ここから数話は書き溜めているので安定して投稿できると思います。
「大丈夫か宮藤」
「訓練がこんなに大変だとは思いませんでした」
すっかり空が黒く染まった頃の食堂。机の上で力なく突っ伏す宮藤に正面からソーマが自作のチョコレートケーキを頬張りつつ一言心配そうに呟く。
基地内を一通り見て回った後宮藤はリーネと共に、坂本の指導の下ランニングやら腕立て伏せやらに加えてストライカーを用いた射撃訓練など特訓をしていたのだが、どうやら相当堪えたようだ。
最もこないだまで民間人だったのだからそれも無理のないことだとわかっているが、普段きっちりとしている宮藤がだらしなくしている様にソーマはつい失笑してしまう。
「…私ここにいていいんでしょうか」
「何かあったのか?」
と、そんな時今朝と比べて元気がなく表情にも陰りを見せる宮藤の様子にソーマは引っかかりを覚え、彼女に訊ねる。
「バルクホルンさんに言われたんです。ここは最前線だから即戦力になれないなら扶桑に帰れって」
「ああ…」
着任間際に記憶した情報の中からバルクホルンの名前と顔を思い起こしたソーマは納得したように唸る。
そして宮藤の話に黙って耳を傾け情報を整理する。
訓練を終えて疲れから満足に立てずにいた宮藤に対してバルクホルンは先ほどの言葉を『ネウロイはお前の成長を待ってはくれない』と添えて突き付けたのだという。
「バルクホルン大尉の言ってることは確かに間違ってない。でもそれは宮藤のことを気遣っての発言じゃないかと思う」
宮藤から事の経緯を確認してソーマが出した結論がそれだった。
「私を?」
「戦場じゃどこもそうだけど特にここみたいな最前線は他のどこと比べても危険が付きまとう。そんな環境に自分の身を守れないような人間を置くのすごく気が気じゃないし最悪のことになった時にのしかかる責任も辛さも大きい…もし生半可な気持ちでいるならやめておけって伝えたかったんじゃないか。それだと危ないから。宮藤自身にとっても他の人にとっても」
「それはそうかもしれません。でも私、半端な気持ちでここに来たんじゃありません。私がこの場所に来たのは皆を守りたいと思ったから」
「いい理由じゃないか。だったら一日でも早く認めてもらわないとな。大丈夫、始めから何もかもできる奴なんていないんだ。ネウロイは待ってくれないかもしれないけど皆お前の成長を待ってくれるさ…いつかきっとバルクホルン大尉も、もちろん俺もな」
「ソーマさん」
ソーマの言葉が心に沁みたようで宮藤の顔と瞳に明るさが戻る。
「私、頑張ります!!皆に認めて任せてもらえるように」
「頑張れよ。俺にできることがあれば喜んで力になるからさ」
すっかりやる気に目覚めた宮藤に微笑みながらソーマは改めてフォークでケーキを裂いて口元に運ぶ。
「宮藤も食べるか?食べたいなら作るけど」
「今から、ですか?…今からはちょっと」
言い淀んで視線を外す宮藤。それはソーマの申し出が不快だったからとかではなく乙女ならではの理由からだった。
宮藤の視線を辿ったその先にある時計を見たソーマは彼女の考えを見抜いた。
「っと悪い、デリカシーが足りなかった」
「いえ全然。むしろすみませんせっかくのお誘いを断ってしまって」
「いいって、また次の機会だな。じゃあそっちもいらないかな」
「え?」
自分以外の誰かに語りかけるような言葉を呟くソーマに宮藤が戸惑っていると、扉の影からある一人の少女が姿を見せる。
「リネットさん」
「ごめんなさい。たまたま通りかかった時明かりがついてたから気になって」
「謝ることじゃないって。それよりケーキはどうする?いるか?」
「だ、大丈夫です。失礼しました」
「ああ、ちょっと待った」
か細い声で逃げるように背を向けるリーネ。そんな彼女をソーマが呼び止める。
それに足を止めたリーネにソーマが静かに歩み寄る。
「な、なんでしょう大尉」
リーネは恐る恐るソーマと視線を合わせる。上官に何か失礼を働いてしまったのだろうかと嫌な想像を働かせて、
ソーマが目前で足を止めるまでの間リーネは呼吸すらままならない圧迫感に襲われていた。
ごくり、覚悟を決めたように唾を飲み込んだリーネ。
そしてソーマが口を開く。
「じゃあせめて紅茶だけでも飲んでいかないか?」
「は、はい…」
思いも寄らぬ言葉にリーネはつい生返事で返してしまった。
「どうだ二人とも、味の方は」
「すごく美味しいです」
「私も、美味しいです」
宮藤とリーネは提供されたセージティーに舌鼓を打つ。リーネも加わったことで食堂はちょっとしたお茶会の場になっていた。
「扶桑じゃ紅茶じゃなくてまた違ったお茶が一般的なんだろ?話でしか聞いたことないけど緑色のやつ」
「緑色…ひょっとして抹茶のことですか?」
「そうそう確かそんな名前だった気がする」
「抹茶でしたら坂本少佐が朝によく飲んでますよ」
「へえ、今度もらえないか聞いてみようかな。一回飲んでみたいんだよあれ」
リーネも交えてお茶トークで会話に華を咲かせる三人。
宮藤はソーマの入れた紅茶を口に運びながらその味と香りと場の空気に癒される。
「はぁ~疲れが一気に取れた気がします。ね、リネットさん」
「そういえば二人は一緒に訓練したんだったよな」
「すごいんですよ。リネットさん、私よりすごく大きな銃を使ってるのに離れたところにある的に一回で当てられて」
「そんなことないよ私なんて全然…」
うつむき加減に否定するリーネにソーマは違和感を覚えた。言葉だけなら謙遜にも聞こえるが、彼女の声色と表情は謙遜という域を越えている。
「何か悩みでもあるのか?」
「いつも失敗ばっかりなんです私。練習ではできるのに本番だとできなくて、飛ぶことすら満足にできなくて」
なるほど、とソーマは彼女の抱える悩みに納得する。
「ビショップ軍曹、失敗するのは怖いかもしれない。でも失敗を経験しない人間なんていない。十回だろうと二十回だろうと誰だって皆する。大事なのは失敗した後どうするかじゃないか?」
「失敗した後…」
「失敗してやっぱり自分には無理なんだって諦めるのか、そこから次の成功に繋げるためにどうするか考えて諦めないのとじゃ、結果はだいぶ変わってくる。それで例えまた失敗したとしても少なくとも諦めた時よりはちょっとずつでも前に進める…そうは思わないか?」
「そうだよ。リネットさん、失敗は恥ずかしいことじゃないよ。失敗しても次頑張ればいいんだよ」
ソーマだけでなく宮藤もリーネを慮り励まそうとするが、それでもまだリーネは不安を拭えていないようで視線を落としたまま顔を上げない。
「ごめんなさい、宮藤さんスペランツァ大尉。でも私…やっぱり怖いの」
「リネットさん…」
「まぁ、こればかりはそう簡単に解決できる問題じゃない。焦らず落ち着いて向き合えばいい」
そう言ってソーマはカップに口を付けて残りの紅茶を飲み干す。
その間もソーマはリーネから目を離すことはなかった。
(どうするかな…)
翌朝ソーマが腕を組みながら廊下を歩いていると
「おはよーっす!」
「うおっ!?」
不意に背中を誰かに叩かれる。衝撃に軽く驚きつつも振り向くとシャーリーが朗らかな笑みが近くにあった。
「ビックリしたぁ~挨拶くらい普通にやってくれよ、おはよ」
「ははは、悪い悪い。後ろ姿が見えたからつい、な。それよりどうしたんだ?なんか考えたみたいだけど」
「ああちょっとな。リネット、ビショップ軍曹のことでさ…なあ、彼女ずっとあんな感じなのか?」
「あんな感じ?」
ソーマは昨晩のやり取りを話した。
どうすればリーネが緊張という課題を克服できるのか。自分がどう立ち回れば上手くいくのかと
昨日からそのことばかりを考えていた。
「あー、まぁそうだな」
返答が戻って来るのに暫しの間を要したがそれで伝わるほどリーネの様子は周知の事実であるようだ。
「飛行のスジもいいし狙撃の腕も充分実戦で通用する域には達してるんだけどな。どうも実戦じゃ上手く実力を引き出せないみたいなんだよ」
「昨日本人も言ってたけどやっぱり緊張のせいか?」
「どうだろうな。そこまでは、私にも。でもここブリタニアを守るってことはあいつにとっては相当のプレッシャーを感じてるんじゃないか。ここはあいつの故郷だから」
「故郷か」
そういう事情があるのならいささか過激と思えたリーネの態度も納得がいく。
自分の失敗のせいで故郷が焼かれてしまうかもしれない。それを思うと確かにとてつもない不安がまとわりつくだろう。
「一回でも結果を出せれば自信がついて変わるきっかけになるんだろうけどな。その一回を作るのが、なかなかできないみたいだ。もういっそのこと早いうちにここから抜けた方がある意味楽になるかもな…今の状況のままじゃあいつも苦しいだけだ。自分で自分を追い詰めて」
「なんとかしてやりたいけどな」
彼女自身のためにもリーネに自信を持たせるにはどうしたらよいか。様々な考えを巡らせるソーマ。
そんな彼を横目で見てシャーリーがぼやく。
「それにしても意外だな」
「何が?」
「ここに来て数日しか経ってないのにもう他人の心配をしてるなんて。普通慣れないところに来たら当分の間は他人にかまってる場合じゃないだろ?自分の方は悩みとかないのか?」
「ん~まあな。場所や人が違うだけで前いたとことはそんなに変化はないから特には悩みらしい悩みも不満もないかな。あるとしたら好きな時間に浴場に入れないことぐらいかな。仕方のないことだとはわかってるんだけど前いたとこより入る時間に気を遣わないといけないし」
「あ~」
ここブリタニアの基地には男性職員もいるにはいるにはいるが、ソーマがいる隊員宿舎の浴場は基本ウィッチ、女性たちが使用している。そのため入る時間に注意しなければウィッチと遭遇してしまう恐ろしい事態を引き起こしてしまう。
「中佐に頼んでみたらどうだ?それぐらいだったら配慮してくれると思うぞ」
「そうだな。今度聞いてみるか」
そう返事を返して会話に一区切り付けたちょうどそのタイミングで基地内にサイレンが鳴り始める。
「なぁこれって」
「ネウロイだ。ブリーフィングルームに急ぐぞ!」
「わかった」
敵の襲来に対応すべくソーマとシャーリーはお互い顔を見合わせてすぐブリーフィングルームに急行する。
「行っちゃったね」
ネウロイの迎撃に向かった面々が作った飛行機雲の軌跡を見上げて宮藤が悲痛混じりに呟く。
坂本・ペリーヌ・バルクホルン・ハルトマン・ルッキーニ・シャーリーらが出撃。
宮藤とリーネそしてソーマは待機を命じられた。
「今できることってなんだろう」
「足手まといの私にできることなんて」
「リネットさん…」
卑屈とも言えるくらい自信を喪失しているリーネに宮藤は励まそうとするが、言葉を思い浮かべるそれより前にリーネは基地内に逃げるように去ってしまう。
ソーマもハリケーンウィザードリングを指で弄びながら横で遠ざかっていくリーネの背中を見送っていると、入れ替わるように別の方角からミーナがやって来た。
「中佐」
「宮藤さん、ソーマさん、ちょっといいかしら」
彼女は足を止めると二人に声をかける。
「リーネさんはここブリタニアが故郷なの」
「えっ?」
「ヨーロッパ連合がネウロイの手に落ちたことは知ってるわね。欧州最後の砦、そして故郷でもあるブリタニアを守る。リーネさんはそのプレッシャーで実戦だとダメになっちゃうの」
ミーナの語った事情を聞いて宮藤はリーネに対しての心配を顔に出す。一方のソーマはシャーリーから聞き出した話との差異がないことを確認して、軽く息をこぼす。
「芳佳さんはどうしてウィッチーズ隊に入ろうと思ったの?」
「困っている人たちの力になりたくて」
「リーネさんが入隊した時も同じことを言っていたわ。その気持ちを忘れないで。そうすればきっと皆の力にあんれるわ」
微笑みと共に授けられた言葉で宮藤はきゅっと口を結んで基地内に向かっていった。
きっとリーネの元へ行くつもりなのだろう
「大尉にも聞いていいかしら」
「ん?」
「貴方はどうして戦う道を選んだの?」
「どうしてって、そうだな…」
先の宮藤と同じ質問をかけられてソーマはハリケーンウィザードリングをしまいつつ、答えを出す。
「皆の希望を守って照らすため、かな」
「希望を?」
「そ、だからそのためにまず俺にできることをする。それが今ここで俺がすべき役目…かな」
そう言うとミーナから視線を切ってソーマは空を見上げる。
青く白く、果て無くどこまでも広がり、世界を包む大きな領域。
少し離れた場所で今魔女たちが生死をかけた戦いを繰り広げているとはとても想像できないほど静かで落ち着いている雲海が彼の頭上にあった。