執務室にてミーナはデスクに座り、神妙な顔をしていた。彼女の脳裏にあったのはドラゴン型のネウロイとの戦い。エイラがネウロイの放つ絶対零度の白銀の吐息に飲まれそうになった瞬間の光景だ
(あの時もし救援が少しでも遅れていたらエイラさんは間違いなく撃墜されていた。エイラさんだけじゃない。宮藤さんもサーニャさんもきっと…)
未来予知を持ちシールドを一度も展開したことのない実力者としてその名を知られているエイラが撃墜の危機に瀕していた。
その事実はミーナに不安を生み、ネウロイとの今後の戦いを危惧させるには十分すぎる程の威力だった。
「私たちの予想を超える速度と変化でネウロイは確実に進化している…これから先戦い抜けるかしら。私たち人類は」
ミーナはそう呟いて後ろを振り返る。そこにあるのは晴れ晴れとした空と広大な水平線、
しかし窓から見える景色を見据える彼女の瞳はそれらとも何か違う、遠くにあるものを見ていた。
「ご苦労さん」
基地の外で一人立つソーマの元に空の彼方から機械造りの赤い鳥が降りて来た。その脚に掴んでいた封筒を取り、その中の封を切って目を通した彼は目を細めた。
―こちらの準備は直に整う。舞台の幕開けの用意をしろ
手紙にはただその短い言葉が並んでいるだけだった。
その手紙をソーマは指輪に戻した鳥と一緒に懐に忍ばせる。そうして基地の外を歩いているとある光景を目にする。
(宮藤とリーネと…後誰だ?)
そこにいたのは宮藤とリーネそれと見慣れぬ男性軍人。彼は扶桑の空母艦赤城の乗組員であるのだがソーマはそれを知らないために、気になって立ち止まり聞き耳を立てるが、距離が距離なだけに話の内容はちっとも聞こえない。
しかし表情はよく見えた。
男性軍人は遠目で見ても目立ってわかる程に身体を小刻みに震わせながら手紙を差し出しており、それにキョトンとする宮藤を何か興奮した様子でリーネが見つめていた。
(何してるんだ?)
どういう状況か把握できないままソーマがその場で静観しているとその時、横から吹いた強い風が男性軍人の手から手紙をかっさ攫う。
「「あっ!」」
突然のアクシデントに声を上げる三人。宮藤と男性軍人はすぐさま風に運ばれる手紙を追いかけるが風に乗ってはるか高くまで飛んでしまい、ストライカーでもなければ回収が不可能な高さまで達していた。
見上げるソーマはウィザードライバーを起動し、コネクトの魔法を使用した。
『コネクト、プリーズ!』
「っと」
上空と地上、それぞれ異なる場所に発生する二つの魔法陣。手元の魔法陣に手を突っ込み、空間を直結させた上空の魔法陣を通じて手紙を掴み難なく回収すると、ソーマの目前に手紙を追っていた二人が寄って来る。
「ありがとうございます、ソーマさん!」
「これぐらいどうってことないさ。で、ええっとこれは」
目の前で立ち止まった宮藤と男性軍人。ソーマは宮藤に手紙を渡そうとするがそこでふと彼の手は止まる。
―どっちに渡せばいいんだ?これ
元々持っていた男性軍人に渡すべきか、それとも彼が送る相手の宮藤に渡すべきか
時間にして数秒弱彼が悩んでいると、男性軍人の方から声をかけられる。
「あの、スペランツァ大尉、ですよね?それを頂いてよろしいですか?」
「あ、うん。はい」
「ありがとうございます。受け取ってください宮藤さん!」
「えっ?」
ソーマから受け取るとすぐ男性軍人は再度宮藤に手紙を差し出す。
その行動に呆気に取られ、左右交互に視線を送って首を傾げるソーマの腕をリーネが掴んで二人から離れた位置に誘導する。
「私たちは離れて見ていましょうソーマさん。近くにいたら邪魔になっちゃいますから」
「なぁリーネ、これどういう状況?あの二人何してんの?」
「ふふ、さぁ何でしょうね?」
そう言うリーネだが言葉の割には表情は温かく楽しいものだ。その表情を見てますますソーマが困惑に陥る間にも手紙は宮藤の手に渡っていた。
「貴方たちここで何をしているの」
「ミーナ中佐」
だがそこにミーナが現れた。咎めるような第一声を発して宮藤と男性軍人に歩み寄る彼女の瞳は誰の目から見ても怒っているように映っていた。
「このような隊員への過度な接触は禁止されているはずですが」
「すみません。ですが赤城を救ってくれた宮藤さんにどうしてもお礼がしたくて」
「どんな理由があるにせよこういった行為は認められません。それが規則ですから。これはお返しします」
それらの意見に対してビシッとそう言い放ったミーナは宮藤の手から取り上げた手紙を男性軍人に突き返す。
有無を言わせぬ剣幕に「申し訳ありません」と引き下がるしかなくなってしまう男性軍人。
しかしミーナはそれを聞いているのかいないのか、素早くその場を後にする。
「ミーナ中佐…」
気まずい空気と静寂が辺りを覆う。
「宮藤さんご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いえ迷惑だなんてそんな」
「赤城を救ってくれたこと感謝しています。自分はこれで失礼します」
宮藤が二の句を告げられる間もなく男性軍人は去ってしまう。なんとなく寂しげな雰囲気の漂う彼の背中を見て宮藤はいたたまれない気持ちになった。
「なんだか申し訳ないことしちゃったな」
「芳佳ちゃんのせいじゃないよ」
「どうしてミーナ中佐、手紙を受け取るのはダメだって言ったんだろう。悪いことじゃないのに」
「うん、どうしてだろうね」
ミーナの言った規則、それが何故してはいけないのか。その理由を宮藤は考えても理解できなかった。リーネも二人の会話を聞いていたソーマも同じだった。
「誰だ?入っていいぞ」
宮藤やリーネと別れたその足でソーマが真っ先に赴いたのは坂本の部屋だった。
ドアをノックする音に室内からそう言葉を返されたのを聞いてからドアを開ける。
「お前がわざわざ私の部屋に来るなど珍しいな。一体どうした?朝の稽古だけでは身体が動かし足りなくて稽古をつけてもらいに来たのか?」
「それはまたの機会で。今日はちょっと話があってきたんだ」
「少々長い話になりそうだな。待っていろ、茶を用意してから話を聞こう」
ソーマの顔色を見た彼女はそう言って机の引き出しに手を伸ばす。そこから彼女が手に取ったのは茶碗と茶葉
引き出しにあった二つの茶碗に茶葉を入れ温めた急須の水を注いで、かき混ぜていくその様は剣を握り戦闘指揮を執る勇猛な彼女とは大きくかけ離れていた。まるで著名な画家が描いた作品から出てきたように可憐な美少女がそこにいた。
「それで話とはなんだ」
ついじっと眺めていたソーマに差し出した坂本はここに来た要件を訊ねる。
「ミーナ中佐のことで聞きたいことがあって」
「ミーナの?なんでまたあいつの話を知りたがる」
「実はさっきさ―」
庭で起こった宮藤と男性軍人のやり取りをソーマは語る。最初はお茶を口に含みながらじっと耳を傾けていた坂本は話が進むにつれ深刻な表情になり、話が終盤になる頃には自らが作った茶には一度も手をつけずにいた。
「なるほど、それでお前は私からミーナがそのようなことをした理由を知るためにここに来たという訳か」
「ミーナ中佐のあんなところ初めて見たからさ。だから知りたくて」
話を聞き終えた坂本から出た言葉にソーマは率直にそう言葉を返した。
司令官として冷静沈着で温厚な笑顔を絶やさないミーナが誰かの言葉に耳を貸さず、有無も言わせず一方的に説き伏せた。
その姿はいつものミーナを知る人間からすればあまりにも不自然な気がした。
「こういう話はあまり人に話すようなことではないんだがな…ソーマ、お前は口が堅い方か?」
「他人の秘密をペラペラと話して回るような悪い趣味はないよ」
「いいだろう、だが内容が内容だけに少々長い話になるぞ。それでも構わないか」
「もちろん」
そう言って頷く彼を暫しじっと見つめる坂本。
逡巡した後今までの彼の言動と振る舞いを考慮してその言葉を信じていいと思えたのか、彼の要望通りに坂本はミーナの過去について語っていた。
「ミーナにはかつて大切な人がいたんだ。名前はクルト、彼は音楽家で声楽家を目指していたミーナとは気があって一時は共に生活を共にしていた程親密な間柄だったという…だがある時、二人を引き裂くに至る出来事が起こった。数年程前に行われたダイナモ作戦は知っているか?」
「話だけなら。カールスラントやガリアの人たちをブリタニアに避難させる作戦だよな」
カールスラント・ガリア・オストマルク、ネウロイの襲撃を受けたこれら三つの国の民をブリタニアに避難させるために実行された大規模作戦。それがダイナモ作戦だった。
だが規模が規模だけに当然軍からも民間からも多くの死傷者が出た。つまりその数だけ悲しみも生み出されてしまったということだ。
「そうだ、その時には彼は軍に志願し軍人になっていてミーナと共に作戦に携わっていた。二人はパ・ド・カレーの軍基地で別れ、ミーナは彼の到着を待ったが…その後何日が経っても彼は一向に姿を現さなかった」
そこまで語った坂本は一呼吸置くと、ソーマを見る。
「話はここまでだ。私もミーナから一度聞いただけだからどこまで正確に話せているかわからないが」
「必要以上にウィッチと男性軍人が関わるな…中佐がそんな規則を作ったのは自分と同じ者を増やさないため」
「始まりは単なる感謝や尊敬からだとしてもそこからいつ何がきっかけで関係が発展するとも限らない。そうなる前に少しでも可能性の芽を絶つことで自分が経験した悲劇の二の舞を作るまいとしているんだ…行き過ぎていると思うか」
「いや、そうしたくなる気持ちもわかるし正しいと思うよ」
大切な人との死別。
そんな過去を経験した者ならきっとそう思っても不思議じゃないとソーマはミーナに対して一定の理解を示した。
同時にミーナにとってクルトという人物の喪失がどれだけ大きな悲しみとなり、それを今でも背負ったまま戦いに身を投じていることも。
「ありがとう少佐。ごめんな、話にくいこと話してもらって」
「構わんさ。だがさっきも言ったようにあまり口外するなよ。わかってると思うが特に本人には」
「わかってる、気を付けるよ」
釘を刺す坂本にドアノブに手をかけたまま応じるとソーマはドアノブを回して部屋を後にする。
―言い過ぎただろうか。
宮藤と赤城の男性軍人に対する自らの行いにミーナはそう振り返りながら基地内を歩いていた。
事情も話さず一方的な物言いをした自分をきっと宮藤は理不尽に思っているはずだろう。
だが取った行動そのものに対しては後悔はしていなかった。あれは必要なことだったのだから
第二の自分を作り出さないためにも、誰に何と言われ思われようとも
「見つかんないなぁ、どこ行ったんだろ。こっちに行ったと思ったのに」
そんなことをミーナが自分に言い聞かせていると何かを探して首を四方に動かしているルッキーニが死角から飛び出してきた。
「ルッキーニさん、何をしているの?」
「中佐!いいところに!ねぇ、こっちに赤い鳥来てない?」
「赤い、鳥?なんなの?それは」
訊ねるなり飛び跳ねる詰め寄り、むしろ逆に質問を投げかけてきたルッキーニの勢いにミーナは戸惑う。
「さっきね、見たことない鳥が降りていくのが見えたんだ。捕まえたくて探してるんだけどどこにもいないんだ~ずっと探してるのに」
ルッキーニの説明に出てきた特徴にミーナは頤に指を当てながら考える。
「もう少し具体的に教えてくれるかしら?どういう鳥だったの」
「んっとねぇ、大きさはこれくらいで、後なんか普通の鳥より堅そうだった。で、キラキラしてた。宝石みたいに」
親指と人差し指で卵が一つ入りそうなくらいを作ってルッキーニは自分が目撃した鳥の特徴を語る。
堅くて宝石みたいにキラキラした赤い鳥、少なくともミーナの記憶にはその条件に該当する鳥は思い浮かばなかった。
「そんな鳥私は見てないわね…でもその特徴に似た鳥を見つけたらルッキーニさんに伝えるわね」
「ほんと、ありがと中佐!絶対教えてね、絶対だよ!」
そう告げてまた意気揚々と探し求めるルッキーニ。脱兎の如き速さでミーナの視界から消えていった元気なその姿を見て微笑むミーナであったが再び思案に耽っていた。
(宝石みたいにキラキラした赤い鳥…本当に鳥なのかしら)
★
「ふふふ、ようやく完成した。待っていたぞこの時を」
どこかにある研究室を思しき部屋の室内。
一人の人間の経つ空間を分厚いの壁とガラスで隔てた先には二つの特長的な物体が置かれていた。
一つは人間の身長を遥かに上回る大きさを持った機械。複数のケーブルに繋がれ、異様な雰囲気を醸しだしている。
そしてもう一つは机の上に置かれた人の手形を模した紋様が刻まれたベルト。こちらは大型の機械と違っておよそ十個以上の数が並んでいる。
「これで全ての準備は整った。いよいよだ…忌々しいウィッチどもを引きずり降ろし我々が新たな戦場の主役となる時はもうすぐそこだ」
それらを見つめるとある男。ガラスに映る虚像の彼は愉快そうに笑っていた。