼吸 竜の型 竜躍雲津

 

 歯を食いしばり、地に足が沈む程の経力で構える。呼吸で全身の酸素を集約させ次の技の威力を少しでも高める。

 

 「はぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 「馬鹿な。その小さな身体で我を浮かせるだと!?」

 

 敵の攻撃を紙一重でかわし、今持てる全ての力で斬り上げる。鬼は木よりも高い位置へと持ち上げられ、その急激な変化に身体の靄は追い付いておらず剥き出しの甲冑が顕になる。

 

 「けほッ!」

 

 咳き込むと大量の血が掌に広がる。最早残された時間は僅か、失敗は許されない。

 

 同時に跳躍して先に上空へと先回りし、強力な一撃を放つべく構えをとる。

 

 「空中ではこの技は躱せんぞ!」

 

 血鬼術 刀葬黒装

 

 鬼は貯蔵していた刀をその身体全体に出現させ攻撃を行う。その数は百を優に越え、靄と共に身体に纏うそれは鬼の今までの闘争の歴史を感じさせるものだった。

 

 雲の呼吸 雨の型 小夜時雨

 

 身体に複数と刀傷を負い、左肩、右足に刀が突き刺さった状態ながらも空中で一回転し、全身のバネを生かし技を放つ。鬼は靄の護りが無い胴体に攻撃を受けた事で全身に衝撃が走り甲冑の大部分を損傷させた。

 

 「グオオォォォォ!!!」

 

 

 大地へと落下し、その衝撃を全身に受ける。甲冑は全て崩れ落ちその大部分は周囲へと弾け飛んでいった。

 

 

 

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