ストライクウィッチーズ~約束の空~   作:カメクリオ

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第十五輪 変異・イントロダクション

事務作業を終えたミーナが寝間着を羽織って就寝の準備を終えベッドに横になって眠りにつこうとした時、そこに外側からドアを叩く者がいた。

 

「誰?」

 

「私だ、入るぞ」

 

夜遅くに一体誰なのかと疑問が浮かび上がるのとドアを叩いた人物が入ってきたのは同時だった。

その人物の姿を認めたミーナは彼女の名を呟いていた。

 

「美緒」

 

「夜更けにすまないな。だが言っておきたいことがあってな」

 

「何かしら」

 

眠りにつこうとしたところにやってきたことはさして気にせず、問いを投げかけながらミーナは考える。

軍事絡みということではなさそうだ。そうであったならわざわざこの時間帯に伝えて来る必要はないし、緊急の連絡であるのならもっと緊迫した空気を漂わせているはずだ。

 

「宮藤に渡された手紙を突き返したそうだな」

 

「…誰から聞いたの」

 

手紙、それだけ聞いてミーナは宮藤と赤城の男性軍人のやり取りを指しているのだと気付いた。

同時に何故その場にいなかった坂本がそれを知っているのかという疑問も生まれ、誰かが坂本に話したのだという結論もすぐに出た。

ただそれが誰かなのか、そこまでは特定できなかった。

 

「ソーマが昼間私の元にやって来てな…あの話お前には悪いが話させてもらった」

 

「そう、彼に話したのね」

 

「気にしていたぞ。いつものお前らしくないと」

 

ミーナはその時の情景を思い返して、気付いた。

そういえば宮藤と赤城の男性軍人から離れたところにリーネと一緒にソーマもいたが、まさかその足ですぐ坂本に訊ねるとは思わなかった。そして坂本が自分の過去を話していたことにも僅かばかりの驚きがあった。

夜の暗がりのせいか表情の暗いミーナに坂本は声を発した。

 

「まだ忘れられないか」

 

その問いかけにミーナからの答えはない。けれども彼女がどんな心情を抱いているのか、それは充分すぎるほど坂本には伝わった。

 

(やはりそう易々と傷は治らないか…難しいものだな)

 

数年の時が経ってもなお、その人がいなくなってもなお彼女の心には未だ癒えぬ心の傷が残っている。

友として、仲間として、どうにかしてあげたい気持ちは山々だがこればかりは本人次第。坂本にもどうにもならない。

 

 

 

翌朝、ミーナはいつものように食堂で仲間たちと共に朝食を食べていた。

宮藤の作った焼き魚を箸で摘まみ、口に運ぶ。その所作に一点の迷いはなく、前日の夜の会話の時に見せた表情は微塵もなかった。

そう向かいの坂本が感じる一方で

 

「おーいソーマー、おーい、聞いてるかー?」

 

シャーリーがソーマに心配そうに声をかけていた。

白米を摘まんだ箸を持ったまま茫然としていた彼だったが、その声に眉を動かして反応する。

 

「…ん、どうした?」

 

「さっきからずっと声かけてるのに箸持ったまま黙りこくって、何かあったのか」

 

「もしかして味変でした?」

 

料理に何か問題があったのだろうと宮藤も不安そうに訊ねてくる。

 

「ちょっと考え事してただけだ。心配させて悪いな」

 

「ふーん、ならいいけどさ」

 

そう言ってソーマは手を動かし食事を再開する。

 

「骨が取りにくいですわね。どうして扶桑の料理はクセの多いものばかりなんですの」

 

一方でペリーヌは魚の骨に苦戦していた。使い慣れない箸に加えて数の多い骨を一つ一つ取り除くのはある意味ネウロイ以上に手強い相手だった。

そんな激闘を繰り広げる彼女に坂本は苦笑しながら助言を送る。

 

「ご飯と一緒に食べるといいぞペリーヌ。そうすればいちいち手間をかけて取る必要も骨が喉に詰まる心配もなく、安心して食べられる」

 

「本当ですの坂本少佐…ふむっ、確かにこれなら気にせず食べられそうですわね」

 

坂本からの助言を嬉々として早速実戦するペリーヌ。大口を開けて頬張るのは淑女として少々はしたない気もするが今のペリーヌはそんなことを気にする状態ではなかった。

 

「てゆーかさ、さっきからなんか匂わないか」

 

「変な匂い?」

 

エイラの言葉に全員が食事を進めていた手を止めて鼻を動かす。すると確かに食堂という空間内に強い刺激を与える匂いが充満しているのを感じた。

 

「本当だ~何これ、嫌な匂い」

 

「もしかして宮藤今何か焼いてないか?」

 

「ああっ!」

 

顔を顰めるルッキーニとソーマ。その二人が言葉を発した直後宮藤はキッチンへと駆け込む。

そして彼女は見た。ボイルから黒い煙と焦げ臭い匂いが漏れているのを

 

「すいません!魚焼いたままほったらかしにしてました!」

 

「おい大丈夫かそれ!危ないぞ!」

 

絶叫に近い悲鳴を上げる宮藤の声を聞いてソーマは食事の手を止めて立ち上がる。万が一に備えてウォーターウィザードリングをホルダーから抜き取りながらキッチンに駆け込む。

 

「ふぅ、大丈夫です。お魚はダメになっちゃいましたけど」

 

「大事に至らなかっただけでも何よりさ」

 

焦げて使いものにならなくなった魚に申し訳なさを感じながら宮藤とソーマはひとまずの安堵を得る。

 

「気が付いたからよかったもののあと少し発見が遅れていたら一大事だったぞ」

 

「まぁなんともなかったんだし結果オーライじゃない。それよりおかわりお願い」

 

「わかりました」

 

ハルトマンがおかわりを要求し、リーネが彼女から器を受け取ろうとした時警報が鳴り響いた。

 

「襲撃か、いくぞお前たち!」

 

「満足に食事もさせてくれないってか」

 

「も~おかわり食べたかったのに空気読めないなぁー!」

 

一同は食事を止めてミーティングルームへと向かう。その再ハルトマンはネウロイへの不満を漏らしていた。

 

 

 

 

ガリアからネウロイがブリタニア基地に向けて進行中。その一報を受けたミーナは出撃メンバーを発表した。

前衛はバルクホルンとハルトマン、後衛はペリーヌとリーネ、そして坂本とミーナの支援にそれぞれ宮藤とソーマが付くことになり、それ以外の隊員は基地で待機となった。

 

空を飛行中、少し先を行くミーナを後方からソーマは見ていた。

 

「皆準備して」

 

空間把握の能力でいち早く敵を認識したミーナの一声。正面に意識を向けるとそこには鎮座するように佇む四角いキューブのような形状の巨大なネウロイ。

 

「目標捕捉、各自フォーメーションを取り、迎撃!」

 

坂本の指示でばらけ、銃口を合わせる一同。だが引き金に指を添えた誰かがそれを引くよりも早く、ネウロイに変化が起こった。

大型だった一体のネウロイが無数の小型となって弾けるように分散したのだ。

 

「えっ、なにあれ!」

 

「分散しただと!?」

 

驚くバルクホルン。二百を越えるネウロイを屠ってきたカールスラントのエースたちでさえも初めて遭遇するタイプだったのだろう。

僅かな時間だが動きが止まる。

だがこんな時でもミーナは冷静に状況を鑑みていた。空間把握ですぐさま敵の方向と数を計算し、口にする。

 

「右下方八十、中央百、左三十」

 

「コアは?あれ全部ってわけじゃないよな」

 

「ええ、コアを持ってる個体は一体だけのはずよ。でもこの数じゃ」

 

「とにかく数を減らすのが先決だ」

 

コアを持つネウロイを倒せば全て終わる、といっても大量に敵がいる状況でそれを特定するのは砂粒の中から光るガラスを見つけるのと同じくらい至難の業だ。

手当たり次第潰していくしかない。

 

「バルクホルン隊中央、ペリーヌ隊右を迎撃。宮藤さんとソーマさんは各自坂本少佐と私の援護を」

 

空間把握で得た情報を元にミーナは指示を送ると、間もなくエース達はすぐさま行動に移し、ネウロイとの交戦に入る。

バルクホルンとハルトマンは背中を預け合いながら凄まじいペースで敵を撃ち落としていく。

右側の集団を務めるペリーヌもトネールで周りの敵を粉砕し、背後からその隙を狙おうとしていた一体もリーネが排除する。

 

「さっすがエース。俺も負けてられないな」

 

『ハリケーン、スラッシュストライク!』

 

彼らの奮闘に負けじとソーマは集団の一つめがけて、スラッシュストライクを発動し、剣を振るう。刀身から発せたれた風の刃が集団の中心部で膨れ上がりネウロイを切り裂く。

だが白い破片と化したのは全体からすれば些細な数、しかもその中にコアの赤い光は見受けられなかった。

 

「まだまだ大量にいるな」

 

ハルトマンやバルクホルンらが率先して撃墜数を稼いでくれてはいるが、それでもまだ物量差に苦しむ展開が続く。

苦い顔をするソーマ。その彼の視界の隅に赤い光が灯った。

 

『ディフェンド、プリーズ!』

 

その輝きがネウロイの攻撃だと気付き咄嗟に振り返って、ディフェンドの魔法で風の障壁を展開する。

照射されるビームを受け止めるソーマ。その彼の左手側にいるネウロイの赤い点が光り、彼は焦る。

 

(しまった!)

 

正面からの攻撃を防ぐために手が塞がっており、そちらにまで手が回らない。

だがどうにかしなければとソーマが策を考えていると、ビームを放とうとしていたネウロイはその身に銃弾を受けて散った。

銃弾の飛来した方を見るとそこには宮藤の姿…彼女はソーマの安全を確認すると即座に姿勢を反転させ坂本のフォローに回る。

 

「助かったぞ宮藤」

 

ついこの間まで新米だったのによくぞ成長したものだとその動きを褒めたたえるソーマはビームが止んだ瞬間にウィザーソードガンを撃ち込み、目の前のネウロイを一匹ずつ減らしていく。

 

「戦場が変わりつつあるわね」

 

「ああ、大陸に近づいているな」

 

そうしていく内に戦いの場は海から砂の広がる陸地へと移動しつつあった。バルクホルンたちの活躍で敵も徐々に減りだしているというのに一向にコアを持つネウロイが見つからない。

次第に焦れ始める坂本。

そんな時だった。宮藤が何かに気付き、空を見上げたのは

 

「上!」

 

「あれがコアを持っている個体か!」

 

戦場を見下ろしていた坂本と宮藤らよりも上、太陽を背にするように浮いている黒い物体が複数あった。

発見され急速に降下してくるそれを坂本が魔眼の能力で見るとその内の一つにコアのある個体が潜んでいた。

 

「逃がすな宮藤!」

 

「はい!」

 

宮藤が追尾し、弾を撃ち続ける。右へ左へと不規則な軌道で逃げに徹するネウロイだが、食らいついた宮藤の腕はコアを討ちぬいた。白い破片をまき散らしながら砂漠の土へと落ちていく。

 

「やったね芳佳ちゃん!」

 

「よくやったぞ宮藤」

 

白い破片をまき散らしながら砂へと落ちていくネウロイ。

コアを持った個体を撃破した宮藤を賞賛するリーネと坂本。しかしミーナは周りの状況を見回して訝しんでいた。

 

「どういうこと…?コアを持ったネウロイを倒したのにまだ残存している」

 

未だ空には四十近い数の小型ネウロイが存在している。

どうにも様子がおかしい。そう思っていると宙を漂っていたネウロイらは突如として一斉に地上へと向かい始めた。

 

「何が起こっているんだ!」

 

予期せぬ動きに戸惑いながらもバルクホルンは銃撃する。宮藤やソーマも攻撃を加えるが、それでも半分近くの数を打ち漏らしてしまう。

激しい攻撃を逃れたそれらは宮藤が倒したコアを持ったネウロイ落下した地点に集結し、巨大な一つの塊になるとそこから更に形を変える。

下半身は馬の脚、手に弓を握り締めたようなケンタウロスに酷似した姿に変貌し、その足元には黒い泥が溢れたかと思えばその中から槍を持った小鬼のネウロイが多く出現した。

 

「これは…ネウロイが集まって合体したというのか」

 

「こんな特徴を持つネウロイは初めてだわ。この間のネウロイといいやはりネウロイは変わり始めているわ」

 

ネウロイが遂げた変貌に坂本もミーナも驚きを隠せない。

そんな彼女たちの前でケンタウロスネウロイは弓を構えると赤い光の矢が生成し、矢を放つ。

人一人を易々と覆う程の大きな矢は細かく複数に分散し、坂本とミーナたちに襲いかかる。

 

数多に迫る矢の嵐。ストライカーの機動力と培った経験を回避する坂本とミーナ。

しかし数が数だけに回避だけでは対処できず二人はシールドを張る。

 

派手な攻撃方法の割には威力は大したことはないようでミーナは全ての攻撃を防ぎ切る。

だが

 

「くっ!」

 

ケンタウロスネウロイの矢の一つが坂本のシールドを突き抜けて、彼女の頬にかすり傷を作っていた。

 

「美緒!」

 

自分とほぼ同じ数、同じ威力の攻撃を受けたのに完全に防ぎ切れなかった。ミーナは彼女の身を案じて叫ぶ。

 

「こんの!よくも坂本少佐を!」

 

ケンタウロスネウロイと小鬼型のネウロイ目掛けてペリーヌたちは四方八方から銃撃を仕掛ける。

小鬼型ネウロイは先ほどの小型ネウロイと変わらぬ耐久力のようで難なく撃墜できたが、ケンタウロスネウロイはそうはいかなかった。

図体が大きくなり、攻撃が当たりやすくなったことで変化する前より倒しやすくなっているはずだが、坂本とミーナが加わっても、ケンタウロスネウロイが絶命する気配はない。

胴体に位置するコアを集中して攻撃しようにもケンタウロスネウロイの放つ矢と剛腕が接近を阻む。

 

(あれ?)

 

なんとかして倒さなければと、宮藤もコアに照準を絞って引き金を引こうとするが、そこでふとあることに気付く。

ケンタウロスネウロイに攻撃を加える中に誰か一人の姿が見当たらないのだ。

疑問に思って首を左右に動かすとその人物は戦いの中心から少しばかり離れた場所にいた。

 

(ソーマさん、なんであんなところに)

 

不可解に思う宮藤の眼差しを受けながら砂漠に降り立つソーマ。その瞬間彼は宮藤にとって思いも寄らぬことをする。

 

「えっ、ソーマさん。なんで…?」

 

なんと変身を解いたのだ。戦いの最中、しかも大型のネウロイを前にしていながら戦闘能力を自ら手放す。

ソーマの行為には宮藤だけでなく、宮藤の声に反応してそちらを振り向いたペリーヌやバルクホルンから見ても気がどうにかしたのかと疑わざるを得ないものだった。

 

「スペランツァ大尉、何をしておりますの!戦いの最中ですのよ!」

 

「正気か!早くもう一度変身しろ!」

 

ケンタウロスネウロイを牽制しながら訴える二人。しかしソーマは二人の言葉が届いていないかのように微動だにせず、ケンタウロスネウロイを見据えたまま、ゆったりとした動作でウィザードライバーを起動する。

 

『ドライバーオン、プリーズ!』

 

『シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!シャバドゥビタッチヘンシーン!』

 

「…変身」

 

『ハリケーン、プリーズ!フーフー、フーフーフー!』

 

そう呟いた言葉と共に再度姿を変える。前方に展開した魔法陣が勝手に彼に向かっていき、魔法陣をくぐり抜けたその身体を変化させる。

黒いローブと腰布を纏う緑の宝石の戦士。風の力を操り、万能な力を持った魔法使いへと

 

「さぁ、ショータイムだ」

 

ソーマ、否魔法使いウィザードはそう言って、剣状態のウィザーソードガンを手に異形の群れに立ち向かう。


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