ある部屋の前に宮藤は立っていた。しばしそこでドアを見つめていた宮藤だが、決意を固めるとドアをノックして中にいる人物へ呼びかける。
「リネットさん。私魔法もへたっぴで叱られてばかりだし、ちゃんと飛べないし、銃も満足に使えないし…ネウロイとだって本当は戦いたくない。でも私はウィッチーズにいたい。私の魔法でも誰かを救えるなら何かできることがあるならやりたいの…そして皆を守れたらって」
「守る…」
嘘偽りのない本音、宮藤の自らの戦いへの思いを扉越しに聞いてリーネは忘れていたことを思い出す。
自身もまたこの場所にきた時同じことを言ったのだと、そしてできそこないの自分を卑下するばかりでその思いがで薄れつつあったことを
「だから私は頑張る。だからリネットさんも―」
宮藤が更に思いを綴ろうとした時、それをかき消すように再度危機の襲来を告げるサイレンが鳴った。
「ネウロイがこっちに来てるのか?さっきのとは別の個体か」
「ええ、今こっちに向かってるのが本命みたい。先に出現したネウロイは囮だったようね」
基地内の一室にソーマとミーナそしてエイラが集まり、迎撃のための戦力状況確認を行っていた。
「出られるのは私とエイラさん、それとソーマさん貴方は大丈夫かしら」
「問題ないよ。今すぐにでもいける」
「エイラさん、サーニャさんは?」
「夜間哨戒で魔力を使い果たしている。無理だな」
「そう、じゃあこの三人で行きましょう」
人差し指を交差させてバツ印を作ったエイラとハリケーンウィザードリングを付けてそれを見せるソーマに交互に視線を配ってそう決定を下したミーナ。相手にもよるがこの三人でどこまで戦えるのかわからない。撃墜できればいいが、そうでなければ最悪先行した坂本たちが戻ってくるまでネウロイの進行を食い止めねばならない。
二人を従えて迎撃に向かおうとする彼女の前に走ってきたのだろうか、勢いよく扉を開けて宮藤が入ってくる。
「私も行きます!」
「まだ貴方が実戦に出るのは早すぎるわ」
そう志願する宮藤にミーナはきっぱり断言する。
「足手まといにならないよう精一杯頑張ります!」
「訓練が十分でない人を戦場に出すわけにはいかないわ。それに貴方は撃つことに躊躇いがあるの」
ミーナにとってそれが宮藤の出撃を拒む一番の理由だった。
迷いは隙を生む。そして敵はその隙に乗じて命を奪おうとする。
そんな命のやり取りが短時間で何度も繰り返されるのが戦場だ。宮藤がそこに足を踏み入れるには色んなものがまだ不足している。
「撃てます!守るためなら!」
だが宮藤は引き下がらない。
「とにかく貴方はまだ半人前なの」
「でも…」
「私も行きます!」
食い下がる宮藤に加勢する形で今度はリーネが駆け込んできた。
「リネットさん…」
「二人合わせれば一人分くらいにはなります!」
「って言ってるけどどうする?中佐。この様子だと二人たぶん引きそうにないぞ」
二人の眼差しから意地でも曲げない強さを見たソーマはミーナに決断を仰ぐ。
困った顔のミーナであったがネウロイがすぐそこまで迫っているのもあって彼女たちの出撃を認める。
「九十秒で支度なさい」
「「はい!」」
「敵は三時の方向から向かってくるわ。私とエイラさんで先行するからここでバックアップをお願い」
「「はい!」」
「りょうかい」
ほどなくして基地から飛び立った五人は海上を飛行する。ミーナとエイラが並行して先を行き、その少し後ろを残りの三人が飛ぶ。ハリケーンスタイルのソーマは前方に目を向けながら背後の宮藤とリーネの会話に耳を傾ける。
「宮藤さん、本当は私怖かったんです」
「私は今も怖いよ。でも上手く言えないけど何もしないでじっとしてる方が怖かった」
「何もしない方が…」
宮藤の言葉に考えるリーネ。
「二人とも、話すのはそこまでだ。敵のお出ましだ」
ソーマの声かけで二人はパッと視線を前に戻す。ミサイルのようななりで弾丸のごとき速さで迫るネウロイを視界に捉えた。
既にミーナとエイラが発砲し交戦しているがネウロイはスピードに物を言わせて強引に彼女たちの攻撃を振り切る。
「ネウロイを止めて!」
「りょ、りょうかい!」
リーネとソーマは一斉に弾を放つ。だがネウロイの装甲にソーマの打った弾は弾かれてしまい、リーネの射撃に至っては掠ってすらいない。
「駄目、やっぱり私は…」
「顔を上げろリネット軍曹!まだ終わってないぞ!」
俯くリーネにソーマが檄を飛ばす。
「リネット!自分が信じられないならそれでもいい。でもお前ならやれると信じている、そう思っている人がすぐ隣にいる、せめてその人の言葉は信じてくれ!」
リーネの脳裏にある人物の顔が思い浮かびそちらを見る。宮藤芳佳…出会ったばかりの自分を昨日からずっと励ましてくれた人
(そうだ、宮藤さんはずっと私にできるって言ってくれた。自分のことは信じられなくても宮藤さんのことなら…)
唇をきゅっと閉めて、スコープに目を通す。
「宮藤さん!私が撃つから私の体を支えて!」
「リネットさん、うんわかった!」
宮藤はリーネの股下に潜り込んで肩で担ぐような体勢になる。
リーネの雰囲気が変わったのを確信してソーマは身を屈めて前へ突っ込む準備をする。
「よし、じゃあ俺たち三人でやるか。ウィニングショットは任せたぞ」
『チョーイイネ!キックストライク、サイコー!』
機械音声を鳴らしてネウロイに前進。距離が縮まるにつれてソーマの右脚に風が帯びていく。
そしてある一瞬で高高度まで浮上するや、右脚を突き出して急降下する。
「はああ、でやあああああ!」
竜巻を纏わせた高威力を誇るキックがコアより少し上にずれた箇所に突き刺さる。ソーマの右脚の接触部から火花が散るもコアにまでダメージが到達しない。しかし、これでよかった。
「今だ!」
(当たって!)
動きが止まったの隙を見逃さずリーネは引き金を引く。彼女の放った弾丸は一切ブレることなくソーマの真下、コアを穿ち、更に抵抗力が弱まったことでソーマのキックが黒い体を貫く。
ネウロイは悲鳴を上げて絶命。ソーマの背後で粉粒が漂う。
「ふぅ~」
「やった!やったよ宮藤さん!」
ゆっくり息を溢したソーマが振り向くと嬉しさが極まったあまり宮藤に飛びつくリーネがいた。
抱き着かれた宮藤は勢いを受け止めることができず、バランスを崩して二人は海に落ちていく。
「お、おい!」
海に落下した二人にソーマは案じる声を上げるが、海面から顔を出した二人は見つめた瞬間綻んで笑い合う。
その二人を見てソーマも緊張の糸を解く。
「芳佳でいいよ。私たち友達でしょ」
「じゃあ私もリーネで」
「うん、リーネちゃん」
「はい、芳佳ちゃん」
すっかり二人の間に壁はなくなったようでリーネと宮藤は海水で体が濡れているにも構わずまた抱き付きあう。
ソーマはゆっくりと降下し、水面に風の力で浮遊した状態で二人に手を伸ばす。
「仲良くなったのはいいけど、あんまり水に浸かってると風邪ひくぞ。ほら」
差し伸ばした手を宮藤とリーネが握ったのを確かめてソーマは引き上げ、生き生きとした表情の彼女たちを間近で見つめる。
いい顔だな、とソーマは思ったがそれを言葉にはしなかった。
「これで基地を守れた。よくやったな。二人の頑張りのおかげだ」
「私たちの…」
「そうだよ。リーネちゃん、私たちの力でやったんだよ」
「…うん、うん、ありがとう芳佳ちゃん」
ソーマの言葉に二人は顔を見合わせて満面の笑みを浮かべる。
そんな微笑ましい光景に上空のエイラとミーナは温かな眼差しを送り合った。