平和だったヴェネツィアの街が一転。戦場となった。
穏やかで賑わっていた商店街からは人の声は消え、その代わりに金属同士がぶつかり合う衝突音と掛け声が聞こえる。
その中心部では未知なる敵ウロボロスを相手にウィザード・ウォータースタイルが援軍もないたった一人で戦いを繰り広げていた。
「うぉ!」
彼は押されていた。
数度に渡る斬り合いの末にウロボロスの長剣の先が胸元に突き刺さり、負傷箇所から火花を散らして大きく後ろへと下がる。
『ウォーター!シューティングストライク!』
だが距離が取れたのをむしろ好都合と、ウィザードはウィザーソードガンをガンモードに変形させて銃口より水弾を打つ。
それをウロボロスは両の肩の蛇と竜の口から火炎を放ち、相殺する。
高温の炎と低温の水が両者の間で弾け水蒸気が生まれ、それが煙幕のように作用してお互いの姿を相手から隠す。
この間にウィザードが次の手を練っていた時ウロボロスが煙幕の中を突っ切って斬りかかってくる。
「なに!?」
煙幕の発生からたったの数秒足らずで行動を取っていたウロボロスに驚くウィザードは防御が間に合わず長剣の一閃を胴に受け、建物の壁に打ち付けられる。
「どうした?まだそんなもんじゃねぇだろうがよ!」
倒れるウィザードがその声に瞬時に視線を動かすと殺気を高めて迫るウロボロスが見えた。
身体を起こしてから避けるのは不可能と判断し、リキッドの魔法で液体となって回避する。
『リキッド、プリーズ!』
「あん?」
魔力で形成された装甲を裂くと思われた長剣が液体をすり抜けた光景に表情は見えないものの僅かではあるが驚くウロボロス。
彼が振り返るより早くウィザーソードガンがその背中を切りつけた。
「ちょこまかと小賢しい真似しやがって」
やっとの思いで入れた一撃もウロボロスからしてみれば蚊に刺されたような微々たるもの。
振り向き様に剣を振るう。その一撃は今度こそウィザードに通じた、かと思いきやまたしても液状に変化して直撃を免れてしまう。
ウロボロスは舌打ちして水の流れる先、己の背後へと視線を移す。
そして攻撃のためにいち早く液体から実体に戻ったウィザードの右手首を掴んで彼の武器ごと捻ねあげる。
「くあっ…!」
「そう何度も同じ手が通用するかよ」
完全に全身が実体へと戻ったウィザードを嘲笑い、ウロボロスは両肩から炎をお見舞いする。
ゼロ距離な上に腕を掴まれている。もう一度リキッドですり抜けようとしても、次の効力の発動までの時間がない。
二つの要素が重なった結果としてウィザードに回避する術なく、二色の炎をその身に浴びた。
「うわああああ!!」
直撃の瞬間ウロボロスが手を放したことでウィザードは火球に運ばれて宙を舞い、火球の消失と同時に地べたを転がり回る。
ダメージに体を震わせる彼へとウロボロスは容赦なく炎の追撃を叩き込む。
「そう何度も同じ手が通じると思うな!」
『ランド、プリーズ!』
火属性に対するなら水属性という判断で選んだウォータースタイルを捨ててウィザードは防御力と接近戦に長けたランドスタイルで勝負を挑む。
形態変化の直後を狙って放出された二つの火炎をウィザードはディフェンドで召喚した土壁で防ごうとする。
しかし一枚目の壁は容易く破られ、二枚目三枚目と続けざまに壁を形成していく。
それによって視界が遮られた機を逃すウロボロスではなかった。土壁を破壊する火球の後を追うように接近し、最後の壁を火球ごと引き裂いて砕く。
遮るものがなくなったウロボロスの視界。そこには瓦礫となった土と、地面にできた不自然な穴しかない。
その穴が自分の攻撃によってできたものではないとウロボロスは理解していた。
「逃げ回るのが大好きな奴だな。ええ、臆病者が!」
『ランド、スラッシュストライク!』
地面からの奇襲。
ウロボロスの死角からウィザードが現れウィザーソードガンで斬りつける。
「くうぉっ!」
たっぷり土の魔力を込めた一撃はさすがに効いたようでウロボロスが初めて体を大きく傾かせた。
ウロボロスは火炎で排除しようとするがウィザードは地中へと潜って回避。ウロボロスから離れた位置で地上へと戻ってウィザーソードガンでの射撃を打ち込む。
(どこまでも小細工しやがって!)
威力自体はどうということはないが、その射撃はウロボロスの怒りを買った。
弱いくせに小細工を弄して無駄に足掻く。素直に切られて死ねばいいのに、防御だけは一丁前に上手くなかなか死なない。
ウロボロスは長剣に炎の力を込めて、地面に突き刺す。
剣を通じてウロボロスの力が地中を巡り、たちまち地表の温度が上昇する。
『ハリケーン、プリーズ!』
何をする気なのかわからないがやばい。そう直感したウィザードはハリケーンスタイルの力で空中に飛び、地面から離れる。
直後眼下の街路で小規模でありながらも強大な爆発が複数の地点で連鎖的に巻き起こる。
「危ないところだった…」
あと少し飛行が遅れていたらあの爆炎の中に飲まれていた。
ウィザードは安堵した。戦いはまだ続いているのに緊張を解いてしまった。
それがいけなかった。
黒い煙の中を突き抜けて白い蛇と黒い竜がウィザードに迫って来る。
「これは!」
形状こそ同じだがさっきまで自分を苦しめたウロボロスの肩にあったものではない。
彼の力を具現化して、生み出したものだ。
大顎を開けて食らおうとする白蛇と黒竜から逃げるウィザードだが街中というのもあってか無意識の内に逃げる範囲を自分で勝手に狭めてしまう。
ウロボロスはその配慮を気付いていない。しかしそこに突け込まないはずがなかった。
両肩の火炎で無理矢理逃れるウィザードの軌道を変えさせ、逃避先に置いた白蛇に飲み込ませる。
「この、出せ!出せ!」
体内に閉じ込められたウィザードは窮屈な空間の中で自身の武器を振って脱出を試みる。一方でウロボロスの魔力を注がれた白蛇はブクブクと風船に近い形状へと膨れ上がり、爆発する。
「ぐわああああああああ!!」
変身が解除され、ソーマは高所から体を地面に叩きつけられる。
白く清潔だった私服は汚れと破損が目立ち、彼自身の体も頬や足に出血と火傷が出来ている。
「巣を破壊したって聞いてどれだけのもんかとわざわざ来てみれば。へっ、とんだ期待外れだったぜ」
勝手に期待を寄せておきながら、勝手に失望したウロボロスが残った黒竜を消してソーマへと歩を進める。
なんとかしなければ、痛みに苦しむ体をどうにか動かしてソーマは腰元のホルダーに手を伸ばす。
ウロボロスの妨害を受けぬよう視線を相手に留めたままその手が真っ先に掴んだのはハリケーンリンクスの指輪。
(駄目だ…他の方法は…)
直接目にしなくとも形状で今自分が手にしているのがなんであるかを察したソーマはその指輪を掴んでしばらくして、別の指輪に切り替える。
しかしそれはそれでソーマには躊躇う理由があった。
(上手くいくか…上手くいったとしてもその時俺は…)
今自分がやろうとしていることは賭けだ。成功する確証もないし、成功したとしても自分が無事である可能性ははっきり言って低い。
(自分だけやられるよりはマシか。ごめんクリスちゃん、今日したばかりなのに約束守れなさそうだ)
今朝約束を交わした少女へ無言の謝罪をしてソーマはホルダーから二つリングを選ぶ。
その間にウロボロスは足一つ分空けた距離まで近づいており、ソーマを頭から真っ二つにしようと長剣を振り上げる。
「雑魚は雑魚らしくとっととあの世に行きな」
(うまくいけよ!)
『ライト、プリーズ!』
両腕で長剣を握り締めるウロボロス。その視界を迅速な動きで指輪をはめて発動されたライトの魔法が潰す。
「おおッ!?目が、見えねぇ!」
至近距離で両腕を封じられていたウロボロスは長剣を落として自分の目を覆う。
武器を失い、動きが止まったこの時間にソーマは次の行動に移るべくライトの指輪と別に手にしていたフレイムウィザードリングを使用する。
『フレイム、プリーズ!ヒーヒー、ヒーヒーヒー!』
フレイムスタイルのウィザードは新たな指輪をはめ、ウロボロスの背後へと周り込む。
その時にはウロボロスの視力は戻りかけていたがもう遅い。
ウィザードはウロボロスの首に右腕を回して締め上げ、バインドの鎖でウロボロスの体を自分ごと拘束した。
そして
『フレイム、プリーズ!フレイム、プリーズ!フレイム、プリーズ!』
フリーな左手に付けたフレイムウィザードリングを何度もドライバーに翳す。
魔法は発動しない。フレイムスタイルに既になっているのだから同じ指輪を使用したところで新たな変化が起こるはずがない。
だというのにウィザードの全身から赤い光が明滅し、その輝きと大きさは指輪を翳す回数を重ねるごとに増していく。
緊張した際の心臓の鼓動のように
「魔力が上がっていく。だがこの距離はお前も…まさかてめぇ!俺ごと吹っ飛ぶ気か!」
「俺だけ死ぬなんて冗談じゃないからな。ありがたく思えよ」
「狂ってんのか!放せ!放しやがれ!」
視界が完全に戻ったウロボロスはウィザードの攻撃から逃れようと身を捩らせるが鎖が音を立てるだけで壊れない。
両肩での火炎もウィザードの右腕によって首を空に向けさせられているせいで使えない。
なんとかしなければと打開策を捻りだそうとするウロボロスに張り付くウィザードの輝きは最高点に達した。
火山噴火のような火柱と爆発がウィザードの体を起点に発生。
凄まじい轟音と爆音と共にウィザードフレイムスタイルの体は地面へと投げ出された。
「あううぁっ!が…ううっ…!」
幸いというべきか不幸というべきか。体への負荷は大きいもののウィザードは変身解除もされることなく生き残った。
(終わってくれ…あれで、あれが通じなかったらもう…)
「今のはさすがにやばかった。ちと死ぬかと思ったかもな」
目前の光景にウィザードは愕然とした。ウロボロスは健在、皮膚はところどころ傷付き焼け焦げていても、目立ったダメージを受けていないのだ。
「そんな…」
決死の覚悟で打った手が通じなかった。ウィザードの心に絶望が重くのしかかった。
「だが残念だったな。相手が悪かった。この最強のウロボロスにそんな手は通じねぇ」
ウロボロスは己の武器を拾い上げ、得意げに笑うとじわじわと詰め寄る。ウィザードの首を掴んで軽々と持ち上げると橋の際まで押し付ける。
「うあっ…かっ…ぁ…」
手を解こうとウィザードは身を捩り、腕を掴むが力が入らず苦しみから逃れられない。
いやもしも万全の状態だったとしても結果は同じだろう。それほどまでにウロボロスの腕力は凄まじかった。
「ま…それなりに楽しめたぜ。あっばよおお!」
「ぐわああああああ!」
手が首から放され、一瞬自由になった紅蓮の胸が水平一文字に裂かれる。
ワイヤーで引かれたようにウィザードは空に舞い、そのまま重力に従って水路の中に落ちた。
水飛沫が上がり、波紋が生まれた水面をウロボロスが見下ろす。
飛沫も波紋も消えた水面に動きがないのを確認する。
「死んだか…面倒ごとが増えない内に離れるとするか」
目的を達成した以上もはやここに留まる意味はない。
憲兵や警察がやって来て更なる無駄骨を折らないようにウロボロスは姿を変えて、落ち着いた何食わぬ顔でその場を去った。
☆
「あ…」
突然吹いた強い風は扶桑のある家の一室に飾られていた写真立てを床に落とした。
「写真倒れちゃった」
その家の主宮藤芳佳は音を聞いてすぐさま拾い上げ、彼女と話していた親友の山川美千子は戻ってきた宮藤の手元にある写真を覗き見る。
「それ芳佳ちゃんが欧州にいた時の写真?」
「リーネちゃんが送ってくれたんだ。ガリアでの戦いの後501の皆で撮った写真」
そうそれはガリア解放を祝して501の全員で撮った写真。
宮藤は一民間人へと戻り今では扶桑で診療所の手伝いを暮らしている。つまりは戦いに身を投じる前と変わらない生活に戻ったということだ。
戦いが嫌いなのは今でも変わらない彼女。だが、こうして写真を見ているとまたこの輪の中に戻りたい気持ちが芽生えてくる。
彼女にそう思わせるほど部隊の人は皆いい人ばかりだった。
「色んな国のエースさんたちがいっぱいだね。この人とかよく雑誌に載ってるよね。カールスラントが誇るウルトラエースだって書いてあったよ」
「ハルトマンさんが?そんなに凄かったんだ」
宮藤の記憶にある姿と言えば主にマイペース、寝坊の常習犯、いつもバルクホルンに怒られて彼女を困らせているのが主だった。
戦闘では秀でた技術を見ることも多々あれど戦いに関しては疎い宮藤にはそういうプライベートでの記憶が強く残っていた。
そのせいだろうか。美千子の言葉に大きな疑問を持ったのは
「そうだよ。だから芳佳ちゃんは凄いんだよ?そんなエースの人たちと一緒にいたなんて」
「そ、そう、かなぁ…あんまり実感ないけど」
軍事に詳しい美千子は目を輝かせて絶賛してくれるが当の本人は自覚がないのか正反対の顔で返す。
「でもまた会いたいなぁ…皆元気かな」
「ねえ芳佳ちゃんは誰に一番会いたいの?」
「一番かぁ…誰だろ」
美千子からのちょっとばかりいじわるな質問に宮藤は頭を悩ませる。
一番最初に打ち解け親友となったリーネ、態度はきつかったけどところどころで自分を気遣ってくれる優しさを見せてくれたペリーヌ、厳しくも自分を気にかけてくれたバルクホルン。同じ誕生日という共通点から友達と呼べるまでに距離を縮めたサーニャ。
候補を挙げたらキリがないし、皆等しく同じくらい再会したい気持ちは強い。
同じく扶桑にいる坂本すら忙しくしていて滅多に会えないのだから尚更だ。
「この人ってあの人だよね。ウィザード、だっけ?」
「え?…あ、うんそうだよ。ソーマさん」
美千子が指を指したのは写真の中にいるソーマ。
最近新聞や雑誌で一躍その名と姿を世間に知られたウィザードを当然美千子も知っていた。
「この人とも仲良かったんだよね」
「ソーマさんの方が階級も年も上だったんだけど同じ日に501に入ったのもあって色々面倒見てもらったよ。悩みを聞いてもらったり、一緒に料理を作ったり」
「料理得意なんだ」
「ソーマさんの作るケーキがすごく美味しいんだ。そうだ、今度みっちゃんにケーキとか作るね。作り方教えてもらったから」
「ほんと?ありがとう芳佳ちゃん。楽しみにしてるね」
宮藤の言葉に美千子は期待に胸を膨らませる。宮藤の料理の腕は昔からよく知っている。
「ソーマさん元気にしてるかなぁ」
今頃彼は何をしているだろう。
料理を誰かに振る舞っているのか。またウィザードとして誰かの大切なものを守るために戦っているのか、はたまた戦いから離れてゆっくり休んでいるのか。
どちらにしても心も体も健康でいてもらいたいと、宮藤は写真の中のソーマをまじまじと見つめた。
☆
意識は完全に闇へ落ち、体は徐々に水の中へと沈んでいた。
魔力で作られた鎧は形を失い、生身の身となった彼の目はピタリと閉じている。
なのに突然、閉じていたはずの瞳が大きく見開かれる。その瞳はどす黒くも水中で光を放つほど明るい不気味な赤に染まっていた。
三十九話にして何気に初登場なみっちゃんこと山川美千子。自分でも読み返してみて出番なかったんだなぁと思いましたがそもそも扶桑の描写を一回もしていなかったので当たり前の話なのであった