鬼の居る世界で 【雲柱】八雲結   作:sirius

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第19話 死の先に

 

 それは白い世界だった。

 

 上も下も、近いも遠いも無い。暖かくも寒いも無く。見回しても何も見える事は無かった。

 

 (…俺はどうなったんだ?)

 

 この空間の中では全てが曖昧な物に思える。それは自身の存在すらも例に洩れないようで身体を意識し続けなければ希薄となり消えていく、そんな予感すらあった。

 

 立つ事も、座る事も出来ず、かと言って浮いている訳でも無い。

 

 俺はこの空間に対し漠然した焦りを募らせるながらも何もする事が出来ずただこの空間に有り続けた。

 

 

 そして暫くの時が流れる。

 

 どれだけの時間が経ったのだろう。一瞬にも永遠にも感じる中で俺は意識していても自身の存在が消えかけていた。

 

 水溶かした粘土の様に手足の先からグズグズにほぐれ、溶けていく。不思議と痛みは無い。

 

 この時には記憶も薄れ、自分がどんな存在であったかも忘れていた。ただ何か使命感の様な物を感じ、この場に抗い存在していた。

 

 

 異変は些細なものだった。

 

 初めは目の前に光の泡が現れる。それは次第に輪郭と成し、やがて一人の女性の形を象った。

 

 特徴的なのは彼女の背中に生える二対の羽、頭部で輝く光の輪。

 

 美しい女性だった。だが初めてあった気はしない。俺は何処かで彼女と会って居ただろうか?

 

 彼女が口を開いて話すが声は聞こえなかった。

 

 一言、二言此方に何かを伝えようとするも聞こえる事は無く、意図も伝わらない。たが、その仕草から必死に何かを伝えようとする事だけが理解出来る。

 

 「」

 

 彼女に対し話そうとするが声は出ない。そもそも話す為の口が存在しなかった。そうだ、口は大分前に消えてしまっていた。

 

 彼女を前にしたまま再度時は流れた。

 

 今度はとても長いものだった。最早俺の意識は消えかけ、存在しているかも分からない。たが目の前に存在する彼女を見つめる。それ為だけの意思が辛うじて残っていた。

 

 ふと、自分という概念の中から五つの光が溢れ出た。

 

 それが何かかけがえの無いものだと感じた俺は無い手を動かしその光を行かせまいと必死に手繰り寄せる。

 

 一つ、二つ、三つ、四つまで集めたが一つはゆらゆらと自身の手から離れてやがて遠くて消えてしまった。

 

 「………………い。」

 

 目の前の女性と視線が合う。気が付けば聴力が僅かながら戻り、彼女の声が途切れ途切れ聞こえる。自身の身体もある程度の形を成していた。

 

 「ご………………。」

 

 そうだ。俺はあの世界に帰らなくてはいけない。あの救いの無い世界を自分が元居た世界の様に変えなくては、その為に俺は世界を渡って来たのだ。

 

 記憶が少しずつ戻り始める。それと同時に身体の細部もハッキリとし手足の感覚も分かってきた。

 

 目の前の彼女の事を思い出す。彼女は俺がこの世界に来る切っ掛けとなった方だ。人を思う優しき心を持つ天使。

 

 「ごめんなさい。」

 

 正面を見た時、彼女は泣いていた。

 

 その顔にハッとする。以前見た慈しみを帯びたものとは違う。確かな絶望の影がその瞳にはあった。

 

 

 

 意識が覚醒する。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 「ふむ。」

 

 絶命した少女の前で十二鬼月である下弦の壱は手に持つニ刀の刀を見比べていた。

 

 見事な刀だ。刀身の色もさることながら打ち手が良いのだろう、見事に鍛え上げている。此度の戦闘で僅かながら摩耗があるがこの程度ならばすぐ直せる。

 

 この刀に対し持ち主は存分に応えていた。相当に武に励んだのであろう、刀の柄は使い込んであり行き届いた整備は彼女の闘いへの強い意志を感じる。

 

 今まで集めた中でもこれ以上の品は無い。

 

 鬼は満足気に目の前へ靄を生み出し、その空間へ手に持つニ刀を入れようとする。

 

 この血鬼術は彼女の得意とする技だ。この靄は敵の視界を欺く事にも使え、身に纏えば武器となる。甲冑を通して物体の操作にも用いる事ができ、こうして物を出し入れする事さえ可能とする。

 

 そしてこれだけが己の全てでは無い。

 

 鬼として生きる為の最低限しか食べる事が無い自分にとってこの血鬼術を得るまでは剣技のみで生き抜いてきた。

 

 初めは自己流だったそれは数多の鬼殺隊士との死闘を経て一種の流派として昇華し、そしてそれを今でも弛まぬ努力で磨き続けている。

 

 ただ快楽により人を殺し喰らう周囲の鬼とは訳が違うのだ。

 

 全ては己の理想とする侍へ近付く為、この朱の甲冑に相応しい者となる為に。

 

 現在の下弦の壱と言う階位に特に思う事は無い。これは所詮他人が決めた順位付けでしかない。上弦の鬼は確かな実力者が揃っている事は理解出来るが別段気にする程では無い。自ずと有るべき位置に落ち着く筈だ。

 

 だが気になるのは以前垣間見た上弦の壱。

 

 刀を持っているからには剣士なのであろう。奴には大変興味が芽生えた。殺気は近付くだけで皮膚が裂ける錯覚を起こし、奴の射程距離内は鳥肌が立つ様で大変心地良い物であった。

 

 それに何処か己と似た空気を持っている。奴と今の私には一体どれだけの差があるのだろうか。

 

 上弦の階位に興味がある訳では無いがあの上弦の壱との闘いが挑めるのであれば入れ替わりの決戦を申し込むのも吝かではない。

 

 もしかしたら己が欲して叶わなかった物が埋まるかも知れない。

 

 侍としての頂。ただその為だけに百年もの間刀を振るってきた。そしてその答えが間近に来ている事を長年の経験で感じ取る。

 

 (…いよいよだ。我の待望は間もなく叶う。)

 

 先の戦闘で娘は使いを出し仲間を呼んだと見えた。これからの決戦の前にその相手で再度腕を慣らすとしよう。

 

 自身が十二鬼月である事は向こうも承知している筈。恐らくそれなりの強者が来るだろう、この小娘より心躍る死闘が出来るかこの場にて楽しみに待つとしよう。

 

 二刀の剣先は飲み込まれ、もうほんのひと押しで靄へと収納出来るそんな時だった。

 

 「…ま…だ。」

 

 声の主は意識から外れていた娘だった。

 

 素早く距離を取り、遠目から見れば先程と何も変化した所は見受けられない、心臓に突き刺さる刀も含めて。

 

 「…いや、それはおかしいぞ小娘。お主は死んだ。これは紛れもない事実だ。主の心臓の鼓動を止めたことは我が確認している。」

 「…ぐ…ぅ…」

 

 此方の声には反応せず、娘は右手で深々と刺さった刀を身体から抜いていく。夥しい量の血が流れ落ちるも彼女は意に解さぬ様子でその全てを抜ききった。

 

 「…はぁ……はぁ。」

 

 力無くその場に佇む娘だが様子が妙だ。項垂れ前髪で表情は隠れているがおおよそそこに意識があるすら分からない。右手には先程自身に刺さった我の一刀を所持しているがこれも力の無き様子で両腕をだらり、と投げ打っている。

 

 「…ッ!」

 

 (先程貫いた筈の左手の傷が塞がっている…?出血も3箇所を貫いたにしては今の出血は驚く程少ない。)

 

 「面妖な。貴様、魑魅魍魎の類いか。鬼と言う訳でも無くその回復力どうなっている?」

 「……の呼…吸。………型」

 

 此方の問いに反応は無く。ボソボソと何かを呟く。

 

 「まぁ良い。頸を切れば良いこと。確実な死をくれてやろう。」

 

 血鬼術 黒影装

 

 甲冑を操作し、止めを与えるべく攻撃を加える。

 

 「    」

 

 娘が何か言ったその直後だった。

 

 対峙していた甲冑は原型が残らぬ程の衝撃を受け吹き飛ばされる。何らかの攻撃を受けた様だが此方からでは何も視認する事は出来なかった。

 

 「…何だと?」

 

 黒影操で操られた物は靄による強化を施してある。人の手で軽くあしらわれる様な代物では無い。攻撃の挙動も見えなかった。

 

 (ッッ!!)

 

 素早く自身が攻めに転じようと娘から奪った二刀を構えようとするが刀が見当たらない。それどころか両手の先が肘から綺麗に両断されていた。

 

 「…ぐ、ぬぅぅ。」

 

 (まさか今の攻撃で同時に斬られたというのか?あり得ぬ、奴との間合いは二息も離れていたのだぞ!)

 

 娘の位置は変わらない。鬼は考える前に後方へと跳躍し、再度血鬼術により甲冑を操作し自身との間に挟む様に出現させる。

 

 ガチガチと動く甲冑を前になお娘の姿勢は変わらない。

 

 だが甲冑の攻撃がその身体に届く刹那、娘に動きが見られた。注視しなければ見えない程の刹那、娘が行った事はただ一つのみ。

 

 刀を持つ右手を横に凪ぐ。ただそれだけ動作。

 

 後は先の再現であった。一瞬で甲冑は散り散りとなり血鬼術と共に掻き消される。そして甲冑の存在等無かったと言わんばかりに斬撃が此方へと伸び鬼の身体に裂傷を作った。

 

 「ぐぉぉおお!!」

 

 攻撃の余波により血が後方へと吹き飛ばされる中。鬼は娘を見る。

 

 

 風で前髪が舞う中彼女の瞳は銀色へと変化し、淡く光を放っていた。

 

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