鬼の居る世界で 【雲柱】八雲結   作:sirius

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第02話 精神世界

 

 少女は己の無力を呪う。

 

 何事もない平和な日常は一匹の鬼により崩れ去った。

 

 父は抵抗するもその歯牙によって五体を引き裂かれ、腹の子だけはと懇願する母の叫びも鬼にとっては絶好の余興でしか無かった。

 

 目の前で父が、母が食べられていく。

 

 村の外れに立つこの家の周辺に人気は無く、助けは期待出来ない。いや、来た所で目の前の化物をどうにできるとも思えなかった。

 

 人並みを大きく超えた背丈。浅黒く、肌とも思えないそれは岩、もしくは鉄を連想させ、筋肉はその動きに合わせ脈動し、隆起している。血に染まった爪や牙は鋭く、獣より殺傷に特化しているのだろう。血走った目には最早理性の欠片すら伺えない。

 

 助けないと、逃げないと。

 

 そんな事が頭を過るが身体が動かない。少女は自分が鬼の恐怖に屈してしまっている事を身体で理解した。

 

 こうしている間にも両親だったものはバキボキと聞くに耐えない異音を立てながら鬼に喰われていく。

 

 これが鬼。人を喰らう怪物。

 

 人間はなんて無力なのだろう。鬼を前に人は脆く、精神を犯され、穏やかな生活さえ許してくれない。

 

 そして私はなんて愚かなのだろうか。

 

 助ける事もできず私はそれを見ながら両親の骨が固く、少しでも時間が延び、自分が食べられるのが遅れればと考えてしまった。

 

 自分の考えの恐ろしさ、醜さに吐き気が出る。

 

 最早先は無い。今の自分に出来る事はもう何も無い。

 

 諦めが、後悔が全身を支配する。脱力感が全身を襲い、視界を黒く染め上げた。

 

 (お父さん、お母さん…。ごめんなさい。)

 

 少女が最後に見たものは両親を食べ尽くし、此方に手を伸ばす鬼の姿だった。

 

 

 

 

 此処は何処だろう?

 

 水面にも似た地面を歩いて暫く経つ。

 地平線の彼方まで続くそれは広大な世界を思わせた。

 

 空は雲がかかり太陽の光は僅かしか零れていない。何処かどんよりと思わせる世界で妙に息だけが苦しく感じた。

 

 異世界に飛ばされたと思ったけど此処は何処か違う。

 

 現実感が薄い世界を見渡し、自分はそう結論する。少し歩けば何か分かるだろうか?

 

 足を止め全体を良く観察する。とある方向がやけに暗く、心に響いてくる気がした。その方向に暫く歩くと見えてきたのは着物を着た少女の姿。顔は確認出来ない。膝を丸め、俯いている。

 

 「ッ……」

 

 肩に手を掛けた瞬間。思わず飛び退く。接触した瞬間、電流にも似た衝撃が流れ膨大な記憶が頭を過ったからだ。

 

 「ふざけんじゃねぇ!!!!」

 

 何だ、何なんだあれは!!自分の愚かに嫌気が差す。彼女を通して流れたものは自分の想像を優に越えてくるものであった。鬼…鬼だと!それにあの見た目、あの凶行ッ…!

 

 彼女を通して見たものは耐え難い地獄だった。両親の姿は此方の世界とは違っていたがそれでもあの光景は一個人として許す訳にはいかなかった。

 

「あの世界から溢れる感情は、恐怖、怒りで満ちています。」

 

 天使の言葉が頭を過る。まさかこれが原因なのか、こんな地獄がこの世界の至る所で行われているというのか。

 

 自分の出来る範囲を大きく超えている。祝福とやらがどの程度かは分からないがあの鬼を何とか出来る程なのか?たがこれで何も出来ず終わる事になればもう一人の自分もこの世界も終わる事になる。

 

 ッ…そうだ!もう一人の自分は?

 

 この世界での自分が女性である事には驚いたが後回しだ。恐らく此処は精神の世界。現実の流れはどの程度か分からないが危機的状況なのは事実。何とかしなければ!

 

 身体を大きく揺らすと彼女は力無く崩れ、うつ伏せとなった。力を入れ、仰向けにして起こす。瞼は閉じぐったりとしていた。

 

「…おい!起きろお前!!」

 

 叫ぶと薄ら瞼を開けこちらを見る彼女。頬に涙の後が残っている。

 

 ここに来て改めて彼女が自分の異世界同位体なのだと理解した。性別こそ違うが顔の細かい部位が、雰囲気が良く似ている。

 

「貴方は…別の世界の私…?」

 

 歯切れの悪い口調で話す彼女。元気は無く、瞳はまだ虚ろだ。だが自分が彼女を感じた様に彼女もまた自分を感じたのだろう。

 

「そうだ!今すぐ起きて逃げろ。鬼はまだ目の前にいる!」

 

 祝福のお陰で身体能力は上がってるはず。まだ逃げ切れるかも知れない。彼女の知識では鬼は日の光に弱いらしいがまだ夜中だ。闇の中での逃走になるが地形に詳しい彼女なら逃げ切れる可能性がある。

 

 しかし、彼女は現実を思い出した瞬間。小さく悲鳴を上げ顔を俯かせる。

 

「私…怖くて何も出来なかった。目の前で両親が喰われていくのを見ている事しか出来なかった。それなのに私あんなことを…」

 

 悲痛に歪ませる彼女を見てたじろぐ。確かにあの場にいたのが自分だったら立場は逆だったかも知れない。しかし、ここで引く訳にはいかない。引いたら彼女は確実に死ぬ。この世界の人達もどうなるかは分からない。それに私は天使の思いを受け継いでるそれに…

 

「お前は両親の思いを無視するのか!あの時こと切れる瞬間まで叫んだ親の姿を思い出せ!!」

 

 そうだ。彼女の両親は命尽きるその時まで彼女の無事を願っていた。だから自分達の身体を犠牲にしてでも時間を稼ごと足掻き続けた。全ては娘の命の為に…。

 

 はっとした彼女の肩を掴み上げ目線を合わせる。怯えていた目は親を思い出したのか幾らかマシになっていた。

 

「 …でもどうしたら。既に鬼は目の前に。逃げ切れる保証もない。」

 

「諦めるな!その為に自分が来た。一人で無理でも二人なら出来る。力を貸してくれ!」

 

 やり方は本能で理解した。向かい合い、掌を合わす。こんな時だが彼女の手は小さく改めて女の子なんだなと思った。

 

 二つの記憶が重なる際、天使はどうなるか分からないと言ったが今なら分かる。これはきっと二人の意思によって決まるのでは無いだろうか。合い争えば必然と精神の奪い合いになる。恐らく自我が強い者は敗者の意識、記憶といった物も奪い合い一つになるのだろう。だが自分達は共存を望んでいる。知識、記憶、魂が混ざり合い一つになっていくのを感じる。

 

「お父さん、お母さんごめんなさい。私もう一度頑張ってみる。お願いもう一人の私。力を貸して!」

 

「任せろ!!二人で生き残るんた!」

 

 一人よりも二人の方が強い。これは事実だ。なら精神なら?魂ならどうだろう?

 

 答えは聞くまででもない。

 

 空が晴れ、広大な青空が現れる。どんよりとしていた空気は清浄なものとなり。足元の水面は綺麗に空を反射させる。

 

 

 空が晴れ後二人が立っていた場所には一人の少女がいた。そしてその瞳には広大な空と共に決意の色を強く宿していた。

 

 

 

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