(ふふっ、よく寝てるわね)
ある日の朝、ドアを開けてベッドまで近づいた彼女は眠る人物の顔を覗き込む。
(可愛い顔)
あどけなく幼い子どものように思える顔がそこにはあった。微塵も警戒心も感じられない無防備な顔。
そっとベッドに上がって隣に寝そべる。手を伸ばして頬に触れる。
眠る人物が目覚める様子はなく、それにすっかり気をよくした彼女は指で頬を軽く何度もつついてみる。
しかしそれでも眠りの中にいる。
彼女はベッドに上がる。眠りを続ける人物の横に寝そべると不敵な笑みを浮かべその手を掴んで自分の胸部へと導くと、自らの意志で自分の胸を揉ませる。
「…ぅん?……」
奇妙な感触を覚えて薄っすら目を開けるその人物。
彼は目前にいる彼女を見て素っ頓狂な顔をする。
「おはようソーマくん。どう?目覚めは」
「…はぃ……おはようございます……」
眠気がまだ支配しているために目の前の人物が何故ここにいるのかなどと疑問が生じるより先に無気力な返事を返すソーマ。
そして不気味なまでに不敵に笑う彼女-ドッリオの顔を見つめてしばらく、ようやく自分の手に感じている妙な触感に気付き視線を落とすと彼は凝固した。
あろうことか自分の手は豊満なドッリオの胸を掴んでいたのだ。
ギョッと、地上に打ち上げられた魚のように目を剝いた彼に見つめられたドッリオは依然として笑みを崩さなかった。
そして
「えっち♡」
からかうように言いながらドッリオはソーマの腕を掴む手に力を込めて更に柔らかい感触が強まる。
「うわあああああああああああああぁぁああああ!!??」
瞬間、基地中を奇声のような悲鳴が轟いた。
★
「これから貴方たちには模擬戦をやってもらいます。組み合わせはフェルたち赤ズボン隊とドミニカさんとジェーンさんにソーマさんを加えた三対三のチーム戦よ」
屋外にアルダーウィッチーズの面々を集めて説明をする竹井。その横で部隊の長たる隊長が固い固いコンクリートの上で正座をさせられていた。
「ドッリオ隊長、また竹井に怒られたんだ」
「あはは…」
珍妙な光景であったが決して珍しくない光景にマルチナは呟き、ルチアナは苦笑する。
よく見れば笑顔で説明を続ける竹井の目の奥は笑っていない。あれは何か、というより主に怒りを抑えている時の顔だとフェル達は勘づいていた。
そしてその原因は何があったのか詳細は把握していないが大方ドッリオに非があるのだと。
フェルは横に立つソーマに小声で訊ねる。
「今朝の声が原因でしょ?一体何があったのよ」
「…できれば思い出したくないので聞かないでください」
「はぁ?何よそれどういうこと?」
フェルからすれば意味不明なのは重々承知していたが言えるわけがない。
朝起きて気付いたら自分の腕をドッリオが掴んでいてそれを彼女が自ら自身の胸に当てていたことなどたとえ己に非がなくとも大っぴらに言えるわけがない。
現に今も思い出すとあの時の柔らかく心地よい感触が蘇ってくる。
(まったくなんで隊長はあんなことを……大きかったな。シャーリーと同じくらい、いやミーナ中佐くらいか?…凄かったな)
あの大きさは501のウィッチの仲間を引き合いに出しても見事なもので相当な破壊力…もとい揉み心地だった。
自らが望んでいたことではなかったとはいえ男としては一時でも楽園にいるような気分を味わえたような気がする。
そんなことをソーマが考えている一方で竹井は今回の模擬戦の目的を語る。
「今回は限りなく実戦に近い形式にしようと思ってね。ソーマさんが味方がいる時どういう動きをするのかも知りたいし何よりドミニカさんとジェーンさんが来てから一回もこういう模擬戦はしてないでしょ?」
「それは構わないが…」
「あら、どうしたの?」
「この男と組む必要があるのか?」
「えっ?」
―俺嫌われてる?何かしたっけ?
唐突に放たれたドミニカの言葉に耳を疑うソーマ。
ファーストコンタクトからそんなに日数は経っていないというのに知らぬ間に自分は何か彼女の気を害するような行動をしてしまったのだろうか
必死に自分の行いを振り返っているとジェーンとフェルが助け船を出した。
「違うんです。ソーマさんのことが嫌いとかそういうわけじゃないんです。ただその、うちの大将いつもこんな感じでして」
「じゃあ、どういうこと?」
「要するにドミニカはジェーン一筋ってことよ。まぁ、あまり気にしなくていいわよ。私らに対しても基本こうだから」
「そうだな、気にしなくていいぞ」
「…開き直らないで少しは態度改めなさいよ」
ドミニカは否定せずにあっけらかんと答える。
清々しいまでに一貫した姿勢にフェルは呆れながらもどこかで尊敬が生まれつつあった。
「はいはい、話は一旦そのくらいにして。ドミニカさんも、ジェーンさんがいつも側にいるとは限らないでしょう?そういう時に他の人と連携が取れないんじゃいけないし、この訓練はその事態への備えになると思うの」
「むぅ」
「理解した?」
「…そうだな。確かにそちらの言う通りだ」
「わかってくれて助かるわ。それじゃ早速準備を始めて」
両手を打ち鳴らして竹井は皆に促した。
空中に吊り橋のかかっていない一つの谷を挟んでいるかのようにして六人は二つのチームに分かれて滞空している。
フェルとルチアナとマルチナ、ドミニカとジェーンとウィザードが銃を手に相対するチームを瞳に闘志をたぎらせて見据える。
「どっちも準備はできてるわね。では、始め!遠慮なくやりなさい!」
ドッリオの声を合図に模擬戦が始まる。
と同時にまず全員がペイント弾を放ちながら移動し、空中を行き交いながら各々の相手を決める。
「この間はまんまとしてやられたからね。借りを返させてもらうわよ!」
フェルが狙いを定めたのはドミニカ。宿敵、とまではいかないまでもそれなりに対抗心を燃やしている者同士の戦いだ。
「ふん、いいだろう。また私が勝たせてもらうぞ」
フェルのように活力に満ちてはいないがドミニカも戦意を奮い立たせて対決を受け入れる。
「やっぱりジェーンさんの飛び方綺麗ですね」
「ルチアナさんこそ射撃上手じゃないですか。勉強になります」
一方のこちらはフェルやドミニカと違い、お互いの性格もあってか火花ではなく褒めの言葉を送り合いながらの戦いをしていた。
「えーい!これでどうだ!」
そしてフェルとドミニカ、ルチアナとジェーンと来れば残る組み合わせはわかりきっているだろう。
海面スレスレを飛行するウィザードを追跡しながらマルチナは引き金を引く。
(これは、誘導しているのか)
彼女の射撃は勢い任せに思いきやフェルとドミニカの方に近付くようにウィザードを誘導していた。
マルチナの射撃の回避に夢中になっているところをフェルに撃たせようという魂胆なのだろう。
そしてその意図を悟られぬためかマルチナはウィザードに言葉をかける。
「魔法使わないの?色々使えるんでしょ?見せてよ」
「オーケー、それじゃご期待に沿えるとしますか」
『バインド、プリーズ!』
だがウィザードは彼女の狙いに気付いていた。そう簡単に思い通りに動いてあげたりはしない。
マルチナの要望通りウィザードは銃弾を回避しながら風の鎖をマルチナとついでにフェルに向かわせる。
「うっそぉ!何これ!?」
「風がこっちに向かってくる。そもそも見える風ってなんなのよ!」
奇怪な魔法に面食らったマルチナとフェルは一時接近とドミニカとの交戦を中断して回避に徹する。
「風を操るんですね」
「でも昨日は炎でしたよね」
魔法の影響外のジェーンとルチアナも銃弾と言葉を交えながらそれを尻目にしていた。
ソーマに近づいたドミニカもそれとまるっきり同じ内容の言葉をかける。
「昨日は火じゃなかったか?どっちも使えるのか」
「そそ、後は他に土とか水とかもあるよ」
「本当に何でもありなんだな」
「ちょっとできることが多いってだけ」
ウィザードがドミニカとそんなやり取りをしていると二人の間を銃弾が駆け抜ける。
「おっと」
「おお」
「私たちの前で余所見なんて余裕かましてくれるじゃないの」
二人がフェルの銃撃を避けたことで相手が入れ替わる。ドミニカがマルチナ、ウィザードがフェルを受け持つ流れになってしまった。
『ウォーター、プリーズ!スィースィースィー、スィースィー!』
フェルの猛追から逃れながらウィザードはウォータースタイルに変身。
色を変えただけでなく急に引っ張られるように下へ落ちていったウィザードにフェルは驚きと困惑を見せる。
「今度は青、ほんと次から次に色々やってくるわね」
まだ戦闘での立ち回りを充分に見れていないから、というだけではない。
使える魔法の種類が多いうえに効果の得体の知れないせいで、攻撃方法の予想がし辛いのだ。
(かなり面倒な相手だけど味方にいるとなると確かに頼りにはなりそうね。軍が興味を持つのもわかる気がするわ)
「でももらったわよ!」
相手は水面に立ったまま動こうとしない。
それをチャンスと捉えたフェルは接近しながら発砲する。
『リキッド、プリーズ!』
「はぁ!?何よそれ!」
しかしフェルの放った弾はウィザードの体をすり抜けてしまう。正確にはウィザードが体を液状化させて回避した、という表現が正しいがそんなことはフェルにはさして問題ではなかった。
「今のどう考えたって当たってるでしょ!?」
「悪いね、当たってはいないんだ。これが」
至極当然な文句をぶつけられるウィザードは魔力を操作して水面から水の柱を作り出す。
一つ、また一つと時間を追って次々に天へ向かって伸びる水の柱。
的確にフェルたちの付近の海面から昇ってくるそれに彼女たちは攻撃の手を止めざるを得なくなってしまう。
「ああ、もう!完全にいいようにやられてるわね!」
悔しがるフェルは水柱を回避しながらウィザードを真っ先に排除しようとするが彼女の意図に気付いたドミニカが横槍を入れる。
そして
「うわっ!えー、一番先に終わりかー!」
ドミニカの援護のおかげでウィザードはマルチナの背中目掛けて引き金を引いた。
水柱にすっかり気を取られていた彼女はシールドの展開には成功したものの模擬戦からは脱落扱いになってしまった。
「悪いね。よし、次は-」
ベチャッ!!
「てっ!?えっ?」
ルチアナかフェルか、どちらを先に退場させてしまおうか考えてながらウォーターからハリケーンへと切り替えようとしていたウィザードの肩を死角から飛んできた銃弾が打つ。
衝撃に振り向いてみればその視線の先には申し訳なさそうにするルチアナとジェーンがいた。
「すみません。いただいちゃいました」
「ごめんなさいソーマさん!私のせいで!」
自分が攻撃の手を止めたのを見てルチアナがジェーンを相手にしながら一瞬の隙を突く形で狙撃したのだと二人のを見てすぐわかった。
ウィザードは気にしていないと示すように片手を挙げて、もう片方の手で握っていたハリケーンウィザードリングをホルダーに戻す。
「あー大丈夫。それより後は頼んだよ」
「ありがとうルチアナ!フェル隊長も頑張ってね!さ、一緒に戻ろうかソーマ」
ほぼ同じタイミングで脱落したマルチナとウィザードは仲良く揃って陸に戻る。
これで両チーム一人ずつ欠けて二対二となる。
「やっぱりいい動きするわねあの子たち」
「ドミニカさんとジェーンさんもですけどその二人を相手にここまで一歩も引かないフェルとルチアナも改めて優秀なウィッチですね」
「まぁ、そこはそうでないと困るっていうか。さすが赤ズボン隊ってとこよね」
攻防入れ替わる空戦を観戦しながらドッリオと竹井はそんな言葉を交わす。
しかしちょうどそこに戻って来て聞いてしまったマルチナの顔色は二人とは少々異なった。
「それ、私に対する当てつけー?」
「そんなことないわよ。マルチナだっていい動きをしていたわ」
「へへ、でしょでしょー。次はもっといいの見せるから安心していいよ」
「もちろん、期待しているわ」
赤ズボンの中で真っ先に脱落してしまったこともあり口を尖らせるマルチナに竹井は苦笑しながら言う。
「惜しかったわね。けどいい戦いぶりだったわよ」
「ありがとう。もうちょっといけた気がしないでもないけどな」
「今の言葉フェルが聞いたら口酸っぱく言われるわよ。自信があるのは私からすればいいことだから構わないけどね」
ドッリオに言われて変身を解いたソーマか「あー」と小さく声を溢す。
確かに負けん気なフェルの前では失言とも取れる発言だったと、振り返って思う。
「きゃ!?」
「わわわっ!?」
ルチアナをドミニカが、ジェーンをフェルが撃破していた。
「ごめんなさい大将、お先失礼します」
「すみませんフェル隊長、後はお願いします」
ほぼ時を同じくして墜とされた二人は互いの相方に勝敗を託して陸へと下がっていく。
その背中を見送ったフェルとドミニカを視線を切って、残った相手へと見据える。
「これで私とあんたの二人きりになったわねドミニカ。最初の予定通り、この間の勝負の雪辱を晴らさせてもらうわ」
「こちらこそジェーンの仇を取らせてもらうぞ」
視線と弾丸で火花を散らせる二人は一騎打ちの戦いを始める。
「いけいけー!フェル隊長!」
「負けないでください大将!」
マルチナとジェーンが声援を送り合う傍ら、ソーマに竹井が質問をかけた。
「どっちが勝つと思う?ソーマさんは」
「うーん…どっちが勝ってもおかしくない、ってのは答えになってないかな?」
「大丈夫よ。私も全く同じ意見だもの」
どちらも共に優れた実力者。その時の判断や状況次第で勝ち負けはどうとでも変わる。それが竹井の結論だった。
そしてソーマ、彼は竹井のようにこれまでの二人の戦いを見てきたわけではないがこの模擬戦での動きを見る限りでは高い実力を備えていて目立った力の差はないと思っていた。
「このっ!」
「ふっ!」
「ほぼ同時、引き分けね」
フェルとドミニカ、双方の放ったペイント弾が相手に着弾する。歴戦の勇士たる竹井の目から見ても着弾のタイミングはどちらも同時、勝敗を付けるには難しいように思えた。
しかしフェルとドミニカは納得がいかないようだった。
「どっち!?あたしが勝ったわよね!」
「いいやお前がシールドを展開するのが早かった。私の勝ちだ」
「あたしの勝ちよ!」
「くどいな。私だと言っているだろう」
どちらも己の主張を曲げず、銃撃戦の次は舌戦を繰り広げる二人。
「ありゃりゃーまた始まっちゃったよ」
口論の様態を数歩離れて慣れた顔で見守るマルチナたち。
一人一人の顔色を一通り伺ったソーマはルチアナにひっそりと近寄った。
「あの二人っていつもこんな感じ?」
「いつもというわけではないんですけど結構な頻度で。フェル隊長は見ての通り負けず嫌いでドミニカさんも譲れないところがあるみたいでそれでお互いああなっちゃうんです」
「なーるほどねぇ」
ルチアナの言葉に納得しつつもソーマはどちらも一歩も引かず口での戦いを展開するウィッチ二人を物珍しい目で見ていた。
「二人とも、お疲れ様。いい戦いぶりだったわ」
「どう見たって私の勝ちでしょ!」
「なんならもう一戦やったっていい。このまま引き下がるのも癪だからな」
「えーいいわよ。やってやろうじゃないの。準備なさい」
竹井が健闘を称えるが納得のいっていない二人の間には再戦の空気が漂っている。竹井の言葉は届いていないようだ。
それを見た竹井の表情にある変化が起きた。
「あ、あのフェル隊長、もうそのくらいにしておいた方が…」
「気付いてください大将、気付いてください」
良からぬ流れを察したルチアナとジェーンが慈悲深くも声をかけるがそれすらも気付けない程にフェルとドミニカは熱中していた。
「そこまで、って言ったの。聞こえてなかったのかしら?貴女たち」
結果、ブリザードのように冷え切った竹井の声が飛んだ。
普段の笑みを絶やさない印象の彼女からはとても想像がつかないほどに冷めきっていた。
(どの部隊でも怒らせちゃいけない人っているんだな)
温厚な人ほど怒ると最も恐ろしいと聞くがまさにそれが当てはまるいい例だ。
さっきまで声を上げていたフェルとドミニカが完全に恐れをなして、身を震わせ沈黙している。しかもルチアナたち三人まで。
平然としているのはドッリオくらいのものだ。
(俺も気を付けよう)
-自分もあの冷めた笑顔を食らわぬようにしなければ
これから送る日々の注意としてソーマは心に留めた。
カメクリオ「この手の戦いになると定められた運命であるかのように君の出番がないのは私の責任だ。だが私は謝らない」
ランドリングくん「サクシャァ!!」