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闇夜の中、花柱胡蝶カナエ率いる部隊が疾走する。光無く、足場も悪い林内にも関わらず柱を中心とし一糸乱れず駆ける様子はその部隊が並々ならぬ練度である事が伺えた。
「姉さん!急いで!!」
「待ちなさい胡蝶しのぶ!隊列を乱さず前進しなさい。」
焦りにより速度を上げる妹を柱である姉が制する。隊列の乱れは部隊の戦力、索敵能力を大幅に減少させる。気持ちは確かに分かるがそれでは本末転倒、有事の際こそ冷静な思考が求められる。その点柱である胡蝶カナエは理解していた。
花柱胡蝶カナエ、継子胡蝶しのぶ、そして階級甲の隊士含む総勢二十名。これが現在出動し急行する事の出来る最大戦力である。
半刻前、現場近くである蝶屋敷内は蜘蛛の子を散らす騒ぎとなった。
十二鬼月である下弦の壱の出現、鬼殺隊隊士三名を殺害し今もなお戦闘中、唯一生存し交戦しているのは階級丙である八雲結唯一人。
連絡を受けた胡蝶カナエは即応できる隊士全てを収集し、事の全てを伝える間もなく部隊を率いて駆け出した。細部の指示は移動しながらでも出来る。最短で目標に到着する為に削れる時間は少しでも削っていく。
下弦の壱。近年では現在の風柱である不死川実弥が柱になる際に討伐された階位である。その際は不死川は同格の隊士と二名で闘ったがその者は戦死し、不死川も軽くは無い怪我を負った。現状の下弦の壱がどの程度かは不明だがこれに準ずる実力を持っている事は確かだ。
八雲結。驚異的なまでの回復力、経力を有している彼女だが年齢、経験、実力共に未成熟。飛躍の速度で成長し、階級を上げているがそれでも十二鬼月に立ち向かうには荷が重いと感じる。
「お願いどうか間に合って…。」
彼女の顔が脳裏を過る。妹であるしのぶと同年齢であり、あの日の稽古を通じて彼女の存在はしのぶの中でも大きくなった。八雲結の評判が広がるとしのぶも負けじと稽古に勤しむ。年相応に笑い、泣く。まだ若い身でありながらも自分達と同様に鬼殺隊として目指した彼女は二人の中で唯の鬼殺隊士以上の存在となりつつあった。
「カナエ様!あれを!!」
「ッッ!?」
部隊の隊士に言われるがままその方向を見ると目的地周辺が白く発光するのが遠目ながら確認できた。光は瞬間的なものであったが都市化が進む街灯りよりも強く林の中を昼間の様に照らし出す。
「ッ!何か来ます!総員衝撃に備えて!!」
柱としての経験によるものか胡蝶カナエは直感のままに部隊に注意を促した。瞬間凄まじい風が木々の合間を縫う様に自分達の方へ吹き荒れ足場を木を大きく揺らす。
「これは一体…?」
「分かりませんが目的の場所からの様です。敵の攻撃かも知れません、総員気を付けて前進して下さい。」
木々を通り抜けた先の光景は凡そ自分達の理解を越えたものであった。元は墓地であったであろうその場所は闘争により跡形もない。地面の所々は大きく抉れ、墓地に沿うように隣接していた木々は纏めてなぎ倒されていた。
これが十二鬼月。下弦とはいえ最強の壱の数字を冠する者の力。
彼女は、八雲結はどうなってしまったのだろうか。
最悪の事態が頭を過る。まだ周囲に鬼が居る可能性を考慮し、何時でも抜刀出来る体勢で構える。
「カ、カー!下弦ノ壱討伐!下弦ノ壱討伐!討伐隊士八雲結、大キク負傷セリ、支援コウ!支援コウ!」
「姉さん!!」
「ええ!」
彼女の鎹烏の声を聞くや否や己の出せる全速で旋回している場所へ向かう。
周囲に無数の刀が散らばる中に彼女は居た。仰向けで寝るその顔は少し成長が感じられたが嘗ての彼女と何も変わらない。
それは一見すれば穏やかにも見える表情であった。背に彼女の血溜まり、身体に無数の傷による出血跡さえなければ。
「ああ…」
しのぶが自身が血に濡れる事も気にせず彼女の傍らで膝を付く。涙さえ無いもののその声は悲しみに満ち、蹲る様に彼女の顔へと手を伸ばした。
「しのぶ…。」
下弦の壱討伐。確かに素晴らしい快挙だ。上弦にも近い実力を持つ今回の鬼は生きていればこの先多くの人を、隊士を殺していた。
だが未来ある彼女を失ったこの結果は果たして本当に釣り合うのだろうか。
「起きなさい。胡蝶しのぶ、彼女は命を以て下弦の鬼を倒した。それ以上悲観する事は彼女も望んでいません。」
それでもきっと彼女は笑顔で笑うのだろう。八雲結はそういう子だ。ならば彼女が遺した道を進む為にも此処で立ち止まってはいけない。
頬に一筋流れたそれを拭いながらもそれを気取られぬ様依然としてした様子でしのぶを鼓舞する。しのぶは変わらず彼女の傍らに居たがもう暫くはそのままにしてあげようと感じた。
「ッッッ!?」
しのぶが一瞬何かに反応する。横から見るその瞳は信じられない物を見ているかの様に大きく開いていた。
「しのぶ…?」
私の声に反応する事なく集中した様子で彼女の口元に耳を近付ける。
(…口元。…耳。まさか!)
「…姉さん。この子まだ生きてる。」
間髪入れずに周囲の医療班を呼び付ける。私も滑り込む様な形で彼女の側へと移動し、夥しい量の血で染まった着衣を手で弄る。
(あった。胸元に切れ込み、この一撃が他を見ても一番出血が多い。)
男性隊士の視線を逸らさせ無理矢理に胸元を顕にする。血だらけのそれを丁寧に拭いて負傷部位の特定、止血を図ろうとする。
「…傷が無い。」
「ッまさか!?」
その現実にしのぶが困惑の表情となる。傷が無い現実、柱であり、姉である胡蝶カナエで視診で初手を間違えた事実に。
今まで沢山の医療を行って来た私の技量は一定の水準を越えていると自負している。治療技術もさることながら負傷した隊員のどの傷が深く致命傷になり得るか、何処まで治療すべきかといった戦闘間における第一線救護も抜かりは無い。でなければ今までこうして多くの人を救う事など出来なかった。
いや、今はそんな事はどうでも良い。一分一秒が今は惜しい。
「他の部位を!しのぶ貴方は右を私は左を確認しましょう。」
「了解しました。」
しのぶの力を借りて彼女の身体の傷を手分けして探していく。次いで出血が多い両肩、大腿部に至るまで様々な所を探していくが怪我らしい怪我は見つからなかった。
「嘘。こんなことって…。」
「…姉さん。」
姉の同様もしのぶには理解出来た。今まで散々治療を行ってきたがこんな事例は一つも無かった。服は敵の攻撃によるものだろう 数々の刀傷を受け、身体も傷に合わせて出血、服もその血で染まっている。この一面に滴る血は彼女のもので無くて何だというのだ。
この出血量、どう見積もっても死亡する量に達している。
「カナエ様。道具一式持って参りました。ご指示を!」
部隊の医療班の主力が到着する。傍らには大掛かりな医療器具が木箱に所狭しと並べられている。これは本来蝶屋敷でしか行えない大きな施術を外で簡易的に行う為に用意した物品であった。
周りの隊士が施術に掛かろうと準備をする中、私は自分に言い聞かせるかの様に周囲へと話し出す。
「皆さん。彼女、八雲結は軽傷です。周囲や彼女に付着した血は敵の何らかの血鬼術によるものでしょう。身体を診ましたが傷は見当たりませんでした。この状態は恐らく戦闘での極度の消耗により気を失っていると思われます。数日もすれば目も覚めるでしょう。」
私の声で周囲の隊士から安堵の声が出る。通夜のようだった空気は打って変わり、十二鬼を月を倒した事実に色めき立った。
「皆さんにはこれからこの事後処理をお願い致します。私としのぶ、あと一部の勢力を持って彼女を蝶屋敷まで搬送致します。残りは現場の復旧と鬼が遺したと思われる残留物の収集、あと…この血に関しても採取をお願いします。」
その後は早かった。八雲結は無事目を覚まし、十二鬼月の討伐も確実となり比較的少ない犠牲で今回の事件は幕を閉じた。
今日はあの日から一週間の夜。彼女、八雲結も問題無く回復、明日にでも任務に望む心積もりであろう。
私は手元の資料に視線を向ける。何度目かの葛藤の末、封を切り中の紙に見を通した。
紙には【完全に一致】のたった一行だけの文字。
あの日、あの場、彼女の服に付着した血液、その彼女との関係を現す結果だ。
確実に致命傷となる出血量、無傷な彼女。もう私では、【花柱】としての私では手に余る事態となっている。
(こうなったらお舘様に伺うしかありませんね。)
あの子に裏があるとは思えない。彼女は妹の様に愛おしく、同様に隊士としての在り方は逞しく周囲に良い影響を与えている。
たがこのままで行けばいつか誤解が生まれそれはとても大きな溝になってしまうかも知れない。
それはいけない。彼女は大切で欠かせない存在だ
ならば鉄は熱い内に。この事件過去のものにならない内に手を出す必要がある。
鬼殺隊に彼女を認めさせる為に。お舘様になら彼女を収める所に収めて頂ける。
やはり手を出す好機は今しかない。
蝋燭の僅かな灯りの中胡蝶カナエは書をしたためる。それは鬼殺隊、妹達の未来を案じての思いからであった。