ブリタニアにある第501統合戦闘航空団基地の執務室、ここに一組の少女と少年が執務机を挟んで向かい合っていた。
少女の方は腰の辺りまで伸びた赤い髪が特徴的で整った美貌と合わさって大人びて知性的な雰囲気を漂わせている。
相対する少年の方は目元に少しかかるくらいのブラウンの髪で、冷静さを見せている傍ら若干の幼さを残した顔つきをしている。
「手続きは以上です。これで本日付けで正式に貴方の第501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズへの転属が決定しました」
「御世話になります。ミーナ中佐」
「よろしくねソーマ大尉。それとここではあまり堅苦しい呼び方をしなくても大丈夫よ」
「いいんですか?」
「ええ、皆家族みたいなものだから」
自らの前で敬礼の姿勢をとるソーマに向けてミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐は柔和な笑みを浮かべる。
「さて、ではブリーフィングルームに行きましょう。他の皆に貴方を紹介します。宮藤さんのも兼ねてね」
椅子から立ち上がるとミーナは「付いてきて」とソーマに呼びかける。
ソーマはそれに従って二人揃って廊下を歩く。その最中ミーナが昨日のソーマの姿を思い出して口を開いた。
「でも未だに信じられないわ。私たちウィッチの他に魔力を持った人がいるなんて。それに結構変わった姿をしていたし」
「そりゃ驚くのも無理はないよな。俺も自分に魔力があるって知ったのは結構最近のことだから」
「先日上層部から届いた貴方に関する書類を見せてもらったけど今までは戦闘機のパイロットをしていたのよね。そこからどういう経緯で自分の中の魔力の存在を知ったの?」
「愛機の整備中たまたま近くにあったストライカーユニットに触れたんだよ。そうしたらストライカーユニットが反応して、そこからは流れに流されて色々」
「それまではストライカーユニットに触っても何もなかったの?」
「ああ、ストライカーユニットに触ったのはそれが初めてだよ。今まで触ってみようとも思わなかったし」
「…そうなの。なんだか不思議な話ね」
ストライカーユニットはウィッチにしか反応せず、男性のウィッチの前例は耳にしたことはない。だからであろうか。ミーナはソーマの話がすんなり腑に落ちないようだった。
その後二人は宮藤の部屋に向かって彼女を拾った後共にミーティングルームに足を踏み入れた。
「はい皆さん注目。今日から皆さんの仲間になる新人を二名紹介します。坂本少佐が扶桑から連れてきてくれた宮藤さんとロマーニャからの増員として来てくれたソーマ大尉です」
壇上に上がったミーナは第501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズの面々の前でそう告げる。
彼女の声を宮藤と一緒に隣で聞きながらソーマはで目の前に揃って座っている一同の顔を見渡した。
机の上で体を横にして寝ている部隊内で最年少と思われる少女、銀の髪の大人しそうな印象を受ける少女、オレンジに近い赤の髪の高身長の少女、貴族っぽい高貴さがにじみ出ている眼鏡の少女、一見しただけで厳格そうな少女
ちらっと見ただけでも色んなタイプの女性がいた。
(やっぱり聞いてた通り色んな国から来てるんだな)
「さ、二人とも」
そんなことを考えていたソーマはミーナの声で注意を戻し、宮藤と自分が名乗る機会がやって来たのだと気付く。
「えっと…」
「レディファースト、お先にどうぞ」
ソーマに順番を譲られて宮藤がまず先に挨拶を始める。
「宮藤芳佳です。皆さんよろしくお願いします」
ペコリと礼儀正しく頭を下げて宮藤は自己紹介を終え、ソーマと立ち位置を入れ替える。
「本日付けで501部隊に配属されることとなりました。ソーマ・スペランツァであります。原隊はロマーニャ空軍、階級は大尉。よろしくお願いします」
堅苦しく形式的な挨拶で締めくくるソーマ。
宮藤と同じように軽く一礼してから彼はミーナに進行のバトンを渡す。
「宮藤さんの階級は軍曹になるので同じ階級のリーネさんが面倒を見てあげてね」
「は、はい」
ミーナに名前を呼ばれたのはリネット・ビショップ少尉。
内気そうな雰囲気を漂わせた少女で頼りなさげながらに返事をする。
「必要な書類、衣類一式、階級章、識票なんかはここにあるから」
ソーマが彼女に視線を向ける横でミーナは手元の箱の中、宮藤にあてがわれた備品を一つ一説明していくのだが
「あの、これは入りません」
その中の一つ、拳銃を見て宮藤は毅然と言ってのけた。
「もしもの時のためには持っておいた方が」
「使いませんから」
「そう」
「はっはっは!おかしな奴だな」」
「綺麗事言って、どう思う?」
坂本はさして気にしていない様子だが座っている者からは厳しい声が微かだが聞こえた。その声はペリーヌ・クロステルマン、部隊の中でただ一人眼鏡をかけた少女だ。
彼女は宮藤への不満を後ろにいるルッキーニにぼやいたようだが、当の彼女は眠っていたのか口の端に唾液を付けており、ペリーヌの言葉は聞こえていなかったようだ。
「なによ!なによ!」
「あらあら、仕方ないわね。個別の紹介は改めてしましょう。では、解散」
苛立って部屋を抜け出したペリーヌに困った様子のミーナ。
そのミーナの合図で全員が席を立ち、何人かは後ろ髪を引かれたような様子もなくミーティングルームから出ていく。
「ひゃあ!?」
出て行った者たちの背中を見送っていた宮藤が後ろから胸を揉まれて驚きと恥じらいを混ぜた声を上げる。
「どうだ?」
「残念賞」
エイラに胸を揉んだ犯人ルッキーニはその言葉通り本当に心の底からがっかりした表情をし、手を宮藤の胸に重ねたままソーマの方に視線を移す。
「先に言っておくけど俺はないからな」
「うじゅ…」
「リーネは大きかった」
「私ほどじゃないけどね!」
エイラの発言でリーネが頬を赤らめるのを尻目にシャーリーが勝ち誇った笑みを浮かべている。
「私はシャーロット・イェーガー。リベリアン出身で階級は大尉だ。シャーリーって呼んで」
「よろしくお願いします」
伸ばされたシャーリーの手を握り返す宮藤…であったが不意に力を込められて顔を歪める。
「はっはっは!食べないと大きくなれないぞ!」
(まぁすごいな…確かに)
そう言い放って堂々と胸を張るシャーリー。
その様子をシャーリーの後方、数歩離れたところから見守り腕を組みながらソーマはそんな感想を抱いていた。
ソーマが見た限りさきほど部隊全員の女性陣の中ではで確かに彼女はトップクラスの豊満な胸の持ち主だ。自信を持つだけはある。
そして今もルッキーニが頭を埋めている。どうやら彼女の一番のお気に入りはシャーリーのもののようだ
「エイラ・イルマタル・ユーティライネン、スオムス空軍少尉。こっちはサーニャ・リトヴャク、オラーシャ陸軍中尉」
「あたしはフランチェスカ・ルッキーニ。ロマーニャ空軍少尉」
ブリーフィングルームにいた残りの少女たちも二人に名前と原隊を名乗る。エイラに体を預けて眠る銀髪の少女サーニャの分はエイラが補う形になったが
一通りの名前と顔の紹介を終えたのを確認して坂本は皆に指示を伝える。
「よし、自己紹介はそこまで。各自任務につけ、リーネと宮藤は午後から特訓、ソーマもこれから模擬戦を行う。私についてこい」
★★
基地の施設を周っている宮藤とリーネ、夜勤哨戒のため就寝しているサーニャとエイラ、各国からの取材を受けているハルトマンとバルクホルンを除いた面々は格納庫に集まっていた。
目的は新しく着任されたソーマの力量を測るためだ。
「ではこれよりソーマ大尉の模擬戦を始めます。ソーマさん、準備ができたら言ってください」
「了解。すぐ終わるよ」
『ドライバーオン、プリーズ』
「おお~なんかでた~!」
『シャバドゥビタッチヘンシーン、シャバドゥビタッチヘンシーン』
「ベルト、だよな?それ、音がすごいやかましくないか?」
「やっぱ最初は戸惑うよな。俺もそうだったし」
指輪をかざした瞬間、腰元に出現したドライバーにルッキーニは目を輝かせ、シャーリーはベルトから発せられる音に小言を入れる。
『ハリケーン、プリーズ!フーフー、フーフーフー!』
正面に展開した緑の魔法陣が自動的にソーマに向かい、彼の体を変化させる。
魔法陣が消え、緑の宝石の騎士ウィザードとなったソーマはミーナに目を向ける。
「準備できたよ。この後はどうすればいい?」
「模擬戦ではペイント弾を使用します。相手は…誰がいいかしら」
「私がやるよ」
率先して名乗りを挙げたのはシャーリー。
「ええ、ではお願いできるかしら。ソーマさんはそれでいいかしら」
「俺は問題ないよ。むしろ付き合ってくれるならありがたいくらいだ」
ソーマはそう言うとシャーリーに歩み寄り手を差し出す。
「お手柔らかによろしく、シャーロット・イェーガー中尉」
「さっきも言ったけどシャーリーでいいよ。ここの経歴じゃ私のが上だけど階級はそっちの方が上なんだし、変に気使わないでお互い気軽にいこうぜ。でも訓練だからって手加減はしないからな」
「ああ、もちろんだ。それとこれとは別だからな」
基本的な礼を交わして、ストライカーを装着し頭にウサギの耳を生やしたシャーリーとソーマは空へ舞い上がり、距離を開けお互いを見据えた状態で待機する。
「昨日も見たけどストライカーを使わずに空を飛ぶなんてどういう原理なのかしら」
「本人曰く飛ぶのも魔法らしい。ベルトを介して指輪に秘められた魔法の力を開放するらしい」
昨日の戦闘終了後坂本はソーマから彼の使う魔法について簡単に聞いていたのかミーナに簡単に説明する。
「聞こえますか?二人とも。どちらかが被弾するか航空不能になった時点で模擬戦を終了してください』
「質問、戦闘範囲は空中以外もありかな?海上とかも使っていいのか?」
『周辺に危害を加えなければ好きにして構いません。ですがあまり基地から離れないように注意してください』
「オーケー、問題ない」
『…では開始してください!」
戦闘の始まりを告げる合図を受けてシャーリーとソーマはまずエンジンと風力を吹かして躊躇いなく真っ直ぐ突っ込む。
まずはお互いに挨拶がてらの準備運動。相手の体とすれ違い合いながらも互いに引き金を引きはせず、上空へ上がり再び間合いを取る。
宙を飛行する両者だがまだどちらの銃からも弾は発射される気配はない。
「シャーリーさんいつになく慎重ですわね」
「相手の出方を伺っているのね。ストライカーを持たないウィッチなんてシャーリーさんからすればネウロイ以上に動きが読めない相手だもの」
「いや、そうでもないみたいだぞ」
ペリーヌとミーナはいつも滅多に見ないシャーリーの動きに言及する。
だが坂本の呟きと連動するかのようなタイミングでシャーリーは反転し、引き金を引く。
ペイント弾をソーマは飛行しながらかわし、それを追う形でシャーリーは弾の発射を続ける。
「シャーリー頑張れー!」
ルッキーニが声援を送る。それに呼応したかのようなタイミングでシャーリーは自身の固有魔法を発動し、急加速。
一気にソーマに詰め寄りその真横を取る。
「へへん、もらった!」
「マジか!?」
至近距離から複数放たれるペイント弾をソーマはをなんとかスレスレでやりのけ、シャーリーの照準から逃れようとするが、振り払えずにいる。いくら間合いを突き放してもその度にすぐ横につかれてしまうのだ。
「すぐに間合いを詰められる。速さじゃあっちが一枚上手か。だったら!」
『コピー、プリーズ!』
「なっ、なんだそれ!?」
コピーの魔法で二人になったソーマを前にシャーリーは面食らってしまう。
その彼女にソーマから二つのプレゼントが飛んでくるがそこはさすがはリベリオンのエース、奇怪な技に虚を突かれながらも冷静に回避行動をとりかわす。
そしてコピーの魔法が解け一人になったソーマの描く軌道をなぞるように追跡する。
「すごいわね彼の固有魔法」
「驚くには早いぞ。あれぐらいはまだほんの一端、昨日なんて土の雨を降らしたり、魔法陣から武器を出したりでちょっとした手品状態だ」
「独力で空を飛んだり、分身したり…もうなんでもありなのね」
「はっはっは!ある意味なんでもできるのがあいつの固有魔法と言っていいかもな」
坂本は豪快に笑い飛ばすと一旦口を閉じて、シャーリーから追われるソーマを見上げる。
離れていた二人の距離がシャーリーの方から縮まりまた横を取られている。
「あれを見るに一つの分野ではそれに秀でている者に遅れをとるができないわけではないようだな。どんな相手、状況にも対応できるといった意味では部隊の誰よりも優れているだろう」
「複数の力を状況に応じて分けられるのなら確かに心強いわね。誰と組んでも安定した力を発揮できるもの」
「魔法を使う度にいちいち指輪をベルトにかざさなければならないのが隙を作る難点ではあるが、そこは我々でフォローすればさしたる問題でもないだろう」
ソーマの力を見定める坂本とミーナ。彼女たちに視線を注がれている最中でソーマはシャーリーに追われながら突然進行方向を変えて、真下に向かって降下する。
「なんだ?急に海なんかに向かって…」
疑問を感じながらもシャーリーはその後を追いかける。するとソーマは降下しながら腰元にホルダーから指輪を外し、付け替える。
『ウォーター!プリーズ!スィ~スィ~スィ~!』
青い指輪をベルトにかざしたソーマは青い姿―ウォータースタイルに変身。
風の浮力を失い飛行できなくなったが本人は冷や汗一つかかずにくるりと一回転して軽やかに、波紋も起こさず海面に降り立つ。
「海の上に立った!?」
「悪いね、許可もなく勝手に舞台を変えちゃって」
『バインド、プリーズ!』
詫びの言葉に反してソーマは無慈悲に魔法を発動させる。
「うおっ!?」
波の中から水の鎖が飛び出してシャーリーへとびかかる。一つや二つではなく数え切れない程多くの鎖が、それも一つ一つが異なる動きをして
「おいおい、分身の次は水の鎖かよ。やりたい放題だな」
逃げ回るシャーリー。
その進路上へソーマはペイント弾の銃口を合わせ、狙いを絞る。水の鎖に手こずっているシャーリーの視界の端にもその動作が映った。
「そういう魂胆か。よし、だったら」
何かを決断したシャーリーは軌道を変更。超高速を使って突如ソーマへ直進する。
(動きを変えた?)
弾丸のごとく迫りくるシャーリーにソーマはその場で引き金を引こうとする。
だが引き金にかけたその指に力がこもる直前にシャーリーは急停止し、身体が足を前に突き出し「く」の字を表した体勢になる。
「なに!?」
シャーリーとソーマの間で風圧によって波が立つ。ソーマのペイント弾は水の壁に溶け、同時にその壁はソーマの視界を遮る。風と水、二つの圧力を前に咄嗟にソーマは腕で顔を庇う。
(水でペイント弾をかき消すだけじゃなく目つぶしまで…高速で突っ込んできたのはこれが狙いか。あの僅かな時間で考えたな)
防御と目くらましを一手で実行するシャーリーの戦術と咄嗟の判断力にソーマは感心する。
波が収まり、視界が解放されるとそこには一定の距離を置いて銃を構えるシャーリーの姿があった。
―ビシャ!
シャーリーの銃口から飛び出した弾がソーマの顔で弾け、青い彼の顔を鮮やかなピンク色に塗りつぶす。
「そこまで。この試合はシャーリーさんの勝利です」
無線から聞こえてきたそのミーナの一言で模擬戦は終了を告げた。
格納庫へ帰投したシャーリーにルッキーニが勝利のお祝い代わりに飛びつく。
「やったねシャーリー!」
「おいおい急に飛びつくなよ。まだストライカー付けてるんだから危ないだろ」
ルッキーニをやんわりたしなめるシャーリー。彼女に指輪を外して変身を解いたソーマが歩み寄り、賞賛の言葉を送る。
「さすがは歴戦のウィッチ、すごいな。まるで歯が立たなかった」
「そんなことないさ。今は私が勝ったけどこれは模擬戦での話。より実戦に近い形式でやってたらまた勝敗は別になってたかもな…あるんだろ?ちゃんと使い慣れてる武器が。なんか戦い辛そうに見えたしな」
「まぁ、な。言い訳するわけじゃないけど。本気を出せなかったってのは本当だ」
「だろ?だからさ、今度は本気のお前ともやってみたいな。いつでも挑戦は受けるからさ」
「言っとくけど次はもう負けるつもりはないからな」
「当然。これからよろしくな」
気持ちの良い微笑みを向け合って二人は握手を交わした。