ストライクウィッチーズ~約束の空~   作:カメクリオ

12 / 57
第十二輪 彼女のズボンはどこに消えたのか

その日、501統合戦闘航空軍が居を構えるブリタニア基地全体を揺るがす大事件が起こった。

 

 

「…これは事件だな」

 

昼下がりの食堂は只ならぬ切迫した空気に包まれていた。

険しい顔をしてバルクホルンが呟く。腕を組み、考え込む彼女の真剣な眼差しの先には宮藤とペリーヌがいた。

実は今ある一名を除いてこの場にいるウィッチたちはバルクホルンと同じようにある問題に向き合っていた。

その問題というのが

 

「何故ペリーヌのズボンがなくなったか…まずは状況を確かめるためにこの事態が発覚した時の状況を説明してもらおう」

 

「えっと、どこから説明すれば」

 

「入浴するに至った経緯から全部だ」

 

バルクホルンに言われて宮藤は記憶を辿りながら言葉を出していく。

 

「いつものようにペリーヌさんと一緒に坂本さんとの訓練を受けてそれが終わってから浴場に行ったんです。それで身体を洗ってお風呂から出てみたら」

 

「更衣室にはペリーヌのズボンはなく、そのペリーヌが何故か宮藤の服を持っていた…ということか」

 

宮藤の話を聞いてバルクホルンが食卓の上の宮藤の水練着を見やる。そこに彼女の水練着があるのはこれは証拠物件として押収されているためだ。

そして着る物のない彼女は代わりに坂本の軍服を借りて、上半身を包んでいる。

 

「疑わしいのは同じく浴場にいた人物だな。一緒に入っていたのは私とペリーヌと宮藤、そして」

 

その時の会話と情景を思い出しながら坂本と宮藤、そしてペリーヌはある人物の方を見る。

他の者もそれに吊られて、場にいるほぼ全員の注目がその一身に受け止める。

 

「フランチェスカ・ルッキーニ少尉」

 

バルクホルンに名を呼ばれた途端ビクっと身体を震わせるルッキーニ。

ジャガイモを食べていた彼女は手に持っていたフォークを放り投げ、そして

 

「あ、逃げた!」

 

「私のパンツ!」

 

椅子を蹴り出す勢いで逃走を図るルッキーニ。揺れ動く衣服の合間からペリーヌの純白のパンツが覗く。

それを見て持ち主が声を上げて反応したこと確信した。彼女はクロだと

 

バルクホルンたちは彼女を取り囲もうとするが、誰かの手が小さな身体を捕える前にルッキーニは宮藤の水練着をかっさらって食堂を飛び出す。

 

「あ、私の!」

 

「待てルッキーニ!」

 

「これ以上罪を重ねるな!」

 

全力疾走で逃げたルッキーニを追いかける宮藤たち。その騒ぎをまるで対岸の火事であるかのように眺めていたハルトマンは黙々とジャガイモを口に運んだ。

 

 

 

 

基地の庭に立ち、ソーマは空を見上げていた。太陽の輝かしい光を反射して青空を羽ばたく赤い機械の鳥を目で追っていると、背後からドタバタと大きな足音が聞こえてくる。

眉を上げて体を向けると駆け足で近づいてくるバルクホルンとシャーリーがいた。

 

「どうした、そんな慌てた様子で」

 

「こっちにルッキーニ来なかったか?」

 

「いや、見てないけど。なんかやったのか?」

 

ルッキーニという少女は明朗快活なその気質から何かと問題を起こすことで有名だ。ましてバルクホルンが苦労してまで探している。

だからソーマはその名が出るなり真っ先にそういう聞き方をした。

 

「実はルッキーニがペリーヌのズボンを持って逃げたんだよ」

 

「ズボン!?またなんでそんなものを」

 

シャーリーの説明を聞いても状況が飲み込めず困惑するソーマ。彼の気持ちは尤もだとバルクホルンも感じていたが詳しく話す時間も惜しいため、詳細を告げず協力を要請する。

 

「理由は私にもわからん。とにかくルッキーニを確保するのに協力してくれ」

 

「ああ、じゃあ俺はこっちを探してみるよ」

 

「私とリベリアンはこの先に向かう。ルッキーニを見つけたら食堂に連行してくれ、暴れるようなら多少手荒な真似をしてくれても構わん。非常事態だ、目を瞑ろう」

 

「手荒って言っても程々にしておいてくれ、ちょっと灸を据えるくらいで」

 

そう言ってバルクホルンとシャーリーは走り去っていく。

遠ざかっていく背中を見送って完全に視界から消えると、ソーマはポケットから指輪を二つ取り出して魔法で変形させる。

 

『ユニコーン、クラーケン、プリーズ!』

 

「ルッキーニ、見つけたら教えてくれ」

 

青い馬と黄色のイカを模した機械にそう伝えるとそれらはそれぞれ、地を走り、宙を飛び、別方向に散らばる。

さて、と呟いてソーマも言われた通りルッキーニの捜索に足を運ぶ。

 

 

 

その数分ばかり前のこと

眠りについていたエイラは扉の閉まる音で意識が覚醒した。

重たい目を開いてドアの方に視点を合わせるとルッキーニがいた。ルッキーニの様子はいつも以上に落ち着きない様子に見えてエイラは眉を潜める。

 

「なんだヨ」

 

エイラの言葉に返事を寄越さずルッキーニはカーテンと窓を開けて下を覗き込む。そして何を思ったか、ベッドに畳まれていたエイラのズボンを引ったくって窓から身を乗り出す。

 

「あ、こら!私の!」

 

奪った彼女のズボンをそれを樋の間に通して滑らかに降りていく。こうして無事怪我無く地面に着地したルッキーニは再び何処かへと走り去っていく。

当然そのまま見逃すつもりはなくエイラは追いかけようとするが、制服に着替えようとした瞬間ある問題に気付く。

パンツを隠すために下に履く服がない、という極めて重要な問題に

 

(どうしよう…)

 

このまま外に出る訳にはいかず途方に暮れているとふと眠ったままのサーニャの姿が目に入る。

瞬間、何かを思いつくエイラ。恥と友情、どちらを取るか葛藤した末エイラはサーニャのストッキングを拝借し、自分の下半身を保護する。

 

「ごめん!」

 

謝罪を告げ、エイラは自室を飛び出す。するとそこにバルクホルンとシャーリーがやって来た。

 

「ルッキーニは?」

 

「し、下に逃げた」

 

「追うぞ!」

 

どうやら目的は同じようだ。ルッキーニの名を出された瞬間エイラはそう察知し、無言のアイコンタクトで意思疎通を図ると、二人と共にズボンの奪還に向かった。

 

 

「ここか…」

 

ルッキーニがエイラの部屋にいたのを窓越しに目撃したクラーケン。その案内でソーマがエイラの部屋の前に着いたのは三人がいなくなってから少し後のことだった。

 

「エイラの部屋…エイラ、俺だ。ソーマだ、ちょっといいか?」

 

ノックして呼びかけても中から反応はない。ドアに耳を当てて澄ませても、内部で誰かが動いた音も聞こえない。

試しにもう一度二回扉をノックするがそれでも反応はない。

 

「いないのか?悪い、入るぞ」

 

断りを入れてドアを開けるソーマ。水晶玉、タロットカードとエイラの私物が見える中で彼の目に真っ先に飛び込んだのは開いた窓とそこから入る風を受けて揺れるカーテン。

窓まで近づいて顔を出し、下を見下ろすとそこには草木の緑しかなかった。

 

「逃げた後か。一足遅かったか…!?」

 

もういないのだと判断して部屋を出ようと踵を返した時

何気なくベッドにチラリと目を配ったソーマは瞬間、仰天の表情で固まった。

 

「サ、サーニャ…?な、なんで…?」

 

何故エイラの部屋に彼女が…?という疑問もあった。だがそれが些細に思えるほど衝撃を与える光景が彼の前にあった。

布団もかけず、ストッキングも履かず、自身の肌と同じ色の白無垢のパンツ下半身を無防備に晒しているサーニャのあられもない姿が

 

「んっ…うぅん…」

 

見てはいけないと思いながらも目を見開いたまま動けずにいると、サーニャが目を覚ました。体を起こした彼女はソーマに眠たそうな顔を向けた。

 

「…あれ?ソーマさん?どうして……っ!」

 

眠気からか半開きの眼でソーマを見つめる彼女。

しかし数秒経って下半身に違和感を感じたサーニャは目を落とすと、思いもしない自分の姿に驚く。

そして瞬時に自分がどう見られているのかを理解したサーニャは布団で体を隠して、顔全体を紅潮させ潤んだ瞳でソーマを見る。

 

「違う、違うぞ、サーニャこれは…」

 

パンツ一枚の涙目の少女とベッドの前に立ち狼狽える男の二人きり…何も知らない者が見たら十人が十人そういう現場と答えるであろう状況。

必死に弁解を測ろうとするが今にも泣き出しそうなサーニャの表情は変わらない。ソーマは途方もない罪悪感に襲われた。

 

そしてまたどういう偶然か、このタイミングで襲撃を知らせるサイレンが基地内に木霊した。

 

 

「こんな時にネウロイが来るなんて!」

 

「向こうからしたら絶好のタイミングでもこっちからしたら最悪だな。どうする?」

 

「どうするもこうもない。すぐに出撃だ」

 

宮藤たちもサイレンを聞きつけて、ルッキーニ捜索を打ち切って格納庫に向かっていた。

格納庫に着いてすぐ坂本はストライカーを履き、出撃準備を終える。

 

「どうした宮藤、早くしろ」

 

「無理です!だって」

 

「私もさすがにこのまま行くのは」

 

だが何人かはそうもいかない者もいた。宮藤とペリーヌもその中に含まれる。

下に何も履いていない恰好のまま空を飛ぶ、というのには乙女心に抵抗があったからだ。

 

「任務だ、安心しろ、空では誰も見ていない」

 

坂本の言葉は真っ当だがそれでもやはり恥ずかしさが勝ってしまい、なかなかストライカーに足を通せない。

 

「…なんか変な感じだな」

 

出撃できずにいるのはエイラもだった。やはり着慣れぬサーニャの服では違和感がすごく、服の裾を摘まんで困った表情を浮かべていた。

するとそんな彼女の耳を清らかな声が刺激した。

 

「エイラ、それ私の。なんでエイラが?」

 

その声にエイラが顔を上げ、出所を見るとまず先にソーマが目に入った。しかしすぐ関心の対象は隣のサーニャに移り変わる。というのもサーニャの姿が普段と違っていたからだ。

彼女がその身に纏っている衣装はコルトと言われる民族衣装に近いものだった。

 

(サーニャ、いつもと違う。すごく、すっごく…か、かわいいんダナ)

 

その姿にエイラはつい見惚れて呆けてしまう。

バルクホルンもその姿に驚いていた者の一人だが、近づいてくるソーマを見て彼に問いかける。

 

「サーニャがあんな恰好をしているのはお前の仕業か」

 

とてもではないがサーニャが滅多に着ない服をしている。

彼の魔法、ドレスアップの魔法によるものだとすぐに察しがついた。つい最近自分がその被害に遭ったばかりなだけに

 

「…ちょっと色々あって。それより出撃準備の方は?」

 

「見ての通りだ」

 

あまりそれに触れるなとばかりに複雑な顔をする彼に疑問を感じつつも来た投げかけられた質問に答え、視線を騒ぎの方へ向ける。

未だストライカーに足を通さない宮藤とペリーヌ、彼女たちにストライカーを装着するよう促す坂本、自分の衣服を取り返そうと服を引っ張るサーニャとそれに抵抗するエイラ…まさに騒然としている光景が広がっていた。

 

「時間がない。ここは我々が先行して迎え撃つぞ」

 

「これじゃそれが一番だな」

 

待っているだけ時間の無駄と判断したバルクホルン。その言葉に従いソーマはハリケーンの指輪で変身しようとする…

 

「皆待って!」

 

とそこに凛とした声が響く。

その声に皆発生源を見る。そこには基地を離れていたはずのミーナとリーネの二人。

 

「敵はいません。警報は間違いです」

 

「は?…」

 

「えええええ!?」

 

衝撃的な発言を聞いてソーマは困惑の表情のまま固まり、ウィッチたちは声高らかに驚きの叫びを上げる。

 

「出てきなさい」

 

ミーナに言われて壁の隅から現れたのはルッキーニ。彼女の顔はしょんぼりとしている。

それを見ても尚事態を把握できない宮藤たちに向かってリーネが説明する。

 

「あの警報はルッキーニちゃんが誤って押したみたいで…」

 

「えっ、じゃあネウロイは…来ないってこと」

 

「なんだよそれ…」

 

宮藤の言葉を聞いて出撃しようとしていた者たちはドッと肩を落とす。

 

「それとこれも没収しました」

 

「ああっ、私のズボン!」

 

「私のも!」

 

ミーナの手元にある畳まれた衣服。それを見てルッキーニの盗難被害に遭った者たちは飛びつくように出し、手に取り感謝を告げる。

 

「ありがとうミーナ中佐」

 

「私じゃありません。今回のお手柄は…彼女よ」

 

そう言うミーナの真横にスッと現れたのはハルトマン。

 

「この混乱の中冷静な判断力でした。ハルトマン少尉」

 

「やればできると思っていたぞ。やはりお前も生粋のカールスラント軍人だな」

 

「さすがですねハルトマンさん」

 

バルクホルンはハルトマンに両肩に手を置いて見直したかのような言葉を送る。

宮藤やエイラも彼女の功績を称える。そんな中でルッキーニは不満げな顔をするものの、落ち込んで眺めるしかできなかった。

 

ひょんなことから多くを巻き込み、大きくなってしまった今回の騒動であったが何はともあれ収束した。

そして今、この騒動を解決に導いたハルトマンのネウロイ撃墜数二百五十を達成した功績を称えての表彰が行われようとしていたのだが、エイラには一つ附に落ちないことがあった。

 

「ん~どうにも引っかかるな」

 

「何か考えてるみたいだけど、エイラどうしたの?」

 

「なんでルッキーニはペリーヌのズボンを盗ったりしたのかって気になってさ。風呂に入ってたってんなら自分のがあったはずだろ?わざわざ他人のを盗る理由がないじゃないか」

 

「そういえば、お風呂に入る前はちゃんと自分の履いてたのに」

 

確かにそうだ、と宮藤もエイラに同調する。その答えを知るべく宮藤だけでなく話を聞いていたバルクホルンやソーマたちもルッキーニに目を向ける。

 

「なぁルッキーニ、どうしてだ?」

 

代表してシャーリーが問うと、罰として両手に水のたんまり入ったバケツを持たされていた彼女は落としていた顔を上げて、泣き声に近い声色で言った。

 

「だってなんでかわかんないけど私が出た時に私のズボンがなかったんだもん…それですぐ近くにあったから、そのペリーヌのを…つい」

 

「ん?だとするとルッキーニのは、どこに消えた?」

 

ここにきて新たな疑問が生まれた。

彼女の話が本当だとするならばまだ騒動は真に解決していないということになる。

ルッキーニのズボンの行方を誰もが気にしているとその時、表彰台の上のミーナとハルトマンに視線を移した誰かが声を上げた。

 

「ああっ!!」

 

「ワタシの!」

 

風に揺れ動くハルトマンの制服。その裾から垣間見える縞々模様の可愛らしいズボン。それは紛れもなくルッキーニの物であった。

言葉を失う一同。そんな彼らと全く同じ反応をしつつ、ソーマは平然とにっこり笑顔で勲章を受け取るハルトマンを見てこんな言葉を心で口にした。

 

(…すげぇなあいつ)

 

ハルトマンに対してある種尊敬を覚えると同時に恐ろしいとも思わされた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。