落下の衝撃で砂煙が舞う。周囲には甲冑の破片が散乱しており、鬼が相当の衝撃が受けた事を物語っていた。
「はぁ…はぁはぁ…」
負傷した右足を庇い左足で着地する。呼吸の反動で息は荒れ、目元は霞む。限界はとっくに越えていて大地に身を投げ出したい気分だが身体を奮い立たせ、止めを刺すべく鬼へと向かう。
鬼は頸を斬らなければ死なない。いくら与えたダメージが大きくても時間と共に回復してしまう。渾身の一撃を加えて弱った今しかチャンスは無い。
「…よくもやってくれたな小娘。」
「ッッ!!」
(…嘘だろ!?)
先程より濃密な死の気配が背中にのしかかり意識が朦朧とする。
甲冑の胴に当たる部分から本体と思われる鬼が現れる。見た目は自分と同じぐらいの少女の姿、片手に長い刀を携え黒い着流しを身に纏っている。見た目が全てでは無い事は今までの経験で分かっているが今回はそうである事を願わずにはいられなかった。
「全く対したものだ、この姿を晒す事になるとはな。痛みを感じるなんて久方ぶりだ。鬼となってからというもの表面の甲冑と術のみで事足りた。今まであった柱共もここまで我を追い詰める事は無かった。」
声は先程の鎧を通したくぐもったものでは無く、見た目通りの少女のもの。長い髪は纏める事なくはらり、と背中に垂らし、前髪から覗く瞳は驚く程赤く、笑みを浮かべる口には牙が見える。
(…まずい。この手の輩は外装が主で中身が弱点となる場合が多いがこいつは別格だ。何のつもりかは分からんがこの殺気と闘気を見るに断然中身の方が強い。完全に見誤った。この傷と消耗じゃ目の前のこいつを前に幾許も持たない。)
これが十二鬼月。下弦の壱の実力。
(もう駄目だよ!早く逃げよう!!)
(わかってる!そうは言ってもこの怪我じゃ…ッッ!?)
痛みで動きが鈍った隙をつかれ、鬼の刀身が右肩を貫く。以前の鎧とは比べものにならない早い動きに痛みが走ってから自身が刺された事に遅れて気付く。
刀身はをやすやすと自分の貫き、後方の墓石へと縫い留められた。
「ぐぁぁぁ!!」
痛みで右手の刀を手放しかけるが歯を食いしばり何とか踏みとどまる。刀を手放す事は即ち確実な死を意味する。死んでも離す訳にはいかない。
水の呼吸 壱ノ型 水面斬り
左肩は先程の血鬼術により刀が深々と刺さった状態だが最早形振り構っていられない。右腕よりはマシだ。ぶちぶちと嫌な音が身体から出るのを無視し、持てる力で刀を振るう。
「この状況を前に闘志を失わないとはな、全く痛快な女よ。」
鬼は二刀目を出現させ自身の刀身が届く前に左手を貫き、同じ様に墓石へと突き刺さる。手にあった藍色の刀が地へと落ちた。
「生憎敗者をいたぶる趣味は無い。だがお主は特別だ。念を入れさせてもらう。」
ズブリ、と左肩の刀を押し込まれた。その激痛に意識とは裏腹に白銀の刀も手から離れてしまう。
「ぐぅ!!」
足は他から離れ、左右の肩と左手に刺さる刀で墓石から動く事が出来ない。この間も自重により刀傷は開き夥しい量の血が流れ足を伝って血の水溜りを作っていく。
まだだ。まだ死ぬ訳にはいかない。
戦闘開始と同時にカー助に伝言を頼んだ。付近の鎹烏に伝達して近い部隊ならば一刻と待たず援軍が来る。相手は十二鬼月だ。援軍もそれ相応の実力者が駆けつける筈、後半刻とかからない、それまでの時間を稼げば良いだけだ。
吐血を吐き、鬼の視界を潰す。身体で唯一満足に動く左足で鬼の頸に蹴りを放つ。
命潰えるその時まで一瞬一秒を生ききる。この命は最早自分だけの物では無い、彼女の、この世界全てに関わる物だからだ。恥や外聞を捨て全力で足掻かせて貰う。
本来の威力の三割にも満たない蹴りは鬼の右腕によって止められる。その瞳は今までに無い色を含んでいた。
「…もう良い。お主は良くやった。」
「…ゴホッ……まだ…だ。」
いよいよ出血量が許容範囲を越えかける。視力を失い、身体の感覚が無い。呼吸は苦しい筈なのにそれを行う為の呼吸自体が次第に浅くなっている。
「先程の負傷もあらかた治癒した。仲間の援軍を待っている様だが最早お主は助からん。時間的にも我の実力的にも…な。」
先程の朱の甲冑が鬼の背後に現れる。その外観、威圧感とも最初と相違無い様子であった。
どうやら遠隔で動かせるらしい。初めから2体で挑まれたら一溜りも無かった。闘いだと思っていた物は終始目の前の鬼の掌の上にあったと言うだ。
(…回復の呼吸だ。血の巡りを一時的に遅らせる事で出血量を致死量ギリギリで抑える。
「女という身で我とここまで闘うその力量、精神力、並大抵の事では無い。」
「お前も…女…だろ。」
鬼は自分の話に一瞬間の空いた表情になり、その後何かあってか優しく微笑んだ。
「…ああ、そうだったな。久しく忘れていたよ、小娘最後に言い残す事はあるか?」
「生憎死ぬつもりは…無い。」
「…見事。」
鬼が新たな刀を生み出し、その剣先を静かに此方の胸へと沈めた。
胸に冷たい感覚が宿る。それは余りにも呆気無く、そして他人事の様な錯覚さえ覚えた。
不思議と痛みは無い。あれだけ激しかった自身の心音がそれだけで水を打ったかのようにピタリと止まった。
口から吐く息は最早呼吸とは呼べず、肺の中の空気をただ出すだけの無機質な物であった。
最早彼女の声さえも聞こえない。
以前の物とは違い、ただ暗く、深い、
これが死。人としての死。
俺は何か間違えたのだろうか。
何か出来る事は無かったのだろうか。
彼女の生を借りてまで生きた意味は何だったのだろうか。
そんな全ての思考を闇は優しく強く飲み込んでいった。