鬼の居る世界で 【雲柱】八雲結   作:sirius

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誤字報告、評価等ありがとうごさいます。

今後とも精進して頑張ります。



第07話 育手

 

 

 「そこまで!両者後へ!!」

 

 終了を告げる姉の凛とした声が中庭に響く中、私は冷静に先程のやり取りを思い返していた。

 

 先手は彼女に譲るつもりだったとはいえ、始まってみたら終始彼女に圧倒された。

 

 速度、力も共に予想以上。勝負を早めたのは技術で劣る私に長引けば確実に負けると思ったから。その判断も悪くない。しかし、最後のは何だったのだろう…。攻撃を与えた事に自ら怯む所を見るに木刀で人を傷付ける事に対する負い目を感じたといった所か。

 

 (思えば初めの一撃は私の得物に対してだった。粗があると感じたのは私に対する直接的な攻撃に慣れていなかったから。彼女の本領はあの初撃だ。訓練をして無駄を無くてしていけばまだまだ成長の余地はある。)

 

 人は無心では刀を振らない。誰にでもそこに思いが籠る。私の様に鬼に対して復讐心を宿す者もいれば姉の様に憐れみの心を持って振るう者もいる。そして、打ち合いの中、彼女の刀から感じたのは純粋な熱い思いだった。

 

 「私を鬼殺隊に入れて下さい。私の様な者を少しでも減らす、その為に生き残ったこの命を使いたいのです。」

 

 姉へ話していた彼女の言葉を思い出す。

 

 (どうやら、心配は杞憂でしたね。)

 

 彼女は悪では無く善だ。確かにその人並外れた力、回復力には疑問点があるがそれが何だと言うのだ。そんなもの現在柱として鬼殺を行っている者達と比べれば埋もれる事実だ。姉も大概だが他の柱達は更に人を越えている。それに疑心など成果で洗い流せる、全ては今後の彼女次第だろう。ならば私達の出来る事は…。

 

 「姉さん。」

 

 一言かければ姉も分かっていたのであろう。姉は一度頷き彼女に正対する。

 

 「八雲結、貴女を認めます。この決闘において貴女は鬼殺隊を目指す上で十分な資質を示した。入隊に関しては試験もあり、今この場で鬼殺隊に入れる訳ではありません。しかし、私花柱胡蝶カナエの名において貴女が鬼殺隊に入る為の助力を惜しまない事を約束致します。」

 

 彼女は姉の言葉を受け万感の思いで「よろしくお願い致します!」と頭を下げた。

 

 (私もまた一から修行し直さなければなりませんね。)

 

 八雲結。彼女はいずれ頭角を表す存在だ。私も負けてはいられない、もっと実力を付けなくては。

 

 胡蝶しのぶは強く決意を固める。全ては姉と肩を並べ共にある為に。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 (何とか合格貰えた!やったー!)

 

彼女は喜んでいるが、実際決闘はギリギリだった。しのぶさんが後手に回ってくれたお陰で奇襲は成功したが、彼女の技量は全く追撃を許さなかった。空中で体勢を変え剣技を放つ姿はブレが無く、美しかった。

 

 一体どれだけの鍛練を積めばあそこまでなるのだろうか…。それに攻撃のリズムを読まれるのも早かった。予め彼女と話し合い、入れ替わり、攻撃に変化を付ける公算は成功だったと言える。

 

 でも当てたからって謝るのはないわー。本当に終わったと思った。

 

 (べ、別に良いじゃない!結果的に許可も貰えたんだし、それに貴方も攻撃の時、明らかに動きが鈍くなってたよ。)

 

 …確かに。木刀とは言え人に刀を振るうのがこうも抵抗あることだとは思わなかった。今後は対人練習も考えないといけないな。

 

 決闘の終わりに、しのぶさんに御礼の言葉を伝えた。彼女が居なければこうして機会を与えてくれる事も無かった。

 

 「いえ、私も学ぶ事はありました。こちらこそありがとう。」

 

 笑顔でそう言うしのぶさん。手を握り、自分の今後の活躍を祈ってくれた。手は華奢で小さく、これであれ程の速さで刀を振るっていた事に驚く。

 

 姉妹共に本当に凄い人達だった、いつか自分達も追い付けるだろうか…。

 

 今はとにかく進み続けるしかない。自分達はまだ鬼殺隊として始まってもいないのだ。

 

 カナエさんとは今後について話をした。

 

 鬼殺隊になる為にも自分はまず育手という人の下で鍛練を積まなければならないらしい。

 

 鬼殺隊は基本鬼狩り専門で柱も継子でもない限り下の者に刀を教える事は無い。鬼殺隊にすべく教育を行う者、それが育手。育手は数多くいて各人それぞれの場所、それぞれのやり方で鍛練を行う。

 

 そして鍛練の後、鬼殺隊で行われる最終選別に合格すれば晴れて鬼殺隊として認められる。試験は大変厳しく合格するのはほんの一握りの実力ある者達だけで多くの者がその試験で亡くなるという。

 

 後は呼吸について説明された。呼吸は鬼を倒す為に鬼殺隊が身に付ける操身法。鍛えた心肺によって大量の空気を取り込み、身体能力を一時的に大きく向上できるという。基本の呼吸には大きく分けて「水」「雷」「炎」「岩」「風」の五つの流派があり、それぞれ特性にあった技を扱う。

 

 カナエさんとしのぶさんが扱うのは「水」から派生させた「花」の呼吸。使っている呼吸を変えたり派生させるのは珍しい事では無いという。特に水の呼吸は技が基礎に沿ったものでカナエさんの様に派生させる者も多いとか。

 

 「貴女には私達と同じ「水」の呼吸の育手を紹介したいと思います。その方が信頼出来る方と言うのもありますが、先程言った通り水の呼吸は基礎に沿った方、多種多様な状況に対応出来るので刀を振るう者の基盤として学んで損はありません。」

 

 自分もそれに応じ、育手の元への出発は三日後となった。案内へはしのぶさんの鎹鴉が行ってくれるらしい。鎹鴉は鬼殺隊士一人につき一羽着く連絡用の鴉で大変賢く人の言葉を話す。小さな蝶の飾りを着けた鴉は私肩にちょん、と乗り「ヨロシクネ」と言った。黒い羽は美しく、僅かに香水の香りがした。

 

 「それでは気をつけて」

 

 三日後私はカナエさんにしのぶさん、共に入院していた鬼殺隊士、お世話になった看護士の方、仲良くなった幼い子達に見送られた。紹介された育手の元までは人の足で一週間程らしい。着くまでの旅のお金も頂いてたので問題無い。しかし、本当に此処の人達には助けて貰ってばっかりだった。

 

 「何から何まで本当にありがとうございました!このご恩は忘れません。」

 

 「貴女のこれからの活躍を心より祈っています。」

 

 微笑むカナエさんに改めて頭を下げる。

 

 今度来たときは一鬼殺隊士として、美味しい物を沢山手土産に帰ってこよう。それが自分に出来る精一杯の恩返しだ。

 

 私は皆の姿が見えなくなるまで何回も振り返りながらも手を振り蝶屋敷を後にした。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 「育手」である鱗滝左近次は一通の手紙を見直す。

 

 四日前、現花柱である胡蝶カナエの鎹鴉から一通の手紙が送られた。内容については「目ぼしい人材を見付けたのでどうか鬼殺隊士として育てて欲しい」と言うもの。新たに出た迷いの種に彼はため息を吐く。

 

 (当分の所は誰も見るつもりは無かったのだがな…)

 

 彼、鱗滝左近次は育手として確かに優秀だ。元水柱としての豊富な経験、師として私情を捨て、教え子の為に心を鬼にして行うその指導、全てが一級品だった。しかし、それでも彼の教え子の多くは最終選別で戻らなかった。理由は分からない、選別で残った子は教え子と実力は差ほど変わらず、寧ろ劣っている年の方が多かった事が更に彼の焦燥の念を募らせた。育手として教え子に過度な感情移入は行わない、彼は歴年の経験で己の心を律する術を得ている。

 

 だが、戻らない子が一人、また一人と増えていく事は確実に彼の心を磨耗させていた。その数が十を越え、彼の経験上最も優れていると感じた教え子が戻らなかった時、彼は少々疲れてしまっていた。故にこの数年間教え子は取っていない。

 

 それでも育手として退く事が無かったのは偏に彼の数少ない教え子の活躍に他ならない。彼らは今、亡くなった子達の思いを受け継ぎ鬼殺隊士として命を賭して頑張っている。一線を退き、刀を教える事しか出来ない老人が弱音を吐く訳にはいかない。少しでも鬼を滅するべく優れた隊士を育成するそれが己の指名だ。

 

 蝶屋敷、彼処から此処までは大人の足でも二週間は掛かる。手紙には候補者は齢十四の少女と書かれていたので三週間といった所だろうか。鱗滝は新たな教え子を迎えるべく支度を始める。

 

 二週間もあれば間に合うだろう。そう考える鱗滝は翌日衝撃を受ける事になる。教え子になる予定のその少女は大人が二週間掛かる道を五日で走破してきたのだ。

 

 「胡蝶カナエさんの紹介で参りました、八雲結です。今日からお世話になります。」

 

 疲れを感じさせる事無く、笑顔で話す少女。華奢な外見、その仕草からは特に鍛練を積んだ者にも見えず藍色の着物を着こなすその姿からは何処ぞの街娘といった印象を与えた。

 

 「お主、どうやって此処まで来た?お主が通った道は屋敷から五日かそこらでたどり着ける様な道では無い。」

 

 「体力には自信がありまして。初めは普通に歩いて来ようと思ったんですが、宿泊の費用が思ったより高くて…。金銭的には足りたんですけどこんなに払うんだったら速く来て余った金で茶屋で団子でも食べた方が良いかなと。」

 

 八雲結と名乗る少女は照れながらに話す。口には先程食べたのであろう餡子が付いていて指摘すると彼女は顔を赤くしながら袖で口を拭った。

 

 …嘘は付いておらんな。

 

 鱗滝は彼女が嘘を付いていない事を匂いで理解する。彼は特別に鼻が利いた、それは人の感情にも敏感でその者が今どんな心持ちなのかも知ることが出来る。彼がこうして五体満足で柱を退く事が出来たのもこの力による所が大きかった。

 

 「今は夕方か…。分かった。では今からお前が鬼殺の剣士として相応しいか試す、付いて来い。」

 

 返事を待つ事無く山へと駆ける。これから登る山には多岐に渡る罠が無数に仕掛けてある。それを掻い潜り翌日の夜明けまでに麓の家へ帰って来る。これが彼が与える試練だった。

 

 

 

 (…全く信じられん!この場所で息も切らさず付いてくるとは。)

 

 彼は自分の後ろで一定の距離を保ち追走する少女を感じて心底驚く、此処は狭霧山と言って頂上近辺は特別空気が薄くなっており、下手な者では息を切らすとその空気の薄さで失神する。なのに後ろの少女は疲れる様子も無く走っていた。

 

 「お主…今までどの様な生活を送ってきた?」

 

 手紙では一月程前に鬼に両親を殺された所を屋敷に保護されたと書かれている。だが目の前の少女の体力は既に一鬼殺隊士を越えている。まだ胡蝶カナエの継子と言われた方が納得出来るものだ。

 

 「いえ、別に変な事は…。八雲家の長女として畑の手伝いをしていたくらいです。」

 

 「…そうか。」

 

 お主の様な娘が居るかとさえ思う。だが嘘は付いてない。彼は長年頼りにしてきた自分の嗅覚を疑う感覚に軽く目眩を覚えたが何とか平常心を取り戻し試験を続けようとする。

 

 「これから試験を始める。今から明日の夜明けまでに山の麓の家へと戻ってくること」

 

 彼女の返事を最後に霧に紛れ姿を消す。彼は一刻と起たず家へと帰り囲炉裏に火を付けようとしていた。

 

 …さて今度の子は何刻かかるか。

 

 今までの者は日登る寸前にようやく、といった者が多く、速い者でも半分の時が過ぎる。だが今回の彼女は彼の経験でも例がない。

 

 やがて囲炉裏に火が着き部屋を明るく照らす。そんな時戸を叩く音が部屋に響いた。

 

 八雲結。下山時間二刻。

 

 どうやら今回の迷いの種は相当らしい。

 

 汚れ少ない彼女を見て鱗滝左近次は今日何度目かわからない溜め息を着き、苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 




コソコソ話的な何か

今回の旅と鱗滝さんへの挨拶は女の結の願いもあって彼女が主体で行った。

団子は二人の大好物。男の結はみたらし。女の結は餡子が好き。相互に入れ替わり食べるのでその量は必然と多くなる

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