「ドミニカの予想、当たってたみたいだな」
フェルの話を聞いて、フェルの様子を見てソーマはそう確信した。
彼女は何かとても重たいものを抱え込んでいる。他人には話せないかあるいは話せない何かを一人で抱えて苦しんでいる。
それでドミニカと竹井を別れてからフェルの元に行こうと決め、不自然に思われぬように偶然を装うためにガルーダを使った結果、思わぬアクシデントに見舞われた。見舞われてしまったわけであるが、それはもう忘れた方がいい記憶として消し去ることにした。
(でもそもそもの原因はなんなのか。それを見つけないとどうにもならない…様子がおかしくなったのは今日の昼頃だからそれより前に原因があるはず)
答えを確かめるべくソーマはある人物の部屋の前を訪れ、ドアを二回ノックした。
その人物とは
「俺だけど。いるか?」
「ソーマ?なーにー?」
ノックから数秒後部屋の内側からドアが開き中からマルチナが姿を見せる。
「聞きたいことがあるんだけど今いいかな」
「うん、いいけど」
夜もそれなりに遅い時間だというのにマルチナは嫌な顔一つせずソーマを自らの部屋に招き入れる。
マルチナはベッドに、ソーマは床に腰を降ろす。
「聞きたいことって?」
「フェルのことなんだけどさ様子が変なんだ」
「あ、やっぱりソーマも思った?私もずっと引っかかってるんだよね」
「理由に何か思い当たらないか?」
マルチナも同じ懸念を抱いていたことには反応せずソーマは質問を重ねる。
ドミニカや竹井はおろか自分ですらフェルの違和感に気付いたのだ。
赤ズボン隊として付き合いの長い彼女が気付いていないはずがない。
「理由か。そう言われてもなぁ。私も全然わからなくて…あ、でもそういえば今日食堂の前で立ってるの見たよ。入らずにそのままどっか行っちゃったんだよねフェル隊長」
「それ何時頃の話?」
「お昼前かな。その後に皆でお昼ご飯食べたから」
(昼前に食堂…俺食堂にいたよな。俺と、後ルチアナ)
昼前の食堂と言われてソーマも同じようにその時の光景を頭に思い浮かべる。
食堂にルチアナがいたのならフェルが声をかけないはずがなくそうしなかったのにはその時の食堂での出来事に何か原因があるはずだ
「…まさか」
「何かわかったの?」
ソーマの表情の変化から何かを思いついたと察したのかマルチナは身を乗り出すように顔を近付ける
「もしかしたら、程度の可能性だけど」
マルチナにソーマが自分の見解を伝えようとする。
しかしその言葉にのしかかるように基地の警報が鳴った。
☆
敵襲の知らせを受けてフェルたち六人にウィザードを加えた混成部隊が迎撃に出た。
日が沈み、月も雲の合間に隠れ、光源の薄い空の下を隊列を組み目標を探しながら飛行する。
「まさか夜の出撃になるなんて少し緊張してきました」
「私も初めてだな。ソーマはどうだ?」
「向こうで一回だけあるよ」
「じゃあソーマさんだけなんだね。夜戦の経験があるの」
「あまり頼りにならない経験かもしれないけどな」
「そんなことないですよ。一回でも経験してる人がいてくれるだけでもかなり安心しますし」
「そう言ってもらえると助かるよ」
世間話のような感じでやり取りを交わしながらネウロイの襲来方向へと向かうソーマたち。
そんな中で一言も会話に参加せず、一人先を行くフェルは会話を終えた後の全員の視線を集めた。
(フェル隊長?)
何か様子がおかしい。無言で飛行を続ける背中を見てルチアナもフェルの異変に気付いた。
「あの大きな影…皆、ネウロイを発見したわ」
ネウロイの姿を捕えた竹井の一声でルチアナたちは気を引き締め、戦闘態勢に入る。
全員の視線の先には緩慢な速度でありながらも、ヴェネツィアの領空内へと確実に進んでいる大型のキューブ型のネウロイ。
「あれだけ?もっといるかと思ってた」
その姿を見ていささか拍子抜けした感じでマルチナが呟く。
(あのネウロイの形状、前に砂漠で見たのに似てるな)
だがネウロイの特徴を見てウィザードは過去の戦いの記憶を思い起こす。
砂漠で戦った無数の小型ネウロイに分離し、ケンタウロスの姿に変異した個体。目前のネウロイはそれによく似ていた。
もし目の前の個体があの時の個体と同じタイプだとしたら
「気を付けろ!もしかしたらこいつは-」
言いかけた言葉をその場にいた全員の耳に届くより前にキューブ型のネウロイが瞬く間に無数の小型に分裂し、多方向に散らばって襲いかかる。
「くっ!」
接近と同時に撃ちかけられるビームを竹井たちは危なげなく回避する。
しかし攻撃は尚も終わってはいない。
「間違いない。あの時と同じタイプの奴だ。分裂した小型の中にコアを持ったのが一体いるはずだ!そいつを倒せば他のもまとめて消える。そいつを探して潰すんだ!」
「そうは言われても、この数でたった一つを探すなんて難しくない!?どうやってやるっていうの!?」
有象無象の小型の中からコアを持ったたった一体を探すなど至難の業。森の中で一本の木を探すようなものだ。
しかもその木はこちらの攻撃を回避し、反撃してくるのだ。
ソーマの案を実行しようにもそう簡単にはいかない。
「それでもやるしかないわ!なるべく離れず近くの味方をフォローしながらコア持ちを探すのよ!」
マルチナの言葉に返すように竹井が小型の数体を粉粒に変えながら指示を出す。
四方八方から数多くのビームを打たれかねない状況でばらけているのは危険だと判断してのもの。
その指示が正しいと他の五人も判断し、お互いの距離に気を配りながら各個ネウロイの相手をしていく。
『ハリケーン、スラッシュストライク!』
ウィザードはガンモードで牽制すると、即座にソードモードに変形。風の魔力を乗せた刃を振るい小型のファクトリー一つを竜巻の中に閉じ込め粉砕する。
しかし他の小型ネウロイは仲間の死などなんとも思っていないのか一切動じた様子を見せず、攻撃の後の隙を狙ってウィザードにビームを放つ。
それに気付き上昇するウィザード。
数秒後、その足元をビームが通過する。
「っぶね、俺は攻撃よりフォローに徹するべきか」
こういう各方位を敵に囲まれた場面では咄嗟にシールドを張れない自分は最も撃墜されやすい。
元々空中で多数を同時に相手取る戦闘はウィザードの特性上不利なのもあるが、以前の砂漠での同型との戦いでもあわやというところを宮藤に助けられた。
その反省もあって単騎での戦闘継続を潔く諦めたウィザードは迫りくるビームを避けながら善戦する竹井の元まで移動する。
「どうしたの?」
「俺がネウロイの動きを止めるから攻撃を任せていいか。防御が苦手でさ」
「いいわ、それでいきましょう」
事前に全ての魔法を見せて説明していたのが幸いして竹井は詳細を言わないまでも思惑を理解してくれた。
竹井の理解の速さに無言で感謝したウィザードは彼女の気遣いに応えるべく複数の魔法を使用する。
『コピー、プリーズ!』
竹井がシールドで攻撃から守ってくれている間に己を六人まで増やすウィザード。
『バインド、プリーズ!』
そこから更に次いで風の鎖で周囲に展開する小型ネウロイを風の鎖で拘束し、動きを止める。
「そこ!」
身動きの取れなくなり、ビームの照準を合わせにくくなったところに竹井の放った銃弾が炸裂。
反撃を許すことなく、周辺のネウロイを落とす。
「私たちもやりましょう大将」
「そうだな。数がどれだけいようとジェーンが側にいれば私の敵ではない」
二人の大規模撃破に触発されてドミニカとジェーンも合流する。
並走して飛行する二人の後ろに続くネウロイをジェーンがシールドを展開しながら狙撃。
小型の数機を撃ち落とし、取りこぼしと回避に成功した残りをドミニカがジェーンの背後から飛び出して粉塵に変わる。
「なんだと?」
だが次の瞬間ドミニカを含む全員の顔が驚愕に包まれる。
健在なネウロイが紫色に光ったかと思えばそのネウロイが二つになったのだ。その現象は一つの個体だけでなく、ほぼ全てのネウロイに起こっている。
「また分裂した?前の時はしなかったぞ」
「こうなったらますますコアを見つけないと。長期戦は不利だわ」
ウィザードと竹井がお互い助け合いながらネウロイを撃墜していくがその攻撃を逃れたネウロイからも新たなネウロイが出現し、数を減らせずにいる。
「フェル隊長!ルチアナ!三人で一気に仕掛けよう!」
「ええ、一緒に!」
他に遅れていられないと奮起するマルチナの一声にルチアナは応じ賛同する。
しかし反応のない者がいた。
「フェル隊長?フェル隊長も!」
「…ぁ、え、ええ!やってやりましょう!」
少し遅れて言葉を返して彼女の個性ともいえるお得意の勝気な笑みを浮かべるフェルだがマルチナにはそれが信用できなかった。
(やっぱり何か変だ…でも今は気にしてる場合じゃないし)
(フェル隊長?なんだかいつもと違う感じじゃ…)
らしくないフェルの様子にルチアナも怪訝な顔をする。
だがそんな変調などお構いなしの相手がネウロイであり、何よりもまずはそれを殲滅しなければならない。
ひとまずは置いておいて三人は背中を合わせるように一まとまりになり、お互いの死角をカバーしながら周辺のネウロイを片付けようとする。
ところが三人は突如として激化し始めた小型ネウロイのビーム攻撃の前になかなか集結ができずにいた。
先の二組の傾向から集まられたら厄介だとネウロイ側が思考してのものだろう。
「集まるどころかこれじゃあ攻撃にも移れない…はっ、ルチアナ!」
より激しさを増すビームの波状攻撃に苦しめられるフェル。
彼女は回避行動の最中ルチアナの死角に移動する一機の小型ネウロイを見た。
しかも恐るべきことにその存在にルチアナは気付いていない。
「ルチアナ!ルチアナー!!」
フェルは脇目もふらず一直線にルチアナの元に飛ぶ。
(ルチアナを守らないと。私の勝手で引き込んだんだから!絶対に!何としても!)
「おりゃあああああ!!」
銃を乱射し、ルチアナとの距離を縮めながら彼女の周辺のネウロイをはたき落としていく。
勇猛果敢に思える攻めっぷりだが、離れた位置から見ていた者たちからすればむしろそれは危険な行為に映った。
「フェル!?一人で先行しすぎよ!無茶しないで!」
「何を怯えたように焦っているんだあいつは」
竹井の呼びかけにも反応せずルチアナの周辺のネウロイに一心不乱に銃を打ち続けるフェル。
その姿にはドミニカも面食らわずにはいられなかった。
周りの音が耳に入らない程の焦り。視野を狭める不安。それらはフェルにルチアナの危機を助ける機を与えただけでなく、彼女自身の危機を作った。
高高度。フェルの上空、認識範囲外に飛んだ小型ネウロイの照射した一射がフェルのストライカーを撃ち抜いた。
「な、きゃあああああああ!!」
完全に無警戒な方向からの攻撃に驚く間もなく対応できなかった。
ストライカーユニットの破片をまき散らしてフェルは為す術なく落下していく。
「「フェル隊長!!」」
「助けに行くにもこれでは…!」
ビームによって進路を塞がれ方向転換を余儀なくされそしてその度にまた進路上に赤い線が置かれる。
「フェル!今すぐ助ける!」
蜘蛛の巣を張るように迫りくる赤い線を回避しながらソーマは瞬時に脳内で最適解を導き出す。
(バインドじゃ落下は防げてもかえっていい的になるだけだ。ここはジェットの超加速で…!)
ネウロイの波状攻撃と包囲網を振り切り、フェルを救出するにはジェットの超スピードしかない。
その魔法を使うために必要な形態へ変身しようとウィザードはハリケーンリンクスウィザードリングを指にはめ、ウィザードライバーにかざす。
「反応しない?」
ところが使用を許可する音声が鳴らず変身は実現しなかった。それどころかエラー認証すらも鳴らない。
「どういうことだ。なんなんだよ!こんな時に!」
たまらず声を荒げ怒りをぶつけるウィザード。
がむしゃらに指輪をかざす動作を繰り返すが一向に期待に応えてはくれない。
その間にもフェルと海面との距離は縮まっていてウィザードの焦りはますます加速する。
そしてその焦りは隙を生み、そこに視界の端から一筋のビームが放たれる。
「危ない!」
気付いた竹井が咄嗟に射線上に割って入りシールドで受け止めきる。
竹井はウィザードの無事を確認すると、他の面々にも目を走らせる。
(フェルの救出を急ぐあまり皆動きに落ち着きがなくなっている…このままだと)
攻撃も防御もおろそかになっている。
これが続いた場合どうなるか…最悪の結末を想定して冷や汗をかく竹井。
「ここは体勢を整え直す他ないわね…離脱するわ!」
「ダメ!フェル隊長を助けないと!」
マルチナが反発の声を上げる。この間にフェルの姿は波の中に飲まれてしまった。それだけに何としてでも助けなければという思いに駆られていた。
「このまま戦闘を継続しても一人一人落とされるのを待つだけよ!苦しいけど理解して!」
「そんな…」
マルチナにもルチアナにもわかっていた。竹井の下した決断がフェルを見捨ててものではないことも、圧倒的な物量とビームの前ではフェルの救出が叶わないことも。
しかし、いやだからこそというべきか。二人とも苦悩に歪んだ顔をしながらも『早くどうにか助けられないか』と思考お巡らせていた。
「撤退よ!皆、後退しながら合流して!」
「くっ、了解!」
「は、はい!」
ドミニカとジェーンも後ろ髪を引かれる思いがありながらも指示に従う。
ビームの豪雨をかい潜りながらもどうにか合流した四人を見てルチアナも決心する。
「竹井さんの言う通りにしましょうマルチナ」
「でもルチアナ!」
「フェル隊長なら大丈夫なはずです!きっと、何とか無事でいてくれるはずです!だから今は、竹井さんの指示に」
「…うん」
その言葉を受けてマルチナも唇を噛み締めながらも決定に従った。
助けたいのも辛いのも自分だけじゃない。ルチアナはそうだし、竹井もドミニカもジェーンもソーマだってそうだろう。
なのに自分だけが我が侭を振り回してしまっては余計にフェルや皆の迷惑になるだけだ。
「すぐに戻ってくるから。待っててね隊長」
そう言い残すように呟いてマルチナは後退し、撤退する五人の後について行った。