鬼の居る世界で 【雲柱】八雲結   作:sirius

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第21話 蝶屋敷

 

 「生きてる…。」

 

 目が覚めたら病室のベッドの上だった。

 

 意識が覚醒するまで暫しの間ボーっとしていたが下弦の壱との戦闘を思い出し俺は飛び起きる。

 

 誰かが着換えさせてくれたのか服は入院患者のそれとなっており、白を基本とした服は自身が血に塗れた事がまるで嘘だったかの様にさえ思える。

 

 「傷が無い。」

 

 今が女の身であるにも関わらず上の着物を解き自身の肌を確認する。

 

 以前の自分よりも白く、しかしそれは病的なもので無い、健康的な白磁の様な肌が変わらずそこにあった。

 

 鬼狩りとなってから少々の生傷は幾度と無く負ってたがこの身体はたちまちにも回復し、傷さえも残らなかった。

 

 今回もそうだと思いたいが記憶を辿れば死闘の末、俺は敗れた。しかも確実に心臓を貫く一撃を受けた記憶が最後となっている。

 

 あの時の戦闘を思い出すと額から嫌な汗が流れ、僅かに呼吸が乱れた。

 

 思えば今まで闘っていた鬼は自身より力量が劣る者ばかりであった。勿論相手は本気であり、気を抜けばどの戦闘でも命を落としていた可能性はある。

 

 だが今回の鬼は当初から実力差は大きく、敗北は濃厚であった。雲の呼吸で一時敵を上回る事は出来たが相手にもそれ以上があると予想していなかった。自身の力を過大評価して後先を考えず闘った結果がこのザマだ。

 

 しかし、こうして生きてる意味が分からない。助けが入ったにしても間に合うかどうかのレベル。しかも夥しい傷を受けている。この回復力でも無傷は流石に異様だ。

 

 力を与えられ人並み以上の力を振るう事に浮かれていた訳では無い。しかし、命のやり取りをする上で大事な何かが欠けていた事は否めない。

 

 下弦の壱という今までに無い目標に近付いた事で功を焦って居たのかも知れない。

 

 (…けど俺は彼女の、【結】の命を握って居るも同然だ。自分の死が彼女の死である事をもっと強く、深く自覚するべきだった。)

 

 俯き、握り締めた拳がギリリと音を立てる。いつの間に強く噛んでいた唇から血がつぅと流れ、それがまた彼女の身体を傷付けていると認識し、あわてて手で拭った。

 

 「……あの、良かったら。」

 

 自身に差し出された手ぬぐいを見て、目の前に人が居た事に今更ながら認識する。どうやら予想以上に敗北の結果は自分を盲目にしていたらしい。

 

 目の前には自身より少し下であろう年の少女が居た。髪をサイドに結っており、良く見れば使われている髪留めはカナエさんやしのぶさんの物とお揃いだ。姉妹なのだろうか?

 

 「ありがとう。君は?」

 「…栗花落カナヲ。」

 

 淡々とした様子で答えるとカナヲは踵を返して出て行ってしまった。

 

(可愛い子だったね!カナエさんの妹かな?)

(起きたか、寝坊助。)

 

 いつもと変わらない屈託の無い様子で結が答え、返答する。

 

 寝起き早々に可愛い子に食い付く様子を見てひとまず安心すると共に闘いの後にも関わらず自身を崩さないその精神力は天晴と言う他が無く。それが俺には有難かった。

 

 

 

 

 「うん、何処も異常は無し。良かったわね!」

 

 あの後にカナヲに呼ばれたカナエさんとしのぶさんに診療を受け、良好であると診断を受ける。今日はあの夜から三日目の朝、健康的にも問題は無く、リハビリも兼ね一週間程の滞在で事後の任務に出る事が出来るらしい。

 

 「食欲はある?果物とカステラどっちが良い?」

 「カステラ!食べたい!!」

 「カステラね。しのぶちゃん持ってきてー。」

 

 (おい、結!)

 (えへへ、だってカステラ食べたいんだもん。)

 

 結が瞬間的にも身体の主となり己が欲望を吐き出す。

 

 「何で私が…。」とぶっきらぼうに言いながらもしのぶさんは部屋を出てトコトコと歩いていく。

 

 そんな後姿を見ながらカナエさんはニヤニヤした笑みを浮かべた。

 

 「何だかんだであの子が一番貴方の事を心配していたのよ。あの夜だって…「もう!姉さん!!」」

 

 続く話を遠くから聞いていたのであろう。廊下からしのぶさんの静止が響く「あらあら…。」と言いながらカナエさんは意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

 「でも本当に良かったわ。貴方が下弦の壱と遭遇した知らせを受けた時は気が気では無かった。貴方を助けるのはこれで二度目、次はこんな無茶をしないで貰いたいものだわ。」

 

 妹を叱り付ける様な優しさを交えながらやんわりと釘を刺される。

 

 「すいません、ご迷惑をお掛けして。」

 「良いのよ。迷惑なんかじゃ無い、此処は蝶屋敷、傷付いた者が身体を休める場所よ。そして私が此処の主。その私が言うんだから何も気にする必要も無し!それに貴方は可愛いしずっと此処に居て欲しいくらいだわ。」

 

 全くカナエさんには頭が上がらない。何から何までお世話になりっぱなしだ。でも恥を偲んで今回はお願いしてみるのもありかも知れない。前回の戦闘で力不足を感じたし、少しの間お世話になりながらこの付近で修行するのも妙案だ。

 

 あ、しまった。金の持ち合わせが無い。財布はあの時の鬼殺隊員に投げつけてしまったし、下弦の壱の討伐も不可能だった。正真正銘の一文無しだ。

 

 「では少しの間だけ…と言いたいんですが生憎持ち合わせが無くて。今回の下弦の壱との戦闘間財布を失くしたんです。次に鬼を討伐してからの支払いでよろしいですか?」

 「お金なんてとんでも無い。柱として使い切れない程貰ってるからそんな事気にしなくて良いわよ。」

 

 「この屋敷が何件も建つくらいにね!」という冗談の様な話をするカナエさん。

 

 「それに貴方は一文無しではないわ。貴方の財布は戦闘後部隊の子が見つけてくれて今は私が掌握してるの。それに貴方は下弦の壱を討伐したんだもの。それなりのお金が報酬として出る筈だわ。」

「……え?」

 

 下弦の壱を討伐?俺が?

 

 「俺…いや、私が下弦の壱を討伐したんですか?自分はてっきりカナエさん達がやったものだと…。」

 

 カナエさんは俺の真剣な様子を見てか顎に手を当て真剣な面持ちになる。何かを言おうと口を開いたが、それを飲み込み此方に問いかける。

 

 「いいえ、私が来た時には下弦の壱は討伐貴方によって討伐されていたわ。貴方は気を失って居たけどその闘いは貴方の鎹鴉がその目で見ていた。それに嘘偽りはありません。」

 

 カー助が…。だがどういう事だろう?余りにも自分の認識と結果が乖離している。

 

 「どうやら下弦の壱との戦闘の記憶が一部欠如している様です。戦闘の最後が思い出せません。」

 「…可能性としては戦闘の間の負傷や事後の疲労によって一時的に記憶が失われたのかも知れないわね。でも大丈夫!此処で暫く休んで行けば記憶も戻ってくるわ」

 

 「気にしないで!」と励ます様にカナエさんは私の背中をバシバシと叩く。

 

 「姉さん病人に対して何してるの!」

 

 しのぶさんがカステラとお茶が乗った御盆を片手にやれやれといった様子で姉を制する。カナエさんは舌を出してはにかみながらしのぶさんの横から御盆をかすめ取り自分の前にゆっくりと置く。

 

 「このカステラね。この間お得意さんから貰ったんだけどとても美味しいの。良かったら食べて、きっと気に入ると思うわ。」

 

 (交代ね!)

 (ッな!?)

 

 「やったー!カステラだ!良い匂い。頂きます!」

 

 流れる動作で身体の主導権を取り大口でカステラを頬張る結。俺とカナエさんに対して遠慮も全く無い様子だがその明るさ天真爛漫故に憎めず自分も表に出る事はしなかった。

 

 「………あれ?」

 「どうしたの?…もしかしてお口に合わなかった?」

 

 その様子にカナエさんとしのぶさんが心配気に様子を伺ってくる。

 

 「いや…めちゃめちゃ美味しいなと!私こんなに美味い物食べたの初めてです!!」

 

 口に頬張り、お茶を飲み、また口へ運び、お茶を飲む。「美味い!美味い!」と叫びながらあっという間に皿上のカステラを全て平らげた。そしてそんな戯けた様子に二人はクスクスと笑みを浮かべる。

 

 (………。)

 

 些細な一瞬だったが外見とは裏腹な彼女の心的動揺は酷く俺の心を揺さぶった。

 

 何かが少しずつ、だが確実にあの下弦の壱の戦闘から変化して行くのをこの時の俺は漠然としたもので感じていた。

 

 

 

 

 

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